第一章(11)
「フラッシュジャベリン!」
放った言葉に呼応するように、リフィクの眼前から『光の槍』が発射された。
その数、幾本無数。雨のごとく、数えきれないほどの光条がクローク・ディールへ向けて飛んでいく。
『槍』は次々にディールの手足を貫いていった。
そしてまるではりつけにでもするように、ディールの体を大の字に開いていく。目標としていた胴が、がら空きになった。
そこへ走り込むエリス。リフィクの術を避けるように迂回しながら、剣から炎をほとばしらせ、勇猛果敢に突撃する。
「うおおお!」
その時、ディールが吠えた。
今までの余裕じみた態度とは一変、気合いの声と共に全身に力を込める。
そして力任せに、自らの手足を拘束する『光の槍』をひきちぎったのだ。
……『魔術』など、強大な力の前ではなんの役にも立たない。ディールが放った言葉が思い起こされる。それを証明してみせたのだ。自らの力で。
「そんなっ……!?」
リフィクが息を呑む。
術による援護は効力を失ったが、だからといって足を止めるエリスではなかった。
「食らえぇっ!」
剣を振りかぶり、正面から突っ込む。
それを迎撃するために、ディールはすくい上げるように右腕を振り上げた。
エリスはななめ前へ飛び込むように、その攻撃をヒラリとかわす。
先ほどまでは、当たればどこでも良いという精神で剣を振っていたエリスである。しかし今は、明確な攻撃目標が頭の中にある。
その違いは体の動きにまで表れていた。
冷静に相手の攻撃を読み、いなし、踏み込む。
ディールが右腕を振り上げたため、再び胴体は開放されていた。今この瞬間に、エリスとそれとを阻むものはなにもない。
「オーバーフレアぁぁっ!」
単なるプレートアーマーなど、彼女の炎の前では紙にも等しい。
エリスの渾身を込めた一撃は、鎧を砕き散らして、クローク・ディールの腹部へとダイレクトに叩き込まれた。
エリスは、息を詰まらせる。
直後、自分の両腕に激しいシビれが駆け上がってくるのを感じた。
「作戦は、それで終わりか?」
頭上から、あざ笑うような声が降りかかる。
エリスは振りあおぎ、その声の出所と自分の目の、ちょうど中間に当たる場所を注視した。
そこはクローク・ディールの腹部。つい先ほどまで鎧に包まれていた部分である。
鎧はたしかに砕いた。
破片が周囲にちらばっている。しかし肝心の、その下にあるものが砕けていなかった。
腕や足と同じ質感をたたえた、腹部の硬質な皮膚。それがエリスの剣を受け止めたのだ。
「だとしたら興醒めだ」
ディールは軽く追い払うように、足元のエリスを蹴っ飛ばした。
己の読み間違いを、レクトは心から後悔していた。
なんてことはない。勘違いだったのだ。
奴は本当に趣味で鎧をつけていたのだ……!
どんなものにも弱点はある。そんな甘い思い込みにすがりつき、決めつけていた。それに他のふたりも巻き込んでしまったのだ。
レクトは拳を握る。
蹴り飛ばされたエリスは、猫のように器用に空中で体勢を整え、なんとか着地にまでこぎつけた。。
しかし直後ヒザを折る。その口端から、一筋の血が流れ出ていた。
蹴られたのは腹部だ。ディールにしてみれば軽くだったとしても、人間にしてみれば充分脅威に値する。ただ単に口の中を切っただけなのか、その衝撃が内臓にまで達していたのか……。
それに気付き、リフィクは慌てて駆け寄り『治癒術』を施した。
いたたまれないのはレクトである。自分の判断ミスのせいで彼女を危険にさらしてしまったのだから。
「……なに人生の終わりみたいな顔してやがる」
そんなレクトを見かねてか、エリスは立ち上がって彼と視線を向き合わせた。
「……すまない」
「詫びならあとでいくらでも聞いてやるよ。……で、他にねぇのか? さっきみたいなヤツ」
エリスが求めているのは先ほどのような『作戦』だ。彼女も彼女で、このまま続けていてもラチがあかないと思い始めているのだろう。
「……手立てがない」
レクトは正直に弱音を吐く。
現時点では、言葉の通り勝ち目がない。その手段が想像すらできないのだ。
加えて、エリスとリフィクの体力も今や心許ない。
冷静なレクトだからこそ、状況を正確に把握することができる。手立てがない。それがまごうことなき事実なのである。
「ねぇのかよ。……ならいい。ひたすら、ぶっ倒れるまで攻め続けるまでだ」
それは自分が倒れるまで、という意味なのだろうか。再び前を向くエリスへ、レクトが無念そうな表情で提案する。
「一度、下がろう。体勢を立て直す必要がある」
体力を回復させ、対策を練り、ハーニスたちと合流して。再戦。そうするべきだ。
「バカ言ってんじゃねぇよ」
しかし、エリスはそれを即座に却下した。
「なにがバカだ。今は負けず嫌いを発揮している時じゃない。頭を冷やすんだ」
「頭を冷やすのはてめぇのほうだよ。ここでシッポを巻いてどうすんだ」
めずらしくも穏やかな声量で。まるで諭すように、エリスが言い返す。
「あたしらが倒そうとしてんのは、目の前にいるコイツの、さらに上にいる奴なんだぞ」
レクトは目だけで答えを送る。
わかっている。そんなことは、と。
「『モンスター』の『キング』だ。そりゃぁ、もっとずっと強ぇんだろうよ」
それを耳にしたのか、ディールが笑い声をこぼした。苦笑、であろう。
「それだけじゃねぇ。コイツみたいな奴だって、それこそゴロゴロいるはずだ。そんな奴らと戦うたびに、てめぇはそうやっておんなじことを言うつもりかよ」
エリスの声が徐々に熱を帯びてくる。それは普段の取ってつけたような熱気ではなく、芯からにじみ出てきた熱意だった。
「人生なんてのはなんでも一発勝負だ。一旦下がるとかやり直すとか、そんなことやってるヒマなんかねぇんだよ」
「……精神論はいい。現実を見るんだ!」
ついにレクトは、叱りつけるように声を張り上げた。
「お前の言いたいこともわかる。だが、このまま続けてなんになる!? 無駄死にするだけだ!」
直接的な単語が、はたで聞いていたリフィクの顔をひきつらせた。
今のレクトの根本的な願いは、身の安全である。エリスとリフィクと、そして自分。命の危機を肌で感じているからこそ言い方も強くなってしまうのだ。
「そう簡単に死ぬかよ。だってあたしは『主役』だぜ?」
エリスは口元に、ふっと笑みを浮かべてみせた。
「は……?」
気勢を削がれてしまったように、レクトは顔をしかめる。なにを言ってるんだ、という文字が顔中に浮かんでいた。
「考えてもみろよ。あたしの『物語』はまだ始まったばっかだ。自警団の団長になって子分を山ほど従えるって夢の前に、『モンスター』の『キング』をぶっ倒すっていう一大行事が待ってる」
スケール的に順番が違うのではと思わずにいられないリフィクだったが、あえて口には出さなかった。
「今あたしがいるのは、さらにその途中だ。こんな中途半端なところで死ぬわけねぇよ。お話にすらなんねぇだろ」
その理論で言うなら世界中の全員が『主役』ということになってしまう。誰しも皆、自分だけの物語を持っているのだから。
「……現実は、物語のように都合よくはならない」
レクトはゆるみかけた緊張感は再び引き締めた。
「そりゃそうだ。精神論ってヤツだよ。現にあたしには、この状況を一発で逆転できるような都合のいい秘策なんてのはねぇ」
なぜかズレてしまった話の内容が、現実側に立ち戻ってくる。
具体的には言っていないものの、エリスにもわかっているのだ。今のままではクローク・ディールに勝てないということが。
「けどな、だからってあきらめたくねぇんだよ。あきらめないかぎり負けじゃねぇ。……あがく! 最後の最後までな」
エリスは再び、レクトを見た。
彼女は恐らく理想家なのだろう。胸に抱く理想を原動力に昇華させ、何事にも立ち向かっていく。だからその理想に反することはなるべくやりたくないのだ。
たとえ客観的に見て正しいことであっても。
「最後ってのはこんなところじゃねぇだろ。……勝とうぜ、レクト。リフィクもな」
自分はカヤの外だと勝手に思い込んでいたリフィクは、不意の視線と言葉についドキリとしてしまった。
「みじめったらしくてもいいじゃねぇか。身がちぎれようが食いついて、地ベタ這いずって、泥まみれになって、あがいて、もがいて、かっこ悪いって笑われても……それでも勝とうぜ」
『モンスター』と人間の力の差を、エリスは我が身をもって思い知っている。それでなお、こんな言葉が出てくるのだ。
幼なじみながら、時として彼女がとてつもなく遠い存在に思えてしまうレクトである。
「もしそこまでやっても勝てねぇようなら、三人一緒に死んでやりゃぁいい。あたしにできねぇってことは、世界中の誰にもできねぇってことなんだからよ」
エリスは言葉とは裏腹に、快活に笑ってみせた。
明確な活路はなくとも途方に暮れる必要はない。そんなことを主張しているかのような表情だった。
リフィクは自分も勘定に入っていることに気付き、やや肩を落とした。ありがた迷惑とはまさにこんな時に使う言葉なのだろう。
「……勝つ。当然そうだ。俺も勝つつもりでいる。だからこそ、この場は……」
退くべきだ、と続けようとしたレクトだったが、突然その言葉を飲み込んでしまった。
はっと気付いたのだ。
一連のやり取りを眺めていたクローク・ディールの雰囲気が、ガラリと変化していたことに。