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第二章(17)

 

「ジルヴィアさん!」

 切迫したリフィクの声に呼びかけられて、パルヴィー・ジルヴィアは失っていた意識を取り戻した。

 すがめながらまぶたを開ける。映った視界の中では、まだ戦いは続けられていた。

 エリス、レクト、ラドニスの三人がかりで果敢に立ち向かっている。がやはり、形勢が優れているとは言えなかった。

 トュループには傷ひとつ、ダメージひとつ見受けられない。対して三人は、重傷こそなさそうだが見るからに傷だらけといった様子だった。小さいダメージがかなり蓄積している。

 『モンスター』と戦う限り楽勝などという言葉は期待していないが、いくらなんでも圧倒されすぎだろう。まるで相手になっていない。

「……強すぎでしょ」

 パルヴィーはぽつりと呟いた。

 いくらかは『モンスター』と戦ってきた彼女である。いわゆる『ボス』と呼ばれる手合いでも、一体だけならば、三人でかかれば最低でも手傷くらいは負わせられるはずだ。

 今は正味五対一の戦い。だというのに、このざまである。

「やんなっちゃうな、もう」

「大丈夫ですか?」

 彼女のため息まじりの呟きを聞き取り、リフィクが再び声をかけた。今度は穏やかに、やさしい声調で。

「うん、大丈夫大丈夫。おかげでね」

 パルヴィーは苦笑いに近い笑みを作って、よっこらせと体を起こした。

 刺された傷は完治している。それを確認してから、かたわらのショートソードを再び手に取った。

「強いけど……倒さなきゃね」

 手足にはまだ若干のシビレが残っているような気もするが、動くのに支障はないだろう。パルヴィーは苦笑っていた顔に、普段とは打って変わった真剣な表情を浮かび上がらせた。

「『モンスター』は」

 

 翼による高速滑空と、両手それぞれに携えた『光の剣』。主にそのふたつにエリスたちは苦戦させられていた。

 その動きの前では攻めることもままならず、その攻撃の前では防ぐこともままならない。

 そんな圧倒的な差がありつつもエリスたちがいまだに戦い続けていられるのは、トュループがまだまだ手を抜いているという証に他ならなかった。

 遊んでいるのだ。その気になれば、その高速移動をもって急所に剣を突きつけることも不可能ではないはず。こちらには避けようもないのだから。

「そろそろ飽きてきたかな」

 交戦の最中。ため息を吐くように、トュループが聞こえよがしに独語した。

 と同時に、エリスの右ももが斬り裂かれる。

「くそっ!」

 体勢を崩して尻餅をつくエリス。

「ヒーリングシェアっ!」

 そこへ、ダウンしていたパルヴィーが復帰してきた。やわらかな光が足の傷を癒していく。

「なんだよ、生きてたのか」

「ごあいさつだこと」

 と緊迫した状況に反して軽口を叩き合ってから、エリスは軽やかに立ち上がる。

 顔を上げた時には、トュループはまたしても棒立ちをしていた。

 レクトとラドニスは、エリスが体勢を整えるのを待っていたのか、穴が開きそうなほど奴をにらみつけて待ち構えている。

 エリスはもとよりパルヴィー、リフィクも戦線に戻り、再度一斉攻撃を仕掛けようとした、その時。

「いけないよ、これは」

 トュループはおもむろに、両方の剣を手から放した。たちまち剣の形が崩れ、『魔術』の光が霧散する。

「戦いが始まってどれくらいが経ったのかな? でも僕は、傷も負ってない。……ダメなんだよ、それじゃあ」

 トュループの声音がわずかに変化した。楽しそうにあざ笑う声から、突き放すように冷たい声へと。

「なに言ってやがる。まだ途中だろうが。最後までやってから言いやがれ!」

「もう終わりだよ」

 エリスの反論にも、冷ややかなまでに吐き捨てる。

「僕が終わらせる」

「勝手に決めんな!」

「生きていても僕の欲を満たせない君たちは、死んで僕の欲を満たすしかないんだからね」

「意味わかんねぇことぬかしやがって!」

「さようなら」

 それを言い残したところでトュループは羽ばたき、真上へ向かって飛翔した。

「逃げる気かよっ!」

 エリスが慌てて追いかけようとするが、真下に着いた時には、すでにジャンプしても手が届かない距離にまで上がってしまったあとだった。

「降りてこーい! 勝負しろーっ!」

 さらに上昇を続けるトュループ。が、どうやら、この場から去るというわけではないようだった。

 湯気のように、ただ上へ上へと昇っていくだけ。

 やがて奴の姿が虫ほど小さくなったところで、ようやくその上昇が止まった。

「……?」

 エリスは目を細めて、上空を見つめる。空中で静止するトュループ。なにかをするつもりなのだろうか。

 すると見る見るうちに、空に暗雲がただよい始めた。青空があっというまに、灰色に染まる。

 太陽が隠れ周囲が薄暗くなってくると、トュループの体が輝いているということがはっきり見て取れた。

「なんだよ……?」

 ただならぬ異変に、エリスは顔をしかめる。この天候の異様な変化は奴の仕業なのだろうか。

「まさかっ……!?」

 その横で、リフィクが驚きをあらわに声をもらした。

「なんだよ!?」

 振り向くエリス。

「えっ、あれが噂の……!?」

 さらにその横で、パルヴィーもこぼした。

「だからなんだよ!?」

「……こんな近くで拝むことになるとはな……」

「あれが……?」

 続けてラドニスとレクトも呟く。エリスは、またしても自分だけが置いてけぼりを食らっている状況に、ひどくもどかしさを募らせた。

「なんだよーっ、教えろよーっ!」

 これではまるで、いじわるをされている子供である。

「少し下がっていて」

 と凛として言ったのは、いつのまにか近くに来ていたアリーシェだった。

「……できるのか?」

 深刻な面持ちのラドニスが、彼女に問いかける。

「失敗した時は、大人しく恨みごとを聞くわ。天国でね」

 アリーシェは冗談めかして肩をすくめた。

 頬をふくらませたエリスが、

「だからあれは……」

 なんなんだよ、と訊きかけた時。

『――天地を焦がす霹靂は』

 まるで反響しているような、トュループの声が降り注いできた。

 エリスははっとして再び上を向く。トュループを包む輝きは、もはや太陽と見間違うほどに強くなっていた。

『――雷帝来たりて降り注ぐ』

「あれこそが、奴が灰のトュループと呼ばれるゆえんよ」

 同じく空を見上げながらアリーシェが説明する。その口調には、冷静な中にも憎々しさと忌々しさがたっぷりと含まれていた。

『――すべてを滅ぼす声のもと』

「すべてを灰燼に帰す」

『――破壊の光を今ここに』

「ディストラクトレイ……!」

 

 

 トュループの体を包んでいた光が上空へ放たれる。次の瞬間、イーゼロッテの町へ強大な雷が落下した。

 だがそれを雷と呼ぶには、あまりに規模が違いすぎる。

 圧倒的な光量は町を丸ごと飲み込み、大地に激震を走らせる。まさに天災にも匹敵する驚異の力。

 そのすさまじい衝撃と大音量は、空中をただようトュループ自身にもビリビリと伝わってきていた。

「ふふっ……」

 大量の砂煙と黒煙が立ち込める眼下を眺め、トュループはこらえきれずといった様子で高らかに笑い出した。

「ははははははっ」

 消した。

 破壊してやった。奪ってやった。数えきれないほどの命を。丹精込めて作り上げられた建造物を。歴史を重ねた集落を。この手で。思うままに!

「あはははははっ」

 トュループの中が、えもいわれぬ悦楽と優越感で満たされていく。

 死んだ命はその時なにを思ったのだろう。苦しんだ? 悲しんだ? 怒った? それとも自分が死んだことにも気がつかなかった? その様を想像するだけで笑いが止まらない。

 飽きることがない。至高の快楽。

 生殺与奪の権を持つことへの快感を、彼は存分に味わっていた。

 一陣の風が吹き、黒煙がわずかに薄れて、大地がのぞく。

「……へぇ」

 それを見た時、彼の笑いが別種のものになった。

 

 

 あまりに想像を超越したことが起きると、人間は一時頭の働きを止めてしまう。エリス・エーツェルもその例外ではなかった。

「…………」

 目を見開き、言葉を失い、石になってしまったかのように固まっている。それは他の面々も同じであった。

 目の前から、町並みが消えていた。

 道も建物も花も緑も、そして恐らく住人たちも。ほんの少し前まで町であったその景色が、ただの焼け野原へと変わってしまっていた。

 まるで消しゴムで消したように、キレイさっぱり。跡形もなく。

 ところどころから黒煙が上がる、残骸すらもほぼない見渡す限りの焦土。それが忽然と、目の前に現れていた。

 その焦土と無事な大地の境目に立っていたアリーシェ・ステイシーが、立つ力を失いガクリとくずおれる。

 

「防いだんだ」

 トュループははしゃぐように笑いながら、好奇的な目で大地を見下ろしている。

 町であった場所は、いつものように消し去った。

 だが、一方向だけ。ひと切れだけ残ったピザのように、町の中心部から細長い三角形を描くよう無事に残っている部分が見て取れた。

 その三角形の頂点は、今さっきまで戦いをしていた場所だ。ならばあの中の誰かが防いだ、ということになる。

「見直したよ」

 それだけで、トュループは少しだけ彼女らに興味を抱いた。

 だが、まだ足りない。

「けど二発目はどうかな?」

 酷薄な笑みを浮かべるトュループの体が、先ほどと同じように輝き始めた。

 

 座り込むように倒れたアリーシェを、ラドニスがすかさず支えた。

 彼女はトュループの『ディストラクトレイ』を、防御用の『魔術』で防いでみせた。しかしそのたった一回で、全快に近かった体力を使い切ってしまったのだ。

 立つ力すら、残っていない。

「……なんだよ、これ……」

 エリスは目の前に広がる惨状を見つめながら、呆然と呟いた。

 常に恐怖と緊張が抜けきらない自分の故郷とは、正反対のように違うところのはずだった。活気のある明るい町。住む人々も楽しく、幸せそうだった。

 だが、これはなんだ? その光景はどこへ消えた? 数多くの住人たちは、どこへ行ってしまった?

 エリスはぎこちない動作で背後を振り返る。アリーシェが守った無事な町並み。しかし確かめるまでもなくわかる。こんなものは、ほんの一部だ。たったのひと握り。あとのすべては、灰となって消えてしまった。

 奴の手によって。目の前で。

 直接的な憤慨が、エリスの心をさらに激しく燃えたぎらせる。

「あたしの見てる前で、こんなこと……!」

 キツく拳を握りしめ、再び頭上を振りあおいだ。

「あの野郎っ……!」

「……ねぇっ、また光ってない!?」

 同じように空を見上げるパルヴィーが、奴へ向けて人差し指を掲げる。

 暗雲を背景に輝きをまとうトュループ。それは先ほどとまったく同じ光景であった。

「まさか、また『アレ』を……やる気なのか……!?」

 自分たちが置かれている状況を瞬時に察したレクトが、信じがたい様子で息を呑む。

 アリーシェにはもう頼めないだろう。再び『アレ』を放たれたら、防ぐすべはない。残った町と住人もろとも、すべてが光の中へと消えていく。

「悠長にしてる場合じゃねぇよ! なんとかできねぇのか!?」

 エリスが皆を振り向くも、望んだ回答は得られなかった。一様に口を閉ざし、苦い顔をしている。

 その顔が物語っていた。この状況を打開する手立てが思いつかないと。

 放たれたら終わりな以上、その前に止めるしかないのだが。ではどうやって止めるのか。

 はるか上空にいるトュループを攻撃するとなると、普通の武器ではダメだ。ならば『魔術』? しかし生半可な威力のものが通用するとは思えないし、それをこしらえる猶予が残されているかは怪しいところだった。

 素直にやめてくださいとお願いするわけにもいかないだろう。そしてこの場から逃げるのも、恐らくは間に合わない。

 お手上げである。

 その場に、あきらめの気配がただよい始めていた。

 ただひとりエリス・エーツェルをのぞいて。

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