断章「兆し」
「――例の件だが」
『コープメンバー』・ハンフリー・ケニーの切り出しに、アリーシェは期待と不安を込めて小さく息を呑んだ。
「相当数の賛同者がいるという情報が耳に入ってきている」
『モンスターキング』に戦いを挑むということ。その協力を仲間たちに要請していた結果が、それであった。
「本当に?」
アリーシェは小躍りしたい気持ちを抑えて、それが聞き間違いでないことをたしかめた。
そして同席しているラドニスにも、視線を向ける。彼も同じく喜ばしい表情を浮かべていた。
「ああ、本当だ」
ハンフリーも微笑みながら、報告を続ける。
人づてのため正確な数は不明だが、少なくとも半数以上はいるらしい、と。
「ターナー氏の賛同表明も受け取っている。それが知れ渡れば、さらに名乗り出る者も増えるだろう」
「オーランド・ターナー……!」
アリーシェの胸のうちが、静かに色めき立った。
『銀影騎士団』の実質的なトップに立つ人物である。武力も人柄も兼ね備えた、アリーシェも一目置く豪傑だ。その彼が力を貸してくれるのなら、まさに百人力といったところだろう。
「合流場所は、そのターナー氏からの提言によって決められた」
ハンフリーはリビングの棚から地図を取り出し、ふたりの並ぶテーブルへと広げてみせる。
「『レタヴァルフィー』。交易が盛んな大きな町だ。ここなら、大勢が集まっても目立つことはないだろうと」
銀影騎士団の団員たちは、基本的には集合するようなことはない。人目を忍んで戦っている組織なのだ。必要以上に目立つ行ないは、極力控えるように定められている。
木を隠すなら森の中、というわけだろう。
「そして、もうひとつ理由がある」
ハンフリーは、やや顔を曇らせながら言葉を続けた。
「『レタヴァルフィー衛兵団』は知っているだろう?」
「ええ、噂は何度も」
うなずくアリーシェ。名前通り、レタヴァルフィーの警備が目的の武力集団のことだ。非常に戦力が高いらしく、遠くの町にもその名は知れ渡っている。
「その衛兵団が、どうやら最近、まずい方向にかたむいているそうだ」
「まずい方向?」
「うむ……詳しくは、実際に町に行って見たほうがいいだろう。ターナー氏も、それを正すために合流場所をあの町にしたようだ」
その問題とやらを直接訴えに行くということだろうか。頭数を揃えて、かつ銀影騎士団の名前でも出せば、彼らもなにかを考え直すかもしれないと。
「わかりました」
アリーシェはその話を受け取って、再度地図へ視線を注ぐ。
港町レタヴァルフィー。この『リンツァー』からまっすぐ行くなら、とてつもなく広大な森を抜けることになる。
もし森を迂回するならば、ゆうに三倍以上もの道のりになるだろう。
自分たちのために仲間が集まってくれるのだ。その自分が遅れるわけにはいかない。多少の無理をしてでも、森の中を行く必要がある。
「ところで」
重要な情報交換を終えると、アリーシェが別の話題を切り出した。
「この村の近辺の『モンスター』はどうなっています? なにか問題は?」
「ああ……大森林に住む奴らが、二十日に一度ほどやってくる。こちらがちゃんと食料を渡せば、滅多に暴れるようなこともないが」
「求めてくる食料はどれほど?」
「客観的に見るなら、『適量』だな。もっとも、お膝元の森の中のほうが美味い食い物が多いからな。奴らが来るのは、もっぱら我々を怯えさせるためだろうよ」
ハンフリーの言葉を聞き、アリーシェは口元に指を置いて考え込む。
急ぎ対処をする必要があるかないかを。
「この森の中で住みかを探すのは、骨が折れるな」
助言をするように、ラドニスが呟いた。
たしかにそうである。普段なら、奴らがここへやってくるまで待つ、という選択肢もあるのだが……。
「……それとは関係ないが」
ハンフリーが次の言葉を言い出したため、アリーシェはそこで思考を中断させた。
「先日、この村に『モンスター・リゼンブル』が住んでいたことが判明した……ということも、報告しておこう」
それを聞いたアリーシェの目の色が、ほんのわずかに変化する。
「……それで?」
「まだ子供だったが……すぐに村を追い出したよ」
「なぜ殺さなかったのです?」
さも当然の疑問のような口調。
ハンフリーは彼女の放つ雰囲気に、やや気後れしたようだった。
「それまでは普通に暮らしていたからな。最後の最後で踏ん切りがつかなかった住人もいたようだ。だから、生かしたまま追い出すことに」
「……」
アリーシェはなにかを考え込んだのか、視線を下げて口をつぐむ。
ハンフリーは構わず話を続けた。
「母親も一緒だったようだが、行き先はあの森だ。のたれ死ぬか、動物に食われるか、『モンスター』に食われるか……どうせそんなところだ」
追放という形を取ったのは、それが見えていたから、という理由もあったのだろう。
「到底、生きていけるはずがない」
確信を持って言うハンフリーである。
「……甘いことを」
隣に座るラドニスにも聞こえないほどの小声で、アリーシェが呟いた。