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第五章(13)

 

 ツァービルは両手にそれぞれ持った短剣を体の一部のように操りながら、手当たり次第といった勢いで侵攻していた。

 建物があれば、砂で作った山を払うごとく破壊する。逃げようとする人間があれば、驚異的な脚力で追いつきひと振りのもとに両断する。

 短剣とはいっても、『ボス』の手に収まっているからそう見えるだけだ。人間から見れば、ゆうに大剣にも匹敵する。

 ツァービルは、住人含むこの町のすべてを破壊し尽くすつもりでいた。

 そのための協力者たちであり、そのためのこの包囲網である。

 こちらは奴らによって約半数の仲間を失った。その怒りは、そうでもしないと収まりそうにないのだ。

 徹底的に攻め抜き、滅ぼし、反抗の芽すらも踏み潰す。

 そうして初めて、亡き仲間たちへの手向けとすることができるのだ。

「……!」

 さらなる攻撃を加えようとしたツァービルが、ふと、その場で体の動きを止めた。

 周囲はガレキと死体と赤い川とが、砂ぼこりによって包まれている。

 そこへ直上から、トュループが落雷のように降下してきたのだ。

 翼によって巻き上がった風が、砂ぼこりを一挙に吹き飛ばす。

「やぁ」

 そしてトュループは、ケロリとした表情で片手を軽く上げた。

「……どういうつもりだ」

 問い詰めるような眼差しを射るツァービル。

「自ら、手を貸すと言ったはずだが?」

 町を攻める前。山頂で協力者たち二名と話をしていた最中、突然彼が現われた時の話である。

「そうだね、たしかに言ったよ。面白そうなことだから協力してあげるって、約束した」

 対するトュループは、微笑みに近い表情を浮かべていた。

 声にしても軽快な響きがある。友人との談笑、とでもするように。

「ならば何故ここにいる」

 ツァービルは厳格な態度を崩さない。奴の一挙手一投足を見逃さまいと、鋭く目を光らせていた。

「君も、僕のことは知ってるんでしょ?」

 正面にぶら下がった見えない果実を取るように、トュループが右手を突き出す。

「だったら『何故』なんてことは、バカげた質問だよ」

 言い切った時。その右手に、強烈な光が輝いた。

 そして光は細長く伸び、剣のような形を作っていく。

「君との約束を破壊する。そこに理由なんて、ないからね」

 まばゆく輝く半透明の刃。その切っ先が、ツァービルへと差し向けられた。

「……笑わせる」

 ツァービルは、フッと鼻を鳴らす。

「貴様のことなど、最初から信用していない。破壊すべき約束など、もともと存在していないということだ」

 そして両手の剣を構え、攻撃の形を取った。

 得体の知れない相手なだけに、こちらに危害を加えない限りは好きにさせておくつもりだったが、こうなっては話が別だ。

 この弔い合戦の勝利に、もう一本花を添えさせてもらう。

「噂に名高き『灰のトュループ』……今日でその名を地に落とすがいい!」

 ツァービルが攻めかかる。まさに突風と呼んでもいいほどの瞬発力であった。

 正面からの突撃に対し、トュループは、翼を開いて真上へ飛ぶ。

 ツァービルは逃がすまいと地面を蹴り上げ、ほとんど直角に跳躍した。

 空中、至近距離に、両者が収まる。ツァービルが、両手の短剣をクロスさせて斬りかかる。

 トュループはそれを光剣で受け止め、彼の体ごと弾き返した。

 ツァービルは落下しながらクルリと一回転し、体勢を整える。

 建物の屋根に着地。その衝撃によって建物が崩れる寸前に、再び跳躍して、空中のトュループへと第二撃を叩き込みにいった。

 

 

 チーターにも似た容姿の『モンスター』たち。その姿を彷彿とさせる素早さに、アリーシェは表情を険しくしていた。

 相手取る敵は二体。こちらもザット・ラッドとの二人態勢。だが、互角とは言いがたかった。

 ザットが敵の動きについていけている一方で、アリーシェは完全にその足を止めてしまっていたのだ。

 素早いとはいっても攻撃を捌くことのみに集中していれば、対応はできる。が、とても反撃をしている余裕はなかった。

 こちらから攻撃を仕掛けるなど、無謀以外の何物でもない。

 ザットが一方を投げ倒した隙に加勢をしてくれるのだが、敵も粘り強く起き上がるため、そのチャンスも数秒と保たなかった。

 このまま耐え続けることも可能といえば可能だが、状況を打破するためには、せめてあとひとりの助けが欲しいところであった。

 アリーシェは意識を最大限に集中して、敵の動きを注意しつつ周囲の様子に目を通す。

 逃げ遅れた一般人の数は、かなり少なくなっていた。パルヴィー、リフィクを始めとした仲間たちが負傷者へ奔走して、手早く退避をさせているからだ。

 それが終わるのも時間の問題だろうか。

 それまでは、なんとか耐えてみせねば……。

「……!?」

 と、そんなアリーシェの視界を、なにか異質なものが横切った。

 正面の、『モンスター』の向こう側。一瞬だけだったが、あれは……ウェイトレス!?

 アリーシェがつい気を取られた瞬間である。それを見逃さないとばかりに、正面の『モンスター』が攻めかかってきた。

「!」

 アリーシェの反応がほんのわずかに遅れる。

 しかしそのほんのわずかが、命取りでもあった。

 避けるのも防ぐのも間に合わないかもしれない、と戦士の直感がよぎった時。

 同時に『モンスター』の背後から、小さな人影が跳び上がった。

「!?」

 それは、さっきのウェイトレス――いや、あれは……!

 アリーシェは目を見開く。

 剣を掲げる、あれは!

「オーバーフレアぁっ!」

 アリーシェの眼前で、炎の刃が、『モンスター』を縦一文字に斬り裂いた。

「エ……!」

 アリーシェは、しかし口にしかけた言葉を飲み込む。そして急いで、『魔術』の力を体内からつむぎ出した。

 驚くよりもまず、このチャンスを最大限に生かすのだ。

「ロックブレイド!」

 側面へ向けてそれを放つ。 ザットと対峙していた『モンスター』。その足元から刃のように鋭利な岩が突き出し、細長い胴体を串刺しにした。

 

    ◆

 

 ラドニスのロングソードが、『モンスター』の喉笛を食い破る。

 紫紺の血を振りまきながら倒れたそれが、姿を確認できた五体、最後の一体であった。

 ラドニスは短く息をつく。

 それとほぼ同時に、並んだ建物の向こう側から、大量の勇ましい声が響いてきた。

 そしてそれに、戦闘とおぼしき様々な音も重なっていく。

 距離にして、道ふたつぶんといったところだろうか。

「衛兵団か……?」

 と、当たりをつける。もしかしたら、敵の本営はそちらにあったのかもしれない。

 ラドニスは剣を収めながら、周囲の状況に目を配った。

 見える範囲に関しては、一般人の避難は完了しているだろう。道に残っているのは人間と『モンスター』両方の死体。そして、仲間たちだけだ。

 倒れている『モンスター』五体のうち、一体はラドニスがトドメを刺した。もう一体は、アリーシェが『魔術』で貫いたのを目撃している。

 残りの三体。そのすべてをひとりで斬り伏せた彼女を視界に収め、ラドニスは改めて口元をほころばせた。

「心配をかけさせてくれる」

 

 ざっと見渡すところに敵がいなくなり、アリーシェは自分の中で一段落をつけた。

 他のところにも『モンスター』がいるのはわかっている。まだまだ危機に瀕している人はいるかもしれない。

 しかし今は、ほんの少しだけ甘えたい気分が勝っていた。

「エリスさん!」

「姉御っ!」

 弾んだ心をそのままに、ザットと共に彼女のもとへ走り寄る。

 エリスはひと息つきながら、満面の笑みをふたりに返した。

「おう、奇遇だな」

 たしかに奇遇には違いないが、そういうことではないのにと、アリーシェは苦笑いしたくなった。

「会えてよかったぜ、姉御! いや、よかったです! 捜してたんですぜ、みんなで手分けして」

 ザットはエリスの手を握りしめて、惜しみなく嬉しさを表現する。

 ふたつの手は、カクテルを作るかのようにぶんぶんと振り回された。

「そりゃこっちだって捜してたけど……」

「でも本当に……よかった……」

 エリスの言葉を聞き終える前に、アリーシェは声を震わせて呟いた。

 手で口元をふさぐ。その瞳は、うっすらと潤んでいた。

 もしかしたらもう会えないのではないかという不安。あの森を離れたことに対する責任。そしてわずかな気持ちのゆるみが加わり、感情があふれ出してしまったのだ。

「……ごめんなさい……」

 続いた言葉も涙声である。

「やっ、やめろよ、おい……なんか、そういうのはっ!」

 めずらしくうろたえるエリスであった。

 アリーシェのそういったリアクションは、まったく想定していなかった様子である。

 そこへ、遅れて他の四人も集まってきた。

 話をそらすように、エリスはそちらへ体を向け直す。

「よし! みんな無事みたいだな」

「それはこっちが言いたいことだ!」

 と、レクトが即座に返した。

 責めるような、しかし子供を叱る時のような口調でもあるだろうか。

「何も告げずにいなくなって、自分勝手にもほどがある! 迷ったのだとしても、行動が軽率すぎる! 何を考えていたんだ!」

「なっ、なんだよ、やいのやいの言いやがって!」

 エリスは、せっかく再会できたんだからもっと喜べよ、というように口を尖らせる。

「こっちだって、はぐれたくてはぐれたんじゃねーよ」

「原因を作ったのは、お前だろう」

 明らかな正論を言われて、反論できずにぷいっと横を向いた。

 反省の色はまったくなかった。我に汚点なし、といった構えである。

「仕方なかったんだっての、あん時は。でもこうして合流できたんだからいいじゃねーか」

 そんな彼女を、レクトはぐいっと抱き寄せた。

「ああ、良いに決まっている。だが今後は、日頃からもっと深く考えて行動すべきだ」

 互いに無事でいる。こうして触れ合うことができる。それを確かめるようにしてから、耳元でささやいた。

「そうしてくれ、エリス」

 その言葉になって、ようやく彼の本音が表われたような気がした。

「……わかったよ、レクト」

 今度はエリスが、子供をあやすようにレクトの頭をぽんぽんとなでる。

 そしてどちらからともなく体を離した。

「…………」

 それをなんとなくふてくされて見ているのが、パルヴィーである。

「人騒がせっていうか……」

 聞こえよがしに不平をこぼす。その村の出身者は再会の時は皆そうしなければならないのか、とひどく言いたげでもあった。

「心配してたんですよぅ……」

 その横で、リフィクが泣き出しそうな表情で声をしぼり出す。

「悪かったって。次は気を付けるよ」

 渋々、といった感じに認めるエリス。

 形はどうあれ、無事に再会できたことに全員が喜びを感じているのは間違いなかった。

「にしても……いったいどうなってんだよ、こりゃあ」

 とはいえ喜んでばかりもいられない、とエリスが顔をしかめる。

「いきなり大量にやってくるわ、好き勝手にやりやがるわで。なんか恨みでも買ってんのか、この町は」

「敵の思惑はわからないけど」

 アリーシェは目元を拭って、声に凛々しさを取り戻した。

「今はとにかく、被害を食い止めるだけよ」

「お前はそうでなくちゃっな。調子が狂うっての」

 ニカリと笑うエリスへ、アリーシェは一瞬だけ微笑みを返す。

「エリスさん、私たちは『ボス』を狙っているの。倒すことができれば敵の勢いを抑えられるはず……。まだこの近くにいると思うんだけれど」

「『ボス』ってことは」

 エリスはチラリと、はたに転がるチーターに似た『モンスター』へ視線を向けた。

「こいつらみたいな奴か」

 目標をしっかりと頭の中に入れ、うんうん、とうなずく。

「確率としては、あちらが高いな」

 助言するように、ラドニスが口を開いた。

 その顔は、建物の並ぶ向こう側――勇ましい叫びや剣戟の響きが聞こえてくるほうへと向けられていた。

 衛兵団が応戦にきている……となれば、敵の最前線がそちらに移る可能性も高いだろう。うまくいけば、そこから『ボス』の姿がうかがえるかもしれない。

「よーし!」

 エリスはあふれんばかりに意気込んで、戦場の空へ高々と拳を突きつけた。

「本領発揮のあたしたちの力、奴らに見せつけてやろうぜーっ!」

「はいっ!」

「ああ!」

「そうね」

「うむ」

 と、いきなりではあったが、仲間たちから口々に呼応の声がかけられる。

 しばし離れ離れになっていた皆の気持ちが強引にもひとつになった瞬間に思えた。

「その服装に関しては、みんなスルーなの……?」

 パルヴィーだけ、少々ズレた反応を示していたが。

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