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第二章(5)


 

 突然のことに驚いている『モンスター』を、炎の剣技でひと太刀。返す刃で、すぐそばにいたもう一体も斬り裂く。

 そうしてエリスは、村の広場にいる『モンスター』たちへ勝ち誇るような視線を走らせた。

「やいやいやいやいっ! このあたしをどなたと心得る!」

 『モンスター』たちは、一様にぽかんとした。

 そりゃそうだろう。いきなり現れて「どなたと心得る」と言われても、どなたとも心得ていないに決まっている。

「立てば戦神、座れば鬼神。歩く姿はユリの花。悪魔も泣いてひれ伏すエリス・エーツェルたぁ、あたしのことよっ!」

 しかしエリスは気にも止めずに、常日頃から考えていた名乗り口上をズバッと言い切った。

 得意満面な表情。きっと本人の中では、声を出して笑いたくなるほど見事に決まったと思っているのだろう。

「うわははははっ!」

 というか実際、笑い出した。

 毎度毎度、自分のことをよくもそこまで持ち上げられるものである。

 一瞬は「なんだこのイカレ頭は」と言いたげな顔を向けていた『モンスター』たちだったが、ふと我に返る。

 彼女のかたわらには、火だるまになって倒れている同胞がいるのだ。

 呆気に取られて意識から吹っ飛んでいたが、彼女によって斬られたのである。

 エリスの視界に映る『モンスター』は六体。そのうち武器を所持していた三体が、彼女めがけて問答無用で突撃してきた。

 エリスが何者であるかはどうでもよいが、仲間を手にかけた者を(しかも人間を)、生かして帰すわけにはいかない。そんな心境だろうか。

 それはエリスとしても望むところであった。

 先頭に立つ『モンスター』が、走る勢いのままロングソードを振り下ろす。

 人間よりもひと回りは大きいであろう体から放たれた攻撃は、しかし空を切った。

 エリスは寸前でななめ前へと飛び込んでいる。

 そのまま側面から反撃をお見舞いしようとしたエリスの全身を、その時影が覆った。

 直感的に真横へ跳ぶ。

 紙一重のところを、振り下ろされた斧がかすめていった。

「ぎりぎりぃっ!」

 エリスは楽しむような声を上げながら、片手で側転、バック転を軽々こなし、二体から距離を置く。

 しかしそこへ、槍を持ったもう一体が襲いかかってきた。

 ただでさえ大きなリーチ差が、槍なんぞを持ち出されたらさらに差が離れていく。はた目では、もはや勝負にもならないくらいだ。

「あたしを阻むものはすべてっ!」

 正面に向けたエリスの剣が、まるで翼を広げるように炎を吐き出した。

 そのまま突っ込む。

「焼き斬り裂く!」

 突き出された槍をも飲み込んで、巨大な炎の刃は『モンスター』の胴体を刺し貫いた。

 

「なんでぇなんでぇ、そんなもんかよ!」

 広場を縦横無尽に駆けめぐるエリス。

「他の奴を相手にしてきた時もこんなザマなのかよっ!」

 彼女が一筋縄ではいかない手合いだと感じたからか、その場にいる『モンスター』は当初の倍近くにまで増えていた。

「ちゃんちゃらおかしいーっ!」

 武器を持ち合わせていなかった連中はこぞって露店の武器屋に押しかけ、さらに騒ぎを聞きつけた他の『モンスター』たちが村の奥から次々と姿を見せる。

 エリスを中々仕留められないことと彼女の挑発が相まり、躍起になっているのだろう。

 四方八方から浴びせられる攻撃を、ひらりひらりといなしていくエリス。

 もともと反射神経や運動能力が総じて良い彼女である。攻めっ気を抑えて立ち回れば、そうそう捕まることはない。

 とはいえしばらく続けていれば、自然と疲労はたまっていくものだ。

 前方から振り下ろされるメイス。

 それを後方に回避した時、思いがけず体のバランスを崩してしまった。なんとか倒れはしなかったものの、たたらを踏む。

 そこへ水平方向から刃が迫ってきた。

 とてもじゃないが避けられる体勢ではない。

 エリスはとっさに剣を盾のように体の正面に出し、かろうじてそれを防御した。

 しかしこの体格差で持ちこたえられるわけはない。

 エリスは蹴られた小石のように、やすやすと打ち飛ばされてしまった。

 なかば朽ちかけたような小屋に激突。壁を突き破る。そこは倉庫だったのか馬小屋だったのか、なにも物が置かれていなかった。

「派手にやってくれやがって……!」

 エリスは吐き捨てながら、木片をかきわけて外に出る。当たりどころが良かったのか、さほどダメージは負っていなかった。打ち身程度だろうか。

 エリスの視界には、小屋を半円形に取り囲む『モンスター』たちの姿が映っている。数は十と五……といったところだろうか。皆が皆殺意にあふれるギラギラとした眼差しで、飛びかかるタイミングを図っていた。

「まっ……こんなもんでいいか」

 見渡したエリスは呟き、走り出す。

 そして『モンスター』の集団をあざやかにすり抜け、村の奥へ向かって突き進んでいった。

 

 

 村のシンボルであるかのように存在感を主張している広い河川。

 恐らくこの川があったからこそ、この場所に村が作られたのだろう。清流が近くにあれば生活はとても楽になる。

 そんな先人たちの思いもむなしく、今は『モンスター』に蹂躙されてしまってはいるが。

 村で起こっている出来事とは正反対なまでに、やさしく穏やかに流れている川。

 その中へ、疾走してきたエリスがそのまま駆け込むのが見えた。

 細かく水しぶきが散る。目測通り、水かさは浅かった。スネが半分もつからない。

 足を止めることなく下流へ走るエリス。彼女を追撃すべく、『モンスター』の集団も一体二体と次々に川へなだれ込んでいった。

「……たいしたものね」

 上流の草むらにひとりひそむアリーシェは、無事に予定地点まで現れたエリスを見て、感嘆するように呟きをもらした。

 身体能力はもとより、目を見張るべきは度胸である。

 大抵の人間ならば、あれだけの数の『モンスター』に囲まれれば否が応にも恐怖心が頭をのぞかせてくるだろう。結果萎縮してしまい、本来の力を出せなくなる。

 しかし彼女には、それが無いように思えた。

 大物なのか異様なまでに鈍感なのか、どちらにしろ普通の胆力ではない。

 こうまで怖いもの知らずということならば、『モンスターキング』へ挑もうという発想が出てくるのもうなずける話である。

「私も負けてはいられない」

 エリスに誘い込まれた『モンスター』たちがすべて川へ入ったのを見て取り、アリーシェは草むらから立ち上がった。

 そして川岸へ走る。

 それに反応するように、向こう岸にひそんでいたリフィクも姿を現した。

 川を挟んで立つふたり。水面に両手をかざす。

 『モンスター』たちの意識はすべて下流のエリスへ向けられているため、上流のふたりに気付く者はいなかった。

「さぁ、いくわよ」

「はい……!」

 アリーシェの合図と共に、両者はそろって『魔術』を発動させる。

「フローズンワールド!」

 

 

「まだかよっ!」

 エリスは、じれるように背後に視線を飛ばす。

 さすがの彼女も足が水につかっている状態では思うように動けなかった。

 陸で稼いだ距離も、見る間に詰められていく。この辺りはやはり体格がものを言うのだろう。

 幅広な川。その中央をひたすら走り下るエリスに対し、『モンスター』たちは取り囲んでしまえとばかりに横に広がる。

 速度の差は明らかだ。このままでは、じきに追いつかれてしまうだろう。

 エリスが何度か振り向いたのち。

「アレか!?」

 それが見えた。

 自分を追走する『モンスター』たち。そのさらに後方。水面。上流からこちらへ向かって、川の色、太陽光の反射具合が、わずかに変わってくるのが見えた。

 事前に聞かされていなければわからなかったろうが、川が凍りついているのだ。アリーシェとリフィクが施した術によって。

 氷の侵食は、馬のような速さでこちらに向かってくる。『モンスター』たちは気付いていない。

 エリスは、どんぴしゃりなタイミングで飛び石を蹴り、高らかに跳び上がった。

 直下を冷ややかな風が吹き抜ける。

 着地した時には、すでにそこは氷の世界に包まれていた。

 足を滑らせてすっ転ぶ。

 

 『モンスター』たちのあいだに衝撃と動揺が走った。

 一瞬のうちに、自分たちの足ごと川が凍りついていたからだ。

 両足が固定されたため、身動きが取れない。

 これがもし普通の氷だったなら、強引に抜け出すこともできただろう。しかし『魔術』によって生成された氷である。

 砕けない。そう簡単には。

「ざまぁみろっ!」

 滑って転んで尻餅をついたエリスが、立ち上がりながらほくそ笑む。

 そして剣を旗のように振り下ろして、

「よーし! エーツェル騎士団、突撃ぃっ!」

 高々と号令を言い放った。

「勝手に名前変えないでよーっ!」

 その呼びかけに応えるように、川の両側から、パルヴィー・ジルヴィアとゼーテン・ラドニスが飛び出した。

 アリーシェら同様、息をひそめて待機していたのだ。

 『モンスター』たちの動揺が、目に見えるまでに大きくなる。

 ふたりとひとりは、それぞれ武器を手に、動けぬ敵へ斬りかかった。

 さしもの『モンスター』といえど、動けなければ脅威ではない。背後に回ればなにもできなくなるのだ。

「はあああっ!」

 ラドニスが大斧で、胴をまっぷたつに両断する。

「ゼロ距離からのー!」

 パルヴィーは『モンスター』の背中にショートソードを突き刺し、

「スラッシュショット!」

 そのまま剣先から衝撃波をうち放った。それは体の内部を食い破り、胸に風穴を開ける。

 『モンスター』たちはなんとか上半身を動かして応戦しようとするも、それは無駄なあがきでしかなかった。

 中には冷静に足元の氷を砕こうとしている者もいるが、みすみすやらせてはおかない。川岸から連続で放たれた矢が、その行為を許さなかった。

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