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第一章「斬り裂け! チリーストラッシュ」(1)

 

 輝く青い空の下。豊かに緑あふれる森の中。獣道にも近しい地面の上。そんな風景に包まれながら、三人の人間が歩んでいた。

 肩で風を切って先頭を行くのは、十代の後半ほどの少女、エリス・エーツェルである。

 性格を表わしているかのように外側にハネた短髪に、赤いハチマキ。丈の短い肩出しのジャケットに太もも全開のショートパンツという、森を歩くのにこれ以上適さない服装はないだろうと言わんばかりの格好をしていた。

「くそ、またか」

 エリスは不意に立ち止まって、面倒そうに自分の左ももに視線を落とした。

 赤い線がナナメに走っている。恐らく草の葉で切ってしまったのだろう。

 服装からすると当たり前の結果ではあるが。

「おい、早く治せ」

 エリスはふてぶてしい態度で背後へ振り返った。

 後ろを歩いていた若い男、リフィク・セントランは「またですか」と弱々しく不平をこぼした。

 パッと見れば聖職者のような彼は、そのゆえんであろう白いローブとマントを身にまとっている。

 旅をしていればだいたいはそんな格好に落ち着くというものだ。マントくらいしていなければ、森や岩場を歩く時にエリスのように肌を切ってしまう。

 現在は肩もも、ついでにヘソも丸出しな彼女ではあるが、森に入る時はちゃんとマントをつけていたのだ。しかしすぐに「うっとうしい」という理由だけで脱ぎ捨ててしまい、いちいち草で肌を切り、今に至る。

「エーツェルさん、僕のこと傷薬かなにかと勘違いされてませんか?」

 リフィクは頬をふくらませながらも従順に、しゃがみ込んでエリスのももに手をかざした。

「ヒーリングシェア」

 リフィクの手が光を帯びると、瞬時にエリスのすり傷が消えていった。彼が使った『治癒術』によって。

「いんや、ちゃんと『便利な奴』だと思ってるよ。子分にしてやった甲斐がちったぁあるってもんだ」

「……」

 眉をひそめるリフィクをもう用無しだと言外に無視して、エリスは再び歩き出した。

 しんがりをつとめている、彼女と同年代の青年レクト・レイドは。幼なじみの相変わらずの横柄さに呆れるようにため息をついた。

 ちなみに彼は、自分とエリスとふたりぶんの旅荷物を持っている。エリスは当初リフィクに持たせていたのだが、線の細いリフィクには文字通り荷が重いと気遣い、レクトが譲り受けたのだ。

 

「おおっ! 湖だっ!」

 しばらく歩んだのち、エリスが突然はしゃいだ声を上げる。

 鬱蒼とした木々が開けたすぐ先で、大きな湖が太陽光を反射してまばゆいばかりに輝いていた。

「きれいですねー」

 リフィクが湖面まで寄って、感嘆する。

 澄んだ水は、泳ぐ魚や湖底までもを鮮やかに映し出していた。驚異的清水。これなら飲み水としても汲んでいけるだろう。

「渡りに船だな。ちょうど水浴びでもしたいと思ってたところだ」

 エリスは上機嫌にそう言いながら、いきなり着ている衣服をするりと脱ぎ出し始めた。

「うっ、えっ、エーツェルさんっ!? なにやってるんですかっ!?」

 リフィクはすっとんきょうな声を上げ、慌てて赤くなった顔をそっぽへ向ける。

 いくら森の中とはいえ大胆すぎるだろう。それも若い男の前だというのに。

「なにって、だから浴びるんだよ、水を。人が言ったこと聞いてろよ」

 しかしエリスはなんの抵抗もない様子であっというまに一糸まとわぬ姿になり、水面輝く湖へ勢いよくダイブした。

 高い水柱が上がる。

「ぷはっ、気持ちいいーっ!」

 そして顔を出し、満足げに歓喜の声を弾けさせた。

「……」

 それとは対照的に、うつむいたまま硬直しているリフィク。

 どうしていいものか……具体的に言うなら、見てしまってもいいのか悪いのか、心の中で葛藤しているのだ。ああも大胆になられると逆に戸惑ってしまうというものだ。大抵の男ならば。

「あまり、お気になさらず」

 口添えるようにレクトが言い開いた。

「小さい頃から自警団……男ばかりのところで育ったせいか、どうもそういう意識が薄いようで」

「はぁ……」

 レクトは淡々とした様子で、エリスが脱ぎ捨てた衣服を拾い集める。そしてそれを、荷物から取り出したキレイな布と共に一ヶ所にまとめて置いた。

 たしかに環境によって性格が左右されることもあろうが、環境だけでああ育つとは考えがたい。生来の気質も深く関係しているのではないだろうか。

 むしろ薄いのは羞恥心である。

「気にするなというのは、苦行です……」

 リフィクは地面を見たまま、素直に白状した。

 家族同然のように育ったレクトは別としても、若い女が裸でいるのを無心で済ませられる男はいない。特定の相手もいなくその手の経験も浅いリフィクならば、なおのこと。

 それでもなんとか雑念を振り払い、リフィクは草木あふれる森の中へと踵を返した。

 

 

 水浴びを堪能したエリスは、体を拭くためにとレクトが置いた布をなにかで一杯にして、ふたりの前に姿を見せた。

 湖畔から一歩森に入った、やや広がった場所。リフィクとレクトは荷物と腰を落ち着け、なにやら熱心に話し込んでいる様子だった。

 エリスは特にかまわず、草の上にあぐらをかいて包んだ布を広げる。その中には、活きの良さそうな魚が十数匹ほど収まっていた。

「……素手で捕ってきたんですか?」

 リフィクが思わず問いかけた。釣りざおや網は持っていないし、こしらえられるほど時間は経っていないはずだ。

「あたしにかかりゃぁこんなもんよ」

 エリスはあっさりとうなずいて、レクトに預けておいた荷物から自分の剣を引っ張り出す。

 そして地面に無造作に転がした魚たちめがけて、

「オーバーフレア!」

 自慢の『炎の剣技』をぶちかまし、生魚を一瞬のうちに焼き魚へと変えてしまった。

 やや焦げていたが。

 エリスは剣を戻してナイフに持ち替え、フォーク代わりに魚にぶっ刺してそのままかぶりついた。

「……うまくねぇなぁ」

 などという文句もこぼしつつ。

「なに話してたんだ?」

「『魔術』について聞いていた」

 耳なぐさみに尋ねたエリスに、レクトが柔らかな口調でそう答えた。そして自然な振る舞いでエリスの対面へ腰を下ろし、同じようにナイフを持って焦げ魚に手を伸ばす。

「はー。あたしにも聞かせろよ」

 そんなレクトを黙認して、エリスは横目でリフィクを見やった。

「あ、はい。では、最初から……」

 促されて、リフィクはふたりの近くまで寄り切り出し始めた。

「俗に言われる『魔術』というのはですね、自然界に住まう『精霊』の力をお借りして行うものなのです」

「もっとわかるように言えよ」

 が、いきなりエリスから野次が飛んでくる。

「い、今のを理解して頂けないと話ができないのですが……」

「気にせず。続けてください」

 困り顔のリフィクへ、すかさずレクトのフォローが入れられた。リフィクは「では……」と気を取り直す。

「たとえば、風の精霊、火の精霊、水の精霊。そういったものと心を通わし、祈りを捧げることによって力を借り受けることができるのです」

「どこにいるんだよ? その精霊って奴は」

「ど、どこと言われましても……どこにでもおられます」

 その時。心地良い風がふわりと吹き抜けた。

「あ、ほら」

 たじろいでいたリフィクだったが、良い糸口を見つけたように頭上を仰ぎ見た。

「こうして風の吹くところには、必ず風の精霊様がおられるのですよ」

「……あー?」

 が、しかし。エリスはまったく腑に落ちないと言わんばかりの様子で顔をしかめた。

「何人くらいいるんだよ?」

「な、何人とかそういうアレではなくて……とにかく、我々の周りには必ず存在しているものなんですっ」

「じゃあ連れてこいよ」

「つれっ……そんなぁ……」

 リフィクはなにやら泣きそうになっていた。どう説明すれば伝わるのか。

 これではまるで、チンピラの妙な因縁をふっかけられているのと大差ない。

「概念的なものだよ」

 と。見るに見かねてレクトが助け船を出した。

「たとえば『神』のような、無形物。見たり触ったりではなく、存在しているという考え方自体に意味があるんだ」

「そ、そうです。その通り……!」

「なら結局いねぇんじゃねぇか。聞いて損した」

 エリスは言葉と共に、歯に挟まった小骨をぺいっと吐き捨てた。はしたない。

「……」

 子供のような不満顔のリフィクをよそに、

「そういう御託はいいからよ、どうすりゃ『魔術』が使えんのかきっぱりさくっと教えろよ」

 エリスはふてぶてしく言い放った。

 決して教えてもらう人間の態度ではないが、リフィクはもはや反論する気力も失っていた。

「……教えるもなにも、エーツェルさんはもう使えるじゃないですか」

 ぼそりと呟く。エリスとレクトは、そろって意外そうに眉を持ち上げた。

「ほら、あの、剣から火が出る……あれはちゃんとした『魔術』ですよ。それも、普通に使うよりもちょっと技術が必要な」

「はー、そりゃ知らなかった」

「え、知らなかったって……じゃあどうやって使えるようになったんですか?」

 今度はリフィクが意外そうな顔をする番だった。『魔術』を会得するというのは、それなりに修練が必要なものなのだが。

 が、エリスはあっけらかんとして答えた。

「なんとなく」

「なっ、なんとなくっ!?」

「気付いたら」

「気付いたらっ!?」

「使えてた」

「無意識っ!?」

 驚くリフィクの横で、

「たしかに。よく考えると不可思議な技だ、あれは。見慣れてしまって疑問にも思わなかったが」

 とレクトまでもがエリスようなことを言い出し始めた。

 常識からズレすぎている。リフィクは、なぜだか頭が痛いような気がしてならなかった。

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