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序章(5)

 

 天から巨大な光の槍が飛来する。それが『モンスター』がアジトとしている遺跡に突き刺さった瞬間、すさまじい衝撃と轟音が周囲を支配した。

 遺跡は上から叩き潰されたように崩れ落ち、大量の土砂と土煙と黒煙を巻き上げ、炎を躍らせる。その威力は半端なものではなかった。

「すげぇや……」

 自警団の誰かが感嘆の声を上げる。『魔術』知識のない彼らからすれば、それはまさしく神の御業に等しかった。

 しかし見取れている場合ではない。今の一撃は、戦闘開始の合図なのだ。

 やがて崩落の轟音が収まってくると、アジトの中から様々な声が響いてきた。それは『モンスター』たちが上げる奇声、悲鳴、怒号、混乱。阿鼻叫喚の叫びであった。

 さすがに初撃で都合良く全滅とはいかなかったようだ。

 いよいよとなり、武器を握る手に力を込める団員たち。

 するとその時。煙りを突っ切るようにして、一体の『モンスター』が飛び出してきた。村を襲ってきたのと同じ、狼の特徴を持つ種族。

 降ってきたガレキに体を打たれ炎に焼かれたモンスターは、安全圏へ逃げ出た途端、待ち構えていた団員の剣によって胸を突き刺された。

 なにが起きたのかを理解する前に、彼は絶命する。

 それが口火となり、炎と煙りが舞うアジトから次々と『モンスター』が吐き出されていった。

 さしもの彼らとはいえ、混乱しているところを数人がかりで攻められればひとたまりもなかった。紫色の血が吹き、死体がどんどんと転がっていく。

 これまでの怒り。殺された仲間たちの仇。村を守ろうという決意。それらを胸に、団員たちは一心不乱に武器を振り回す。

 あれほど手強かった敵が、今はとてつもなく弱く思えた。勝てる。団員たちの心にそんな気持ちが芽生えた頃――。

 戦況に変化が現れた。

 『モンスター』たちの断末魔にまぎれて、彼らのものではない……人間たちのうめき声が混ざり始めたのだ。

 優勢と思われていた形勢が、いつのまにか膠着していた。

 理由は明快。奇襲開始から一拍が経ち、『モンスター』たちの混乱が薄れきてしまっているのだ。

 状況を把握し始めている。

 それに加えて、人間ごときが自分たちに歯向かってきている、という憤怒が彼らの心を激しく燃え上がらせていた。

 ドート団長に誤算があったとしたら、それは、『モンスター』たちの数が思っていたよりも多かったということだけであろう。

 

 

 倒される仲間を目にして逆に闘志をたぎらせながら、エリスは果敢に攻め立てていた。

「人間のっ! それも女がっ! 生意気にっ!」

 『モンスター』は吠えながら、上段から斧を振り下ろす。エリスは剣をかざし、それを頭の上で受け止めた。

 が、やはり力負ける。上から押さえつける斧に足腰が沈みかけた。

「生意気かどうかその目でしっかり見てろっ!」

 『モンスター』に負けないほど叫び返した瞬間、エリスの剣から炎が生み出された。

 その炎が、まるで物質化したかのように『モンスター』の斧を持ち上げる。すさまじい力で。すでに剣と斧は触れ合っていなかった。

「!?」

 動揺するモンスターにはかまわず。

「オーバーフレアぁっ!」

 エリスは、炎をまとった剣を叩き込んだ。

 

 

「やってくれたな、人間風情……!」

 ドートの前に怒り心頭で現れたのは、他の者たちと比べてひと回りもふた回りも体の大きいモンスターだった。姿形は似通っているため、それが彼らの『ボス』なのだろうか。

「我らに歯向かって、タダで済むと思ったか!」

「それはこっちの台詞ってヤツだ!」

 ドートは、樹齢うん百年という木を切ろうかというほど巨大な斧をかまえ直し、一歩も引かずに言い返した。

「オレらの村に手ぇ出しといて、タダで済むと思ってたんじゃねぇだろうなぁ! おいっ!」

 鬼のような形相。並の人間ならそれだけで泣いて逃げ出してしまいそうな迫力があった。しかし相手は、並でも人間でもない。

「身のほど知らずが!」

 モンスターのボス格は吠え散らして、ドートめがけてブロードソードを叩きつける。

 完全に防いだはずのドートだったが、勢いと力に押されて吹き飛ばされてしまった。

 単純な腕力だけなら団内一のドートでも、さすがに厳しい。モンスター相手では。

「おおぉっ!」

 モンスターは気合いを叫びながら幅広の剣を振り回していく。それは技術もなにもなく、ただ力任せに振っているだけのものだった。しかしその『力』が圧倒的なぶん、脅威以外のなにものでもない。

 なんとかしのいでいるドートを切り崩そうと、剣の動きが激しさを増す。

「フラッシュジャベリン……!」

 そこへ、リフィクが一条の光槍を放った。

 最初の全力攻撃からやや時間が経ち、ほんのわずかだけだが体力が回復したのだ。

 微弱な光は上手くドートを避け、『モンスター』だけにヒットする。傷を与えるには至らなかったが、奴の動きが、麻痺したように鈍くなった。

 それを好機とし、ドートが反撃に転ずる。

 だが腐っても鯛。痺れても『モンスター』というわけか、ボス格は麻痺した体でもドートに引けを取らなかった。

 形勢は逆転に至らず、圧倒的な差をわずかに縮めただけに終わってしまう。

 リフィクも今の術を放ったので精一杯。追撃をかける余力は残っていなかった。

「いくら小細工を弄しようと、勝てぬものは勝てぬのだ」

 押し負けて尻餅をつくドートを見下し、『モンスター』が勝ち誇る。

「それは今の世界が物語っている!」

 一対一、一対二でも、正面からでは勝負にすらならない。人間と『モンスター』とでは。根本的に。

「心得ろ、弱者がっ!」

 ドートは傷だらけの体をなんとか起こそうとするが、力が足りずにくずおれる。

 ダメージを負いすぎていた。そして目の前には、強大悪鬼な敵が立ちはだかっている。

 火を見るより明らかな絶体絶命な状況。

 だがドートの顔には、観念や諦観といった感情はまったく浮かんでいなかった。むしろ逆。余裕の笑みさえ見受けられる。

「……人間の考えることはよくわからんな」

 『モンスター』は興を失したように吐き捨てて、右手に持ったブロードソードを大きく振りかぶった。

 一巻の終わり……。

 もはや見ていられないとリフィクが目をそらした、その時。

 『モンスター』の苦悶の叫びが耳に飛び込んできた。

「!?」

 なにが……とリフィクは慌てて視線を戻す。

 すると狼に似たモンスター、その片目に一本の矢が突き刺さっていた。

 流れ矢が、ではない。その証拠に、二射三射と二桁にも及ぶ矢が一斉に『モンスター』へと殺到する。

 リフィクは振り向く。そこに、他の場所で戦っていた数人の団員が弓を手に駆けつけてきていた。

 ドートの援護をしに。その中にはレクトの姿もあった。

「オーバーフレア!」

 そして横手から飛び出したエリスが、ボス格のブロードソードを持つ腕をばっさりとぶった斬った。岩場に紫色の血が飛散する。

「なんだ、これはっ……!?」

 ボス格は動揺を隠し切れずに、残ったほうの目だけで自分の周囲を見渡した。

 馳せ参じたのは彼らだけではない。戦いに赴いた自警団の団員、そのほとんどが集い『モンスター』のボス格を取り囲んでいた。

「奴らはっ……奴らはなにをやっている!?」

 誰へ向けてでもなく怒りをぶつけた『モンスター』へ、

「残ってんのはてめぇだけだよ」

 言い放ったのはエリスだった。

「あたしらにたたっ斬られたかシッポ巻いて逃げ出したか、どっちにしろ残りはてめぇひとりだ」

「なにを、バカなことを……!」

 ボス格の頭の中にあるのは、恐らく信じられないという思いだけであろう。

「我ら『モンスター』が人間ごときに出し抜かれるなど……!」

 口ではそう言っているが、認めざるを得ない状況である。これでは。

 深手を負った自分、それを取り囲む二十人弱の人間たち。仲間が残っているなら、こんな状況にはなっていないだろう。それは明白。言うまでもなく。

「そんなことが、あってはならない!」

「あるんだよっ!!」

 『モンスター』は一番手近にいたエリスを片腕の爪で引き裂こうと地を蹴ったが、所詮は迷いのある動き。

「あたしらをここまで怒らしゃぁ当然っ!」

 エリスはそれをたやすく剣で防いだ。

「あるっ!!」

 さすがにパワー負けして弾き飛ばされる彼女だったが、それが合図となったかのように、取り巻く団員たちが一丸となって攻めかかった。

 

 荒野の岩場に響き渡るのは、肉を斬り裂く音と奇怪な断末魔。

 ドートは仰向けになったまま空を見上げ、

「言っただろ。オレたちの村に手を出して、タダで済むはずねぇって」

 小さくも猛々しい声で言い捨てた。

「オレらの怒り……殺されて、食われてった連中の恨み……人間の意地ってヤツを」

 彼の瞳に映るのは、命を奪われた村の人々と、志なかばで敗れていった自警団員たちの顔。そのひとりひとりを、鮮明に思い浮かべていた。

「思い知りやがれっ……!」

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