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第三章「吠え砕け! スローグラウンド」(1)

 

 木々に囲まれた山道をひと組の老夫婦が歩いていた。

「そろそろ、町が見えてくる頃だ」

 ジャムス・グライドは背後の妻に振り向いて、明るく声をかける。

 ふたり合わせて百二十を超える年齢での長旅はかなり厳しいものがあったが、それももうすぐ終わりだろう。そう染み入るように思って、ふたりは互いに微笑みあった。

 グライド夫妻が暮らしていた村が『モンスター』に破壊されたのは、今よりひと月ほど前のことである。

 かろうじて逃げ延びたはいいが、もうそこに戻ることはできなかった。家も生活も、隣人たちをも奪われてしまったのだ。

 子供もなく、近くの村に頼れる人間もいなかったので、ふたりは意を決して旅に出た。

 最初に目指したのは、イーゼロッテという町である。そこは『モンスター』も少なく大きな町と聞いていたので、遠い道のりではあったが、行く価値があると結論を出した。

 もう二度とこのような目に遭いたくなかったからだ。

 しかしやっとの思いでイーゼロッテに着いたふたりは、すぐさま愕然とすることになる。

 町の大半が、焼け野原へとなってしまっていたのだ。

 聞く話によると、それはつい先日『モンスター』が行なった破壊らしい。

 わずかに残った住人たちも自分のことで精一杯で、とてもじゃないがグライド夫妻を受け入れてくれる余裕はなさそうだった。

 ふたりは肩を落とす。

 あてが外れたこともそうだが、どこまで行っても『モンスター』からは逃れられないという事実を突きつけられたようで、ひどい脱力感に襲われたのだ。

 山向こうにある『シルパリーサ』という町の話を聞いたのは、そんな時である。

 そこは以前のイーゼロッテほどではないものの、規模も大きく『モンスター』による被害も少ないそうだった。

 いちるの希望を抱いて、グライド夫妻はその『シルパリーサ』を目指した。

 そして今、その町を見下ろしていた。

 山道の途中にある崖から全景が一望できる。噂にたがわず立派で、活気のありそうな町だった。

 ふたりの口から感嘆がもれる。あの町ならば、きっと平和でにぎやかな、新しい暮らしを始められるだろう。それがなによりも嬉しかった。

 だがその時。妻のニコールが、突然小さな悲鳴を上げた。

 ジャムスはなにごとかと後ろを振り向く。

 ふたりはいつのまにか、大勢の人間に囲まれていた。

 全員が全員武器を持ち、あまりキレイとは言いがたい、皮や毛皮の服を身に付けている。放つ雰囲気は粗野そのもの。ジャムスの脳裏に、山賊という言葉が浮かんできた。

「なっ……なんだ……!?」

 ジャムスは妻を背中にかばうようにしながら、その人間たちに問いかける。ざっと見るに、男だらけのようだった。

 そんな彼らを割って、真ん中からひとりの男が歩み出た。

 まだ若い。青年と言っていいだろう。みずみずしく鍛えられた体に毛皮の服をまとい、両手と両足にだけ鉄製の防具をつけている。武器は持っていなかった。

 その青年が口を開く。

「食料と金目のものを、半分だけ置いていけ。そうすりゃ見逃してやる」

 ジャムスは、頭に浮かべた言葉が間違っていなかったのだということを実感した。

 

 

「ぐはぁぁぁー」

 エリス・エーツェルはベッドに飛び込むなり、断末魔のような奇声を上げた。

 いつも通りの肩へそ太もも丸出しな格好で、三つ並んだうちの真ん中のベッドに、そのやわらかさを堪能すべく顔をうずめている。

 外にハネた短い茶髪頭には、ハチマキをしていたり布を帽子のように巻いていたりというバリエーションがあるが、服に関してはほとんど同じようなものしか見たことがなかった。

 普通の衣服の袖や裾を自分で切っているくらいである。

 なんのこだわりがあるのかは不明だが、男性からすれば目のやり場に困り、女性からすればはしたなく見え、あまり評判はよろしくなかった。

 しかしそれをまったく気にしていないのは、彼女の良いところでもあり悪いところでもあるのだろう。

「ベッドを作った奴は偉大だな……」

 しみじみと言うエリス。顔がシーツに埋まっているのでくぐもった声だった。

「どこでもすぐに寝られるようなのが、よく言うー」

 彼女と同年代の少女パルヴィー・ジルヴィアが、銀色の防具を外しながら横目に見た。

 地面の上だろうと岩の上だろうと木の上だろうと、なんの問題もなく快眠できるエリスである。そんな彼女にはベッドの快適さなどわからないと思っていたが、どうやらそうでもないようだった。

「旅をするようになってから改めて気付くことも多いものね」

 同じく銀の防具を脱ぐ、ふたりの姉と呼ぶには少々年齢を重ねすぎた感のある女性アリーシェ・ステイシーが、包容力の高い微笑みを浮かばせた。

 三人がいるところは、『シルパリーサ』という町の安宿の一室である。

 ベッド三つで部屋がほぼ埋まってしまうほどの狭さで、他のものは一切置かれていない。まさに寝るためだけの宿だが、安さを考えれば妥当なところだろう。

 旅の身からすれば、あれやこれやと付加されて料金が高くなってしまうのも考えものなのだ。

「たしかさっき、この町には温泉が湧いてるって言ってましたよね? 宿の人」

 わくわくとした表情でパルヴィーが言い出す。

「みんなで行きましょうよ! このあと」

「いいわね」

 アリーシェは窓の外を見た。日が沈み、夕焼けもそろそろ消えかかっている。時間的には少し急ぎたいところか。

「温泉か。……その前に」

 耳ざとく聞き入れたエリスが、跳ねるようにベッドから飛び降りる。

 そして荷物の中からひと振りの剣を引っ張り出し、そのままドアに手をかけた。

「汗かいてくる。置いてくなよ」

 振り向いてそう言い残し、部屋から出ていく。残されたふたりは、特に言われずとも「アレか」と見当がついた。

「熱心ね」

「まったくです」

 閉じたドアを眺め、それぞれ呟く。


 廊下の先に白いローブ姿の若い男を見つけ、エリスは駆け寄りついでにその肩をひっぱたいた。

「あうっ」

 リフィク・セントランの柔和な顔が情けなく眉尻を下げる。

「エーツェルさん……なんですか?」

「あいつどこだよ」

「あいつ?」

「ゼーテン」

「ラドニスさんなら、まだ僕たちが借りてる部屋にいると思いますけど……」

 バシッと、エリスのローキックがリフィクのふくらはぎをとらえた。

「ひぐっ」

 悶絶するように体をくねらせるリフィク。

「だからその部屋がどこにあるか聞いてんだよ」

 初耳である。なんと理不尽な仕打ちだろうか。

 リフィクは以前一瞬の気のゆるみから、エリスの『子分』にさせられてしまった経緯がある。そのせいか、七つほども年下の彼女にいまいち頭が上がらないのだ。

 もっとも、そもそも気の小さい性格だというのもあるのだろうが。

「蹴らなくてもいいじゃないですか……」

 リフィクが弱々しい声で訴える。

 言っていることは正しい。しかしこの力関係においては、悲しいかなエリスがすべて正しいことになってしまうのだ。

「前から思ってたんですけど、やっぱりエーツェルさんはもう少し品位というものを意識されたほうがいいかと……。今のままでは、はしたないと言いますか見苦しいと言いますか……」

 エリスが再び足を後ろに引いたのを見るや、リフィクは即座に小言を中止させた。

「突き当たりの部屋です」

 その返事代わりに、二発目のローキックが見舞われる。

「はぐっ……」

「あっ、そうだ。あとでみんなで温泉行くとか言ってたから、あんまりブラブラ出歩くなよ」

 そしてエリスは、なにごともなかったようにリフィクの横を通り過ぎていった。

 行動力の塊のような彼女に言われるのもなんだか微妙な心境である。

 こんな扱いにもめげずに彼女に付き合っている辺り、彼の人柄の良さは大したものだろう。

 ただ受動的なだけとも言えなくもないが。

 

 楽な格好に着替えたアリーシェとパルヴィーが、ギシギシと音の鳴る階段を下る。

 宿屋の受付と出入り口を兼ねた狭いホールまで降りたところで、窓際に立つ十代終わり頃の青年が目に入った。

「そこでやっているの?」

 アリーシェが声をかける。青年レクト・レイドは「ええ」と年齢のわりに落ち着いた口調で答えて、目で窓の外を指した。

 裏庭か空き地だろうか。

 そこでエリスが、たくましい中年の男性とウッドブレードをぶつけ合っていた。

 

 ゼーテン・ラドニスとエリスが、こうして稽古をするようになったのは少し前からのことである。

 持ちかけたのはラドニスだ。最初のうちは口頭で指南していたのだが、エリスがうとましがったために今のような模擬戦形式へと変化する。

 もっともエリスにしてみれば稽古をつけてもらっているという意識などなく、ただラドニスから一本取ってやろうという目標に燃えているだけなのだが。

 ちなみにその目標は、まだ一度も達成されていない。

「今日はここまでだ」

 つばぜり合いの体勢から押し飛ばされたエリスが尻餅をついたところで、ラドニスが口を開いた。

 握ったウッドブレードを下げ、ヒタイの汗を拭う。

「バカ言ってんじゃねーよ。まだやる!」

 エリスはすかさず起き上がって、すかさず抗議を述べた。するとラドニスもすかさず反論を送り返す。

「あまり皆を待たせておくわけにもいくまい」

 窓越しにうかがえる建物の中では、レクト、アリーシェ、パルヴィー、そしてリフィクと、全員が集合している。もうあとはふたりを待つだけの状態なのだろう。

「待たせとけよ!」

 しかし肝心のエリスがこういう言いぐさをする。

 模擬戦闘とはいえ、やられっぱなしな彼女だ。どうにも自分が勝つまでは終わらせたくない性分なのである。このセリフを待っている面々が聞いたらどんな顔をするだろうか。

「しばらくぶりのベッドだ。今日は旅の疲れを取ることに専念したほうがいい。いざ実戦で疲労が残っていたら形無しだからな」

 もはや毎回のように似たやり取りが行われるため、ラドニスも彼女の扱いを覚えつつあった。背中を向け、さっさと宿へ戻ろうとする。完全にやる気がないとアピールすれば、エリスとしても矛を収めるよりないのだ。

「疲れてねーよ」

 エリスのすねた声が浴びせかけられる。

「お前らみたいな年寄りと一緒にすんな!」

 お前ら、の『ら』に彼以外の誰が含まれているのかは、あまり深く考えないほうがいいだろう。

 

 そんな言葉を背に受けるラドニスの中では、非常にムラがある……というのがエリスに対する評価だった。

 良いところはとことん良いのだが、悪いところはとことん悪い。その差が激しいのだ。

 剣の基本はまったくなっていないのだが、不思議と剣筋は悪くない。それは恐らく動体視力と反射神経が優れているからなのだとラドニスは見当をつけているが、なにより迷いがないというのが一番大きいだろう。

 攻撃にしろ防御にしろ回避にしろ、一挙手一投足すべて、一切の迷いもためらいもなく行われる。故に動きが鋭いのだ。

 時折息を呑むほどに。

 それは努力してもそうそう身につけられるものではない。体ではなく心の問題だからだ。

 訓練という状況ではなく真剣勝負で、なおかつあの炎の技を使われたら……もしかしたら危ういかもしれない。

 ラドニスは密かにそう考えていた。

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