序章(2)
時刻は夜。
村で唯一の食堂兼酒場へ、戦いに勝利した男たちが集まっていた。
並ぶ木製のテーブルでおのおのメシを食らい酒をあおり、上調子に楽しんでいる。
祝杯なのだろう。
時折他の村民たちが顔を出し、「いつもありがとう」や「我が村の誇りだ」などとお礼の言葉を残していった。
リフィク・セントランは、そんな食堂のすみで少々ぐったりした様子でテーブルについていた。
貸してもらった二階の部屋に荷物とマントを置き、今は白いローブを羽織っただけの姿である。そうしていると本当に司祭かなにかのようだった。
そんなリフィクの対面へ、大柄な誰かが腰を下ろす。
「お前さんかい。さっき加勢してくれたのは」
低いしゃがれ声で尋ねたのは、彼らの中でも最年長とおぼしき男性だった。
白髪が頭頂部からすっかりハゲ上がり、年輪のようにシワが刻まれたいかつい顔つき。
孫がいてもおかしくないほどの年齢に見えるが、その筋骨は周囲の誰よりもたくましかった。
「オレはこの『フィアネイラ自警団』の団長、ドート・ファーバーだ。手助け感謝する。家族の命を助けてくれたこともな」
「あ、いえ、その、こちらこそ……」
なにがこちらこそなのか。リフィクは照れた様子で頬を赤らめる。
「僕はリフィク・セントランと申します。……家族と言いますと、先ほどの方はご子息で?」
仲間からレクトと呼ばれれていた青年のことだ。そういえば、居並んだ団員たちに比べてかなり若かったように見えた。
「いんや」
ドートは首を振る。
「けどここの連中はみんな家族みたいなもんだ。だから血がつながってるかどうかなんてのは細かいことなんだよ」
決して細かくはないだろうと内心思ったリフィクだったが、口には出さずあいまいな相づちを打った。
「だいたい兄ちゃんよ、そんなケツがむずがゆくなるような喋り方よせよ。もっと楽にしとけ」
「はぁ……すみません、お気になさらず。性分ですので……」
顔をしかめるドートに対し、リフィクは申し訳なさそうに頭を下げた。
いつしか、ふたりの周りには他の団員たちが集まってきていた。元々リフィクに興味を抱いてはいたが、団長が口火を切るまでは……と遠慮をしていた部分があったのだろう。
「まぁ、んなこたぁどうでもいい」
自分から言い出した口調の件は放り捨てて、ドート団長は本題を切り出す。
「お兄ちゃんよ、あんたナニモンだ? 瀕死のケガをあっというまに治しちまったり、『モンスター』共をよくわかんねぇうちにやっつけちまったり、なんだか妙な……妙なことをしやがる。ありゃなんだ?」
うまく言い表す言葉が見つからなかったのか、語尾がややもつれた。
「ナニモノと言われましても、ただ旅をしている身で。先ほど僕がやったのは……」
リフィクは気を遣うように答えながら、
「……ご存じないんですか?」
おっかなびっくり聞き返した。
「知らねぇから聞いてんだ」
当たり前である。
「そ、そうですよね。すみません」
気を取り直すようにして、リフィクを説明を語り始めた。
「僕が使ったのは『魔術』というもので……自然の中をめぐっている力を借りて、様々なことをやってしまえるという便利なものです。傷を治療したりできるのは『治癒術』と言って少し違うものなのですが、だいたいは同じものと思って頂いて結構です」
なにやら。話の行き先にかすかな不安を覚えて、ドートの眉にシワが増える。
「自然と言いますか、この大地は、人間には測り知れないほどのパワーがあるのです。なのでそんな自然と心を通わし、力を借り受けることで超常の現象を操ることができるんですよ。ただそれには……」
「いや、もういい。オレの言いかたが悪かったみてぇだ」
リフィクの説明が下手すぎたのかドートの理解力が限りなく乏しかったのかとわざわざ比較するまでもなく明らかに前者の理由から、なにを言っているのかまったくわからなかったのだ。
そもそもいきなり原理や概念を語り出す奴がいるだろうか。
「オレが聞きたかったのはな、そういうこっちゃねぇんだ。……つまり、あんたが奴らにぶっ放したアレは、いくらでも使えるもんなのか?」
「えーと、そうですねぇ……総じて体力を消費してしまいますので、アレなら……」
エネルギー体の槍を生み出し射出する術『フラッシュジャベリン』。
「威力にもよりますが十数回……万全な状態の時の話ですけど」
「じゃあ、もっと威力を高くすることはできるのか? たとえば建物を丸ごとぶっ壊せるようには?」
ドートの様子は、興味本意で質問している範疇をかなり上回っていた。具体的に戦力を分析するような、そんな雰囲気がただよっている。
「可能、ではありますが……。強力なものはそれだけ使うのに時間がかかりますし、体力も激しく消費してしまいます」
なんだか嫌な予感をリフィクは感じていた。
「とにかく使えるってことか。よし! 兄ちゃんを男と見込んで頼む。オレたちにもう一回だけ力ぁ貸してくれ!」
ドートは机を粉砕しそうな勢いで頭を下げた。
どうやら予感は当たっていたようだ。
「えぇっ!? こ、困りますっ。頭を上げてくださいっ……」
リフィクはあたふたしながらもそれを断わった。
「……オレがここまでしてんのにか……?」
頭を下げたまま、ドートは地獄の底から響いてくるような低い声をうならせた。取り巻く団員たちからの視線にも険悪さが混じり始めた。
これではまるで脅しではないか。山賊っぽい雰囲気の男たちが、今や完全なる山賊のように見えた。
「だ、だって……手を貸すということは、『モンスター』と戦うってことですよね……?」
「決まってんだろ」
「できませんよっ、そんなことっ……!」
リフィクは悲痛な表情で訴えかけた。
対面するのでさえはばかられるような相手に戦いを仕掛けようなど、もっての他だ。沙汰の限り。信じられない発想である。
『モンスター』云々よりも、今この場から逃げ出したくてしょうがないリフィクであった。
「第一、どうしてあなた方は『モンスター』と戦っているんですか? 今日だってやられてしまいそうだったのに……いつか本当に死んでしまいますよ!」
なんとか説得しようと口走った言葉であるが、それはリフィクの本心でもあった。彼らを単純に心配する気持ちは。
それを耳にして、ドート団長は重々しく顔を上げた。そして真剣にリフィクの目を見やる。
「どうしてもこうしてもねぇ。当たり前じゃねぇか、そんなこと」
彼が断言した言葉は、リフィクの既成概念をいともたやすく打ち砕いた。
リフィクにしてみれば、『モンスター』とは戦わないことが当たり前なのだ。それはリフィクのみならず世界中の常識と言ってもいい。
下手なことをして目をつけられたら、どうなるものかわからない。そういう相手なのだ。
「奴らはオレらを食いにやってくるんだ。戦うしかあるめぇ。奴らからすりゃ、この村は野菜畑みたいなもんだ。一気に刈り取りはしねぇだろうが、だからって好きにやらせとくわけにもいかねぇんだよ」
守るための戦い、というものなのだろう。自衛のための。
「でも……」
そう簡単に勝てるのなら『モンスター』が跋扈などしていない。人間と彼らとの力の差。それは歴然なのだ。
リフィクも不意打ちだからこそ撃退することができたが、とてもじゃないが正面きっては敵わない。
「わかってるさ。オレらには追っ払うのがせいぜい。ケガ人も死人も毎回出ちまう」
リフィクの言いたいことを汲み取ったかのように、ドートが言葉を継ぐ。
「けどな、兄ちゃんが力を貸してくれんのなら話は別だ。奴らをアジトごと、根こそぎぶっ倒すことができるんだ! 頼む!」
言い切る根拠は、恐らくないのだろう。
しかしドートには不思議な確信がかいま見えた。
それは自信。仲間が瀕死の状態になっとしても最後まで悲観しなかったような、何事もあきらめない不屈の心。それがドートの中に満ちあふれているのだ。
彼だけではなく、きっと自警団の全員に。
「……わかりました」
そんな心意気に胸を打たれたからか、もしくは生来からの強く頼まれたら断われない性格からか、リフィクはおずおずと首を縦に振った。
「一度だけなら……皆さんの力になります」