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第三章(7)

 

 男たちが一転して、水を打ったように静まり返る。

「お前らの知ってるザット・ラッドは、こんな奴らにやられるほど情けない男か!? 違うだろ。騒げば騒ぐだけアニキの名を落とすってことがわからねぇか!」

 トップではないにしろ、彼も一団の中でそれなりの地位についているのだろう。皆、彼の言葉を黙って聞いている。

「必ずオレたちの仇は取ってくれる。だから無用な心配はするな!」

 みたび、男たちから声が上がった。だがそれは先ほどまでの雑然としたものではなく、ある種の団結力を伴った声だった。

 アニキと呼ばれる彼らの頭。ザット・ラッドというのがその名前だろうか。こうまで信頼されているということは、ひとかどの者であるのは間違いない。

「望み通り案内してやる」

 皆の様子を見て取ったあと、ヒゲ面の男はエリスに向き直った。

 

 指針は決まっている。捕獲すべき山賊がまだ残っているのだから、それらを捕らえに再び山を進む。案内役もいるので、その者を信じるなら、リーダー格のところへは手早くたどりつけるだろう。

 決まっていないのは手段のほうだった。

「……どうすんだ?」

 エリスたちは今、捕らえた賊を眺めながら作戦タイムの真っ最中である。

 議題を彼らの処遇についてだ。

 このまま十人超の人間をぞろぞろと引き連れて山道を登るのは、正直言って厳しいものがある。

 だからと言って、ここに置いていくのもまずい。見張りを残さなければならないし、そのまま夜になってしまったら面倒のことになるのは目に見えている。

 ということは。選ぶ道は絞られてくる。

「案内役だけ残して、あとは町へ連れて行く」

 消去法で弾き出した答えを、代表するようにレクトが口にした。

 異論は出ない。

 次に決めるのは誰が連れて行くかであるが、これは即座に名乗り出る者がいた。

「私がひとりで連れて行くわ」

 アリーシェである。ひとりという部分に懸念の声が上がったが、

「まさか全員で戻るわけにはいかないでしょう?」

 というひとことに丸め込まれてしまった。

「戦力は多いほうがいいわ。私は大丈夫よ」

 山賊たちがあと何人残っているのか定かではない。たしかに、頭数は多いに越したことはないだろうが。

 それでもひとりで彼らを連行しようというのは、彼女らしからぬ少々無茶な行動に思えた。

 

    ◆

 

 アリーシェを除いた五人と、荷物を載せた馬一頭、そして案内役として選出したヒゲ面の男が山を奥へ奥へと進んでいく。

 無論ロープで腕を縛ったままだ。

「……あんたら、町の奴らか?」

 男が訊ねる。

「まぁ、そんなとこだな。そいつらに頼まれたんだよ」

 答えたのはエリスだった。他の者は、大なり小なり話もしたくないと言いたげな表情を浮かべている。

「で、どこにいるんだ? そのアニキって奴は」

 今度はエリスが訊ねる。男は礼とばかりに、「もう少しだ」と素直に答えた。

「……ホントに大丈夫かな。アリーシェ様」

 その後方で、パルヴィーが不安げな呟きをもらした。

 なんとなく言いくるめられてしまったが、よくよく考えると心配である。同じ『ひとり』なら、ラドニスに任せたほうがよかったのではなかろうか。

「本人が大丈夫だと言ったのだ。心配はない」

 と、そのラドニスが彼女をなぐさめた。年長者特有の包容力のある声が、パルヴィーの不安をほんの少しだけやわらげた。

「……そうだね」

 

 

 そんなパルヴィーの心配をよそに。アリーシェ一行は、すこぶる順調に下山の道を歩んでいた。

 ロープで腕を縛られた男たちが、さらにもう一本のロープでビーズアクセサリーのようにつながれている。先頭でロープの端を握っているのは、無論アリーシェだ。

 歩を進めるたびに、彼女の心は幾分か軽くなっていった。

 皆には言わなかったが、なるべくならこの一件から手を引きたかったのである。

 実際に対峙してみて、ようやく実感した。やはり自分の剣は『モンスター』を斬るためにある。悪しき血を流し尽くすためにある。

 命を奪わないとはいっても、人間を斬るのは良い気分ではない。たとえ悪人だとしてもだ。

 我慢して付き合おうとも思っていたが、都合良くチャンスがめぐってきた。

 自分がいなくとも、彼らなら充分に任をまっとうしてくれるだろう。

 任せておけば安心だ、と。

 

 やがてしばらく下った頃。男たちのあいだから、小さな呟きがもれた。

「なぁ……逃げれるんじゃね?」

 力の差をまのあたりにしてすっかり逆らう気力をなくしていたが、よく考えたら相手は今ひとりなのである。

 縛られているとはいえ、大の男が十五人だ。全員がその気になれば女ひとりくらい造作もないはず。

 生まれた提案は、水面に浮かぶ波紋のように広がっていく。

「…………」

 小声でその計画を立てる男たち。

 それが聞こえたのか、もしくは最初から想定のうちだったのか、アリーシェは歩きながらするりと剣を引き抜いた。

 銀色の刃が、日の光を反射して美しくきらめく。

「……ロックブレイド」

 彼女が言葉を唱えると、一行の真横の地面から、まるで巨大な刃のような岩が勢い良く隆起した。

 何本もの木が、まっぷたつに両断される。まるで小枝のようにたやすく。

「……!?」

 男たちのあいだに戦慄が走った。先ほどの戦いでは、あんな殺傷力の高そうな『魔術』など見かけなかったはずだ。

 アリーシェは振り返ることも、声をかけることもしない。無言の圧力。背中から放たれるプレッシャー。

 男たちは完全に、その威圧に飲み込まれてしまっていた。

 その後なにごともなく町まで下りられたのは、言うまでもない。

 

 

 なおも山の奥深くへと進んでいくエリスたち。

 その時不意に、前方の茂みがガサリと揺れた。はっとして身構える一同。

 茂みから姿をあらわしたのは、ひとりの若い男だった。

 背格好からすると賊たちの仲間だろうか。

「……」

 男は、エリスたちと縛られたヒゲ面の男とをじろじろと眺めながら、ゆっくりと近寄ってくる。

「……なにがあった? ダドリー」

 そして険しい表情で訊ねた。どうやらダドリーというのが、このヒゲ面の名前らしい。

「町から来た奴らだ。他の連中も捕まった」

「なんだって!?」

 ダドリーの説明を聞き、男はますます顔を険しくしてエリスたちをにらみつけた。

 が、にらむるだけで、これといった行動は起こさない。やはりこのダドリーが縛られている手前、滅多なことはできないということだろうか。

「こいつらはアニキに会いたいそうだ。今どこにいる?」

「アニキか……」

 ダドリーに訊ねられたからか、その名前が出たからか。男の顔が、ほんの少しだけやわらかくなった。

「今は、風呂に入ってるところだが」

 

    ◆

 

 岩に囲まれたくぼみから白い湯気がもくもくと上がり、辺りを霧のように包んでいる。

 地中から湧き出た温泉が溜まり、天然の露天風呂と化しているのだ。入浴するのはもっぱら山に住まう動物たちであるが、たまに人間が利用することもある。

 そこに今、十数匹ものサルと共に、ひとりの男がつかっていた。

 伸ばしていると言うよりも伸び放題な髪の毛に、しなやかに鍛えられた肉体。周りを囲むサルたちは、まるで彼を仲間だと認めているかのようになついている様子だった。

「アニキーっ!」

 そこへ、彼の手下が慌ただしく駆けてくる。

 途端にサルたちは湯から上がり、逃げるようにその場から去っていってしまった。

「……なんでい? 騒々しい」

 後頭部から返ってきた声は、意外にも若い。

「それが……」

「てめーがこいつらの頭か?」

 手下の声を押しのけて、エリスがずうずうしくも問いかけた。

 聞き覚えのない声の出現に、彼は怪訝そうに振り返る。

「なにもんだ?」

 その顔は、声にたがわず若いものだった。

 二十代。いや、十代の終わりといっても通用するかもしれない。彼を『アニキ』と呼ぶほとんどの男が、彼よりも年上ではなかろうか。

「聞いたのはこっちが先だろ」

 とエリスが返す。

 彼はゆったりと湯につかったまま、エリスたち五人と、縛られているダドリーと、最初に駆けつけた男を順に見ていった。

「かたじけねぇ、アニキ」

 ダドリーが、おおよそのいきさつを説明する。

「……そうかい。うちのもんが世話になったみたいだな」

 それを聞き終え、彼は勢い良くバシャリと湯の中から立ち上がった。

「たしかにオレが、こいつらの頭のザット・ラッドだ」

「にゃぁぁぁぁぁぁーーっ!!」

 しかしその自己紹介は、パルヴィーの超音波のような悲鳴によって、後半がかき消されてしまった。

 ザット・ラッドは、全裸だったのだ。

 まぁ温泉に入っていたのだから当たり前なのだが。

「……オレがこいつらの頭、ザット・ラッドだ!」

 聞こえていなかっただろうと踏み、ザットは名乗りをやり直した。

 その立ち姿は、非常に凛々しく堂々としたものだった。たくましい肉体はまるで彫刻のような美しさと力強さにみなぎっている。

 裸でなにが悪い、と言わんばかりの佇まいだ。

 だがせめて、最低限一カ所だけは悪く思ってほしいパルヴィーであった。

「あたしはこいつらの頭の、エリス・エーツェルだ!」

 心身共に威風堂々としたザットに負けじと、エリスもズバッと威勢良く名乗り返した。

「勝手に頭にならないでよっ! ってゆーかなんで平然としてんのーっ!?」

 パルヴィーは顔を真っ赤にしつつも、聞き逃さずにツッコミを入れる。

 彼女らふたりは同年代のはずだが、この反応の違いはいったいなんなのだろうか。エリスはどこで、道を間違ってしまったのだろうか。

「お前、意外と純情なんだな」

 と冷静に分析するエリス。いつぞやは夜這いを仕掛けようとした奴とは思えないほど乙女なリアクションである。

 パルヴィーは恥ずかしさと、やるせない怒りと、行き場のないもどかしさを平手に込め、何故かリフィクの顔面へと叩きつけた。

「ていっ!」

「なんで僕っ!?」

 まっとうな疑問を残しながら、リフィクはその場にくずおれた。

 

「うちのもんを人質に、このオレを捕らえようって魂胆か?」

 ザットは眼光鋭く、エリスたちをにらみつける。全裸で。

 パルヴィーなどは、完全に彼へ背を向けてしまっていた。

「ばーか、人質になんかするかよ」

 エリスは縛られているダドリーを見せつけるように蹴りつけ、自分たちから遠ざける。

「けどてめーらをひっ捕まえにきたのは当たりだ。面倒なことはごめんだから、ここはいっちょ手っ取り早くいこうぜ」

 ザットは「ほう」と続きを聞く。

「こっちとてめーで一対一の勝負するんだ。こっちが勝ったら、てめーは残ってる手下共をまとめて、大人しく捕まる。頭ならそれくらいやれるだろ?」

 要は決闘ということである。

「オレが勝ったらどうなるんだ?」

「勝たねーからいいんだよ」

 はっはっはっ、とザットから笑いがこぼれた。あざ笑っているとも、挑戦的とも取れる笑いだった。

「いいぜ。ついてこいよ」

 ザットは温泉から上がり、そのまま奥へと歩いていく。全裸で。


 どうやら話は受け入れられたようだ。

 彼のあとを追おうとする、その前に。不意にエリスが、半笑いの表情をレクトに向けた。

「……負けてたな」

「なっ、なにがだ……?」

 声が上ずるレクト。

「ねぇー、もういーいー?」

 背中を向けてなおかつ顔までふさいでいたパルヴィーが、誰にでもなく問いかけた。

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