第二章(2)
馬車の御者に『モンスター』の住処らしき場所を聞き、乗せてくれた礼を言って別れ、しばらく進んだところで……それに出くわしたのだ。
十数体の『モンスター』に囲まれながら戦う、同じような格好をした三人の人間。
彼らは決して個人個人が孤立しないように立ち回り、見事な連携で『モンスター』らに対抗していた。
洗練された戦法。
ひと目で戦い慣れているということがわかった。
「どうして……!?」
リフィクが困惑するように声を詰まらせる。なぜ『モンスター』と戦っている人間がいるのか……不思議に感じているのだろう。
しかし他のふたりは、特に不思議とも思っていなかった。
「強いな。どういう人たちなんだ……?」
「終わってから聞きゃぁいいさ。それより、とっととあたしらも加わろうぜ」
レクトとエリスは荷物を置き武器を取り出し、着々と戦闘準備を整え始めている。
リフィクがふたりのほうを見た時には、すでにそれは済んでいた。
「オーバーフレアぁっ!」
『シカ』のような頭部をした『モンスター』が、背後から焼き斬り裂かれて地面に倒れる。
「なっ、なに!?」
そんな光景と、乱入してきたエリス・エーツェルの姿を目にし、少女騎士パルヴィー・ジルヴィアは思わず上ずった声をこぼした。
突然の乱入者に驚いたのは、彼女だけではなかった。
彼女の仲間の男性、女性、『モンスター』たちに至るまでその場の全員が一瞬だけ止まる。
「ようよう。ずいぶん楽しそうなことやってんじゃねーかよ、お宅ら。あたしも交ぜろよ」
エリスは挑戦的に笑いながら、堂々とした足取りで戦場を横断する。
まるで仲むつまじいカップルにからむチンピラのようなセリフは、この際どうでもよい。
文字通り一瞬後には、激しい集団戦が再開されていた。
襲いかかる『モンスター』。それに抗戦する三人とひとり。
「なに……? 誰?」
距離的に一番近いところにいたパルヴィーが、『モンスター』の振るう大剣をヒラリヒラリと避けながら、見知らぬエリスに問いかける。
余裕があるというよりは、単に肝がすわっているだけであろう。
そんな彼女に横っ腹を向けるような位置取りで、エリスは飛び跳ねながら剣を振る。
「人呼んでエリス・エーツェル!」
まぁ本名なのだから人もそう呼ぶしかないだろう。
「名前は聞いてなぁーい!」
当然の反応を投げ返して、パルヴィーはショートソードを天を突くように掲げた。
「ウインドライン!」
頭上から発生した幾本もの『風の矢』が、周囲の『モンスター』めがけて降り注ぐ。
それ自体によるダメージはないものの、突風にあおられて『モンスター』たちの動きが鈍った。
そこへすかさず彼女の仲間が斬りかかる。エリスも負けじと剣を振りかぶる。
『風の矢』が放たれたのと時を同じくして、どこからか、本物の矢も戦場の中へと射ち込まれていた。
それは女の勘のような鋭さで、次々と『モンスター』の顔や武器を持つ手に命中していく。
「仲間?」
遠方から狙い撃つ青年射手の姿をチラチラとうかがいながら、パルヴィーは質問を口にする。
襲いかかる棒状の鈍器を回り込むようにかわして、反撃を叩き込むエリス。
「弟分だよ!」
「良い腕じゃん!」
パルヴィーは追撃とばかりに、エリスがダメージを与えた相手に衝撃波をたたみかける。
それによって体勢を崩した『モンスター』に、
「オーバーフレア!」
エリスが豪快にトドメを刺した。
やや離れたところから戦場を見ているレクトには、三人組の強さがありありと感じ取れた。
強さの理由は、やはり連携戦術。
少女が先陣を切って囮となり、女性が支援役を務め、男性を攻撃の要とする……といったところだろうか。そして必ず敵一体に対して複数で攻める。それを徹底しているのだ。
もはや自分が手を出す必要もなく、勝ってしまうかもしれない。
「……試してみるか」
余裕が生まれたレクトは、弓を背中に収め、戦場へ向けて右手を突き出した。
彼とて、先の『モンスター』のボスとの戦いでなにも学ばなかったわけではない。無力さを思い知ったからこそ、懸命に修練を重ねてきたのだ。
リフィクの教えは言い方がヘタすぎてよくわからなかったが、感覚をつかめたあとは自己流でなんとかなった。
実戦で使うのは初めてだが、余裕のある今が試し時だろう。
スッと意識を集中し出したレクトの片手が、ぼんやりと光を帯び始める。
「フラッシュジャベリン!」
声に呼応するように、右手から閃光の槍が射出された。
それは高速で飛び、『モンスター』の一体に突き刺さった。吹き飛ぶように倒れる。
「よしっ……!」
成功を喜ぶレクトだったが、次の瞬間、とてつもないほどの疲労感に襲われてしまった。
ついヒザをつく。
「……力の加減は、まだまだか……」
「伏せてっ!」
パルヴィーはひとことだけ忠告したと同時に、
「スラッシュショット!」
エリスに向かって衝撃波をぶっ放した。
いきなり伏せろと言われても、すぐには反応できないのが人間である。
「ばかやろうっ!」
反射的に文句を吐きつつも、エリスは寸前で後方へ倒れ込むことに成功した。
半透明な衝撃波が、胸と顔の紙一重上を通り過ぎていく。ほんの少しでも遅れていたらどうなっていたことか。
エリスが背中を思いっきり打ちつけるのと、パルヴィーの放った『スラッシュショット』がエリスの後方から迫っていた『モンスター』に直撃したのは、ほとんど同時だった。
上がったうめき声はどちらのものだったのか。
そのスキへすかさず、男性が大斧を叩き込んでトドメを刺した。
紫色のしぶきを噴き上げながら、倒れる『モンスター』。それが最後の一体だった。
すなわち戦闘の終了を意味している。
人間たちは軽傷こそあれ、重傷者は誰ひとりとしていなかった。倍近いほどの数の『モンスター』と戦っていたにも関わらず、である。
それはひとえにパルヴィー・ジルヴィアら三人の戦い方が為した結果だろう。もしエリスたちだけだったならこうはいかなかったはずだ。
「てめぇ、いったいどういう了見だよ!」
起き上がってすぐさま、エリスは少女騎士に激しく詰め寄った。
「あっ、大丈夫だった?」
パルヴィーは、まるで小石につまずいた友人を心配するような軽い口調で返事をする。
まったく悪びれる様子もなく、あっけらかんとした笑顔だった。
「あははは、ごめんごめん。危なかったから」
背後から『モンスター』が襲いかかってきていた。たしかにそれが危うかったのは認める。しかし直線上にエリスがいたにも関わらず攻撃を打ち飛ばしたのは少々乱暴な援護である。
普通に考えれば、むしろそちらの危ないだろう。
「ごめんで済むかっ! あたしの『メロン』を輪切りにするつもりかよ!」
さらにずいっと詰め寄るエリス。彼女とは、背格好がだいたい同じくらいだった。年齢もほとんど同じだろうか。
「『メロン』?」
パルヴィーはいぶかしげな表情で、少しだけ目線を落とす。
「せいぜい『レモン』がいいとこでしょ」
「これからなる予定だ!」
「夢見がちなこと」
せせら笑いながら目線を戻したパルヴィーが、あっ、と小さく声を上げた。
エリスのアゴの先がごく薄く切れていることに気付いたのだ。
位置的に、まず間違いなく先ほどの『スラッシュショット』でついた傷だろう。
無傷ならともかく、傷をつけてしまったのなら悪く思う部分もないこともないパルヴィーだった。
「じゃぁじゃぁ、お詫びに治してあげる。それで後腐れナシね。……ヒーリングシェア」
パルヴィーは人差し指をエリスのアゴに持っていく。すると指先がロウソクのように光り出し、傷が見るまに消えていった。
「ほら、べっぴんさん。だからそんな恐い顔しないでよ」
「誰のせいだよ!」
吐き捨てたエリスはほんのわずかだけ溜飲を下げて、互いの距離を離した。やけになれなれしいからなのか、妙に調子の狂う相手である。
「……てめぇも『ここ』やっとけよ」
エリスは言いながら、自分の右頬を指差した。
パルヴィーの顔の同じ部分に、目立つ傷があったからだ。こちらは恐らく『モンスター』の攻撃がかすってついたものだろう。
なんだかんだあるも、そういう気遣いのできるエリスだった。
「え?」
パルヴィーは言われるままに、自分の左頬を触ってみる。そして手の平を見た。
斜線走った赤い血のり。
「あぁぁっ! わたしの美顔に傷がっ!」
「凡顔の間違いだろ」
「えーん、アリーシェ様ぁー」
パルヴィーはあきらかな泣きマネをしながら、仲間の女性のもとへと駆けていった。
「イラつく奴」
エリスが素直な感想を口にしたのとほぼ同時に、女性がパルヴィーに『治癒術』を施した。彼女の顔の傷が光と共に消えていく。
「……自分でやりゃいいのに」
「『治癒術』は、自分自身には使えないんですよ」
ぼそりとこぼしたエリスの呟きに、どこからか現れたリフィクがそう答えた。
「体が自然に治ろうとする力を相手に分け与えるという術ですから」
よくわからない理屈である。
エリスはその情報を即座に、頭の中にある『いらない物』と書かれた箱に放り捨てた。
「んなことよりよ、てめぇ今までなにやってたんだ?」
顔をぐいっと近付けながら詰問するエリス。
戦闘中レクトの援護は確認できたが、リフィクの援護はまったく見受けられなかった。
リフィクはばつが悪そうに、顔をそむける。
「僕は、その……陰ながら応援を……」
どすっ、という鈍い音が、なにやらリフィクのスネ辺りから聞こえてきた。
「次にサボってたらケツをローストしてやるからな! 肝にめいじとけっ!」




