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第三章(13)

 

 朝日の差す宿屋裏の空き地から、チョキチョキというハサミの音が聞こえていた。

 イスに座ったザット。その背後にエリスが立ち、彼のボサボサな髪を切ってやっていたのだ。

「終わったら、服屋だな。んな格好じゃ町歩けねーよ」

「すまねぇ姉御。面倒かけます」

「気にすんな。金もたんまりあるしな。好きなの買ってやるよ」

 そんな様子を、宿屋二階の窓から、パルヴィーが寝ぼけまなこで眺めていた。

「……なんか親分っぽいこと言ってる」

「嬉しいのね、きっと」

 対照的にしゃんとしたアリーシェが、微笑みながら相槌を打った。

 今ふたりがいる部屋は、昨夜破壊した部屋の隣である。窓の修理代と新たな部屋の宿泊代、そして多めの心付けを払ったことで、なんとか店主とは丸く収まった。

 ちなみにザットは、昨夜はレクトらの部屋に宿泊した。ベッドは三つしかないはずなので、恐らくは床で寝たということになるのだろうが。

「パルヴィー。これからは彼も仲間なのだから、ささいなこだわりは忘れなさいよ」

 アリーシェが、やさしく言い聞かす。

「そう言われましても」

 しかしパルヴィーは、一晩経っても納得はいっていないようだった。

「アリーシェ様は、見てないからそういうこと言えるんですよ」

「……なにを見ていないから?」

「…………」

 朝特有の鳥のさえずりが、部屋の中でもよく聞こえた。

 

 

 寝るための部屋しか備えていない安宿のため、必然的に食事は他のところでしなくてはならない。

 そろって朝食を食べに行こうとロビーに集まる一行のもとへ、こざっぱりとしたザット・ラッドが降りてきた。

「見違えたわね」

 アリーシェが感嘆をこぼす。

 原始林のように伸び放題だった髪は、やや雑ながらも短く切りそろえられ。いかにも山賊然としていた毛皮の衣類も、今はありふれた布の服へと変わっている。

 この彼が賊だったなどと誰が思うだろうか。それくらいの様変わりぶりであった。

「なんだか、自分じゃねぇみたいだ」

 ザットは照れ笑いながら頭をかく。

「……似合うじゃん」

 パルヴィーもそれは認めたようだった。

 

 

「おはようございます」

 ハーニスのにこやかなアイサツに迎えられながら、アルムス・ドローズはダイニングキッチンへ足を踏み入れた。

「早いな……」

 あくびまじりにアイサツを返す。

「普段通りですよ」

 ハーニスとリュシールのふたりは、エプロンをつけてキッチンに立っていた。テーブルにはすでにパンやスープが並び、空腹を刺激する香りをかもし出している。

「おまけに気も利いてる」

「泊めていただいたお礼です。我々にはこういうことしかできませんので」

「充分すぎるよ」

 ドローズがイスにつくと、リュシールがハーブティーを運んできた。相変わらずの無表情だったが、手つきや仕草に限って言えばとても愛想が良かった。

「ありがとう」

 ドローズはそれを一口含んでから、再びふたりに視線を向ける。

「いつまでいられるんだ?」

「朝食をごちそうになったら出立するつもりです。あまり長居をしていると、気持ちが鈍りますから」

 ハーニスが軽口を叩く調子で答える。ドローズは残念そうに、「そうか」とつぶやいた。

「久しぶりに家の中がにぎやかになって、楽しかったよ」

 

 

「次は『ブレード・ヴァン』ね」

 食事を済ませて町並みを歩いているところで、アリーシェがそう切り出した。

 時間的にもちょうど店の営業が始まる頃ではなかろうか。

「俺は宿屋に戻ります」

 と、レクトが告げる。

「旅立つ準備をしておきます。昨日はいろいろと立て込んでましたから」

 例の剣を手に入れたら、すぐにも旅立てるように。たしかに分担してそうするのも悪くないだろう。

「あ、わたしも手伝う」

 パルヴィーが名乗りを上げ、彼女に続き、

「では私も付き合おう」

 とラドニスも口を開いた。

「そう。それじゃあおねがいね」

 彼ら三人とはそこで別れ、残る四人で例の武器屋へ向かうことにした。

 

 その武器屋『ブレード・ヴァン』に着いた時。店主であるドローズが、店の前に立っていた。

 そしてどうやら遠ざかる誰か――恐らくふたり組――を見送っている様子だった。

「よう!」

「おはようございます」

 その背後から、エリスとその他が声をかける。

 振り向いたドローズは、一同の顔を見て意外そうに目を見張った。

「あんたらか……」

「誰だ?」

 とエリスが、ドローズが見送っていたらしい者たちへ視線を向ける。

 すでに道の先へ行ってしまっているため判別がむずかしいが、男女のふたり組であろうか。女のほうの長い黒髪になにかを思い出しそうなエリスだったが……

「賊共を捕まえに行ったんじゃなかったのか?」

 とドローズが店の中へ戻ってしまったので、自然と意識もそちらへ引き戻された。

「もうひっ捕まえてきたよ、全員」

 老店主を追うようにエリスも店の中に入る。

 ザット、アリーシェもそれに続いた。

 最後尾にいたリフィクだけが、最後にもう一度、去りゆくふたりの背中を瞳の中に収めた。


 

「ほう、たった一日でか」

 ドローズは適当な相槌を打ちながら、カウンター向こうの定位置へと腰を下ろした。

 様々な剣の並ぶ狭い店内へ四人の客も入ってくる。初めてその内装を目にしたザットは、少々圧倒されていた。

「あたしにかかりゃぁこんなもんよ」

 エリスはカウンターを挟んでドローズに正対する。

「あたしの強さをまのあたりにして、奴ら早々に白旗上げたからな。抵抗しようっていうバカがいなくて楽なもんだったよ」

 本人の前でよくも言うものである。その当のザットは、空気を読んで黙っていた。

「本当の話か?」

 ドローズがアリーシェを見る。

「本当です」

 アリーシェはほがらかに答えた。

「『全員そろって』、今は役場の地下に入れられているはずです」

 それを聞いて、ようやくドローズは納得したようにうなずいてみせた。

「ほう……そりゃあ、ご苦労だったな」

「なんであたしの言うことで信じねーんだよっ!」

「決まっとろう」

 何度あっても噛み合わせの悪いふたりである。

 前置きもこれくらいにして、エリスはさっさと本題に入ることにした。

「まぁいい。捕まえてきたんだから、ほら、例のモンよこせよ」

 右手を出す。

 ドローズはその手を眺めながら、

「なんのことだ?」

 と白々しくうそぶいた。

「ボケるんなら明日からボケろよ、ジジィ。山賊共とっ捕まえてきたらあの剣くれるって言っただろうが」

「くれるとは言っとらん。考えてやると言ったんだ」

「覚えてんじゃねーか」

「そして考えた結果、やっぱりアレはやらんことにした」

 ドローズは、まるで子供のような言い分を堂々と言ってのけた。

 こうも堂々と言われると逆に清々しく思えてくる。

「つまんねー茶目っけ出しやがって、ジジィ」

 エリスはカウンターをバチンと叩き、悪びれもしない老人に詰め寄った。

「根性ねじ曲がってんのかよっ! くれる流れだろ、こういうパターンは!」

「脅迫には屈せんぞ」

「あの剣だって、ホコリかぶってジジィと隠居するよりは、あたしに使ってもらいたいに決まってる!」

 肝心の剣のことに触れられたためか、ドローズの態度が少し変化した。

「わかったふうな口を聞きおって」

 とぼけて受け流していたのが、声に熱が含まれ出す。

「魂を込めて作り上げた作品は、言ってみれば我が娘も同然。一際輝く傑作ともなれば、目に入れても痛くない愛娘も同じなのだ」

 剣を目に入れても痛くないならよほどのことである。『子』ではなく『娘』と表現するあたりに、彼のこだわりさが垣間見える。

「かわいいかわいい娘を、どこの誰とも知らぬ馬の骨にホイホイとくれてやるわけがなかろうが」

 偏愛ぶりはさておき、作品に愛着を抱く気持ちはわからなくもない。

 わからなくもないが、今日は引き下がらないエリスであった。

「知らないなら教えてやる。よく聞いとけよ」

 エリスは人差し指を頭上へ掲げる。

「天に輝くひとつ星! 空も雲をも従えて、光をさえぎるものは無し! 世界を照らすスターオブスター、それがこのエリス・エーツェルだっ!」

 そしてその人差し指を、ドローズの眼前へズビシと突きつけた。

 自己紹介にもなっていないが、まぁすごい人物ということでいいのだろうか。

 周囲の全員にポカンとした表情が浮かぶ。

 が本人の中では、きっとこの上なく決まったと思っていることであろう。

「この上なく決まった……」

 というか実際、口にした。

「そういうのって、いつ考えてるんですか?」

 リフィクの疑問は、しかしあえなく無視されてしまった。

 ドローズがフンと鼻を鳴らす。

「だからどうした」

 まったくである。

「これで知っただろ、あたしのことを。だからよこせよ。幸せにしてやるから」

「お前みたいなもんには無理だ。帰った帰った」

 正直、どっちもどっちな感は否めない。このままでは水かけ論が続くだけだろう。

「頑固なジジィだなー」

「姉御、ここは俺が」

 それを打ち破らんと、ザットが名乗り出た。

「おう?」

 狭い店内で立ち位置を代え、今度は彼がドローズの真ん前に来る。

「誰に言われようが同じことだ」

 ドローズの態度は変わらず、であった。それを見越していたように、ザットは腹筋に力を入れる。

「かわいい子には旅をさせろっ!!」

 発した大声が、店中に響き渡った。

「大事な娘だからといって、甘やかされて育った箱入り娘は、たいてい性格が悪い!」

「ぐっ……」

 なにやらドローズの表情が険しくなる。意外と、効いているようだ。

「娘のためを思うなら、一度苦労させてやるのも愛情のうちだ。いろんなことを見て知ったそういう娘こそ、本当の意味で美しくて魅力的なんじゃねぇか。そうだろ? ジィさん」

 剣を譲る譲らないという話でいきなり子育ての話をし始めたのだから、普通に考えればこれで説得できるはずはない。

 ……はずはないのだが。

「……たしかに、そうだ。お前さんの言うとおりかもしれん」

 なぜかドローズは、痛く感銘を受けたかのように何度もうなずいた。

「かわいがるあまりに肝心なことが見えなくなっていた。……ちょっと待っととくれ」

 そして席を立ち、店の奥へと入っていった。

 ザットは皆に振り向く。

「事情はよくわかりませんが、言ってやりました!」

「事情がよくわからないくせに、でかした!」

 エリスが賛辞を送った。

 なんとなく釈然としない状況に、リフィクはアリーシェの顔を見る。

 アリーシェは小さく肩をすくめた。

 

 戻ってきたドローズは、以前と同じ、細長い木箱を抱いていた。

 カウンターにそっと置き、やさしい手つきでそのフタを開ける。

 中には例の、刃がライトグリーンに輝く剣が収めれていた。

 恐らく初見のアリーシェとザットが、その美術品めいた代物に感嘆の声をもらす。二度目のエリスとリフィクも、思わず息を呑んだ。

「やはり剣は使われてこそ価値があるということか、『ブレード・マリア』……」

 ドローズは未練げな視線を剣へと注いでいる。

「……お前さんを信じてやろう、エリス・エーツェルとやら」

「任せろ」

 エリスは剣を握り、木箱の上へ持ち上げた。その重量は、パルヴィーが愛用しているショートソードよりも軽いように思えた。

「こいつで『モンスター』の頂点をたたっ斬ってやるからな!」

「では二百万ルーツだ」

 ドローズの意表を突いたひとことに、エリスの手がピタリと止まる。

「……なんだって?」

「山賊共を捕まえた報酬があるだろう? それを置いてけ」

「金取んのかよっ!」

「誰がタダでやると言った! イヤならいいのだぞ? その手をそーっと下ろすがいい」

「足元見やがって……!」

 してやられた感が強いのが気に入らないエリスだったが、ここまできたら金などささいな問題である。

「……ちょっと使っちまったから、残りでいいか?」

 主にザット関連でいくらか出費があった。

「仕方ない。それで許してやろう」

 ドローズは、片口角を上げて右手を差し出した。

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