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第三章(6)

 

 準備を万端に済ませたのち、エリスたちはシルパリーサの町をあとにした。そしてそのまま『ベガ山』へと足を踏み入れる。

 山を登り始めてからまだまだといったところで、

「そろそろ休憩にしましょうか」

 とアリーシェが提案した。

「なんでだよ? まだ入ったばっかりだろ」

 すかさずエリスが異を唱える。一行の中ではもはや見慣れた光景となっていた。

 アリーシェはわずらわしさなどみじんも表さず、丁寧に言い聞かせる。

「山道を歩くのは自分が思っている以上に体力を消耗するわ。その消耗をしている時に戦いになってしまったら、力を満足に出せなくなるでしょう? だから早め早めに休憩をして、体力を常に温存しておく必要があるのよ」

 先日立ち寄ったイーゼロッテからシルパリーサへはこの山道を越えるのが最短ルートであったのだが、エリスたちはあえて山を迂回し、平地で町へとやって来ていた。

 その理由がこれである。

 ただの旅人なら疲れるまで歩き、休み、また歩き出せばいいのだが、彼女らの場合は事情が違う。なにを置いても戦闘ということを考えなくてはならないのだ。

 普段なら『モンスター』。今の場合は山賊との。

 どこで出くわすかわからないため、どこで出くわしてもいいよう常日頃から心掛けなくてはならないである。

「ふーん。そうなのか」

 こうも懇切丁寧に正しいことを説明されては、エリスとしても納得するしかない。

 特に反対する者もいなかったので、一行は提案を実行に移した。

 

 町の住人が採掘や伐採によく訪れるからか、ベガ山の山道はとてもよくならされていた。

 細くて長い木が所狭しと林立し、視界を茶色と緑に埋め尽くす。さわさわと風が葉を揺らす音と鳥のさえずりは、とても賊がいるとは思えないほどのどかな雰囲気をかもし出していた。

「ククルスですね……」

 山道の真ん中に立って木々を見上げていたリフィクが、ぽつりと呟く。

「……なにが?」

 じっとしていられずになにやらうろうろしていたエリスが、その呟きを耳にして問いかける。

「鳴いてる鳥です」

「はー……」

 興味の薄い返事でそのやり取りは終了した。

 レクトとパルヴィーとアリーシェは道の脇に腰を下ろし、ラドニスは荷物を載せた馬(オルセーくんという名前らしい)の首をなでている。

「なー、よー、いつまで休むんだ?」

 落ち着きのないエリスへ、

「そんなにうろうろしていたら休憩にならないでしょ」

 アリーシェが苦笑いをこぼした。

 

 

 しんがりをつとめるラドニスが足を止めたのは、それからしばらく進んだ頃だった。

「……囲まれてるな」

 それを聞き、皆もそれぞれ足を止める。だが周囲を見回してみても、特に変わった様子はなさそうだった。

「レイド」

 とレクトを呼びながら、ラドニスはわきの林を指で差す。

「木を避けて射れ」

「はい」

 意図は飲み込めないものの、レクトは言われた通りにやってみた。手早く弓を構え、矢を抜き、狙いを定めて引き絞る。

 放たれた矢は密集する木々をかいくぐるように飛び、やや間を置いてトスンと木に突き刺さった。

 変化が起きたのはその瞬間だった。

 うわっ、という短い悲鳴。それに端を発するように、あちらこちらから生物の気配が次々と現れていった。

「……!?」

 どこに隠れていたのか、現れたのは人間の男たち。一様に毛皮や皮の衣服をまとい、剣や斧といった武器を手にしている。

「この人たちがっ!?」

 泡を食うリフィク。反射的にエリスたちも武器を取り出し、応戦の形を取った。馬を中心に、六人が互いに背を向け合った円形の構え。

「待ちくたびれたぜ」

 エリスは好戦的に笑いながら、ざっと辺りを見やる。

 一行を取り囲む彼らは、おおよそ十五人から二十人はいるだろうか。注がれる視線はあまり友好的とは言いがたい。

「無事か!? ジョゼフ」

 そんな時、男たちの誰かが、仲間に向かって大声で訊ねた。

「大丈夫だ、びっくりして声出しちまっただけだ!」

 その反対側から返事が飛んでくる。どうやら先ほどの悲鳴は彼のものらしい。

 そのやり取りを聞いた周囲の男たちが、小さく息を吐くのが伝わってきた。

 さしずめ仲間がやられたと思い、いきり立って出てきたといったところだろうか。ラドニスがそこまで計算していたとしたらかなり策士である。

「金目のものと食料を、持っている半分だけ置いていけ」

 今度はエリスたちに向かって、男たちの誰かが声を投げた。

「そうすりゃ無事に山を降りられる」

 そうしないと無事には降りられないということか。やはり、な展開である。

 声の主は、ちょうどエリスの正面に立つ、顔の下半分がヒゲで埋まった男だった。年齢は恐らく三十を越えたほどで、肥満に見えるくらいの筋肉をたくわえている。身長も高く、手にする斧も他の者と比べて大きかった。

「半分たぁ、ずいぶんお優しいこったな。身ぐるみはいでいかねーのか?」

 とエリス。ヒゲ面の男は、さも当たり前と言いたげに答えた。

「オレたちは『モンスター』とは違うからな。同じ人間にそんなむごいマネはしねぇ」

「……よくも言う」

「盗っ人猛々しいとはこのことね」

 横目で聞くレクトとアリーシェが不快感をあらわにした。冗談だとしても、聞くに堪えない。

「さぁ、痛い目を見るか大人しく従うか、さっさと選べ」

 男が選択を迫る。

「痛い目見るのはてめーらのほうだよ!」

 これが答えとばかりに、エリスは手に持つ剣を頭上に掲げた。ちなみにそれは、ラドニスとの模擬戦で使う木製の剣である。

「エーツェル騎士団、いざ出陣んんっ!」

 そしてウッドブレードを振り下ろしながら、自身も正面へ向かって突撃していった。

 それに呼応するように周りの皆も動き出す。

「だから勝手に名付けないでってーっ!」

 パルヴィーのツッコミだけが、その場に取り残された。

 

「逆らう気か」

 エリスたちの反応を見て取り、賊たちも威勢良く襲いかかった。

「お前ら、目にもの見せてやれ!」

 まとめ役らしいヒゲ面の男が号令をかけるが、すでにそれをかき消すほどの喧騒がその場に渦巻いていた。

 のどかな山景はいそいそと姿をひそめてしまっている。

「てめぇが頭か!?」

 エリスは一直線に、ヒゲ面の男へと急進した。

 彼女の持つウッドブレードを目にし、男は短くあざ笑う。

「恨むなよ、嬢ちゃん!」

 そして大きな斧を振りかぶり、エリスめがけて振り下ろした。

 腕力と武器の重量がタンデムを組み、振り下ろされる速度は電光石火に迫る。しかしエリスには、それがとてもゆっくりに思えてしまった。

「やっぱりな」

 斧が地面を砕く。厚い刃は、エリスの影すらをも捕らえられなかった。

 男ははっとした表情で天を見る。

「やっぱりてめぇらなんぞっ!」

 目を見張る男の顔面に、声と陰が落ちた。

「敵じゃねぇっ!」

 頭上から叩き込まれた猛烈なひと振り。男は、そのたった一撃で昏倒させられてしまった。

 エリスは猫のように身軽に、スタリと着地する。

 やはり『モンスター』に慣れきった体からすれば、人間など大した脅威ではない。

 

 それはエリスだけでなく、他の皆も少なからず思っていた。

 普段が死線をさまよう戦いなのに対し、今は相手を殺さないよう手加減する余裕すらある。『モンスター』相手では考えられないことだった。

 だが……と、レクトなどは、それを少し不安にも思っていた。

 『モンスター』と比べて人間はかくも弱い生物だ。そして自分たちもまた、その人間なのである。

 放った矢が、名前も知らない男の片足を斬り裂いた。

 

 勝敗が決するのは驚くほど早かった。最初は十六人いた賊たちも、今はもう五人にまで減っている。残りは気絶させられたり急所を外した傷をつけられたりして、無念にも地面に倒れていた。

「なっ、なんだこいつら……!?」

 賊のひとりである若い男が愕然と呟く。

 今まで襲った奴らの中にも、当然抵抗してきた者はいる。町の連中が束になってかかってきたこともある。しかしそのどれをも、自分たちは蹴散らしてきたはずだ。

 この無様な状況はなんだ!? どうなってる!?

「おいっ!」

 と、仲間のひとりが彼のもとへと駆け寄ってきた。

「アニキを呼んできてくれ!」

「えっ……!?」

 その言葉に、彼は息を呑む。生まれるためらい。しかしすぐさま、考えを改めた。

 たしかに、もはやそれしかない。醜態を見せることになってしまうが、こうなってはもう、頼れるのはひとりしかいないのだ。

 なりふりを構っている場合では、ない。

「誰を呼んでくると?」

 その時、不意打ちのように女の声がかけられた。

「!」

「!?」

 同時に飛来した二条の光が、ふたりの体を貫いていく。

 

 

 倒れている男たちの腕をロープで縛る。十六人ともなれば、ちょっとした重労働であった。

「ヒーリングシェア!」

 縛り終えたのち、負傷のある者には最低限の『治癒術』を施していく。全員分が終わる頃には、気を失っていた者もすっかり目を覚ましていた。

「で、こいつらを町まで連れてきゃいいんだよな?」

 エリスはヒタイの汗を腕で拭い、ひと息つく。

 いまいち物足りない幕切れではあったが、これで大金とあの剣が手に入ると考えれば悪い話ではないだろう。

 男たちは暴れるでも罵詈雑言を吐くでもなく、大人しく座り込んでいた。

 圧倒的な力の差を見せつけられ、なおかつ傷の治癒までされては、ぐうの音も出ないのだろうか。

「まだ他にも仲間がいるはずよ」

 すっかり終わり気分でいたエリスの横から、アリーシェが口を挟んだ。

「そうでしょう?」

 アリーシェは男たちをずらりと睥睨する。質問は彼らに向けて投げられたが、返答は得られなかった。

 じっとりとした沈黙が場に広がる。

「……お前らなんか、アニキがいりゃ返り討ちだったってのに」

 それを破ったのは、若い男の愚痴だった。

「……まったくだぜ。たかだかオレたちをやったくらいでいい気になりやがって」

「偉そうな顔すんのはアニキに勝ってからにしろ!」

「そうだそうだ!」

 それがきっかけとなったか、男たちは次々と言葉を吐き出し始めた。

 内容は微妙に情けなかったが。

「アニキ……?」

 とレクトが疑問符を顔に浮かべる。

「誰だよ?」

 エリスの問いに、一番近くにいた男が恨みごとを言うように答えた。

「オレたちの頭だ。あの人にかかりゃぁお前らなんかまとめてポイだぜ!」

 やはりまだ他にも仲間はいるようだ。

「頭って……こいつじゃないのか?」

 エリスは自分が真っ先に倒した、ヒゲ面の男を指差した。たしかに見た目のイメージからするとそれっぽくはあるが。

「…………」

 彼は彼で、むっすりと黙りこくったままだった。

「まぁいいか。じゃぁてめーら、そいつんところに案内しろよ」

 エリスの要求に、男たちは再び騒ぎ始める。

「バカかよ。頭を売れってのか!」

「いや待て、アニキがこいつらを叩きのめしゃぁ結果オーライだぜ」

「いくらアニキでも、オレらを人質に取られたら身動き取れねぇんじゃねぇか!?」

「人質だと!? こいつら卑怯なマネを!」

 なにやら彼ら同士でも意見が割れているようである。が、なんにせよやかましいことこの上なかった。

「うるせぇぇーっ! 四の五の言ってねーでさっさと案内すりゃいいんだよっ!」

 とエリスも持ち前の威勢を発揮するが、それでも彼らは一向に黙ろうとしなかった。荒くれ者の手法は同じ荒くれ者には通用しにくいのだろうか。

 いよいよ対処に困りかけた、そんな時。

「よしやがれ野郎共!」

 と野太く一喝したのは、例のヒゲ面の男だった。

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