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第一章(2)

 

 そこからおおよそ二日進んだ頃。三人はようやく人里とおぼしきところにたどりついた。

 深い森にまぎれるように並ぶ、レンガ造りの家々。村の規模はささやかでこじんまりとしているものの、それでもエリスらの故郷『フィアネイラ』よりは大きいだろう。

 まず目に入ったのは、倒壊した家屋だった。

 その奥の家も、ボロボロな状態。右の家も左の家も、もれなく穴が開いていたり屋根がなくなっていたりと、無惨な様子で佇んでいた。

 見渡すかぎり、村全体が同じような有り様となっている。

 それは恐らく昨日今日壊れたものではないのだろう。しかし、廃村というわけでもないらしい。その証拠に、ぽつりぽつりとではあるが村人たちの姿が見受けられた。

「……なぁ。直さねぇの?」

 近くでクワの束を運んでいた青年へ、エリスがぶしつけにもそう声をかけた。家やなんかを、と。

 青年は足を止め、元気のない顔を振り向かせた。

「直したって無駄だよ。どうせすぐ、また奴らに壊される」

「奴ら?」

「決まってるだろ」

 青年は値踏みするような目で三人を眺めたあと、興味を失ったようにまた歩き出した。

「『モンスター』だよ」

 という言葉を残して。

 

 エリスは表情を刃のように尖らせて、改めて村の景色を見回した。

 破壊の跡。強奪の跡。蹂躙、殺戮、暴虐の跡。爪痕と傷痕にまみれた名も知らぬ村が、そこにある。

 だが知らぬでは済まされないのだ。もし『自警団』がなければ、故郷フィアネイラもこうなっていた。守るべき人間がいなかったらば。

 他人事では済まされない。

 視界に入る村人たちの顔にも、先ほどの青年と同じような疲れと絶望が色濃くにじみ出ていた。満身創痍な心根が表れている。

「……素通りできねぇなぁ」

 エリスは拳を握って、力強く宣言した。

「『モンスター』が近くにいるなら、片っぱしから倒す。根こそぎ!」

 まのあたりにして、真の意味で理解したのだ。世界にはびこる『モンスター』たち。その所業。傍若無人さを。

「村の連中なら知ってるだろ、奴らのねぐらがどこにあんのか。そいつを聞き出して……」

「や、やめましょうよ」

 と、まるで水を差すようにリフィクが口を挟んだ。

「そういう危険な行いは」

 エリスは、剣先のような視線をリフィクへ向ける。

「あー!?」

「た、たしかに無惨なことに違いありませんが、恐らく、さしあたっての危機はないはずです。首を突っ込む必要は……」

「そういう問題じゃねぇぇぇんだよ! てめぇの頭ん中には、脳みその代わりに綿でも詰まってんのかっ!」

 今にも殴りかからん勢いで詰め寄るエリス。身長はリフィクのほうが高いため自然と見上げる格好になるが、それでも迫力では完全に圧倒していた。

「あたしらは奴らのトップをぶっ飛ばしに行こうっつってんだ! そのあたしがっ! このエリス・エーツェルが、どうして奴らの下っぱごとき相手に尻に帆をかけなきゃならねぇんだよ!」

「下っぱと決まったわけでは……」

「言い訳すんなっ!」

 言い訳ではない。

「『モンスター』が目の前にいるってんなら叩く! ただそれだけだろうがっ! 簡単っ! 明快っ! 小難しい御託はいらねぇぇんだよ!」

 言っていることはさておき気迫に押され、リフィクは黙らざるを得なくなってしまった。舌戦では勝てる気がしない。かと言って力ずくではもっと勝ち目がないだろうが。

 リフィクは助けを求めて、静観していたレクトへ視線を送った。

「俺も、エリスと同意見です」

 が、あっさり裏切られる。

「そんなぁ、レイドさんまでっ……」

 リフィクはわかっていないのだ。

 大人しやかに見えるレクト・レイドではあるが、彼も立派に『フィアネイラ自警団』の一員なのである。彼らとたがわず、『モンスター』に対する憤りや篤い思いを胸のうちに秘めているということを。

「この惨状が『モンスター』の手によってなされたものなら、到底見過ごすことはできません」

「これで二対一だ。まっ、子分と弟分にはハナっから投票権なんてねぇけどな」

 エリスは機嫌をやや戻して、しかし目つきは鋭いままで荒らされた村を再び見た。

 明日は我が身。いつかフィアネイラがこんな風になってしまう日が来るかもしれないのだ。今立ち向かって行けないものが、土壇場で立ち向かって行けるわけがない。

 初志貫徹。もし姿勢を曲げたら、その瞬間にもう元には戻れなくなる。ならば曲げなければいいのだ。一貫して。志を。

「な、なら、せめて……」

「有象無象共っ! エリス・エーツェルの行く先、阻めるもんなら阻んでみろーっ!」

 リフィクの提案を聞こうともせず、エリスは誰に向けてでもなく高らかに名乗りを上げた。

 横目に見る村人たちの目には、さぞや奇天烈な人間に映っていることだろう。

 なにせ長く共にいるレクトでさえもそう思っているのだから。

 

 

「おや。旅のかたとはめずらしい」

 日陰のベンチに座る高齢の男性が、物腰柔らかにそう口を開いた。

 村の奥に位置する、これまたレンガ造りの集会所らしき建物。その入り口脇に、丸太をそのまま半分に切っただけのベンチがぽつんと設けられていた。

「あいにくご覧の通りなので、たいしたもてなしもできませんが」

「いえ、そんな」

 老人の律儀な応対に、条件反射的に恐縮してしまうリフィク。

 エリスは老人の隣にどっかりと座り込み、

「この村を荒らしてる奴らいるだろ。あいつら、どっから来てるか知らねぇ?」

 とアイサツもそぞろにぶしつけに質問を投げつけた。

 立っているふたり……取り分けレクトが不平そうな顔をしたが、注意を口に出す前に老人が言葉をもらした。

「あのおぞましい者たちのことですか……」

 その表情が暗いのは、日陰の下にいるせいだけではあるまい。

「残念ながら、どこからやって来るのかは私には皆目」

「やっぱりな。こんなくたびれたジジィが知ってるわけねぇか」

 ストレートに失礼極まりない言葉を吐くエリス。

「いいかげんにしないか」

 さすがに今度はレクトが鋭くクギを刺した。慎め、と。

 が、しかし。

「はっはっ。よかろう」

 罵声を浴びせられたはずの老人が、愛想ではない笑いを浮かべて逆にレクトのほうをなだめ始める。

「人間、年を取ると自分の言いたいことも言わずに迎合ばかりしてしまうもの。このお嬢さんくらい素直なほうが私は好きだね」

 そして微笑みをたたえた顔をエリスへとかたむけた。

「なんだよ、話がわかるジィちゃんじゃねぇかよ」

 年齢を重ねるとそのぶんだけ寛大な心が身につくのだろうか。小首をかしげていいのか感心していいのかよくわからず、レクトは眉をひそめて口をつぐんだ。

 そんな彼へ、

「バーカバーカ」

 エリスの筋違いな反撃がお見舞いされた。

 

「それにしても、なんだかずいぶんと……忙しそうですね、この村の方々は」

 腰をかがめて目線を合わせ、リフィクが老人に世間話を持ちかけた。

 口調が一瞬だけたどたどしくなってしまったのは、口に出す言葉を選んでいたからだ。この老人が好む素直な言い方をするなら、さしずめ『無愛想で冷たいですよね』といったところであろう。

 村の惨状を見るに少しは心がすさんでしまうのも無理はないのだが、いくらなんでも取り付く島がなさすぎるのだ。

 揃いも揃ってなにやら農作業や狩りの用意に没頭し話も聞いてくれない。

 だからこうして、のほほんとしていたこの老人くらいしか相手をしてもらえなかったのだ。

「私にはわからないが。皆がそうしている以上、近いうちにまたやって来るということなのでしょう」

 老人は眉根を寄せるように細い目をさらに細めて、どこか遠くを見やる。

「あの異形の者たちが」

「『モンスター』!?」

 エリスはベンチから飛び上がるように腰を浮かし、語調を高めた。

「来るってのか!? 奴らが。近いうちに!?」

「……食料か『人間』をよこせと、脅しに来るのですよ。だから皆ああして、必死に多くの食料を集めているのでしょう。でなければ村人が食料になる。普段はやさしく穏やかな方々ですから」

 老人は悲しそうな声で淡々と告げる。年齢を重ねすぎて体が弱り、困っている皆に力を貸すことができない。そんな悔しさが表情の奥底にかいま見えた。

「食料……?」

 引っかかるものがあったのか、ぼそりと呟くレクト。

「……よくある話ですね」

 その横で、リフィクが同情するようなため息をついた。

 たしかに『モンスター』は人間の肉を好むが、それしか口にできないわけではない。基本的には雑食だ。

 故に人間を食べてしまって数を減らすよりは、脅迫して奴隷同然に働かせるほうが結果的には効率がいい。言うことを聞かないようならその時に食べてしまえばいいだけなのだから。

「頭の良い『モンスター』は、だいたいそうしています。僕も何度か目にしてきました」

 リフィクの説明を受け、合点がいったとレクトと静かにうなずいた。

「奴らのほうからノコノコやって来るってんなら話が早い。ふん捕まえてねぐらの場所を吐かせてやる」

 エリスは意気衝天と拳を握る。

「そのあとは一網打尽だ!」

「網が小さすぎる」

 そこへ、レクトが冷静な指摘を突っ込んだ。

「奴らの総数はわからないが、俺たちだけでは確実に戦力が足りない。協力者を集めよう」

「そ、そうですよね。さすがに三人だけというわけには……」

 同意するリフィク。村を発つ時にも思ったのだが、あまり自警団の戦力を減らすわけにもいかないかと飲み込んだのだ。

「アホか。一騎当千のあたしがいりゃぁ問題ないだろ。こちとら天下無双のエリス・エーツェル様だぞ」

 その自信はなにを根拠としているのか、エリスは外聞も臆面もなく豪語した。相変わらずのビッグマウスっぷりである。

 と、そんな時。

「失礼」

 不意に、明後日の方向から若い男性の声が投げかけられた。

「立ち聞くつもりはありませんでしたが」

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