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終章(23)

 ◆

 

 エイザー、ドルフ、ヒューイング、パルヴィーの四人は木立の中で息を潜めていた。

 高い日差しは木の葉によって遮られているが、じっとりと汗ばむ。

 それは緊張のせいだろうか。

 木々の向こう。はるか前方にはアルドリッジの西側の門が見えた。

「始まったようだな」

 とドルフが小声で告げた。

 予定通りにエリスたちが乗り込んだようだ。

 そして戦闘となった。

 しかしここからでは、エイザーには何の変化も感じられなかった。

 周囲は静かなものだ。

 やがて街の南側から巨大竜巻のような火柱が噴き上る。馴染み深いその技を見て、ようやく事態が動き出したのを実感した。

 しかしこちらが動くのはまだ先だ。

 エーツェル騎士団がハイブリードの戦力を充分に引きつけたところで行動を開始する。

 それまでは待機だ。

 エイザーは街の外壁を眺める。

 あの壁の向こうにリータレーネがいる。

 もう三日は顔を見ていないだろうか。

 それはずいぶん長い時間に思えた。

 そばにいるのが当たり前の存在になっていたからだろうか。

 小さい頃もごく自然と一緒に遊んでいた気がする。

 しかしずっとそばにいたわけではなかった。

 高名な鍛冶屋に弟子入りするため、エイザーは十二歳の時に故郷の街を出たのだ。

 何年も帰っていなかった。

 彼女と再会したのは今から一年半前のことだ。

 修行のために各地の職人を訪ねる旅に出ることにしたので、報告も兼ねて一度故郷に戻ったのだ。

 久しぶりに会ったリータレーネは思っていたよりもずっと女っぽくなっていた。

 一目見てドキッとさせられた。

 すぐに旅立つはずが一年ほども留まってしまったのは、つまりはそういうことだった。

 面白くない顔をするハーニスはエーツェル騎士団の職務で街を出ることが多かったので、隙を見ては逢瀬を重ねた。

 なかなかにエキサイティングだった。

 しかしいつまでも先延ばしには出来ないと、ようやく旅に出ることを決意した。

 リータレーネに一緒に来てほしいと言ったら快く頷いてくれた。

 苦労してアプローチした甲斐があったというものだった。

 しかしというか、やはりというか、ハーニスは頷いてくれなかった。

 父親として心配に思う気持ちはわからなくもない。

 だがふたりで決めたことだ。誰かに反対されたからと言ってやめるつもりはなかった。

 だから黙って旅立った。

 それからの半年は、大変なこともあったが充実した日々だった。

 そして楽しい日々だった。

 他の誰でもないリータレーネと一緒にいたからだ。

 その日々を取り戻す。

 ハイブリードなどというわけのわからない連中にこれ以上仲を引き裂かれてはたまったものではない。

 今度こそ、この手で奪い返すのだ。

「合図がきた、ゆくぞ!」

 ドルフが鋭く発した一言によってエイザーは思考を打ち切った。

 エリスの陣営にもドルフと同じ犬型の獣人がいる。彼が発する超音波のような鳴き声はドルフにしか聞き取れない。それを合図と取り決めておいたのだ。

「よっしゃ!」

 深い木立の中からドルフと三頭の馬が飛び出した。

 

 エイザーは愛馬である青毛馬に。パルヴィーとヒューイングはエーツェル騎士団から借りた馬に乗り、そしてドルフは己の足で、青々とした平原を走った。

 街の外壁が見る見る迫っていくにつれ、その巨大さも鮮明となっていく。

 何物をも侵入させまいと立ちはだかる強固な障壁。

 その一部分に設けられた頑強そうな鉄扉が、少しだけ開いた。

 中からハイブリードと思わしき白装束がふたり出てきてすぐに閉じる。

 ふたりのハイブリードが武器を掲げると、剣のような岩石が無数に宙に現れて、エイザーたちへと射出された。

 警告も無い『魔術』攻撃。

「いきなり撃ってきやがった!」

「私に任せて!」

 パルヴィーが馬を加速させて前に出る。

「リジェクションフィールド!」

 手綱を片手で握り、もう片方の掌を突き出す。

 その先に半透明の防御障壁が出現し、岩の剣をすべて弾き飛ばした。

「続けて――!」

 白装束のふたりとパルヴィーが同時に第二撃の準備に入る。

 早かったのはパルヴィーだった。

 片手を横に払う。

「――フラッシュジャベリン!」

 二条の光が射出され、白装束のふたりを刺し貫いた。

 ふたりの体がびくりと硬直する。

「牽制レベルよ、あとは接近戦!」

 殺傷力がほぼ無い軽微な『魔術』。それ故にノータイムで発動できたのだろう。

 会敵までの距離はわずか。互いに『魔術』を撃ち合う隙はすでに無い。

「門の後ろにまだひとりいるようだ!」

 ドルフが告げる。すなわち、この場の守りは全部で三人。陽動の効果と言えようか。

「そちらは任せたわ。前のふたりは私とエイザーで、ヒューイングは後方待機!」

 指示を飛ばしながらパルヴィーが右側へひらく。

 それを受けてエイザーは左側の敵に狙いを定めた。

 相手は剣を振りかぶって迎撃の構え。

 肉薄。

 愛馬を左へ急カーブさせつつ、エイザーは腿から二本のナイフを抜いて時間差で投げつけた。

 相手の振り下ろした剣が一本目のナイフを的確に斬り払う。

 しかし二本目には対応できず胴体に突き刺さった。

 続けざまに、鞍を蹴って飛びかかったエイザーが相手の顔面へ両足から突っ込む。

 勢い良く蹴り飛ばされたハイブリードが頭から石造りの壁にぶつかった。

 そのまま倒れて動かなくなった。

 エイザーは仲間に目を向ける。

 馬から飛び下りたパルヴィーが、銀の剣を抜き打って一閃。さらに返す刀で敵にとどめを刺した。

 長いブランクがあるとは思えないほど冴え渡った動きだった。

 そしてドルフは、そびえ立った壁を素手の力のみでかけ登っていた。

「すげぇ」

 ゆうゆうと頂上に達すると、内側へ飛び下りる。

 しばらくして、ちいさなうめき声が聞こえた。

 さらにしばらくして、重厚な開錠音が聞こえた。

 鉄扉が音を立てて開かれて、向こう側からドルフが姿を現す。

 グッと親指を立てて見せた。

 

 

 外壁を突破しても、街まではなかなかの距離があった。

 草原があり、林地があり、農地があり、川がある。

 門から街まで繋がった長い舗装路をエイザーたちは馬でひた走った。

 左手側の遠くのほうで、うっすらと戦闘らしき光景が見えた。

 あちらに戦力が集中しているおかげかこちらの周囲に敵の姿はない。

 ありがたい限りだった。

「トレイシーとリータレーネは、どうやら別々の場所にいるようだ」

 先頭を行くドルフが振り返って言った。

 壁の内部に突入したことで彼の知覚能力は正確さを増している。

 例のスパイとやらの話ではふたり一緒にいたらしいのだが。今は離れ離れになっているということか。

「どっちが近い?」

「トレイシーだな」

「じゃあそっちからだ」

「ならば……むっ!」

 話している途中でドルフの声音が急に険しくなった。

「いかん、散れ!」

 そして切迫したように叫ぶ。

 三人はすぐさま手綱を切って舗装路から飛び出した。

 前方が光る。

 次の瞬間。

 道の真ん中を、巨大な火炎弾が向かい風のように駆け抜けた。

「……!」

 遅れてやってきた熱風がエイザーの肌を撫でる。

 ドルフの注意がなければまんまと飲み込まれていたに違いない。

「敵だ、気をつけろ!」

「そう上手くはいかないものね」

 パルヴィーが残念そうに言った。

 いくらエリスたちが気を引いていてくれるからといってもここは敵地だ。

 このまま素通りさせてもらえるはずはなかった。

 街のほうから白装束の人影が五つ、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。

 門の時のように勢いだけで乗り切れる数ではない。

 腰を据えて、戦う必要がある。

「ここで迎え撃つわ。戦闘体勢を!」

 パルヴィーが馬から飛び降りながら指示する。

 エイザーも同じく愛馬から降りた。

「ヒューイング、あれをくれ!」

「ああ!」

 呼びかけに応えてヒューイングはエイザーのそばまで馬を走らせた。

 彼の馬にだけ大きな荷箱がくくりつけてある。その中からポールアックスが取り出されてエイザーの足元へと突き立った。

「サンキュー!」

 エイザーはそれを地面から引き抜いて腰だめに構える。

 長柄武器は俊敏さには欠けるが、面と向かって戦う時にはやはり頼れる存在だ。

「こちらにも頼む」

 と、今度はドルフが呼ぶ。

 荷箱から二本のブロードソードが取り出されて彼の両手に収まった。

 幅広な刃をした武骨な剣は如何にもドルフに似合っている。

「あとは下がっていろヒューイング。――エイザー、用心したほうがいい。あの男もいるぞ」

 あの男、と聞いて思い浮かぶのはひとりしかいなかった。

 その時、再び前方から火炎弾が飛来した。

 駆け出したパルヴィーが防御障壁で弾き飛ばす。

 四散した火炎弾が周囲に飛び散って炎と煙を撒き散らした。

 エイザーは目をすがめて、迫ってくる敵の姿を改めて観察する。

 白装束の五人とひとくくりで済ませてしまったが、その先頭の男にだけ、見覚えがあった。

 後ろへ流れる長髪。氷のように冷酷な目。腰に差した二本の長剣。

「レーミット……!」

「なに? 因縁の相手? ドラマチックじゃない」

 パルヴィーが軽口を叩く。

 この期に及んでもそんな余裕があるのは経験の成せる業だろうか。

「んな悠長なこと言ってられねぇよ。二回もやって勝てなかった野郎だ!」

「その二回に共通して言えるのは、私がいなかったってことよね」

 パルヴィーは銀の剣を抜き放ち、天高く掲げてみせた。

「銀の刃が暗雲払い、影の悪行見逃さず! 銀影騎士団最後のひとりパルヴィー・ジルヴィア、牧畜片手にここに推参!」

「……」

「実は一回やってみたかったのよね、こういうの! 結構テンション上がるわねっ!」

「だから」

「だから、その私が一緒にいるんだから、心配ご無用ってこと」

 銀の剣に輝きが宿る。

 その輝きが見る間に強くなったと思った途端、天へ向かって放出される。

 次の瞬間。

 拳大の隕石が雨霰のようにハイブリードたちへと降り注いだ。

「強敵だからって気後れしてたら一生勝てないわ。勝つためには気前よく戦わなきゃ。私の見てきた仲間たちはずっとそうしていた。だから強敵相手でも勝ててきた。ここぞという時に怯まず前へ進む心を、エイザー君も持っているはずでしょう?」

 隕石の雨を白装束がひとりふたりと突破してくる。

 その一番手にレーミットの姿があった。

「きっとここが意地の張りどころよ」

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