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第三章(12)

 

 ほてった体に夜の冷えた空気が心地良い。

 大衆浴場から宿屋へ戻ったエリスら一行は、男女に分かれて二階の客室へと入った。

 この町での残す用事は、例の武器屋『ブレード・ヴァン』へと赴くだけである。山から帰った時にはすでに時間も遅かったため、とりあえず行くのは明日ということに相成った。

「あー、今日は疲れたー」

 パルヴィーが両腕を頭の上に伸ばしながら、部屋の奥まで進んでいく。

 といっても狭い部屋のため、数歩で窓際まで到達してしまったが。

「ご苦労様」

「お前なにもやってないだろ」

 アリーシェとエリスが、正反対の表情で正反対の反応を浮かばせる。

「そんなことないよ」

 パルヴィーはとりあえず、邪険にするエリスへと反論することにした。

「いろいろと……」

 が、反論しようとして、特にこれといった働きはしてなかったな、ということに気付いた。今日は戦闘でもさほど活躍していない。皆よりも多くやったことといえば、文句を言ったくらいであろうか。

「いろいろー……」

 宙を泳ぐパルヴィーの視線が、なにげなく、窓の外へと向けられる。

 もはやすっかり暗くなった町並み。明かりの少ない景色が、そこから見える。

 しかし、その時突然。その景色が『なにか』によってさえぎられた。

「……?」

 それは、窓のすぐ向こう側に現れたようだった。

 パルヴィーは目をしばたたかせる。

 悲鳴は、その一秒後に上げられた。

 

 夜に響く少女の悲鳴。と聞くとなにやらスプラッタな想像が頭に浮かぶが、実際に響いたのは、どこか気の抜けた声だった。

 三つ隣でそれを聞いたレクトとラドニス、一拍遅れてリフィクが、なにごとかと部屋を飛び出した。

 昼間に聞いた彼女の悲鳴と酷似していたが、一応、と。

「なにがっ……!?」

 レクトが、目当ての部屋のドアを押し開けた時。

「ウインドラインっ!」

 パルヴィーが『魔術』で、窓を枠ごと打ち砕いていた。

 涼しい夜風が、部屋の中に入り込む。

「…………なにが?」

 あったのかと、レクトが再び訊ねる。

 ベッドの脇にいたエリスとアリーシェは、ハテナという表情を彼へ返した。

 パルヴィーが振り返る。

「人がいた!」

「外に?」

「うん! たぶん男だった! のぞいてた! きっと、夜ばいに来たんだ! 最悪っ!」

「お前が言うかよ」

 エリスは横から軽く皮肉りながら、半壊した窓から身を乗り出した。

「本当に?」

 とアリーシェが、念を押すように訊ねる。彼女はベッドに入る準備をしていたため、窓は見ていなかったのだ。

 それに、である。二階なのに加え、この窓の外にはベランダがない。落下防止のためか申し訳程度の手すりがあったくらいだ。

 それに手を引っ掛けていたというのは、考えにくい。よほどの腕力がなければ無理だろう。

「ホントです!」

「ホントみたいだな」

 エリスが窓から離れる。

「いたのか?」

 入れ違うように、レクトも窓から身を乗り出した。

 たしかに、下に倒れた人影があった。窓の破片も散らばっている。どうやらまともに落ちたらしい。

「のけのけ」

 という声にレクトが振り向くと、エリスはウッドブレードを手にしていた。

 レクトは一歩下がり、なにをするんだ? と聞こうとした……瞬間。エリスが窓から飛び降りた。

「!?」

 部屋の中に驚きが走る。

 重ねて言うが二階だ。いくらなんでも生身で飛び降りるのは無茶すぎる。

 が、間髪を入れずに。向かって左側のカーテンが、勢い良く下方に引っ張られた。

 飛ぶ直前、エリスがつかんでいたのである。

 伸びきったカーテンは悲鳴を上げ、内側から外側に向かって、徐々に引きちぎられていく。完全にちぎれる前に、道連れにつかんだ手が放された。

 

「よっ、と」

 窓の下は、雑草の生える空き地だった。この町に着いた夜に、エリスとラドニスが模擬戦闘を行なったあの場所である。

「窓から入ろうってのは男らしくねーな」

 軽やかに降り立ったエリスが、木片とガラス片にまみれて倒れている男へと歩み寄った。

「堂々と正面から来いよ」

 果たしてそういう問題なのだろうか。

「……入ろうとしてたわけじゃねぇよ……」

 男は小さくうめきながら、上体を起こした。様子を見るになかなかタフな体の持ち主のようだ。

「のぞいてただけだ」

 それはそれで悪いのだが。

 起きた彼の顔を見て、エリスは大きく眉を持ち上げた。

「お前……!」

「痛い目見ちまったが、おかげで捜してた奴らは見つかったぜ」

 その時エリスの背後から、他の皆も駆けてきた。こちらは普通に階段を降りてきたのだろう。

 わずかな光に照らされた男を見て、やはり皆も驚いた。

「露出魔っ!?」

 パルヴィーが、イメージだけの名前を叫ぶ。

 そこにいたのは、たくましい体に毛皮の衣をまとった、伸び放題の髪をした、通称アニキの、あのザット・ラッドであった。

「……誰?」

 と唯一アリーシェが、皆の反応に小首をかしげる。

 一味を役場へ引き渡したあと合流したので、彼女だけ顔を合わせていなかったのだ。

「山賊たちの頭です」

 隣にいたレクトが説明する。

「なんだよ、あたしらに仕返しにでも来たのか?」

 エリスはウッドブレードの切っ先を、ザットの眼前へと突きつけた。どことなく楽しそうな口調である。

「とんでもねぇ」

 ザットは真剣な口調で否定し、土の上で正座をし直す。

「頼みに来たんだ!」

 そして地面に頭突きを食らわす勢いで、なんと土下座をしてみせた。

「オレをあんたらの仲間にしてくれっ!」

 意外すぎる訪問理由だ。エリスは思わず振り返り、皆と顔を見合わせた。

 

「ふざけたことを」

 しかしザットの熱烈な頼みは、レクトにバッサリと切り捨てられてしまった。

「第一、なぜここにいる? 脱走してきたのか?」

 問い質す視線も鋭い。

「他の仲間もか?」

「いや、オレだけだ」

 ザットは土下座の状態のまま答えた。

「オレの脱走を隠すために、みんなは残ってくれた」

 それに少し、面を食らう。

「オレは今までの生き方を恥じて、『モンスター』と戦うと決めた。自慢じゃねぇが、そんじょそこらの人間よりは力があると思ってる。足手まといにはならねぇつもりだ。だから頼む! あんたらと一緒に戦わせてくれっ!」

 彼の熱意は、どうやら本物のようだった。

 せっかく牢を抜け出たというのに、こうして自分を捕まえた者たちのところへやって来たのだ。また牢へ突き返される可能性もあっただろう。それを覚悟の上で来たということは、半端な気持ちではないはずである。

 その真剣さが伝わったのか、レクトは思わず口をつぐんだ。

「私は歓迎しよう」

 代わりに口を開いたのは、意外にもラドニスだった。

「この男の腕は買っている。『モンスター』と戦う意志のある人間は、すべて同志に他ならない。拒む理由もない」

「……そうね」

 とアリーシェも、彼に同意を示した。

「待ってください!」

 レクトが異を立てる。

「賊ですよ!? さんざん人を苦しめてきた者を、そう簡単に受け入れていいんですか!?」

 加えて今は脱獄犯である。レクトの言い分ももっともだ。

「そうですよー。露出魔だし」

 パルヴィーは、レクトと同意見のようだ。ザットを見る視線にかなりトゲがある。裸を見せられたことを、よっぽど深く根に持っているのだろう。

 ただよくよく考えると、あれは彼が入浴しているところへ無理に押しかけた故の悲劇であるため、一概に彼が悪いというわけでもないのだが。

「……露出は置いておくとして」

 アリーシェが話を戻す。

「罪を憎んで人を憎まずよ。それに一般の人間からすれば『モンスター』と戦うということほどの罰はないわ。そして『奴ら』の数が減れば、彼の被害にあった人間もきっと喜ぶ。結果的に戦うことが罪滅ぼしになるのではなくて?」

「……詭弁ですよ」

「手厳しいわね。けど、戦力が増えるのはありがたいでしょう? 腕はお墨付きなようだし」

 アリーシェの言うことも正しい。むしろ『モンスター』と戦っていくことを重視すると、彼女のほうに分があるのではないだろうか。

 ザット・ラッドの剛腕ぶりは、レクトもその目で見ているのだ。それについての異論は出せない。

「……」

 レクトはリフィクへと、無言の視線を向けた。あなたはどう思うのか、と。

 リフィクは決まりが悪そうに答える。

「僕は、どっちでも……」

 相変わらず主体性のない奴である。

 これで賛成が二票に反対が二票、白紙が一票ということになる。多数決的にも発言力的にも、最後のエリスの票で決まってしまうだろう。

「エリスはどうだ?」

 レクトが最終結果を促す。

 エリスは仁王立ちでザットを見下ろしながら、例のセリフを口にした。

「あたしの子分になるならいいぞ」

 やっぱりか、と内心で思うレクトである。どうせそう言うだろうと予想していた。

「わかった!」

 しかしこのザットの快活な答えは、彼の予想とは違うものだった。

「えぇぇっ!?」

 パルヴィーとリフィクが、同時に驚きの声を上げる。

 声には出さなかったが、他の皆も少なからず驚いた。なんならエリスも、ちょっとだけびっくりしていた。

「オレの目を覚まさせてくれたのは、もとはといえばお前だ。そのお前が言うのならば、子分だろうが舎弟だろうがなってもいい!」

 エリス以外の全員が「考え直したほうが……」と口にしようとした時、ザットが再び地面に頭をつけた。

「いや、ならせてくだせぇ! 姉御!」

「ええぇぇぇーっ!?」

 パルヴィーとリフィクの重なった声が、夜の『シルパリーサ』にこだました。

 

「よし、決まりだな」

 エリスは満面の笑みでザットへ歩み寄り、その腕を持って立ち上がらせた。

「さぁ立て立て。ところでお前、なんて名前だっけ?」

「はっ、すいません。ザット・ラッドです」

 変わり身が早い。

 エリスは、くるりと皆へ振り返った。

「あたしの子分のザット・ラッドだ。よろしくしてやってくれ」

「いや……こちらこそ……」

 状況のあまりの急転っぷりに、めずらしく戸惑うアリーシェである。状況が整理できていないのは彼女のみならず、だが。

「よろしくおねがいします!」

 ザットは一同へ向け、『気をつけ』の姿勢から深々と頭を下げた。山賊とは思えないほどの礼儀正しさである。

「ちょっ、ちょっと待てっ……!」

 レクトが焦りながらエリスの腕をつかむ。そしてスッと、ザットのそばから引き離した。

「本気か?」

 なぜか小声で、真意を問い質す。

「エリス・エーツェルが本気じゃなかった時なんてねーよ」

「……山賊だぞ?」

「前の話だろ。今はあたしの子分だ」

 こちらもこちらで頭の切り替えが早すぎる。

「共に戦うということは、背中を預けるということだぞ。そこまで信頼できるのか?」

「まぁそこそこ強かったしな。それにもう子分だし、信頼するもしないもないだろ」

「…………」

 レクトは言うべきことを失い、立ち尽くした。このまま続けても平行線をたどるだけだろうと気付いてしまったのだ。

 孤立するザットへ、今度はアリーシェが歩み寄る。

「私たちが目標としているのは、『モンスター』の最上位……『キング』と呼ばれる者よ。通常の『モンスター』とは言葉通りの別格。それでも戦うと?」

 ザットは一瞬は息を呑んだが、

「……望むところだ」

 と力強くうなずいた。

「それなら歓迎するわ」

 アリーシェが微笑みを見せる。

 その時。

「……おい、お前さんら」

 一同のさらに背後から、不機嫌そうな男の声が聞こえてきた。

 声に振り向いた面々が、『そういえば』と『まずい』の混ざった顔をする。

 そこに立っていたのは、険しい顔をした、パルヴィーが窓を粉砕した、宿屋の主人だった。

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