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第四章(3)

 

 広場にそびえる大きな樹の根元に、数人の子供が集まっていた。

 一様に困り顔で、樹を見上げたまま立ち尽くしている。

「よう、どうした?」

 それを見かねたエリスが、まるで仲間のようにずかずかと割り込んだ。

 初対面のくせに馴れ馴れしいことこの上ない人間に若干の警戒心をうかがわせる子供たちだったが、その中のひとりが、すっと樹の上を指差す。

「……ははーん」

 指の先に目をやり、エリスはすぐさま状況を理解した。

「ボールですか?」

 同じように見上げていたリフィクが、誰にでもなく呟く。

 その樹の枝に、布のボールが引っかかっていたのだ。

 おおかた遊んでいるうちに引っかかってしまい、取ろうにも取れずに困り果てていたところだろうか。

 子供どころか、大人でも届かないような高さである。幹はあまりに太く、手掛かりも見つからない。登るというわけにもいかないだろう。

 エリスは、

「よし、あたしが取ってやるよ」

 と軽く引き受けてから、どうしたものかと首をひねった。

 順番が逆なような気がしなくもないが。

 辺りを見回したエリスは、この中で一番背の高いザットに目をつける。

「ザーット!」

「へい!」

 最初からそのつもりだったのか、ザットはすぐさまボールが引っかかっている真下へ歩み寄る。

 そして勢いよくジャンプをするが……何度挑戦しても、もう少しというところで手が届かなかった。

 子供たちから露骨なため息が上がる。エリスからも上がった。

「すまねぇ、力不足で……」

 ザットはこの世の終わりのように、がっくりと肩を落とす。

 たかがそんなことくらいで……と思うリフィクだったが、それは言わなかった。

 代わりに提案を口にする。

「肩車とかすれば届くんじゃないでしょうか?」

「それだっ!」

 と、エリスはひらめき顔をした。

 下になれ、とザットをしゃがませて、その首のうしろにまたがる。

 役目がまだあったことで元気を取り戻したザットは、彼女を乗せたまま軽々と立ち上がった。

 さすがに高い。

 今度は届きそうだという気配に、子供たちはわっと盛り上がった。

「……もうちょっと前だ、もうちょっと前」

 頭上からの指示に、ザットはしっかりとした足取りで細かく位置調整をしていく。

 ボールが取れるのも時間の問題だろうと、誰もが思った。

 しかしである。

 はたから見れば順調に行われていたそれだが、水面下では、とある問題が勃発していた。

「…………」

 ザットは、自分の胸が異様に高鳴っていることに困惑していた。

 ひそかに落ち着かせようとするが、到底できるはずもない。

 その原因は明白だ。

 肩車をしているということは、彼の顔を、エリスのむき出しの太ももが両側から挟んでいるということなのである。恐るべき無防備さで。そして後頭部には、だ。

 彼も彼とて若さがほとばしる年頃である。そんな状態で平常心を保てというのも無理な相談だろう。

 できればやる前に気付きたかったところだ。

「行きすぎだ、ちょっと下がれ」

 真下で荒波がうねりまくっていることも知らず、エリスは真上だけを見つめている。

「もう少し左……そこだ」

 ベストポジションにたどりつき、枝に引っかかっているボールめがけて、エリスはグッと腕を伸ばした。

 すると無意識に全身に力が入ったからか、一緒に足も閉じてしまう。

「……!」

 その甘美な締めつけが、ついにザットの沸点を超えさせてしまった。

「ぬおりゃぁぁっ!」

 ザットはほとんど無意識に、エリスの体を投げ飛ばしていた。

 地面に打ちつけられたエリスは、「ぐえっ!」とカエルのような声を上げた。

「…………?」

 リフィクも子供たちも、わけがわからずぽかんとする。

 ザットは、ぜーはーぜーはーと息を荒くしながら、ヒタイの汗を腕で拭った。

「なにすんだよっ!?」

 エリスは強打した腰を押さえながら、彼に激しい剣幕を浴びせかける。

「もう少しで取れるところだったってのに!」

「危ないところでしたっ!」

 ザットはそれ以上の勢いで言い返した。

「もう少しで、オレの野生が目覚めるところだったんでした!」

「はぁ?」

「……申し訳ねぇ、姉御。とにかくこの方法は危険です」

 いろいろな意味で。

 ザットは言いながら、リフィクへと視線を移した。

「おいリフィク、お前が上に乗れよ」

「えぇっ!?」

 予想していなかった展開に、リフィクは目を丸くする。

「なっ、なんでですか?」

「それが一番安全だからだよ」

 いろいろな意味で。

「い、いや、でも、僕は……重いですし……」

 まるで乙女のような言い分で辞退しようとするリフィクである。

 しかし子供たちの期待の込められた眼差しを裏切ることはできず、しぶしぶ承諾する運びとなった。

 エリスとリフィクとでは身長も体重もかなり違うはずだが、ザットは大差ないように軽々と持ち上げてみせた。

 ボールは簡単に取れた。

 

「最初からああすりゃよかったんだよな、ったく」

 エリスはまだ腰をさすりながら、村の散策を再開した。

 とはいえこれといった面白いものがあるわけでもないので、なだらかに時間が流れていく。

 途中『モンスター』のことを聞くと、森の中に住んでいて、この村へもたまにやってくるという情報を得ることができた。

 さいわい作物の育ちが良い土地のため、蓄えている食物を差し出すことで大きな争いを避けているという。

 そろそろグルリと回ったかなという頃、ばったりとアリーシェとラドニスに出くわした。

 用事はもう済んだらしい。

「目的地ができたわ」

 出会い頭に、アリーシェがそう告げる。表情は普段と比べても何段も明るかった。

「森を北に抜けた先にある港町『レタヴァルフィー』。そこに、私たちの仲間が集まるの」

 

 

 宿屋とひとくちに言っても、やはり多種多様な営業方針がある。

 豪華な食事を提供するところや、部屋の居心地を最重視するところ。中には併設された酒場で、無料でショーを鑑賞できるところもある。

 旅人の多い時世で、宿屋同士の競争も激しいのだろう。

 一行が寝床と決めたその宿屋は、そんな競争とはまったくの無縁にあるようだった。

 受付を通った先、大部屋に二十個弱のベッドがぎゅうぎゅうに並んでいる。

 ただ、それだけなのだ。

 ひとことで言うなら雑。

 サービスもなにもあったものではないが、その雑さに見合う料金設定がなされているため、一定の需要はあるのかもしれない。

 その一角の隣り合うベッドに、アリーシェ、パルヴィー、レクト、リフィクの四人が腰をかけていた。

 エリスとラドニスは外で、いつものようにウッドブレードをぶつけ合っている。最近はその鍛錬にザットも付き添っているようだった。

「私たちの目的に、他の皆も賛同してくれているみたいなの」

 アリーシェは、周囲に宿泊客の姿もなかったため遠慮なくレクトとパルヴィーに『コープメンバー』から得られた情報を話していた。

 ちなみにこのふたり以外にはもう報告済みである。

 『モンスターキング』を打倒しようとしていること。そのための協力をしてほしいこと。アリーシェはそれを、『コープメンバー』を通じて銀影騎士団の仲間たちへと伝達していた。

 その返答を、この村で受け取ったのである。

「さすがに全員とまではいかないけれど、それなりに賛同者が現れてくれたわ。共に、『キング』を討とうという者たちが」

 アリーシェの表情は、いきいきと輝いていた。

 普通の『モンスター』と戦うよりもはるかに危険な行動のため、批判こそされ賛同は少ないだろうと覚悟していたのだ。

 だというのに、名乗りを上げる者が続々と出てくれたのである。

 中でも騎士団の重鎮、豪傑オーランド・ターナーが支持してくれたことが大きかった。

 バカげたことをと一笑されてもおかしくないことを、事実上のトップにも認められたのだ。

 それが嬉しいのだろう。

「すごーい」

「仲間が増えるということですか」

 報告を聞いたパルヴィーとレクトも、驚きと嬉しさとをミックスさせた表情で喜んだ。

「えぇ、そうよ。そして、その合流場所がここ――」

 ベッドの上に広げた地図の一点を、アリーシェが指差す。

「『レタヴァルフィー』。『イーゼロッテ』にも負けないくらい大きな町よ」

 その町は、現在地の『リンツァー』からはるか北の海岸線に位置していた。その距離を見て、レクトは小さく息を吐く。

「遠いですね……」

 あいだに広大な森があることも計算に入れると、十五日で着ければ御の字といったところだろうか。

 さらに途中の道のりに村を示すマークがほとんど記されていないため、実際は考えるよりももっと厳しい旅路になるだろう。

「だけど、合流できればこれほど心強いものはないわ。強行軍をする価値もあるはずよ」

 それはレクトも同意であった。

 アリーシェやラドニスに匹敵する戦力が増えるとなれば、それだけで戦闘にもグッと余裕が生まれるだろう。大勢であればあるほど、精神的にも楽になる。

「そうですね」

 レクトは強く、うなずいてみせた。

 

 

    ◆

 

 目の前に広がっていたのは、樹の海とも呼ぶべき光景であった。

「おーー」

 エリスはその感動を、ひどく端的に表した。

 村を発ってからおよそ一日。

 充分の休息が功を奏したのか、足取りはかなり順調であった。

 深い森をひたすら歩き、見通しの良い場所に出たところで、一行は休憩のため足を止めた。

 どうやらそこは高台になっているらしく、切り立った崖のようなところから森を一望できた。

 その崖の先端に立っているエリスである。

 地図でわかってはいたものの、その森はとてつもなく巨大であった。

 一望しても、全景が見えないのだ。前はおろか右を向いても左を向いても、その終わりがないのである。

 ただ延々と、どこまでも緑の絨毯が続いているだけ。

 故郷にいた自分には想像もできないような景色だろうなと、エリスは思った。

「遊んでるのはどっちなんだか」

 そんなエリスのもとへ、パルヴィーが皮肉的な声を引っ下げてやってきた。

 彼女の背後では、すでに他の面々が食事の準備に取りかかっている。

 リフィクは『魔術』で水を発生させて野菜を洗い。アリーシェとレクトは馬に積んだ荷物から調理道具や食器を出し。ラドニスとザットは、道中で捕まえた子鹿を慣れた手つきでさばいていた。

 文句を言いにきたパルヴィーも、薪で使う手頃な枝をいくつも胸に抱えている。

「……めんどくせーな」

 エリスはもう少しその大自然を眺めていたかったが、仕方なくその輪の中に入っていった。

 面倒ではあるが、食事に一刻も早くありつくためである。

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