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第五章(6)

 

 町のどこにいても、その雄姿はうかがえた。

 レタヴァルフィーの中心部にそそり立つ巨大な塔。それを守るように囲む、城にも似た建物があった。

 しかし城といっても城壁や堀はなく、敷地内も住人たちが自由に出入りできるよう解放されている。

 建物の仰々しさとは裏腹に、住人らが抱くイメージには親近感があった。そこが、信頼に足る場所だと知っているからだ。

 そここそが、町を見守る要所。レタヴァルフィー衛兵団の本拠である。

 

 日課である町の巡視を終えたフェリックス・ムーアは、四階にある自室へと帰還していた。

 その部屋に備え付けてある窓からは、町の様子が一望できる。ここより高い場所は、ちょうど背後の方角にある、衛兵団の見張り塔しかないからだ。

 フェリックスは、ここから見える景色が好きだった。

 自分たちが守るレタヴァルフィーという町が、今日もこうして平和でいる。それをなによりも幸せに思うのだ。

「いつも、ご苦労様です」

 部屋のドアが開き、補佐として置いているキーロン・クリーズが入室してきた。

 前任の兵団長の頃から補佐をつとめている彼である。年齢はだいぶ上なのだが年功を仕事に持ち込まないため、フェリックスにしてみれば非常に接しやすい人物であった。

「必要なことだ。苦ではない」

 フェリックスは一度だけ彼の顔を見て、再び窓の外へと視線を戻す。

「前任者が呆けすぎていたのだ。巡視くらいのことをやらずして、なにが兵団長か」

「御父上も、立派な方でしたが……」

 いつになく饒舌になってしまったフェリックスを、キーロンがフォローする。この部屋にはふたり以外にはいなくとも、である。

 前兵団長のディーエルトン・ムーアとは、フェリックスの実父だったのだ。

 長らく兵団長をつとめたディーエルトンであったが、高齢ということもあり、数年前に衛兵団を退役した。

 その後任として選ばれたのが、フェリックスである。

 しかし彼が父の威光で今の地位を手に入れたかと言えば、そうではない。彼自身は兵卒からの叩き上げだ。

 それは父の方針であり、彼の意向でもあった。

 兵団長への抜擢は、単純に彼の才覚が買われてのことである。

「実績は認めている。だが、あまりに保守的だったのだよ」

 そんな経緯の彼であるからこそ、将校の誰よりも、前線に立つ兵の気持ちを理解しているのだという自負があった。

 戦う者の最大の武器は、剣でも『魔術』でもなく、個人の持つ意気なのである。

 戦い、町を守ることに対する気概。それが、時として実力以上の力を引き出すこととなる。

 フェリックスは、それを高める策をいくつも取った。

 積極的に『モンスター』を討伐しに出るというのも、その一環である。『モンスター』にも対抗でき、なおかつ勝利を収めたとなれば、自信が意気へのプラスになる。

 その戦果を大々的に周辺の地域に広めたのも同様だ。

 自分たちの活躍が町の名を上げる。衛兵団を頼りにし、必要とする人間も増える。その認識が、士気の高揚につながっていく。

 ひとりひとりの士気が高まれば、それが団全体の力の底上げになるのだ。

 事実、フェリックスが方針を変えてから、衛兵団の兵力は如実に高まっていった。

 どの策も前任のディーエルトンが手をつけなかったことのため、他の将校らから、急進的すぎるとの声が上がることもあった。だが形として表れた結果が、そんな口をも黙らせた。

 衛兵団の強化は、すなわち町がより安全になるということなのである。

 それに対する異議など、誰も出せようがなかった。 

「……?」

 ――ふと、突然に。

 窓の外を眺めていたフェリックスは、見慣れた景色の中に異変を感じて、眉間のシワを増やした。

「なんだ……?」

 普段とは違うもの。

 遠くの空である。

 なにかが飛んでいる。

 それも大量に……。

「鳥……ではない……」

「どうかされて?」

 キーロンの問いかけも無視して、フェリックスは目を凝らす。

 ただならぬ胸騒ぎがしていた。

 その時。慌ただしく、部屋のドアが開け放たれた。

 焦った様子の兵士が駆け込んでくる。

「見張り塔より緊急報告っ!」

「なにごとか!」

 とキーロンが、無礼を叱りつけるように言った。事実ノックもなかった。

「構わぬ。申せ」

 フェリックスの許しを得て、兵士は伝令を続ける。

「は! に、西の空に、『モンスター』の大群が現れたと……!」

 その内容は、耳を疑うべきものだった。

「なんだと!?」

 キーロンは目を見開いて、思わず聞き返す。

「そ、そして、町へ向かって直進しているとっ!」

 続いた言葉に、フェリックスは弾かれたように振り返り、再び窓の外を見た。

 そこからの景色。西の空を、射抜くような視線で凝視した。

 

     ◆

 

 最初にそれを発見したのは、どちらだったろう。

 町の中央にそびえ立つ塔の上の、監視兵か。もしくは西門に立つ、守衛の者か。

 『それ』を見た順番は定かではないが、人生を終えた順番は、明確であった。

 門の守衛にあたっていた兵は、周囲のわずかな人間に危機を知らせただけで、巨大な火炎弾に飲み込まれてしまった。

 『それ』が、町の外壁と門の上をゆうゆうと飛び越えて、レタヴァルフィーの内部へと侵入する。

 蝶のように薄く大きな羽を、羽ばたかせて。

 知る者からは女傑などと呼ばれることもある、『モンスター』、ジェラルディーネ・デテッフェである。

 彼女の姿を見た住人たちは、驚くよりも先に、その姿に見入ってしまっていた。

 無論、それが『モンスター』であるということは一目でわかる。だがそれがすぐに危機感に結びつかないほど、彼女の羽ばたく姿は優美であったのだ。

 生ける美術品と言おうか。空に浮かぶ花と言おうか。天から舞い降りた星と言おうか。

 まさに蝶のように優雅に飛ぶ彼女の、魔性の魅力に、人間たちはただただ眺めているしかできなかった。

 しかし直後、そこに危機感を叩きつけられることになる。

 ジェラルディーネに追随するべく、多数の『モンスター』が空を覆ったのだ。

 容姿はジェラルディーネにも似ているが、こちらはがっしりとした体の、恐らくは男性型が大半を占めている。

 その総数、四十、五十では利かないだろう。もっとも見えているだけで、であるが。

 安全と信じていた町の上空に現れた異常な光景に、人間たちは――そこでようやく――慌てて避難をし始めた。

 恐怖と衝撃が次々に伝播し、人の奔流が急速に広がっていく。

 青ざめて逃げ惑う人々の頭上で、ジェラルディーネは物見遊山のように町並みを見渡した。

「勇将とやらはまだか。早くせぬと、その力を発揮する間もなくなるぞ?」

 そこにはいない相手に笑いかける。

 ふと、高くそびえる塔へ目をつけた。

 そしてその最上部に立つ兵と、彼女は『目を合わせる』。

 といっても兵士のほうは、その自覚はないだろう。恐らくおおまかなシルエットとして彼女の姿が見えるか見えないか……という距離なのだ。

 しかしジェラルディーネには、その兵の瞳に映る自分の姿でさえも、見ることができた。

 塔を眺めたまま、酷薄な笑みを浮かべる。

「よい度胸よの。わらわよりも高みにいようなどと」

 彼女が少し手を振るだけで、後方に控える手下全員が、行動を開始した。

 蝶のような羽が、蛍のように発光し出す。

 光の大群は、夜に浮かぶ満天の星々よりもきらびやかであった。

 だが美しくはあっても、それは死をいざなう光である。

「ファイアバレット」

 ジェラルディーネが、ささやくように告げる。

 それに応えるべく。後方の手下たちは羽の光を拡散させながら、一斉に火炎弾をうち放った。

 人の頭ほどはあろう火球が、無数に町に降り注ぐ。

 いたるところに着弾したそれは、破裂した水風船のように、周囲に炎をまき散らした。

 人が飲み込まれる。建物が破壊される。悲鳴と断末魔の叫びが、黒煙にまざって、上空のジェラルディーネにまで響いていた。

 異変に駆けつけてきた衛兵たちは、その場の光景を目にして愕然とする。

 西の一角は、ものの一手で火の海と化していた。

 

     ◆

 

「よう、どうだった?」

 とザットが、戻ってきたレクトに問いかける。

「いや、特に情報は無しだ」

「やっぱりですか」

 そんなレクトの答えを聞き、リフィクは小さく肩を落とした。

 三人は、昨夜利用した宿屋の前に集まっている。あらかじめて決めておいた時間になったため戻り、互いに成果を報告していたのだ。

 進展が無いというのも、有力な情報である。無いなら無いで、別の場所へと捜索範囲を移すことができるのだ。

「だけどレイドさん。エーツェルさんがこの町にいるという可能性が、少しだけ高くなったんですよ」

 弾んだ声でリフィクが告げる。

 レクトは眉を上げて、ふたりの顔を見た。

「なにか情報があったんですか?」

「そうらしいぜ」

 ザットがリフィクのほうへと顔を向けたため、レクトもそちらへ視線を注ぐ。

「はい、町の外なんですけど……あの森の中で、エーツェルさんと会ったという人がいたんです」

「本当ですか?」

 とレクトは、驚きと喜びのミックスされた表情を浮かべた。

 理由もわからないまま行方不明になったエリスの、少なくとも当時の無事は判明したということである。それだけでも充分な情報であった。

「ということは、その人がこの町に着いているということは……エリスもこの町に着いていて、おかしくないと?」

 レクトは、はやる気持ちを抑えて聞き返した。

「はいっ!」

 そういう理論になるからこそ、リフィクも喜んで報告したのだ。

 口にこそしなかったが、今までは『いないかもしれない』という状態であった。しかしその情報によって、『いるかもしれない』というふうに好転したのである。

 その差は大きい。

 目標が近ければ近いほど、やる気というのは高まるものなのだ。

「あとは、あの子だな」

 残るパルヴィーの姿を捜すように、ザットは辺りを見回した。

 そんな時である。

 まるでさざ波のように、どこか遠くから『声』が聞こえてきた。

 ひとつではない。複数、もしくは大量の声が、攪拌されて響いてきたのだ。

「なんだ……?」

 レクトは眉をひそめて、耳をすます。

 声は徐々に大きくなってくる。そして大きくなるにつれ、声の種類も判明してきた。

 それは、悲鳴だ。

 緊迫し、恐怖に包まれた、感情の叫び声。幾重にもなったそれが、様々な方向から響いていた。

「どこから聞こえてくる……!?」

 その断定ができずに、レクトは周囲に目を走らせた。近くにいた他の人間も、なにごとかと辺りをきょろきょろ見回している。

 そこでレクトは、もしやという可能性に思い至った。

 どこから聞こえてくるかわからないのは、いたるところからその声が上がっているからではないか……と。

 今立っている場所は、宿屋や商店など比較的高い建物が周りにあり、見晴らしが悪い。

 レクトは、とにかく大きな通りに出て様子をうかがおうと、すぐさま走り出した。

 険しい表情のザットと青ざめたリフィクも、つられるように彼に続く。

 走り出したあと。どこかで「『モンスター』だ!」という叫びが、聞こえた気がした。

 

 レクトら三人は、角を曲がって大通りに出たところで、それに直面した。

「……!」

 驚きのあまりに三人とも声を失う。

 蝶のような羽を持つ『モンスター』たちが、空の一角を覆っていた。

 道の先――西のほうでは、黒い煙と巨大な炎が踊り狂っている。

 そちらに走る衛兵たち。

 そして逃げ惑う人々の奔流が、こちらに向かって押し寄せてきた。

 それに巻き込まれまいと、三人はとっさに建物と建物の陰へと避難した。

「どうなってやがんだ、こりゃ!」

 ザットが感情のままに吐き出す。恐らくそれは、三人の総意であろう。

 まさかこんなことが起きようとは、である。

 ぱっと頭上を見るザット。そして外壁のわずかな突起を手がかりに、軽々と建物を登り出した。

 レクトにしても、幼少の頃より木登りに慣れ親しんでいた身である。同じようにして――ザットほどすいすいとはいかないが――建物の外壁をよじ登っていった。

 リフィクは続かず、その場に立ち尽くしている。

 屋根の上に立つと、先ほどよりも明確に事態を把握することができた。

 空の『モンスター』たちは、恐らく『魔術』であろう火球を辺りにまき散らしながら、町を進攻している。

 衛兵たちも弓矢や『魔術』で応戦しているが、まだ完全には態勢が整っていないのか、押され気味といったところだった。

 その時レクトは、とあることに気付く。

 『モンスター』たちの進攻方向は、まるでなにかを目指しているように一直線だったのだ。

 レクトはその先に、目を向ける。

「あれは……」

 町を見下ろす高い塔。

 それがこの町の最大の要所であることを、レクトはまだ知らなかった。

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