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終章(25)

 

 南門から突入したエーツェル騎士団は烈火のごとく戦線を押し上げていた。

 次から次へと駆けつけるハイブリードたちを蹴散らし、いまや市街地の手前にまで到達しようとしている。

 しかしそこから先に攻め進むつもりはエリスにはなかった。

 敵はあくまでハイブリード。無関係な市民は巻き込まない。

 外周部で戦い続けてハイブリードたちを引きずり出す。それが目下の狙いだ。

 街が手薄にすればエイザーたちの助けにもなるだろう。

「あたしも大概子煩悩かもしれねぇな。ハーニスの奴を笑えないぜ」

 先鋒を務めるエリスが自虐的に笑う。

 最前線が彼女の定位置だ。クイーンなどと呼ばれるようになってもそれは変わらない。

 エーツェル騎士団およそ三十人に対してハイブリードたちは五倍の数にも及んだが、ものともせずに突き進んだ。

 三十人とは言ってもよりすぐりのメンバーだ。

 中には『ボス』クラスの獣人もいる。

 敵にすると恐ろしかった者たちだが味方にするとこれほど頼りになる存在もいなかった。

 敵対してきた過去を思い出してしみじみとそう感じる。

「さて! そろそろだな」

 エリスは戦場と化した野原を振り返った。

 味方と敵が入り乱れておおわらわになっている。

 だが敵の数が如実に減ってきているのがわかった。

 増援も見えなくなった。

 ハイブリードたちの戦力が底を尽き始めているという兆候だ。

 故に、そろそろ、だ。

 作戦を第二段階に移せる。

 すなわち――鳥型獣人に手薄になった敵本拠地までひとっ飛びしてもらい、総統なる人物を確保するのだ。

 潜入させていた団員からの情報によると、その人物の影響力はかなり高いらしい。

 頭を抑えてしまえばハイブリードも大人しくならざるを得ないだろう。

 この戦いも決着だ。

 その指示を仲間たちに出そうとした……まさにその時。

 市街地のほうから一台の幌馬車がやって来て、ひとりの男性が降り立った。

「そこまでにしてもらおうか、クイーン・エリス・エーツェル」


 

 自然と最前線にいたエリスが対峙することになる。

 戦場に飛び込んできたとは思えないほど落ち着いた立ち居振る舞いだった。

 他のハイブリードたちと同じ白装束。だが白髪頭のため、より白度が高い。

「仰々しい登場しやがる」

「君たちには負けるがね」

 男性が朗らかに笑う。

 エリスは、戦場の熱気が急激に高まっていくのを背中に感じた。

 ハイブリードたちの士気が上がっている。

 彼の登場によってだ。

 ならば察しはつく。

「あんたが、バジェル・バーグソンか。総統とかって呼ばれてる」

「如何にも。会えて嬉しく思う、クイーン」

 バーグソンは人当たりの良さそうな顔を崩さなかった。

 往々にしてこういう状況でこういう態度を取る奴は一筋縄ではいかないものだ。

 身に覚えがありすぎる。

「あたしの自己紹介は必要ないみたいだな」

 エリスは銀の剣を正面に構えた。

 代用品だがそれなりに良い剣だ。斬り結ぶのに不足はない。

「最近はなかなかやる機会がないから結構ストック貯まってんだけどな」

「辞世の句ならば聞いておこう。しかし人の話は聞いていないようだな。私は、そこまでにしてもらおう、と言ったはずだが」

「何をだよ」

「無論、我々の理想を妨げるのをだ」

 背後では団員たちとハイブリードたちとの激戦が続けられている。

 いつ飛び火してきてもおかしくない距離。

 だが互いのトップが顔を突き合わせているこの空間に横槍を入れようという無粋な戦士はどちらにもいなかった。

 ハイブリードは決して単なる暴徒ではなく、ひとつの意志によって統制された組織と見ていいだろう。

 だからこそエリスも自ら乗り込む気になったのだ。

「『モンスター』が支配する野蛮な世界も、貴様が支配する独善的な世界も、もうたくさんだ。我々は我々の世界を作る。この世界を、我らが高貴なる血で塗り替えるのだ」

「そりゃ結構。自分を取り巻くもんが気に入らねぇなら力ずくで変えるしかねぇ。あたしもずっとそうしてきた。だからてめぇらだってそうすりゃいい」

 エリスは、けどな、と言って好戦的に笑ってみせた。

「当然あたしはあたしの世界を譲る気はねぇ。苦労して奪い取ったもんだ。譲れねぇもんがぶつかったら、戦うしかねぇよな」

 挑戦は拒まない。正面から受け入れ、それを打ち破ってこその『クイーン』だ。

「どっちかが折れるまで。何度でも。徹底的にな。それがあたしの『継承決闘』だ」

「ふっ」

 バーグソンは一笑に付した。

 朗らかな顔の下から侮蔑の笑みが滲み出ている。

「生憎だが戦いで決める世界も終わりにしたい。ここからは話し合いで決めさせてもらう。――彼女も交えてな」

 バーグソンが指を鳴らすと、馬車からひとりの少女が降りてきた。

「……!」

 両手を後ろで縛られて口元に布を巻かれたリータレーネだった。

 彼女の背を押すように縄の先を持ったハイブリードも降りてくる。

「紹介は必要かな、クイーン。我が新たな同志のことを」

「ざけんなよ、てめぇ。同胞には危害を加えねぇって喧伝してんのは、ありゃ嘘か?」

「何を言っているのか。彼女は単なる協力者だ。無論直接的な危害を加えるなどということも決してない」

「どうにもそうは見えねぇけどな。縛りつけて無理矢理連れてくんのは危害って言わねえのかよ」

「どうにもこうにも、そう思ってもらうしかない」

 平然と言うバーグソンの後ろで、リータレーネは申し訳なさそうに目を伏せていた。

 近くで成長を見続けてきたエリスにとっても彼女は娘のような存在だ。

 痛ましい気持ちと共に、彼らに対する怒りがふつふつと湧き上がってくる。

「で……そいつをあたしの前に持ってきて、どうしようってんだ? 」

「彼女にはただこの場に同席してもらうだけだ。私と貴様の話し合いを円滑に進めるためにな」

 バーグソンは笑みの度合いを深めた。

 穏やかに。陰湿に。酷薄に。

「もっとも貴様の返答次第では、早々に退席してもらうことになるかもしれぬがな」

 声にも凄みが含まれる。

 彼の言う話し合いとやらはすでに始められているのだろう。

「そうなったらもう貴様が顔を見ることはなくなるかもしれんな。彼女が両親と再会することも難しくなるかもしれん。私としても出来うる限りそんなことにはなってほしくない」

「……」

「まずは、貴様の手下共にこの侵略行為をやめるよう命じてもらおうか」

「断わる」

「なに……」

 その返答は予期していなかったのか、バーグソンは表情を強張らせた。

 エリスは朗々と続ける。

「交渉には聞く耳持たねぇ。そりゃそうだろ。そいつを助けてやる気なんかまったくねぇからな」

「……本気か、クイーン。貴様が仲間としてる者の娘だぞ」

「本気に決まってんだろ。あたしがそいつを助けちまったら、どっかで意地を張り通そうとふんばってる奴にすまねぇからな」

 リータレーネがわずかに顔を上げる。エリスは彼女の目を見て言った。

「どこへなりとも連れてきゃいい。どこへ行ったって必ずあいつは追いかけてくから心配ねぇよ」

 そして再びバーグソンの、眉間に皺の寄った顔へと視線を戻した。

「だからこの話はここで終わりだ。当てが外れて残念だったな」

 剣を構え直す。

 こんなやり方を選ぶ相手に話し合いは続けられない。

「悪いがまだ当分は付き合ってもらうぜ。あたしの世界にな」

 バーグソンの顔がさらに険しくなる。最初の柔和さなど今は見る影もなかった。

「エリス・エーツェル……彼女を見捨てるというのか」

「言葉を間違えんじゃねぇぜ」

 エリスはニタリと笑ってみせる。

「こういう時はな、見守るって言うんだよ」

 次の瞬間。

 両者の頭上を、黒い風が吹き抜けた。

 

 

 鴉にも似た黒い翼をはためかせてリュシールが飛来する。

 そして彼女に抱きかかえられていたエイザーが、上空から飛び降りてきた。

 着地地点はエリスから見てバーグソンたちを挟んだ向こう側。

「あの女は……!」

 バーグソンたちは旋回するリュシールに気を取られていて、エイザーのことは視野の外だった。

 唯一リータレーネだけが背後を振り返る。

 ふたりの目が合った。

「リィィィータレェェェーネ!」

 着地の衝撃を無理矢理払いのけるように叫んで、エイザーは走り出した。

 彼女を拘束しているハイブリードも振り返るが、すでに遅かった。

「スタンガントレット!」

 エイザーの拳が顔面を打ち、もんどりうって倒れる。

 縄に引っ張られるようにしてリータレーネも倒れかけるが、エイザーがしっかりと抱き止めた。

「どこでノロクサやってやがった、あたしが助けちまうところだったぞ!」

 それを確かめてからエリスも動いた。

「貴様らっ……!」

 ようやくバーグソンも視線を戻したが、その時にはもうエリスは剣を振りかぶっていた。

「世界を変えたいんなら最初からあたしのとこに乗り込んでくるくらいの気概を見せやがれ! 回りくどいことしてねぇでなぁっ!」

「エリス・エーツェル――!」

 袈裟懸けに有無を言わせぬ一撃。

 大量の血を噴出させながら、バーグソンは背中から倒れた。

 

 エリスはすぐさま後方を振り返り、声を張り上げる。

「そこまでぇーっ!」

 バーグソンが目の前で斬り伏せられたことで、ハイブリードたちの戦意が如実に萎んでいくのがわかった。

 となればエーツェル騎士団としても刃を向ける理由がなくなる。

 戦いは波が引くように鎮静化していった。

「どうやら私の出番はなかったようですね」

 聞き慣れた声に振り向くと、市街地のほうからハーニスが歩いてきた。

「なんだ、お前も来てたのか」

 リュシールがいたからもしかしたらと思っていたが。

「ええ、ブラグデンの件が一段落つきましたので。彼女と共に。もっとも我々は途中で置いてきぼりを食らってしまいましたがね」

 彼の後ろにはパルヴィー、ドルフ、ヒューイング、そしてひとり少女の姿が見えた。恐らくトレイシーという子だろう。

 向こうもきっちりと目的を果たしたようだ。

「お前の出番はこれからだよ。ハイブリードたちと話をつけんのは、あたしよりお前のほうがいいだろ」

「どうでしょうかね。私は彼らから嫌われているみたいですから。……とはいえ、やるだけやってみましょう。同胞ですから」

 憎まれ口を叩くものの、だ。

 ハイブリードの件を一番気にかけていたのがハーニスだということをエリスは知っていた。

 同胞を大事に思っているのは彼も同じなのだ。

 そんなハーニスの真横に、リュシールがゆるやかに降り立った。

「よっ、ご苦労さん。遠いところわざわざ飛んで来てくれてすまねぇな。助かったぜ。ありがとな」

 リュシールはニコッと微笑みを返して応じた。

 ハーニスは対照的に不機嫌そうな顔を作ってみせる。

「はて。私にはそんな労いの言葉はひとつもありませんでしたが」

「そりゃ日頃の行ないってやつだ」

 エリスは言いながら、少し離れた場所を目で指し示した。

 ふたりも同じくそれを眺める。

 すべての拘束を解かれて自由になったリータレーネが、人目もはばからずエイザーと強く抱き合っていた。

 エリスとリュシールは頬をゆるめる。

 しかしハーニスは、やはり対照的な顔をしていた。

「……たしかに、私の出番はこれからのようですね」

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