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第一章(13)

 

「まさか!?」

「マジかよ!?」

 再び驚くレクトとエリス。リフィクは「事実です」と念を押すようにうなずいた。

 驚愕の実態である。人間と『モンスター』の混血種。そんなものが存在していようとは。

 ……となると自然と、人間と『モンスター』とのあいだで生殖行為が行われたということになる。

「……」

 どういった組み合わせであれ、あまり想像したくのない光景である。

「いるのかよ……そんな奴」

 エリスは信じがたいといった表情で、臨戦体勢のふたりへと視線を向けた。

「いるのですよ。世の中には」

 呟いたつもりの言葉は、しっかりとハーニスの耳に届いていたらしい。

「そういう奇特な連中がね」

 なかば自虐的ともとれる言葉が返ってくる。

 彼らを見るレクトの目が、あからさまなまでに変質していた。

 

 今のディールには、エリスとハーニスのやり取りを律儀に聞いていられる余裕はなかった。

 やすやすとは動けずにいる。

 その原因はリュシール。

 剣を構え立ちはだかる彼女の視線が、ディールから余裕を奪い取ってた。

 危険な目。

 弱小な奴らだと見ていたエリスたちとは一線を画す危険な奴。

 敵。命の奪い合いにもなり得る存在。ディールはそう認識を改めた。

 だから慎重にリュシールの様子を探っているのだ。殺意あふれるまなざしで。

「……さて」

 ふと、ハーニスが声の調子を一段階上げた。矛先はディールへと向けられている。

「そろそろ心の準備が済みましたか?」

「……なに?」

「彼女の力を持ってすれば、こうして顔を合わせるまでもなく、あなたの息の根を止めることも可能でした」

 冗談とは違う、確信のある口調でハーニスは続ける。

「しかし我々は、あなた方『モンスター』のように無慈悲ではありません。死にゆく者にせめてもの優しさ……覚悟を決める時間を与えてさし上げたのです」

 彼は笑う。愉快そうに。勝ち誇ったように。

 それとは対照的に、ディールは不愉快そうに顔を歪めた。

「混ざり者の分際で。調子に乗りおる」

「さぁリュシール」

 『モンスター』の言葉など聞く耳持たずと切り捨てるように、ハーニスは彼女の名前をいとおしく呼びかける。

「彼に引導を」

 その言葉に忠実に応えて、リュシールは剣を振りかぶって床を蹴った。

 ウサギのような駿足さを見せ、瞬時にディールへ肉薄する。

「おおおっ!」

 ディールは裂帛の気合い込めて叫び、彼女を迎え討つ。

 そのクローク・ディールは、エリスたちが見てきた姿とはまったくかけ離れたものだった。

 みなぎる闘志、闘気、殺気、殺意、戦意、迫力。

 それがディールの真の姿なのだろう。遊んでいた時とは違う、『モンスター』としての本性。

 体の動きまでもが先ほどとは見違えていた。

 巨体をものともしないスピードで、ディールは残った左腕を腰もとに引く。そして踏み込み、向かってくるリュシールめがけて矢のように打ち出した。

 リュシールはその爪撃を、真正面に剣を立てて防ぐ。

 金属同士がぶつかった時にも似た、耳鳴りを伴う高音が部屋中に響きわたった。

 驚きなのは、そこから一秒二秒、両者の動きが膠着していたことだ。

 力が拮抗していたのである。

 リュシールはふた回りは違うであろうディールの攻撃を、ガシリと受け止めていた。

 そこから一歩も押させない。ディールも一歩も押し進めない。

 黒衣の剣士。驚異的な身体能力である。たしかに、並の人間とは地力が違っている。

 そこから次の動きに転じるのはリュシールのほうが早かった。

 正面で立てている剣の位置をわずかに横にずらし、ディールの左腕を受け流す。

 体重を乗せていたぶん肩すかしを食らったように、ディールは前のめりによろけてしまった。

 たたらを踏んだのを見逃さず、リュシールは一気に奴のふところへと飛び込んだ。

 胸元へ、ひと突き。

 皮膚の硬さなどまるで感じさせずに、刃は根本まで深々と刺し込まれた。

 それは拍子抜けするほどあっけなく、この戦いの終わりを意味していた。

 

 腹部を弱点と見たレクトの観察眼は、あながち間違っているというわけでもなかった。

 おおよそは合っていた。

 手足の再生すらたやすいほどの生命力を持つディールら種族の弱点は、人間と同じく頭部と胸部なのである。すなわち脳と心臓。

 そこを潰されれば、いかに生命力が高かろうが死に至る。

 狙いは合っていた。

 エリスとリュシールの、得意とする剣技の違い。そこが両者の戦果を隔てたのだろう。

 

   ◆

 

「へぇー……。『モンスター』との混血ねぇー……。はー……」

 エリスは感心するやら感嘆するやら、リュシールの顔を至近距離でまじまじと眺めていた。

 正面から(リュシールのほうが身長が高いため、やや下から、ということになるが)、右から、左から、後ろから。

 舐め回すように、無遠慮に視線をはわせている。

 すぐ近くには動かないクローク・ディールが転がっているのだが、どうやらエリスの興味は完全にそちらから外れてしまったらしい。

「見た目は普通の人間と変わんねぇのになぁ……」

 全方向からジロジロと見られていても、やはりリュシールは表情を変えなかった。

 無感情なまでに、どこか一点だけを見つめている。

 そういえば彼女とは数日ほど一緒にいるが、喋るどころか、声すらも聞いた記憶のないエリスだった。まさか本当に人形……というわけでもあるまい。

「人とか食うの?」

 リュシールを眺め続けたまま、エリスがなんとなく尋ねる。

「とんでもない」

 答えたのは、やはりハーニスだった。

「たしかに我々には『モンスター』と同じ血が流れています……が、彼らのような暴虐は好みません」

 ディールはリュシールを見て混血種だと言ったが、この口ぶりからするにハーニスもその混血種ということになるのだろうか。

「それに我らには人間の血も流れていますからね。共食いというのは、おぞましいことです」

「まぁそうだろうな……」

 自分で尋ねたにも関わらず、生返事を送り返すエリス。

 たしかに彼らに人間を食す嗜好があるのなら、エリスたちなどとっくにガブリといかれてしまっているはずだろう。

 なにせ数日は一緒にいたのだ。睡眠時を始めとした無防備な状態を、何度となくさらしてしまっている。現にこうして食われていないことが、なにより物語っているということだ。

「しかしブレイジング・ガール。少々がっかりしました」

 やや強引に話を変えるように、ハーニスがそんなことを切り出した。

 あまり自分たちの話をしたくないというのが本音なのだろうか。

「苦手な相手であろうとは承知してましたが、それでもある程度は対抗して頂きたかった。あなた方には」

「そこそこは対抗してたっての」

「それは彼が遊んでいたからでしょう。気配でわかっていました。もし彼が最初から本気だったなら……」

 そこでエリスは、ようやくハーニスへと視線を移した。

 そして自慢するように笑う。

「『もし』なんてもんはねーんだよ。アイツがなにを考えてたって、所詮は頭の中の話だ。実際の結果はコレ。あたしは生きてる。アイツは死んでる。つまりあたしの勝ちってことだ」

 逆に称賛してしまうほどの結果論である。まるで現実を見ていない。とてもじゃないが、いつ死んでもおかしくなかった人間の言葉ではないだろう。

「そのポジティブさには感服しますが……勝ったのは彼女です」

 律儀というのかめんどくさいというのか、ハーニスは首を振って反論した。

「そうか? ならみんなの勝利だな。生きたもん勝ちだ」

 無邪気とも言えるくらいのエリスの笑顔を前に、ハーニスはうっかりこぼすように口元をゆるませた。

 他人からはどう見えようと、エリスは常に本心を口にしている。今々の言葉もハーニスからすれば『ちゃんちゃらおかしい負け惜しみ』であるが、エリスからすれば単にそう思っただけなのだ。

 脳天気と切り捨ててしまうのはたやすいが、実際問題そこまで前向きでいられるのは尋常な精神力ではない。

 大物、ということなのだろう。良い意味でも悪い意味でも。

「……おかしな人ですね。あなたは」

 ハーニスがそう思う理由はもうひとつある。

 表情に真剣さをたたえて、それを切り出した。

「我々の正体を知り、なおも変わらず接しているというのは……おかしなことなんですよ」

 正体、というのは例の『モンスター・リゼンブル』のことなのだろう。

「普通の人間ならば、恐れ、忌み、嫌い、近寄らないものです」

「他の奴はどうだか知らねぇけど、別にあたしはどうとも思わねぇよ」

 エリスは逆に不思議と言いたげに、小首をかしげる。

「あたしが嫌いなのは、威張り散らして人間を食って、それを楽しんでるような手合いだ。あんたらは、まぁ気に食わねぇ部分もあるが、奴らと同じってふうには見えない」

 だから正体とかはどうでもいい、と付け足して、エリスは見解を締めくくった。

 真面目な顔で聞いていたハーニスは、力を抜くように、再び笑みを浮かべる。

「本当に面白い方です、あなたは」

 しかしすぐさま真面目な表情に戻し、

「ただ……」

 エリスの後方へと目線を動かした。

「あなたのお仲間は、そう思ってはいないようですが」

 目線の先では、レクトが今にも矢を放とうと弦を引き絞っていた。

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