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第三章(2)

 

 朝をさわやかだと感じるのは、吹く風がまだ夜の名残を含んで涼しいからだろうか。もしくは本能的に、太陽の光に安堵するからなのか。

 そんな小難しい考えなど頭の片隅にも抱かないエリスは、宿の外に出てぐぅーっと体を伸ばした。

「今日は体が軽いな」

 腕や腰を曲げたり回したりしながら呟く。

 子供のように底知れないパワーと元気さを常に放っている彼女である。逆に体が重い日というのがあるのだろうかと疑問に思うリフィクだった。

「温泉のおかげね」

 エリスのひとりごとに、アリーシェが相づちを打つ。

 湯治という習慣からもわかる通り、温泉の効能は意外とバカにできない。日々の旅の中で気付かぬところまで疲労していることを、こういう休息の時に思い知るのだ。

「私とラドニスさんは、『コープメンバー』のところに顔を出してくるわ。あとのことはよろしくね」

 宿屋の軒先に集まった仲間たちを見ながら、アリーシェが本題を告げた。

「なんだ、それ?」

 上半身を限界までのけぞらせたエリスが、耳慣れない単語を聞き返す。

「私たち『銀影騎士団』の協力者のことよ」

 アリーシェは彼女のそんな態度にも、昨日ちゃんと説明したはずだという記憶にも一切かまわず、和やかに答えてみせた。

「実働メンバーは四十人弱だけど、その他に水面下で協力をしてくれる人が大勢いるの。いろいろな町で、普段は普通に暮らしている人たちだけどね。装備品や資金の支援をしてくれたり、その人たちを通じて団員同士が連絡を取ったりもできるわ」

「へぇー」

 ふんふんとうなずくエリス。まるで初耳のようなリアクションだ。

「……ひと晩寝ちゃうと忘れちゃうわけ?」

 ぼそりとパルヴィーが呟いた。

 

 アリーシェとラドニスという年長組が抜けると、残るはエリス、レクト、パルヴィーのティーンエイジャー組と、ひと回り弱上のリフィクという構成になる。

 順当に考えれば年長のリフィクが中心になるべきなのだが、あいにく彼の発言力は風前の灯火なみに弱かった。

「とりあえず武器屋行こうぜ。いつまでもこんなんじゃかっこつかねーからな」

 町の往来を先頭立って歩きながら、エリスが自分の剣を引き抜く。

「うわっ」

 それを見て、パルヴィーが苦いものを食べたような声を上げた。

 刃がボロボロになっていたのだ。

 もはや刃こぼれなどというレベルではない。岩にノコギリのようにこすりつけたとしても、恐らくこうはならないだろうというほどだ。

「それ、ちょっと前に買ったヤツじゃない?」

 そのスチールソードは、この『シルパリーサ』のひとつ前に寄った町『イーゼロッテ』で購入したものである。買う場に立ち会っていたパルヴィーには、かなり真新しく見覚えがあった。

「扱い雑すぎー」

「勝手にこうなったんだよ! こんな不良品つかまされやがって。節穴野郎め」

「剣自体はごく普通のものだ」

 と、買った張本人であるレクトが一応弁解した。そしていぶかしげに眉をひそめる。

「しかし、この消耗の仕方は妙だな。逆にどうすればこうなるのかわからない」

 あれからまだ十日も経っていない。習慣として剣を振っている彼女は目にするが、買ってすぐの灰のトュループ以降実戦は行なっていないのだ。まず消耗する機会がないはずである。

「だから不良品だからだろって」

 レクトの思惑をよそにエリスは完全にそう決めつけ、剣をサヤに戻した。

 別段反対者がいるわけでもなかったので、一向はひとまず武具屋を探すことにした。

 シルパリーサの町並みは、木造よりもレンガ造りのおもむきが多い。ざっと見回すと、今まさに建築中の建物が目に入った。赤褐色の焼成レンガが外壁に生まれ変わろうとしている。

 山が隣接しているため資源も豊富で、汗を流すための温泉も湧いている。ともすれば労働意欲の刺激される環境だ。

 この町が活気を含んでいるのはそういった側面もあるからなのだろう。

 ここもエリスの故郷などからすれば信じられないほど広く人も多いのだが、少し前にこのさらに上をいく町をまのあたりにしていたため、さすがに感慨は薄れていた。

 とはいえ充分驚異に思ってはいるが。

「ところで、なんでお前がいんだよ?」

 エリスは右へ左へ目を動かしながら、無遠慮な物言いでパルヴィーに問いかけた。

「あいつらと行かねーで」

 イメージ的にはまったくそぐわないが、パルヴィーもアリーシェやラドニスと同じく、れっきとした銀影騎士団の一員である。そのふたりが行くのだから、パルヴィーもあちらについていくのが自然な流れのはずだろう。

「別に、どうせ行っても楽しくないし」

 パルヴィーが、わかりやすい理由を答える。果たして楽しい楽しくないで決めていいものなのだろうか。これを聞いたアリーシェの本音をうかがってみたいところである。

「それに……ね」

 彼女の視線に射抜かれて、レクトはせき払いをしながら顔をそむけた。

「はっ。良いご身分だな。普段は大して役にも立ってねーくせに」

 エリスが率直な感想をこぼす。

 パルヴィーが少しむっとした表情を浮かばせたところで、

「あっ、あれそうじゃないですか?」

 話の矛先を変えるように、リフィクが人差し指を突き出した。

 指の先には、『ブレード・ヴァン』と書かれた看板が掲げてあった。たしかに武器屋っぽい屋号である。



 

 狭く薄暗い店内に、大量の様々な剣が並んでいる。奥にはカウンターがあり、さらにその奥には鍛冶場のようなものが見て取れた。

「……あんた、『術剣技』を使うのか」

 カウンター越しに座る、いかにも職人気質な老人男性が低くうなった。

 彼が手に取って眺めているのは、例のエリスの剣である。

「術剣技?」

 と知らない言葉をオウム返しする彼女に、

「エーツェルさんがいつも使ってるヤツですよ。ほら、火が出る」

 リフィクがざっくりと説明した。『魔術』を応用した剣技をそう呼ぶこともあるのだ。

「はー。わかんのか?」

 エリスは感心しながら聞き返した。

「得物を見りゃだいたいのことはな。人間なんかよりはよっぽど雄弁だ」

 店主はつまらなさそうに答えて、剣をサヤに収める。どことなく気難しそうな雰囲気が感じられた。

 剣を見ただけでそういうことがわかるようになるまで何年かかるのか、想像もつかない。これも職人芸というものなのだろうか。

「新しいもんを買うなら、もうこういう『普通』の得物はやめときな。こんなふうになっちまったのを見るのは良い気分がしねぇ」

「この消耗の仕方は、その術剣技によるものなのですか?」

 当のエリスよりも興味深げに、レクトが訊ねた。店内が狭いため、エリスの肩越しから。

「ああ。あの手の技は武器にかかる負担がでかいからな。それ用のもんを使ったほうがいい」

 ふとレクトは、自分の記憶を掘り起こした。そういえばエリスは昔からよく武器を壊していたような気がする。ただ取り扱いが適当なだけだろうと思っていたが、もしかしたらその辺りに理由があったのかもしれない。

「しかし、彼女はずっとあの技を使っていましたが、こんなに激しく武器が消耗したのは初めてなんですよ」

 なおも熱心に聞くレクトに、エリスは「別にいいだろ、そんなこと」と言い捨てた。彼女にとって関心は薄いらしい。

「そりゃ……この嬢ちゃんの力が上がったってこったろ」

 だが続く店主の言葉に、エリスの耳がわかりやすくピクリと動いた。

「技の力に武器がついていけなくなったんだろうな。ガキがサイズの合わねぇ服を着せられてちんちくりんになってるようなもんだ。そりゃ破れもする」

「それ用の剣ってのは、この店にあんのか?」

 レクトの発言を押しのけるように、エリスが訊ねた。どことなく上機嫌になっているように思える。

「ピンからキリまでなんでもござれだ。好きなもん選んどくれ。質は保証する」

 ようやく商談に入ったからか、店主の声もワントーン高くなった。

 しかし選んでくれと言われても、素人目にはどれが『それ用』でどれが『それ用』でないのかまったくわからない。倉庫かと見間違うほどズラリと並べられている大量の剣の中から目当てのものを探し出すのは、容易なことではないだろう。

 骨が折れる。

「めんどくそうだな」

 エリスがそれをストレートに口にした。

「剣なんて使えりゃどれも一緒だろ。おい、じぃちゃん、あんたが適当に選んだヤツでいいよ」

 土地勘ならぬ店勘のある人間に任せたほうが早いはず。

「あ……?」

 彼女としては何気なく言った言葉なのだが。それを聞いた店主の顔つきが、みるみるうちに堅くなっていった。

 エリスは、制作者に向かって言ってはいけない言葉ランキングがあるとしたら間違いなく上位に入るであろう言葉を、ずばり本人の前で言ってしまったのだ。

 どれも一緒。

 特にこういう、長年こだわりを持って作り続けてきた感のある職人には禁句中の禁句である。

「……帰っとくれ」

 完全にヘソを曲げてしまった店主が、低い声で呟いた。

「なんだよ? 急に」

 しかしまったく心当たりを感じていないエリスは、無邪気とも言える態度で小首をかしげる。不幸にもそれは、怒っている人間の神経を逆なでする態度であった。

「物の価値のわからねぇ人間にはオレの作ったもんは売れねぇってこったよ」

 なのでついつい、店主の口調も強くなってしまう。

「所詮、女にはわからねぇ世界だ。向かいの服屋で髪飾りでも買ってろ」

「あの、穏便に……」

 怪しくなった雲行きに、リフィクが先手を取ってなだめようとする。

「エリスが悪い」

 そこへパルヴィーが、ここぞとばかりに口を挟んだ。たしかに発端はエリスのひとことだが。

「そうだな。謝るべきだ」

 レクトも同意し、事態の沈静化を図る。ここでエリスが素直に謝れば、すべてが丸く収まるのだが……。

「ふざけんなじじぃ!」

 どっこいそうはならないのがエリス・エーツェルである。

 カウンターに乗り出す勢いで言い返す。

「あたしの目が節穴だとでも言うつもりか!?」

「そうじゃなけりゃガラス玉だ。オレの得物が全部一緒に見えてるわけだからな」

 エリスでなくとも、さほど違いがあるようには思えない……と他の三人は思ったが、それは心の小箱にしまっておいた。

「事実一緒じゃねぇか。大した差なんてねーよ!」

「普段から下等なもんしか見てねぇからそんな言葉が出てくんだよ」

 もはや売り言葉に買い言葉である。どう仲裁していいものか、リフィクとレクトはそれぞれ迷っていた。

 パルヴィーは対岸の火事のようにただ眺めているだけだったが。

「じゃあ見せてみろよ、その上等なヤツってのを!」

「よかろう。見せてやる」

 事態の方向性が変わったのは、その時だった。

 店主は店の奥へ入っていったかと思うと、すぐに細長い木箱を大事そうに抱えて戻ってくる。そしてそれをカウンターの上に置き、見せつけるようにしてフタを持ち上げた。

「これぞ我が『ブレード・ヴァン』開店史上最高傑作、名付けて『ブレード・マリア』だ!」

 興奮のためか、店主の口調もやや芝居じみている。

 箱の中には、ひと振りの抜き身の剣が収められていた。

 形状的にはごく普通のロングソードだが、目を見張るべきはその刀身。刃全体が、まるで宝石のようなライトグリーンに輝いているのだ。

「おおっ……!」

 エリスを含む四人から感嘆の声がもれた。

 武器の域を脱した美術品じみた美しさに、ただただ見とれてしまっている。

 その反応を見て、店主は満足したようだった。

「すごいです!」

 まずリフィクが率直な感想を口にする。

「やるじゃねーか。じぃちゃんよ」

 そしてエリスも、店主の言い分を素直に認めた。

 感情をストレートに出してしまうのは彼女の悪い部分であるが、相手を認めるべき時にはわだかまりなく認められるところは良い部分であると言えるだろう。

 事態が沈静化へ向かうと思われた、そこへ。

「これって、ただ見た目がキレイっていうだけ?」

 パルヴィーが新たな火種を放り込んだ。

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