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第五章(16)

 

 ふたりは並ぶようにして、ジェラルディーネたちへと直進した。

 一見、先ほどまでと大して変わらぬ行動である。

 ジェラルディーネも特に警戒せず、それまでと同じように攻撃指令を出した。

 放たれる火球群。ハーニスはそれをかいくぐり、『魔術』の力を解き放つ。

「フラッシュジャベリン!」

 一条の閃光が『モンスター』たちを襲う。

 しかしそれは、直前に放った『魔術』からすれば水鉄砲に思えるほど小規模なものだった。

 手下たちは悠々とかわし、ジェラルディーネに至っては自分のもとまで届かないだろうと看破している。

 が、それで充分。あくまで牽制のための一撃だ。

 回避したうちの一体、その背後へ、リュシールが滑るように回り込む。

「……!」

 そして、断末魔を上げる間も与えず一刀両断。

 斬り裂かれた『モンスター』は、自分の体がどうなったのかもわからないまま墜落した。

「ウインドライン!」

 間髪を入れずにハーニスが二撃目を放つ。

 強烈な突風が発生し、ガレキや砂を巻き上げた。

 視界が覆われる。『モンスター』たちは、たまらずその場所からの離脱を図った。

 その隙を突いて、リュシールがまた一体の手下を斬り倒す。

 ――ふたりは、『ボス』を狙うことに専念していた今までと違い、積極的に手下たちを狙い始めていた。

 そこでようやく、ジェラルディーネも彼らの目論見に気付いたようである。

 目的への障害があるなら、まずそれから攻略しよう……という算段に。

「ふふ……機転の良さだけは褒めてつかわそう」

 ただそれは、彼女の微笑を崩すには至らなかった。

「わらわのもとに行きつくまでに、力果てねばよいがな」

 この一部始終において、ジェラルディーネの戦い方というのも判明してきた。

 自分は指示をするのみで、ほぼすべての攻撃を手下たちに任せているのだ。

 すなわちそれは、戦いが長引いても彼女の消耗は最小限に留まるということである。

 しかし、ハーニスたちはそうはいかない。多数いる取り巻きを破り、その上で彼女を討たねばならないのだ。

 ジェラルディーネからすると、それは愚策に他ならないだろう。そんな劣勢の相手に自分が負けるなど、みじんも思っていないはずだ。

「その心配はご無用です」

 それらすべてをひっくるめて、ハーニスは涼しい顔で応じてみせた。

「もとより、あなた方すべてを葬り去るつもりでしたから」

 当然のように言い切る。

 彼が話しているあいだにも、斬られた二体の『補充』が、再びどこからか飛び込んできた。

「愛はおおいに結構。その果てにどんな行動をなさろうと、あなたの自由です。――しかし」

 ハーニスは、めずらしく語気を強くする。

「無為な人々に対する暴虐な行ないは、相応の罪をもって償っていただきます」

 強者が心なく弱者を蹂躙する。それこそ、彼らが憎むこの世界の縮図なのだ。

 

「言うだけならば山をも動かせよう。その言質、忘れぬぞ?」

 ジェラルディーネは羽を高速で微振動させ、超音波に近いものを発生させた。

 それは他の種族の可聴域を超えた、仲間うちにのみ伝わる音である。様々な指令は、この音波を通して行なわれてきたのだ。

 それを聞きつけた近辺の手下たちが、わっとその場に集まってくる。

 総勢二十五体。現戦力の半数近い数字であった。

 ふたりの敵対者を、虫かごのように取り囲む。

 ハーニスとリュシールは、背中を合わせて互いの死角をカバーした。

「そなたらの働きは、いくばくか興に添った。よって特別にチャンスをつかわす」

 その状態を俯瞰するジェラルディーネが、目下の者に褒美を与えるように言い放った。

「その者らをすべて打倒してみせい。その折には、わらわが直々に相手をしてくれようぞ」

 とはいえ、言葉とは裏腹に彼女にそんな意図はまったくない。あのふたりにトドメを刺すためのこの数なのだ。

 余興も良いが、手下を失うのはほどほどにしなくてはならない。

 そろそろ切り上げ時というやつだ。

「それはありがたいですね」

 はたから見れば絶望的な状況。しかしハーニスは、なおも不敵な笑みを浮かべてみせる。

「手間が省けます」

「焼失せよ」

 ジェラルディーネの一言のもと、手下たち全員が攻撃に移る。

 全方位二十五体が、彼らへ向けて一斉に火球をうち放った。

 

 ジェラルディーネは、その結果には興味がないとでも言いたげに、さらなる上空へと羽ばたいた。

 そして町並みを見渡し、ツァービルの姿を捜し始める。

 いかに広い町といえど、彼女の視覚をもってすれば見つけるのはたやすかった。

 ……しかし、である。

「……あやつ……!」

 捜し当てた途端、その表情に一転して険悪な色が灯った。

 同時に、彼と戦うトュループの姿も目に入ったからだ。

「……慎重すぎるところは、そなたの欠点じゃな。直してもらわねば困る」

 ジェラルディーネは語りかけるように呟き、町に攻め入る前のことを思い返していた。

 トュループの申し出に対してツァービルは黙認の姿勢を取ったが、彼女としては反対であった。

 得体の知れない、それでいて悪名高き存在。そんな者を近くに置いておくのは、百害あって一利なしだ、と。

 しかしツァービルが、触らぬ神に祟りなしという結論を出したため、彼女は渋々それに従った。

 その結果がこれである。

 敵と戦っている時に、内側から斬りつけられていては世話がない。

「最初から、わらわたちだけで充分だったのだ。『灰』も『勇将』も必要なかろう」

 と言っているあいだにも、トュループの剣がツァービルの傷を増やしていた。

 どういう経緯かは知らぬが、彼はすでに片腕を損傷している。

 旗色が悪い。あのまま続ければ苦戦では済まないだろう。

 こうなっては、もはや人間たちもこの町もどうでもいい。すぐにでも救援に向かわねば……。

 しかし、相手はあの『灰のトュループ』。ことを構えるならそれなりの戦力が必要だろう。

 となると……邪魔になってくるものがある。

「……まだ生きておったか」

 ジェラルディーネは、手下たちが豆粒ほどに見える眼下に視線に移した。

 早々に仕留められるだろうと踏んでいたあのふたりだったが、予想以上にしぶといようだった。

 あらゆる方向から来る火球を、そして刃を、巧みな立ち回りでしのいでいる。

 それどころか反撃も交え、すでに三体もの手下を倒していた。

 威勢の良さは嫌いではないが、今に関して言えば不愉快以外のなにものでもない。

 あれらを後方に残しておいて、裾を踏まれるのは面白くないだろう。

 ならばやることはひとつである。

「手早く幕引きとしようぞ」

 ジェラルディーネの羽から、まばゆい虹色の光がこぼれ始めた。

 真下に突き出した手の先に、巨大な火球が現れる。それをさらにふくらませるのと同時に、手下たちへ離脱しろとの合図を送った。

「このグリストインフェルノによって」

 

 

 周囲に群がっていた『モンスター』たちが、まるで波にさらわれたように一斉に離れていく。

 明らかな異変を感じたハーニスとリュシールは、はっと頭上に目を向けた。

 はるか上空に浮かぶジェラルディーネ。青空にあってもなおわかる虹色の輝き。そして太陽の子供のような火球が、そこに存在していた。

 なにをやろうとしているかは明白。

 その威力も、先ほど目撃している。

 それでもハーニスは、自分のペースを崩さなかった。

「勝負を焦りましたね」

 なにを思ったのかは知らないが、その攻撃は早計というものだ。

 もしやるとするなら、手下たちの猛攻によってもっとこちらが消耗してからが正解だろう。

 今の状態では、それはこちらにとって絶好のチャンスでしかないのだ。

「たしかに、チャンスを与えてくださるとは言っていましたが……」

 意地悪く言うハーニスのそばへ、リュシールが歩み寄る。

 そして、まるでダンスを誘うかのように片手を差し出した。

「誰にも見られないよう、一撃で決めようか」

 その手に、ハーニスの手が重ねられる。

 

 

「骨身残さず炙られよ」

 手下たちが充分に離れたと見るや、ジェラルディーネは即座に極大の火球を射出した。

 それはまばたきをするあいだに地面へと着弾する。

 その瞬間、火球が炸裂し、放出された大量の炎が辺り一帯を飲み込んだ。

 すさまじい衝撃波と熱風はジェラルディーネのいる高度にまで届き、彼女はわずらわしそうに顔をそむける。

 眼下は、灼熱の湖と形容すべき状態となっていた。

 建物もなにもかもが大火の中に消え、いかなる生物もその生存を許されない。

 あの中心にいたふたりには、どれだけ速く走ろうとも逃げ切れぬ効果範囲だ。

 恨むのならば自分に挑んだ愚かさと、飛べぬ体を恨むが良い。

 余興の幕は引いた。

 しかし余韻を味わっているヒマはない。

 ジェラルディーネはトュループへ向かうべく、散った手下たちを集結させようとした――その時。

 彼女に降り注がれていた太陽光が、突如なにかによってさえぎられた。

「……!」

 ジェラルディーネはすぐさま上方へ振り向く。

 自分よりもさらなる高度にいる何者か。

 逆光の中に浮かび上がるその姿を見て、彼女は驚愕をあらわにした。

「よもや……」

「これでようやく、邪魔がなくなりましたね」

 と、リュシールの手にぶら下がった格好のハーニスが、勝ち誇ったように言ってのける。

 そのリュシール――黒衣の女が背中で羽ばたかせている『カラスのような黒い翼』を目にし、ジェラルディーネは忌々しげに呟いた。

「……『リゼンブル』……!」

 人間と『モンスター』の混血種『リゼンブル』というのは、基本的には人間と同じ外見をしているが、ごくまれに『モンスター』の特徴を受け継ぐ個体もいるという。

 あの人間離れした業も、『リゼンブル』であるというのなら納得だ。

 驚きから立ち直るのにかかった時間は一秒。

 直後には、ジェラルディーネの片手に手のひら大の火球が出現していた。

「汚らわしい!」

 様子を見るに、飛行できるのは女のほうだけだろう。男を抱えたままではそう素早く動けまい。

 すぐさま攻撃を放とうとしたジェラルディーネの眼前で、ふたりは予想外の動きを取った。

 リュシールが、ハーニスをさらに上空へと投げ飛ばしたのだ。

「!?」

 そしてリュシールは、逆に下方へと滑空する。

 目標が上下に分かれ、ジェラルディーネの表情に戸惑いが生まれた。

 同時に、手下たちは何をやっているのか、というイラ立ちも表面化する。

「言ったはずです、相応の償いをしていただくと!」

 空中で巧みにバランスを取ったハーニスが、真下へ向けて光弾をうち放つ。

 だがそれは、ジェラルディーネを狙ったものではなかった。

 彼女の眼下で剣を掲げるリュシールの、その切っ先へと吸い込まれていく。

 次の瞬間、その剣から、青白い光が間欠泉のように噴き出した。

 それは彼女の体の何倍も伸びたところで、刃の形をなしていく。

「……!」

 ジェラルディーネは手中の火球をぶつけるが、焼け石に水程度の結果しか残さなかった。

「チリーストラッシュ・ファルシオン!」

 ハーニスの呼びかけに応えるように、リュシールが長剣を振り下ろす。

 そしてすぐさま、横方向へもう一閃。

 ジェラルディーネは避ける間もなく、十字を描いて斬り裂かれた。

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