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第二章(3)

 

 やけにくたびれた様子のレクトがやって来る頃には、エリスのもとにその場の全員が集まっていた。

「協力、感謝します」

 三人を代表するように、女性が折り目正しく頭を下げる。

 年齢は三十の中頃か、その少し上だろうか。艶っぽく美しい顔立ちに品性のある立ち振る舞い。水々しいロングヘアーは、動きのジャマにならないよう背中の辺りで束ねられている。

 白銀色の防具と腰のロングソードがなければ、どこかの女伯爵と言っても通じるほどの風格をただよわせていた。

「アリーシェ・ステイシーの名において、あなた方の助力に最大限の謝辞をお送りします」

 いやにうやうやしい口調が逆にエリスのシャクにさわったものの、文句を言うまでには至らなかった。

「別に感謝されるいわれはねーよ。あたしはあたしの好きにやったまでだからな。そこに『モンスター』がいればたたっ斬る。それだけだよ」

 その言葉を聞き、アリーシェ・ステイシーはわずかに眉を持ち上げた。

「そう……。あなたたちも、『モンスター』と戦っているの?」

「戦ってるなんてもんじゃねーよ。連中の親玉を倒しに行くところだ」

 エリスがさらりと言ってのけた内容に、アリーシェは小さく息を呑む。

「まさか『キング』を……?」

「当然」

 その顔には、信じがたい、という心境がなみなみと表れていた。

 無理もなかろう。普通はそうなる。

 彼女のみならず、他のふたりも同じような表情でエリスを見つめていた。なにを寝ぼけたことを言っているんだ、と。

 彼らに握手を求めたくなるほど共感するリフィクだった。

「バカじゃないの?」

 呆れるように少女騎士が口を挟む。

「『モンスターキング』を倒すって。わたしたちでさえ、『ボス』って呼ばれてるような奴には苦戦するくらいなのに……。できるわけ?」

「やってやるよ」

「根拠は?」

「あたしが根拠だ」

 パルヴィーは、ぷっと噴き出した。

「なにそれー? もしかしてないってこと? なーんだ、ただ考えナシなだけじゃん。アリーシェ様ぁ、一緒に笑ってやりましょーよー」

 バカにするような笑顔で、猫なで声を出す。

「あははははっ! ばーかばーか」

 そしてパルヴィーは人差し指を突きつけながら、本当にあざ笑い始めた。

「おぅてめぇ良い度胸じゃねーかよ!」

 無論、そんな態度を取られて黙っていられるエリスではない。頭突きをお見舞いするかと錯覚するほど詰め寄り、鼻と鼻とを突き合わせた。

「いやぁーん、バカが怒ったぁー」

 ひるむこともなく、おちょくり続けるパルヴィー。たしかに度胸は良さそうである。

「バカはどっちだっ! このバカっつら!」

 その時。押し黙ってなにかを考え込んでいた様子のアリーシェが、ふと口を開いた。

「……途方もない、と一笑には付せない話ね」

 そんな呟きに気付き、パルヴィーはからかうのをやめて彼女を見る。

「今まで考えもしなかったけど……たしかに、元凶から断つという考え方は間違いではないわ」

 アリーシェは、パルヴィーとエリスのふたりを見ながら口にした。というよりふたりの顔が接近しているのでどちらか片方だけを見るということができないだけなのだが。

「えぇー!?」

 パルヴィーと、そしてなぜかリフィクが、声を合わせて異を唱えた。

「ほら見ろ! わかる奴にはわかるんだよ」

 賛同者が現われ機嫌を上向きにするエリス。

 レクトと騎士然とした男性は、特に口出しすることもなく成り行きを静観していた。

「アリーシェ様ぁ、それマジで言ってます?」

 パルヴィーは彼女にすりよりながら、口の横に手を立ててひそひそと真意を確かめる。

「考え方という点ではね」

 アリーシェはやわらく微笑み、そう答えた。

「可能か不可能かは別として……。私たちがやっている行いは、『現状維持』が精一杯よ。今以上に悪い方向に進むのを防いでいるだけ」

 つむぐ言葉に合わせて、彼女の顔が段々と真剣さを帯びてくる。

「ただ、もし『モンスターキング』を討伐することができたなら……それは前進に他ならないわ。世界を変えることができるかもしれない」

 世界を変える……。同じ目的を抱くハーニスも、たしかそんな言葉を口にしていた。

「とはいえ、現状から言えばあまりにも遠い話だけどね。それでも考慮に入れる価値はある……と、私は思ったわ」

 アリーシェは最後に再び表情をゆるめて、穏やかに締めくくった。

 聞いていたパルヴィーは「おおっ!」と驚きと感嘆の混ざった顔をし、

「さすがアリーシェ様。そんな深いところまで考えているんですねっ! たしかにその通りですよ」

 あっさりと自分の考えを一転させた。

 唯々諾々……とは少し違うが、似たようなものを感じるエリスだった。

「考えナシはてめーのほうじゃねーかよ」

 チクリと反撃するも、それは華麗に無視されてしまう。

 アリーシェは気を取り直すように一歩踏み出し、エリスと向かい合った。

「たしか、エリス・エーツェルさんと仰いましたね」

 戦闘中に大声で名乗ったのを、彼女も聞いていたのだろう。

「我々は今、この近くに棲息する『モンスター』を討伐しに行く途中です。あなた方の力を貸してもらえると心強いのですが……」

「力を貸す貸さないも、あたしらも『そいつら』をこらしめに行くところだからな。一緒に行きたきゃついてくりゃいい」

 どうにも上の立ち場から物を言うエリスである。少しは人当たりというものを考えて欲しいレクトだったが、

「そう。それならご一緒させてもらいます」

 相手があまり気にしていない様子だったので、目で注意するだけにとどめておいた。

「けど、ついてくるならそういう堅っ苦しい喋り方はやめろよな。うっとうしいから」

 

 

 周囲の風景が、開けた草原から木々の多い林間部へと移り変わっていく。

「どうしてステイシーさんたちは、『モンスター』と戦っているんですか?」

 尋ねたのはリフィクだった。

「どうして、と言われても困るけどね」

 今や倍に増えた一行の中心で、アリーシェ・ステイシーが苦笑う。

 彼女は仲間ふたりに確認を取るような視線を送ったあと、再び口を開いた。

「私たちは『銀影ぎんえい騎士団』の一員よ。苦しめられている人々を少しずつでも救うために、『モンスター』と戦っているの」

 つまり善意で戦っているということなのだろうか。それだけというのも考えにくいものがあるが。

「三人でか?」

 口を挟んだエリスに、アリーシェはくすりと微笑みを返す。

「まさか。同志たちは各地に散っているの。総勢は……四十人弱といったところかしら」

 世界中にはびこる『モンスター』。そこから比べると、なんとも頼りない数である。

 しかし彼女たちを見るに、技術や知恵を駆使してでも奴らに立ち向かっている。生半可な覚悟で戦えるものではないはずだ。その覚悟が、すでに強力な武器となっているのだろう。

「へぇー……」

 エリスは素直に感心したあと、

「おいっ!」

 と振り返ってリフィクにつかみかかった。

「てめー、『モンスター』とは戦わないのが当たり前、戦うヤツはバカだとかなんとかぬかしてやがったよな。けどこうして戦ってる連中がそこら中にいるそうじゃねーかよ。どういうこった」

「そんなふうには言ってませんけど……しっ、知らなかったんですよっ……」

 リフィクはあわあわとうろたえながら弁明をする。

 出会ったばかりの頃の話を引っ張り出してくる辺り、どうやらわりと根に持っていたらしい。

 そこへアリーシェが、救いの手を差しのべる。

「私たちの存在は、表には出ていないから。彼が知らなくても無理はないわ」

「なんで隠してんだ?」

 リフィクをぱっと放して、エリスは彼女に顔を向ける。エリスの性格からして、『モンスター』を倒したのならそれを大々的に言いふらしてやればいいのにと思っているのだろう。

「人々を守るためよ」

 アリーシェはわずかに堅さを含めた声で、答える。

「『モンスター』に反抗している人間たちがいる……それが彼らに知れ渡ったら、どんな報復がなされるかわからないわ。関係のない人々を手辺り次第に襲うかもしれない。……見せしめのために」

 エリスはつい口をつぐんでしまう。

「私たちはそれを一番恐れているのよ」

 たしかにその通りだ。その可能性は充分に考えられる。

 エリスが目にしてきた『モンスター』は、総じて人間を完全なる弱者だと見下している。そんな弱者に牙をむかれ手をかまれたとなれば、それは沽券に関わることだ。

 故郷フィアネイラに手を出していた『モンスター』も、追い返すたびに攻めてくる数が増えていった。

 つまりその規模がとてつもなく大きくなるということか。

「……」

 今まで、そこまで考えてはいなかった。

 ただ『モンスター』を倒せばいいと思っていたエリスからすれば、まさしく胸を突かれたような気分だった。

 

 不意に。

「……止まれ」

 しんがりを務めていた男性が、低く鋭く制止の声を上げた。

 自己紹介の時に名乗った名前はゼーテン・ラドニス。短く刈り込んだ髪に、たくましい長身。恐らく『騎士団』のトレードマークであろう白銀色の防具は、アリーシェとパルヴィーが胸鎧なのに対しガッシリとした胴鎧を身につけている。よく見ると小手やブーツ、額当ても彼だけ微妙にデザインが違っているのだが、男女で違うのかサイズで違うのかはこの際どうでもよかった。

 ピタリと足を止める六人。しばし、さわさわと風が枝葉を揺らす音だけが生まれ、消えていく。

「……なんだよ?」

「足音だ」

 不思議に思ったエリスに、ラドニスが短く答える。

「二足歩行だが、人のものではない重さ。……『奴ら』だろう。数は四」

 それを聞き、六人のあいだにピリリとした緊張感が走り始めた。

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