第五章(10)
「よくも顔を見せられたものだな」
変わらず突き放すような態度をぶつけるレクト。ハーニスは、それを柳のように受け流した。
「個人的な感情は多々ありましょう。しかし、今はそれどころではないはずです」
レクトだけではなく、他の者にも向けた言葉である。
「あなたにいじわるされるのを覚悟で顔を見せにきたのは、あなた方にお願いしたいことがあるからですよ」
まるで冗談のような切り口だが、次に続いた言葉は、冗談と言うにはたちが悪すぎるものだった。
「西と東から『モンスター』の群れが侵攻してきているのはすでにご存じでしょうが、すぐに南からもやってきます」
「…………!?」
あまりにあっさり告げられたため、一瞬、一同は言葉の意味を理解しかねた。
ハーニスは、それに構わず話を続ける。
「町の兵は現時点でも手一杯。恐らく私たちの話は聞き入れてもらえないでしょう。故にあなた方に、南方を対処していただきたいのです」
ハーニスはスッと、西の空を振り仰いだ。立ち上る黒煙は、町の惨状さを物語っている。
「対応が遅れれば被害は増える一方……そして私たちふたりでは、手に余る数です」
しかし六人ともなればある程度の範囲にも対応できる。そういうことだろうか。
「……信用しろと言うの?」
そこでアリーシェが、口を開いた。
態度自体は冷静であるが、声には少量のトゲが見え隠れしている。
「『リゼンブル』の言うことを」
「それはそちらにお任せします」
ハーニスは、もう用事は済んだとばかりにあっさりといなして踵を返した。
「ともかく我々は、これからあの西方の『ボス』へ向かいますので。では」
不敵と言える笑みを残して。
ハーニスと、そして終始無表情だったリュシールは、風のように元の路地へと消えていった。
「アリーシェ様……どうします?」
パルヴィーに訊ねられても、アリーシェは即答できなかった。
「……信用できないわね」
というのが、彼女の本心である。あるいは、信用したくない、という感情が含まれているのかもしれないが。
「こんな時に、不確かな言葉に従って動くべきじゃないわ」
「『こんな時に』、無意味なウソをつくような人じゃありません」
それに反論したのは、意外にもリフィクであった。
「信用の置ける人だと、僕は思ってます」
「ずいぶん肩を持つのね」
残念そうな視線を向けるアリーシェ。
「それは……少しですが、一緒にいたこともありますし……」
発言した勇気はどこへやら、リフィクは一気に、普段の気弱な態度へと戻ってしまった。
「……たしかに」
そこへレクトが、渋々といった具合に助け舟を出す。
「彼らが『モンスター』を敵視していたのは事実です。それに、もし本当に新たな『モンスター』の群れが現れるのなら……無防備な一般人たちが、さらに被害に遭う。それは、なんとしても避けるべきです」
少しでも可能性があるのなら、そんな一般人たちを守る選択をするべき。レクトは、そう意見を出した。
「……」
アリーシェとしても、その考えがないことはない。だから即答できなかったのだ。
が、やはり心情的に、『リゼンブル』の言うことを鵜呑みにするのには抵抗があった。
ラドニス、パルヴィー、ザットは、黙って彼女の決定を待っている。余計なことを言わないのは、ひとえに彼女の采配を信頼しているからだろう。
レクトとリフィクにしても同じである。異論は出したが、最終的な決定には素直に従うつもりでいるのだ。
「……わかったわ」
ややあってから、アリーシェは深くうなずいてみせた。
「あの『リゼンブル』の言うことは信用できないけど、レクト君リフィク君、ふたりの言うことは信用できる」
それは彼女の、最大限の譲歩であった。
「急いで南側の防衛に回るわよ」
◆
ひとりの青年兵が、小さい女の子を抱えて裏路地を走っていた。
住人らの救助を任務に奔走していた彼である。見るからに親とはぐれてしまったらしい子供を発見したため、やむなく戦場から離れているのだ。
隊の他のメンバーとも離れることになるが、それは致し方ない。今はこの子の無事のほうが重要なのだ。
しかし走り出したはいいが、どこへ連れて行けばいいのか迷ってしまっていた。
恐らく初等学校にも上がっていないような年齢だ。どこか適当に安全なところ、というわけにもいかないだろう。
最初は泣きじゃくっていた女の子ではあるが、青年に抱かれて安心したのか、今は泣きやんで体にしがみついている。
青年は、ふと、礼拝堂か……と思い至った。
ここからは少し距離があるが、町の南に精霊を祭った聖堂がある。南側は、まだ『モンスター』の攻撃の手も伸びていないはずだ。
精霊の加護のもとなら、かならずこの子も無事でいられる。
行き先を決めた青年兵は路地を抜け出て、南方へと進路を変えた。
その時。
背後から、強烈な気配が迫ってくるのを感じ取った。
振り向くと、獅子に似た『モンスター』の一体が、通りの先から猛然と走ってくるのが目に飛び込んできた。
「!?」
青年と女の子は揃って慄然とする。
『モンスター』は通常サイズの一体だけだが、それでも脅威には他ならない。
青年は焦りながら、めまぐるしく頭を回転させた。
逃げるべきか、戦うべきか。だが、この子を連れたままで逃げきれるのか? 自分ひとりで、戦うことができるのか?
とっさに考えるが、動揺している頭では決められようもない。そして時間も待ってはくれない。
『モンスター』が迫る。
青年は動くこともできずに、ただ女の子を胸のうちに隠すようにして体をすくめた。
――転瞬。
その決死の覚悟は、徒労に終わることになる。
『モンスター』は、まるでふたりが見えていないかのように、そのすぐそばを駆け抜けていったのだ。
青年はハッとしたように顔を上げ、『モンスター』の背中を振り向く。
「!」
そして、気付いた。
『モンスター』は、ただ走っていたわけではない。逃げていたのだ。
そしてそれを追いかけていた者の姿は、『モンスター』の体でさえぎられていて、正面からは見えなかった……!
「…………」
遠ざかる両者を眺めながら、青年は何度も目をぱちくりとさせた。
この状況にまったくそぐわない、理解不能な後ろ姿が、そこにあったからだ。
「……ウェイトレス……?」
◆
「砕け散れ!」
ドレッド・オーの屈強な右腕に、にわかに光が集まった。
ファビアンは、その前兆を見逃さない。
「あの技かっ……!」
すぐさま、後方に構える仲間たちへと呼びかけた。
「よけろっ!」
それを聞き、クレイグ、ベッカー兄弟が、素早くその場から散開する。無論ファビアンも、別方向へと走り出していた。
「ガストブレイク!」
ドレッドが、右腕を激しく地面に叩きつける。
そこから地を這うようにして、巨岩のような衝撃波の塊が放たれた。
足元に、ビリリとした震動が伝わってくる。
狙われた先は、二刀流の青年、クレイグだった。
ファビアンの一声のおかげで、よもやというところでその回避に成功する。
しかし衝撃波はそのまま爆進し、彼の後方にあった建物を前言通りに砕き散らした。
周囲には、そんな建物が山ほどある。
ドレッド、あるいはその手下たちが、見境もなく破壊しているのだ。
衛兵や銀影騎士団の四人も奮戦しているが、相手のパワーが強力すぎる。故に、食い止めようと思っても食い止めきれないのだ。
「ここまでの力か……!」
ベッカー兄弟の放つ『魔術』の光に横顔を照らされながら、ファビアンはノドの奥をうならせた。
一体に対し四人がかりで挑んでも圧倒されっぱなしというのは、彼の戦歴においても数少ない事態であった。
たとえ『ボス』であったとしても、である。まともな戦いになっているかも怪しい状況だ。
しかもこの敵は、スキあらば町の破壊も行なっているのだ。
人間との戦いなど片手間で充分、とでも言わんばかりに。
「だが、この力に立ち向かってこその銀影騎士団!」
ファビアンが、そんな行動を許さないためにと果敢に攻め込んだ。
ベッカー兄弟の氷槍をかわしたその着地際に、狙いを定める。
ツーハンデッドソードを頭上に振りかぶり、力強く叩きつけた。
かなりの重量を誇る大剣を、ドレッドは、片手の爪だけでなんなく防いでみせた。
「貧弱な武器だ」
「……!?」
ニヤリとドレッドが笑う。ファビアンは至近距離で、その牙の鋭さを見た。
「我を斬るのなら、こうをする!」
反撃とばかりに、もう片方の爪が恐ろしい速さでファビアンを襲う。
ファビアンの戦士としての直感が、なかば倒れ込むようにして体を引き下がらせた。
ドレッドの爪が、ファビアンの胸甲表面をまるで粘土のようにえぐり取った。
そんな謎の四人組と敵『ボス』との戦いを、横目にうかがう衛兵団の小隊長である。
心情的に面白くはなかったが、『ボス』を引きつけておいてくれるのはありがたいところであった。
ここでこちらが手下相手に手間取っていては立つ瀬がない。
レタヴァルフィー衛兵団の名にかけて、外部の者に負けてはいられないのだ。
「正面からは挑むな! 連携を取って挟みうちにしろ!」
指揮する声に含まれる熱意は、部下たちにも充分に伝わっていた。
◆
疾風になって草原を走るツァービルたちの前方には、レタヴァルフィーの外壁がはるか高くそびえ立っている。
町の中にある建物と比較すると、三階建てと同じくらいだろうか。
壁の一角には、巨大で堅牢な門がある。普段は解放されているが、『モンスター』の襲撃があったために閉じたのだろう。
ドレッド・オーらはこの門をたやすく突き破って侵入したが、ツァービルは、自分たちの力では破るのに多少の時間がかかってしまうだろうと読んでいた。
故に、もっと手っ取り早い方法を採用する。
走る勢いのまま、壁に向かってジャンプした。
おおよそ半分を越えた高さまで達すると、足の爪で壁を蹴り上げ、さらにそこから跳躍する。
二段のジャンプで、ゆうに外壁の頂上に立つことができた。
全員が横一列にズラリと並ぶ様は、壮観、と称しても良いくらいであった
強い風を体に受けながら、ツァービルは町並みを一望する。
「……北に動きがないな」
そして、呟いた。
中の様子は、遠巻きから見た予測とほとんど同じだった。予定通りに西と東に戦火が起こり、町の兵らが分散している。
だが北側には、なんら騒ぎが起きていなかった。
「そのようで……」
すぐ横の手下が、呟きを聞き反応する。
ツァービルは、「まぁいい」とかぶりと振った。
「所詮は、白でも黒でもない『灰』だ。最初から頼りにはしていない」
言いながら、ふた振りの短剣を手に構える。それに合わせて、手下たちもじゃらりと武器を構えた。
短剣、長剣、槍、斧、と多種に渡る刃がキラリと光る。
彼らに気付いた住人たちが、見上げた体勢のまま息を呑んだ。
「かかれ!」
ツァービルの一声を合図に、チーターを思わせる『モンスター』たちが、次々町の中へ飛び降りていった。