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第三章(15)

 

「フラッシュジャベリン!」

 その電光石火の作戦は、まさに文字通り、レクトの放った閃光から開始された。

 七人が一丸となって突撃する。その背後に、まばゆい光の槍が落下した。

 そこから強烈な輝きが生まれ、『モンスター』たちは思わず目をすがめる。

 逆光が、エリスたちの姿を覆い隠した。

 値千金の隙に、七人は『ボス』への距離をグンと詰めていく。

 だが視界は悪くとも、動きがあれば反応される。

 『モンスター』たちは不意を突かれた動揺からすぐに立ち直り、七人へと一斉に攻めかかった。

 しかしそれは想定内である。

「フローズンワールド!」

 リフィクは『魔術』で、自分たちの両側面に細長い氷の壁を生み出した。

 走りながらで集中が足らなかったのか、強度を皆無に近い。『モンスター』たちの持つ武器でガリガリと削り取られていく。

 だが少しの時間が稼げれば良いのだ。

 長く平行に伸びたふたつの壁が、まっすぐに道を形作っている。さえぎるものなく『ボス』へとつながる、勝利への道だ。

 しかしひとかたまりとなって直進しているぶん、敵からすれば、これほど狙いやすい相手もいない。

 『ボス』は手に持つ大刀を頭上へ振り上げ、舌なめずりをして迎撃の準備を整えた。

 

 意識と無意識の差は小さいようで大きい。

 ザット・ラッドの無意識とは、根源的な恐怖だった。

 『モンスター』の、しかもボス格に突撃しているのだから、その高まりは最たるものだ。

 しかしザットは、その無意識を意識で押さえ込むことができていた。

 それは、周囲の者たちのおかげである。『モンスター』相手にも臆せず気丈に、立ち向かっていける者たち。彼ら彼女らにおくれを取らないためにと強く決意をしたから、ザットは前へと走っていけるのだ。

 一瞬はすくんだ足も、今はしっかりと地面を蹴っている。乱れた心も、今は冷静さを保っていられる。

 お互いに助け合い、足りない部分を補え合えるのも仲間というものだ。新たな仲間たちの助けになるためにはと、ザットはさらに気概を高めた。

 『ボス』は、もう目前にまで迫っている。

 

 『ボス』の射程圏内に、まず先頭のアリーシェが飛び込んだ。

 すでに構えていた『ボス』にぬかりはない。彼女めがけて、思い切り大刀を振り下ろす。

「リジェクションフィールド!」

 しかしその大刀が叩いたのは、アリーシェでも地面でもなく、彼女が展開した防御用の『魔術』だった。

 光の壁が、見えない力で大刀をがっしりと受け止める。同時に足の止まったアリーシェの両脇から、ラドニスとパルヴィーが飛び出した。

「スラッシュショットっ!」

 パルヴィーが、ショートソードから衝撃波をうち飛ばす。それは『ボス』の眉間に直撃し、その視覚を一時的に奪った。

「ぬおおっ!」

 そして右足めがけて、ラドニスが大斧を振り下ろす。紫色の血が勢いよく噴出し、『ボス』の体勢が崩れた。

 間髪を入れずに、ザットが突っ込む。

 躊躇なく『ボス』の左足にからみつき、

「でぇぇぇぇぇいっ!」

 気合いを吐き出しながら、全身の力を一気に解き放った。

 するとなんと。

 バランスを失った『ボス』の体が、一瞬だけふわりと宙に浮いた。ザットが、持ち上げたのだ。

 その一瞬で充分だった。

「スローっ! グラウンド!」

 ザットは体はひねり、『ボス』の背中を地面へと痛烈に叩きつけた!

 足元が揺れる。

 目を見開いた『ボス』が見たのは、跳び上がったエリスの姿だった。

「燃えろっ!」

 天高く振り上げたライトグリーンの剣から、激しい火柱が噴き上がる。

「……大きいっ……!」

 と、リフィクが息を呑んだ。

 剣から伸びるその炎の刃は、普段の二倍に近いほど巨大だったのだ。

「オーバーフレア!」

 強い熱波が地面を焦がす。

 驚愕と混乱に満ちた『ボス』の顔は、自分が置かれている状況を理解する前に、胴体から切り離された。

 

 『モンスター』の『ボス』というのは、ほとんどの場合、その群れの中でもっとも強い者がそう呼ばれる。

 なによりも力の強さがものを言う彼らの世界では、その存在は絶大なものなのだ。

 その『ボス』がやられたことによる『モンスター』たちの衝撃と動揺は、人間が想像する以上のレベルであった。

 戦意と敵意に満ちていた目は、すっかりとその光を失っている。

 自分たちよりも強い『ボス』を、倒した者たち。そういう図式が、彼らの中でできあがってしまったのだ。

 しかもそれが人間ともなれば、戸惑いは相当なものである。

 そうなってしまったら、もはや正常な働きなどできはしない。そこから立ち直るのを待つほど、人間たちに余裕はなかった。

「油断しないで!」

 自分にも言い聞かせるように、アリーシェが声を張る。

 皆その声のおかげで、包囲網を突破することだけに向けていた意識を、すぐに広く周囲に向け直すことができた。

 ほぼ作戦通りに『ボス』を倒せたことに祝杯でも上げたい気分ではあったが、喜ぶのはまだ早い。

 七人は互いに背中を預け合う陣形を作り、自分たちの三倍近い数の『モンスター』と改めて向かい合った。

 

   ◆

 

 太陽がかたむき始めた空の下。

 ザット・ラッドはひとり、以前のアジトを真正面から眺めていた。

 ツタが幾重にもからみつき、自然と一体となったかのような石造りの長方形群。近くで見るとやはり遺跡然としており、朽ち具合からも相当古い時代に作られたものだと想像できた。

 ザット自身も、そのあたりのことはよく知らない。

 薄れてはいるが、ところどころに見受けられる赤い血痕は、ここで生活していた時にはなかったものだ。

 その生活が終わりを迎えた日に、流されたものである。

 ザットは様々な思い出の残るそのアジトを見上げ、さらに強く自分に誓った。

 繰り返させない。

 絶対に、繰り返させないのだ。

 

「大丈夫ですか? エーツェルさん」

 そのアジトからほんの少しだけ離れた草むらに、ザット以外の六人は集まっていた。

 リフィクが極端に疲労した様子のエリスへ心配そうな顔をかたむけるが、

「……なにがだよ」

 当の彼女は逆に、不愉快そうにその顔をにらみ返した。

 しかしぐったりと座り込んでいる彼女を見れば、リフィクでなくとも心配になるだろう。他の皆は戦いで消費した体力を取り戻しつつあるのだが、エリスだけはいまだにこの様子なのだ。

「きっと、力の使い勝手が変わったからね」

 横からアリーシェが、そんな状態を分析する。

「見たところその剣……『エリスソード』は、とてつもない代物だもの」

「『エーツェルソード』だよ」

「……失礼。その『エーツェルソード』は、力を伝達しすぎるわ。技の威力も、普通の剣と比べてヒツジとヤギほどの違いがあるはず……慣れるまではそういう状態が頻発するかもしれないわね」

 使う力が強くなれば一度に消費する体力も多くなる、とアリーシェは以前言っていた。

 戦闘中に見せたエリスの炎は明らかに強力になっている。剣のおかげであれ、その反動がダイレクトに体に返ってきているということなのだろうか。

「あの、アリーシェさん。ささいなことなんですが……」

 リフィクが、なにやら言いにくそう質問する。

「そのふたつの違いが、よくわからないんですが……」

 ヒツジとヤギほど違う、と言われても、いまいちピンと来ないたとえである。

 アリーシェは意外そうに彼の顔を見つめ返した。

「大違いじゃない。おいしさが」

「味!?」

 エリスは、よっこらせと言わんばかりに重たい体を持ち上げる。

「すぐに慣れてやるよ」

 立っただけで深い息を吐いてしまうあたり、その言葉にも不安が残るが。

「んなことより」

 と、まるでごまかすように話題を変えた。

「いいのかよ? あいつら、けっこう逃がしちまったけど」

 それは、先ほど戦った『モンスター』たちのことだ。

 おおよそ半分近い数が、戦闘中に逃亡してしまっていた。

 そのおかげで助かったという部分もあるのだが、奴らの動向は気になるざるを得ない。

「むずかしいところね」

 アリーシェは言葉と同じく、むずかしい顔をした。

 足の速さを考えると追いつけないだろうし、そもそもどこへ行ってしまったかもわからない。普段であればそういった後処理も計算のうちで仕掛けるのだが、今回のような不意打ちではやりようがない。

 歯がゆいばかりだった。

「余計な被害が出ないことを祈るしかないわ」

「神頼みかよ」

 エリスも悔しそうにぼやく。

 アジトをバックにザットが戻ってきたのは、そんな時だった。

「時間取らせちまってすまねぇ」

「気持ちの整理はついたか?」

 ラドニスが訊ねる。ザットは強く、うなずいてみせた。

「ああ、もう心残りはない。改めて、これからよろしく頼む!」

 

   ◆

 

 そのエリスたちに敗走した『モンスター』たちは、アジトからはるか離れたところまで来て、ようやくその足を止めていた。

「くそ! なんなんだ、あいつら!」

 動揺が収まり、次第に冷静さを取り戻していく。そこで生まれるのは、怒りと復讐心であった。

「人間どもめ……!」

 その感情は、当のエリスたちではなく、『人間』という全体へと向けられる。

 彼らにしてみれば個人の違いなどないのだ。人間は人間。そういう認識しかないのである。

 もっともそれは、人間側にも言えることではあるのだが。

「……おい、人間がいるぞ」

 メラメラと怒りの炎が燃え始めた時、彼らのうちの誰かがそう口走った。

 ふもとに近い山道。そこを歩いてくるふたつの人影があった。

 思ったことは、言わずとも全員一致だった。皆で攻撃的な笑みを浮かべる。

 人間ならば誰でもいい。このウサを晴らすのだ。今すぐそうしなければ、気が済まない。

 『モンスター』たちは迷わず、やって来るそのふたり組めがけて――。

 若い男と、長い黒髪の女めがけて、一斉に飛びかかっていった。

 

 

 翌朝。

 山道に散らばる十数体もの『モンスター』の死体を発見した行商人は、驚きのあまり腰を抜かした。

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