第二章(7)
別の意味で言葉を失うアリーシェ。わざわざ相手を挑発するエリスの意図を計りかねているのだ。
「剥製にするってことはな、つまり、皮ぁはいで腹かっさばいてハラワタ取り出して綿詰めて、また縫い直すってことだ!」
エリスは、ふっふっふっと笑いながら、律儀にも工程を説明する。
「そんでもって将来あたしの家に飾ってやる!」
しかしアリーシェの思惑をよそに、これと言った意図など特にはなかった。単に言いたいだけなのである。
なにかと思慮深いアリーシェには、直感だけで生きるエリスの言動は理解しがたいものがあるのだろう。
「その威勢がいつまでもつか」
アドレーはジロリ、とエリスへ狙いを定めた。
「試してみたくなった!」
そして超がつくほど巨大な剣を、片手で軽々と振りかぶる。
人間ふたりがかりでようやく持ち上げられるかどうか……というほど規格外な剣だ。まともに食らえば間違いなくまっぷたつにされてしまうだろう。まさしく文字通りに。
「もつももたねぇもあるか。あたしの勢いは止まらねぇっ……! 止められねぇよっ!」
緊張感に息を呑むアリーシェが見つめる中、エリスは弾かれたように地面を蹴った。
「誰にもーっ!」
アドレーめがけて突っ走る。そしてその勢いのまま、剣を振りかぶってジャンプした。
「オーバーっ!」
刀身から火柱が巻き上がる。
「フレっ……!」
「弾け飛べぇっ!」
エリスの声をはねのけるほど叫びながら、アドレーは自分の足元へ大剣を叩きつけた。
「グランドブラスト!」
その衝撃によって砕かれた地面が、水柱のように上空へと打ち上げられる。
滞空中のエリスへ、眼下から岩の雨が襲いかかった。
巨大なものから鋭利なものまで、まさに雨のような無数の岩々。食らえば軽傷では済むまい。
「しゃらくせぇっ!」
エリスは即座に目標を変更。剣を下方へ向けて振り下ろした。
あまたの岩石を、炎の刃でまとめてなぎ払う。
が、次の瞬間。
岩石群を突破したエリスを待っていたのは、うねりを上げて迫るアドレーの大剣だった。
二連撃……!
エリスはとっさに、剣を盾にしてそれを防ごうとする。だが甘かった。
剣と剣とが衝突した瞬間、エリスの剣が、まるで小枝のようにあっさりと砕かれてしまったのだ。
「!」
「グラヴィティホールド!」
それとほぼ同時に。エリスの体が、見えない力によって急激に下方へ引っ張られた。
まさに紙一重のところで空気を裂く大剣。
エリスは真下の地面へ、思いきり叩きつけられていた。
まばたきするほどの、わずかな時間内での攻防である。エリスの窮地を救ったのは、アリーシェの放った重力を操る『魔術』だった。
受け身も取れずに全身を打つ羽目になってしまったエリスだが、あのまま大剣を食らうよりははるかにマシだったろう。
でなければ今頃は、上半身と下半身が別々のところに落ちていたはずだ。
すぐさま飛び起き、間合いを離すエリス。
「エリスさんっ!」
そこへアリーシェが駆けつけ、自分のロングソードをサヤごと手渡した。
「すまねぇっ!」
エリスは柄だけになった自分の剣を捨て、彼女の剣を受け取る。そして素早くサヤを投げ捨て、抜き身を正面に構えた。
普段エリスが使っているものに比べてかなり上等な剣なのだろう。美しく輝く銀色の刀身は、吸い込まれてしまいそうなほどの妖しさに満ちていた。
「あなた、うかつよ。……それは折らないでね」
注意を含めつつも冗談めかした口調のアリーシェだったが、心情的には言葉ほどの余裕はないだろう。助かったからよかったものの、である。
「保証できねぇな」
エリスは悪びれる様子も反省する様子もなく、口元をゆるませて答えた。
顔の下半分は笑っているが、上半分は真剣のように鋭く引き締まっている。
器用なものだ。
「……困ったさんね」
対するアドレー・カギュフは、冷静なまなざしで並び立つふたりを見据えていた。
たかだか人間ふたり。普段なら歯牙にもかけない相手である。気に止める必要すらない存在。
しかし、彼の中に油断はなかった。
やられた仲間をまのあたりにしたからだ。一体二体ではない。根こそぎ……と言っていいほどの。
故にアドレーは、初撃から本気で斬りかかった。そして納得したのだ。
「大抵の者ならばあの二連撃はかわせまい。ほめてつかわそう」
どんな形であれ、避けただけでも大したものだ。人間にしては充分である。
「だが二度目はないぞ」
「そりゃこっちのセリフってヤツだよ」
エリスが威勢良く言い返す。
「今度こそ叩き込んでやる……! このオーバーフレアをな!」
「叩き込むと、どうなるのだ?」
「あたしの勝ちだ!」
「面白い!」
そんな意気込みを笑い飛ばしながら、アドレーは巨体を走らせた。
並ぶふたりの頭上から、大剣を振り下ろす。
幸いだったのは、先手を取って放たれたリフィクの『魔術』が『モンスター』二体を仕留めたことだろう。
それで四対四。数の上では互角になった。
本来ラドニスやパルヴィーたちは、多数の『モンスター』と戦う場合、ことさら慎重な作戦を取る。たとえ同数であっても戦力差は著しいのだ。慎重に慎重を重ねるくらいでないと到底渡り合えない。
しかし今は、そうも言っていられなかった。
アリーシェとエリスが『ボス』を引きつけている。そのあいだに、他の連中を片付けなくてはならないのだ。
たったふたりで『ボス』の相手をするのは、どう考えても分不相応。そう長くもつものではない。
今必要とされるのは迅速さだ。多少の危険を冒してでも、素早く『モンスター』を倒さなくては勝利はない。
その鍵を握るのがラドニスであると、彼自身自覚していた。
パルヴィーやレクトでは決め手に欠ける。リフィクも『魔術』を連発は出来ない。
やはり最後に命運を握るのは単純な腕力なのだ。
「スラッシュショットっ!」
パルヴィーが剣先から衝撃波を射出する。
「さらにスラッシュショットっ! おまけのスラッシュショットっ!」
計三発の衝撃波がそれぞれ三方に飛び、『モンスター』たちの足元を襲った。
それにより一体は動きを止められ、一体は転倒させられる。難を逃れた一体は、剣を片手にパルヴィーへと攻めかかった。
迷わず逃げるパルヴィー。
「フラッシュジャベリン!」
追走者へ、リフィクがロングレンジから光槍を浴びせかけた。全身をマヒさせられたように、『モンスター』はあえなくヒザをつく。
そして四体目は、目下ラドニスと拮抗中であった。
至近距離で互いの武器をぶつけ合う。『モンスター』に正面から力比べを挑めるのは彼くらいのものだろうか。
しかしさすがに互角とはいかない。やはりラドニスの形勢が悪い。
そこへレクトが援護の矢を射った。それは狙いたがわず、奴の眉間に突き刺さる。
苦痛の声を上げる『モンスター』。力の均衡が崩れた。
「ぬんっ!」
すかさずラドニスが、気合いを込めた大斧を叩きつけた。容赦なく胸元をかっさばき、奴を血の海に沈ませる。
あと三体。
「くそっ!」
砂煙が飛散する中、エリスはもどかしそうに悪態をついた。
アドレーが大剣を縦横無尽に振り回すため、攻撃距離まで近付けずにいるからだ。
恐らくそれがアドレーの戦い方なのだろう。
長大な得物の切っ先だけを当てられる距離を保ち、敵をふところに入れさせない。攻防一体の戦法。
それを可能にしているのは、アドレーの恐るべき膂力であろう。いくら鍛えたところで人間には真似のできない芸当だ。
エリスは、高速で振るわれる斬撃の数々を避けるので精一杯だった。
直前にこの同じ場所でおよそ十五体の『モンスター』からの攻撃を避け続けてはいたものの、その時よりもはるかに追い詰められている。
戦闘が続き体力が減っているというのも当然あるだろうが、大きな違いはやはり相手。
アドレーの剣捌きが、速さも正確さも手下連中とは段違いなのだ。
攻撃は最大の防御とはよく言ったものである。
「おいっ! 見てるだけかよっ!」
攻めたいのに攻められずフラストレーションを募らせるエリスが、それを晴らすかのように怒鳴り散らした。
その間にも襲いくる切っ先が、鼻先をかすめていく。
言葉の矛先は、アドレーの後方に構えるアリーシェへと向けられていた。
エリスの言う通り、彼女はなにもしていない。ただ押し黙って様子をうかがっているだけだった。
「……」
とはいえアリーシェも、なにも休んでいるわけではない。
行動を必要最小限に抑えているのである。
挑発の効果か、アドレーは完全にエリスへと狙いを定めていた。アリーシェは二の次……あるいは眼中にないと言ってもいいかもしれない。
そして今のところ、エリスはひとりで猛攻をしのげている。時間を稼ぐのが目的な以上、このまま力を温存しておくのもひとつの手。アリーシェは冷静にそう考えたのだ。
ちらり、と仲間の状況を確認する。ノーマルサイズの『モンスター』はあと二体となっていた。ラドニスが万全でないことをふまえると、まだ少しかかるだろうか。
「……とはいえ、このままというわけにもいかないわね」
温存するのも大事だが、これ以上エリスを消耗させるのも正直よろしくない。
アリーシェは自分に言い聞かせるように呟いたあと、意を決して攻勢に転じた。
「ロックブレイド!」
奴の背中めがけて、十数本の『岩の刃』をうち放つ。
が、アドレーはまるで背中にも目がついているかのように、恐ろしく機敏にアリーシェに反応した。
振り返りざま『刃』をすべて斬り払う。そして間髪を入れずにまた振り返り、再びエリスを攻め立てた。