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終章(21)

 ◆

 

「リゼンブルだけの街か……」

 厄介なことになったな、とエイザーは地図と睨めっこした。

 ドルフの知覚能力のおかげでリータレーネとトレイシーの行方は簡単に見つかった。

 パルヴィーの牧場を出発してから丸二日走ったところで、ふたりを連れ去った連中に追いつくことができた。

 連中がとある街に入ったのだ。

 巨大な壁が周囲をぐるりと覆った、要塞のような街だ。

 中にたくさんのリゼンブルがいる気配が感じられる、とドルフは言った。ハイブリードの拠点と見て間違いなかった。

 そのまま乗り込むのは危険とパルヴィーが判断したため、一度引き返して近くの村で作戦を練ることにした。

 地図に従って最寄りの村に行ってみると、そこは廃村となっていた。

 丸太で組まれた家々が林の中にひっそりと佇む。人の気配はまったくしない。

 よく見ると建物はほとんどが壊れていて、中は雨風に晒されていた。

 しかし、そう古いようには見えなかった。

「ハイブリードとかって連中に襲われたのかもね」

 さらりとパルヴィーが言った。

 ハイブリードたちの拠点の、すぐ近くにある村だ。その可能性は高いかもしれない。

「昔はどこにでもあった光景よ。まぁ、やってたのはリゼンブルじゃなくて、獣人だったけどね」

 ドルフが複雑そうな顔をしているのに気付き、パルヴィーはすぐさま「ごめん」と謝った。

「いや、事実だ」

 ドルフは特に気にした様子もなく言った。

 道端に転がっていたテーブルとイスを適当に並べて、三人が座る。ドルフは合うイスを見つけられなかったので地面に直接正座した。そうするとちょうど目線の高さが同じになった。

 テーブルの真ん中に周辺の地図を置いて、四人で顔を突き合わせる。

 例のハイブリードの拠点らしき街は、アルドリッジと記されていた。

 

「さて、どうしたものかね」

 パルヴィーもエイザーと同じく浮かない表情を浮かべてみせた。

「普通の街だったらいくらでも忍び込めるんだけどね。今回は相手が悪いわ」

「人間と獣人という時点でハイブリードの攻撃対象となってしまう。そうでなくともリゼンブルというのは獣人以上に感覚器官が優れているからな。迂闊に近寄ることもままならない」

 ドルフの視覚や嗅覚も人間からすると超常的なものだが、リゼンブルの中にはそれを上回る者もいる。

 敵に回すには厄介すぎる相手だ。

「リータレーネのやつも、俺が女の子がたくさんいるような店に行ってると不機嫌になってたりするからなぁ。ああいうのも速攻でバレてたんだろうな、きっと」

「それは私でも気付けるけどね。顔を見れば」

 パルヴィー含む三人から白い目を向けられていることに気付き、エイザーは慌てて弁解した。

「い、いや、別に、やましいことは何もねぇよ、断じて!」

 職人というのは真面目そうに見えて案外その手の店が好きなようで、勉強ついでに連れて行かれることもあるのだ。

 無意味に慌ててしまったことで逆に誤解を深めた気もするが、この話はもう広げないことにする。

「ともかく……どっちにしろ強行突破するしかねぇんじゃねぇのか? 平和的な話し合いが出来る相手かよ」

「強行突破するにしても、街の中の状況がわからないことにはね」

 地図には街の名前と周辺の大まかな地形が描かれているだけだ。

 もっと詳しく描かれた地図があれば、と続く。

「それに無理矢理突入できたとしても、ふたりが……たとえば地下牢みたいなとこに監禁されてたとしたら、手間がかかりすぎるわ」

 あまりしたくない想像だが、無いとは言い切れない。

 馬車を追いかけていた時とはわけが違うのだ。

 街の中へ突入して、ふたりを見つけ出して、街から脱出する。敵は何十人とも何百人とも知れない中で。

 それを、たった四人で行なわなければならない。

 改めて考えても無謀な状況だ。

 ハーニスの言葉を思い出す。

 拠点へ戻られたら奪還は困難になる……。

 まさにその通りになってしまった。

「それでも、やるしかねぇよ。無謀でも困難でも、やる理由があるならな」

「そうね。じっくり腰を据えてと言ったわ。なにか手がないかみんなで考えましょう」

 

「む……」

 と、不意にドルフが立ち上がって、村の外のほうへ険しい顔を向けた。

「……何者かの集団がこちらへやって来る」

 続く言葉に三人も体を強張らせた。

「奴らの仲間か?」

「いや……リゼンブルもいるが、人間と獣人の気配もある。それと馬……馬車もだな。……全部で五十人ほどだ」

 ハイブリードはリゼンブルだけの集団だ。目下の敵ではないとわかって、張り詰めた空気が和らいだ。

 ドルフは視線の先にさらに意識を集中させるように、しばし押し黙る。

 エイザーも目を凝らしてみたが林の木々しか見えなかった。

「……ミス・パルヴィーと同じ鎧をつけている者もいるようだ」

「じゃあ、エーツェル騎士団じゃないの?」

 パルヴィーがなにやら嬉しそうな顔をして言う。

「昔の仲間も大体あそこに入ってるから。気持ちの問題を大事にしてる人が、私の他にもいたみたいね」

「エーツェル騎士団かよ。やべぇな、隠れなきゃ」

 エイザーは反対に顔を曇らせて、身をかがめて物陰へ入ろうとする。

 その襟をパルヴィーがつかんだ。

「お尋ね者か、あんたは」

「似たようなもんだよ。俺駆け落ち中だし。挙げ句の果てにこんな状況になってるし」

 リータレーネが一緒ならまだしも、だ。

 むざむざ連れ去られたとは知られたくない。

「会いたくない人でもいんの?」

「そりゃ、会ったら気まずい人は何人か」

 その筆頭であるハーニスにはもう会ってしまったが。

 最大の脅威が過ぎ去ったとはいえ、やはり避けられるのならそうしたい所だ。

 パルヴィーはそんな心境を汲み取ってくれたのか、そう、と短く言って手を放した。

「じゃあ私が様子を見てくるわ。知り合いがいたら挨拶とかもしときたいしね」

 そしてイスから立って歩き出す。足取りは軽やかだった。

 エーツェル騎士団だというのならひとりで行っても危険はないだろう。

 エイザーはイスに座り直して、重く息を吐いた。

「参ったぜ」

 今は目の前のことで手一杯なのに、こんな些細なことも気になってしまうとは。

 しかし冷静に考えてみると、だ。

 団員の数はいまや星の数とも言われているのだ。

 その五十人の中に知り合いが含まれている確率は、限りなく低いと言える。

 ……もっともその限りなく低い確率でハーニスと遭遇してしまったわけだが、さすがに大当たりは二度も続かないはずだ。

 気にしすぎている。

 リータレーネがそばにいないからといって、冷静さを失っているのかもしれない。

「エイザーって、エーツェル騎士団に知り合い多いんだね」

 ヒューイングが何気なく訊いた。

 その何気ない会話が今はありがたい。

「フィオネイラ出身だからな」

「ほう。クイーンの故郷と言われている街だな。そしてエーツェル騎士団の本拠地でもある」

 すかさずドルフが補足した。なんでも知ってる人だ。

「まぁな。だから昔っからの顔見知りも多いぜ」

「へぇ。じゃあクイーンに会ったこともあるの?」

「まぁな。そっから産まれてきたくらいだからな」

「えっ?」

 さりげなく答えて切り抜けようとしてみたが、やはり駄目だった。

 素直に言い直す。

「おふくろなんだよ、そいつ」

 ヒューイングとドルフの顔が驚きに満ちた。

 エイザーはすぐに二の句を継ぐ。

「わりぃ。別に隠してたわけじゃねぇんだけどさ。色々と有名な奴だから、言いふらすのもどうかって思っててさ」

 それはリータレーネにしても同じだ。彼女の両親は『クイーンの側近』としてわりと名前が知られている。

 有名人の近親者となれば少なからず恩恵はあるが、必ずしも良いことばかりではない。

 無用な厄介を呼び込みたくないのなら声高に言うべきではないのだ。

 とはいえ、このふたりだったらそんなことを心配する必要はないだろう。

 だからエイザーは打ち明けたのだ。

「そうだったのか……。じゃあ今まで、実は凄い奴と一緒にいたってことか」

 ヒューイングが冗談めかして笑う。

「あとでサインもらっておこうかな」

「んなもんより、鍛冶屋として一人前になったら、剣でも包丁でも刻印入りのやつをプレゼントしてやるよ」

「ああ、そっちのほうがいいね。楽しみにしておくよ」

 朗らかに微笑む彼は、これまで通りの接し方だった。

 クイーンの息子と知られると変に遠慮されることも多かった。そのため態度を変えずにいてくれるのは、些細なことだが嬉しかった。

「実を言うと、クイーンっていう人のこと、あんまりよく知らないんだ。もちろん武勇伝とかはよく聞いてるんだけどね。実際はどんな感じの人なのか、色々と聞いてみたいな」

「どんな感じって言ってもな。うーん……」

 母親のことを他人に説明するのは難しい。世間的には有名人だとしても、エイザーにとっては『普通』でしかないのだ。

 まぁ旅をして様々な人を見ていくうちに、相当におかしい人間だったのだな、と気付かされる部分は多々あるのだが。

「なんなら、本人に聞いてみるのもよかろう」

 ぼそり、とドルフが呟く。なにやら愉快そうに。

 彼の視線はエイザーの背後へと向けられていた。

「……えっ?」

 

 

 エイザーの後方から、つかつかと歩いてくる女性がいた。

 年頃はパルヴィーと同じほど。背筋が伸びた歩き姿は凛々しさに満ちている。

 しかし全体的な雰囲気はそれと相反するように荒々しいと言えた。

 肩口まである茶髪は獅子のたてがみのように風になびき、鋭い目元は猛禽類を思わせる。

 上半身は短い革マントで覆われ、腰には一本の剣。革の乗馬ブーツを履いている。

 その女性がエイザーのすぐ背後まで迫った。

「てめぇ情けなくねぇのかコラァッ!」

 そしてまったく躊躇することなくエイザーをイスごと蹴り飛ばした。

「ぐはぁっ!」

 元々ボロボロだったイスはその衝撃で砕け散る。

 地面に投げ出されて仰向けになったエイザーを、さらにドスドスと踏みつけた。

「女ひとり守れねぇ奴とはこれっぽっちも思ってなかったぜ。見損なわせんじゃぇよ。そりゃハーニスの奴だって良い顔しねぇはずだよなぁ!」

「この踏み方は……おふくろっ!」

 嫌な気付き方だった。

 呆気に取られて眺めていたヒューイングが、見る見るうちに目を丸くした。

「……ということは、この人が、クイーン……!?」

 自分の言葉を確かめるように、息を呑んで繰り返す。

「クイーン・エリス・エーツェル……!」

「誰かがあたしを呼んでいる――」

 すぐ横だ。

 エイザーは足の下で、はじまった、と眉をひそめた。

「天呼ぶ地呼ぶ風が呼ぶ! 引く手数多の呼ぶ声受けて、呼ばれてなくても即参上! エーツェル騎士団筆頭エリス・エーツェル、今日も今日とて現場主義!」

 どうだ、とでも言いたげな顔をヒューイングたちに見せつけていることだろう。

 まさかピンポイントで大当たりを引いてしまうとは。

 不運もここまでくるといっそ清々しい。

 どこからかパルヴィーが姿を現して、踏まれたままのエイザーに顔を近付けた。

「ごめん、チクっちゃった」

 てへっ、と年甲斐もない笑みが向けられる。

 もはやどうとでもなれという気分だった。 

 

 

「だいたいの事情はパルヴィーから聞いたぜ」

 新しくイスを拾ってきて、四人がかけていたテーブルにエリスもついた。

 率いていた団員たちは少し離れたところでキャンプの準備を始めている。

 獣人サイズのイスはやはり見つからなかったのでドルフは地べたに座ったままだった。

「さっきも言ったけどな、エイザー。情けなくねぇのかよ」

 エリスは足を組んで、そして腕も組む。表情と口調は変わらず険しい。

「ハーニスの目を盗んでリータレーネを連れ出したのは、それだけの自信と覚悟があったからだろうが。その行動は認めてやってたんだけどな。それでこのザマかよ」

「それについての申し開きはねぇよ。ほんとどうしようもねぇ、情けねぇ男だ」

 リータレーネを奪い返すチャンスは二度あった。そのどちらもレーミットに阻まれてしまった。

 彼は倒すことができなかった自分の不手際だ。

 情けなさは痛感している。

「だけど甲斐性だけはあるつもりだ。今度こそはしくじらねぇ。もう目の前だ、言いたいことがあんなら全部終わってからにしてくれ」

「バーカ、終わらせるもなにも、始める手立てがなくて頭抱えてたんだろうが。よくそんな自信あるみたいなこと言えたもんだな」

「ぐっ……」

 痛いところを突かれる。パルヴィーは一切合切チクッていたようだ。

「よく言えたものっていうのはあなたも同じだけどね」

 隣でパルヴィーが呟く。

 エリスが睨みつけると、悪戯っぽい笑みを浮かべていなした。

 手慣れた扱いだった。

「まぁいい。あたしが顔を出してやったのはな、お前を蹴りつけるためでもなけりゃ偉そうに説教するためでもねぇ」

「それにしちゃ思い切り蹴られた気がするぞ」

「あれはリータレーネの代わりに蹴ってやっただけだ」

「リータレーネはあんなことしねーよ!」

「いいや、するね。二年後にするね」

「絶対にそんなわけないのに具体的な数字を出しやがった……!」

「ささいな口喧嘩から発展してそういえば二年前のお前は酷く情けない奴だったなと怒りがぶり返してきて蹴ってくるに決まってるね!」

「結局蹴られんなら代わりに蹴る必要ねぇじゃねぇか」

「リータレーネは優しいから本当は二発蹴りたいところを一発で我慢してしまうはずだ。その失われた一発を代わりに蹴ってやったんだよ」

 そのあと散々踏みつけたのは何の代わりなんだと追及しようとしたが、エイザーは堪えた。

 今は無駄話をしている場合ではない。

 それにリータレーネに踏みつけられるならそれはそれで。

「いいか、あたしはな、お前に筋を通す気があんのか確かめにきたんだ」

 エリスはマントの下に手を突っ込んで一枚の紙を取り出す。

 テーブルの上に広げたそれは地図だった。

「あの街にはあたしの仲間を何人か潜入させてる。そいつらが手に入れたもんだ」

 端のほうにアルドリッジと走り書きがしてあるのを見て取り、エイザーは改めてその地図を注視した。

 紙一杯に描かれた円は、街を囲うあの壁だろう。門は左右前後にひとつずつ。

 壁の内側には何も描かれていない空白地帯がややあり、ドーナツでいうところの穴に当たる部分に建物が密集している。

 路地のひとつひとつまでが描かれた、かなり詳細な見取り図だった。

 これから突入しよう時に願ってもいない情報だ。

「あたしらも今からあの街に乗り込むところだ。望んでもない暮らしをさせられてるリゼンブルが大勢いる上に、ハイブリードってのは手酷いことしやがる連中だからな。そろそろ灸を据えてやらなきゃならねぇ」

 エリスはエイザーの顔を見る。

「お前にその気があんなら、手助けしてやってもいい」

「……そういうわけにはいかねぇ」

 エイザーは首を横に振った。

 ヒューイングとドルフとパルヴィーからの物言いたげな視線が向けられるが、あえて見ずに言葉を続ける。

「リータレーネを連れて飛び出した時から、あいつのことは全部俺が責任取るって決めてんだ。だから今回のことも俺の手で始末をつけなきゃならねぇ。ハーニスおじさんの力もおふくろの力も借りるわけにはいかねぇんだよ。俺の意地がそれを許さねぇ」

「意地の問題か」

「ああ」

「そりゃ重要だな」

 エリスは薄く笑ったあと、すぐに目つきを鋭くさせた。

「けどな、意地の張り方を間違えんなよ。大事なものがあんなら手段なんて選んでんじゃねぇよ。いつだってグズグズしてる間に手遅れになるんだ。その意地の責任を取らされんのは、お前じゃなくてリータレーネなんだからな」

「……」

 返す言葉がなかった。

 リータレーネを取り返すことを第一と言っておきながら、結局自分のことしか考えていなかったのかもしれない。

 だからハーニスからも逃げてしまった。

 真にリータレーネのことを考えるのなら、彼に軽蔑されたとしても手伝ってもらえば良かったのだ。

 張っていたのは意地ではなく見栄だった。

 ただの自己満足のために、絶好の機会を見送った。

 なんて情けない男だろうか。

「その通りだ……その通りだったぜ」

 ならばリータレーネのために、今からできることは。

 ひとつしかなかった。

「頼む!」

 エイザーはイスから立って、エリスへと頭を下げた。

「力を貸してくれ」

「だからそう言ってんだろ」

 エリスはニッと笑ってみせる。

「つってもあたしらもあたしらの仕事があるからな。大部分はお前の頑張り次第だ」

「ああ。それで充分だ」

 エイザーはヒューイングとドルフのほうへも向き直った。

「すまねぇ。俺たちだけの問題じゃなくて、トレイシーも関わってることだったよな。勝手をするところだった」

「構うな。クイーンの助力を得られるのはお前がいればこそだ。決定に異論はない」

 ドルフは柔和な顔で頷いた。

 異論ないはずがない。エイザーの顔を立ててくれた返答だろう。

 さりげない気遣いは年の功を感じさせた。

「けど街丸ごとに喧嘩を売りに来たにしては、ずいぶんな戦力じゃない?」

 パルヴィーが団員たちの輪を眺めて言った。

 五十人という数字は、そう考えるといやに少ない。

「別に喧嘩を売りに行くつもりはねぇけど、ハイブリードってのは一部の過激な連中だけだよ。あの街にいるのは大半が一般市民だ。これくらいで充分だよ」

 

「クイーン。報せが届いた」

 団員たちの輪の中からひとりの老戦士がやってきてエリスに手紙を渡した。

 エイザーも知っている顔だ。名前はゼーテン・ラドニス。

 老戦士は引き返す際パルヴィーと目を合わせてわずかに微笑みを交わした。

「お前にも運が向いてきたかもな、エイザー」

 エリスは手紙の中身を呼んで嬉しそうに笑う。

「街に潜入させてる連中からの報せだ。リータレーネを見かけたらしい」

「ほんとか!」

「顔見知りの奴がいて幸いだったな。それと友達みたいな女の子もひとり一緒にいたみたいだから、それはそっちの妹だろうな」

 ドルフとヒューイングの顔にも喜色が浮かんだ。

 無事が確認できたというのはそれだけで力になる。

 エリスは地図に目を落とした。

「特に拘束も強制労働もされてなかったらしいから、いるとしたら、この辺りだな」

 中心の市街地部分を指差す。

「ほとんどの住民はここに住居がある。外側は畑とかがあるだけだ」

 範囲としてはかなり広いが、ドルフの鼻なら容易に見つけ出せるはずだ。

 彼女たちが自由に動ける立場だとわかってぐっと救出が近付いた気がした。

「さて、具体的な作戦だが」

 エリスはどこかワクワクしたような顔で語り出した。

「昔、こんな要塞みたいな街に大挙して攻め込んできた連中がいた。そいつらは戦力を三分して西、東、南と時間差で攻撃して、街の衛兵たちを翻弄しやがったんだ。対応は遅れに遅れて街は壊滅寸前まで追い込まれた」

「レタヴァルフィー事変だな」

 ドルフが呟く。エリスは「ああ」と頷いた。

 エイザーは聞いたことがなかったが、有名な出来事なのかもしれない。

「あたしらも巻き込まれた。あん時ゃ苦労したぜ」

「そんなこともあったねぇ」

 パルヴィーが遠い目をして相槌を打つ。

 ふたりの短いやり取りを見てドルフは「なんと……」と唸った。

 実は歴史的な事件なのかもしれない。

「だからその苦労させられた戦法を真似させてもらうぜ。とはいえそんな大量の戦力は無いから、二方面作戦だ」

 エリスは地図上の南側に指を置く。

 この廃村から一番近い門だ。

「まずあたしらが正面から行く。そうすると、まぁハイブリードの連中と戦闘になるだろう」

 人間と獣人を全滅させようという奴らだ

 エーツェル騎士団は目の上のたんこぶ。

 目の前にクイーンの首があったらなんとしても取ろうとするだろう。

「門の辺りで戦い続けてりゃ街にいるハイブリードがどんどん加勢に来るはずだ。自然と他の守りが薄くなる。お前らはその隙を狙って別の門を強行突破。一気に中心部にまで突っ込め」

 今度はやや迂回した西門へ指を動かした。

「奴らとしても一般市民を巻き込みたくねぇはずだから、ここまで来れば大々的な攻撃はされないはずだ。間違っても外周部で足止めは食うなよ。手薄になってるっつってもすぐに囲まれちまうぞ」

「それだけは気を付けるぜ。足止めには懲りてるからな」

「で、奴らがおたおたしてるあいだにリータレーネたちと合流。あんたならすぐに見つけられるだろ?」

 エリスが顔を上げてドルフを見る。

 うむ、と明瞭な返事がした。

「脱出ルートはふたつ。突入してきた道を引き返すか、あたしらのとこまで突っ切ってくるか。まぁ状況を見て好きにしてくれ。街のことはあたしらに任せてくれりゃいい」

 力押しも甚だしい作戦だったが、策らしい策がなかったことに比べれば雲泥の差と言えた。

 わずかながら光明が見えてきた。エリスの助力によって。

「こっちから何人か貸すか?」

「大丈夫よ、私もいることだし。陽動が地味になったらそれこそ困るわよ」

「そりゃそうか」

 細かな確認作業を経て作戦会議は終わりとなる。

 エイザーは今の打ち合わせを頭の中で繰り返した。

 鍵となるのは突入のタイミングと、如何に迅速に門を破って市街地まで行き着けるかという部分だろう。

 目的はリータレーネとトレイシーの奪還。戦闘は極力避ける方向でいく。

 テーブルを離れたエリスとパルヴィーがなにかを話していたが、それはエイザーの意識の外だった。

 

 

「ところでさ。駆け落ち中の息子に会った心境はどうなの?」

「別にどうもこうもねーよ。そもそも反対してんのはハーニスの野郎だけだからな」

「なんだ。つまんないの」

「嫁にどっぷりな奴が娘に過保護になるってのは順当な気もするけどな。ただリータレーネだってもう子供じゃねぇんだから、色恋沙汰くらい本人らの好きにさせときゃいいってのによ」

「ハーニスさんに言ったりしないの、それ」

「あたしまで過保護になるつもりはねぇよ。もう子供じゃねぇのはエイザーだって同じだ。こればっかりは自分で解決しなきゃならねぇ問題だよ」

「難問そうね。相手が相手だし」

「黙って連れ去るってのは結構良い手だと思ったけどな。次の日のあいつの顔ったらなかったぜ」

「彼氏にとって最大の障害は彼女の父親、ってのはよく聞く話よね」

「そんなもんかよ」

「まぁ私の場合はそういうのいないから、彼氏は気が楽で助かるでしょうけどね」

「その前に彼氏はいるのかって話だが」

「ぐぬっ」

「いるわけねぇか。だとしたらこんなことに付き合わねぇもんなお前」

「ぐぬぬっ」

「まっ、頑張れよ」

「えぇ頑張るわよ。あぁ頑張りますともっ。あの街に乗り込んだついでに婚活してきてやるわよ! 見てなさいよね」 

 

 

 エイザーは馬車のそばで戦闘の支度を始めていた。

 パルヴィーが持ってきた木箱を開け、中に収められた武器を身につけていく。

 ショートソード二本をクロスさせて背負う。さらに二本を腰に差す。それらより短いダガーナイフを二本、腿にベルトで固定した。

 計六本とはいえ短尺の刃なので重みは無い。

 立ち回るのに支障はないはずだ。

「剣も使えるんだ」

 ヒューイングが感心したように言う。

「扱い方を知らないことには作れないからな。ひと通りは勉強したつもりだ」

 これまでは大体の敵なら格闘で対応できる自信があったが、ハイブリードたちの力は脅威的だ。

 本格的に敵地へ乗り込むとなれば徒手空拳では心許ない。

 それに加えてレーミットへの対抗策でもあった。

 あの街の中で相対するかどうかはわからないが、用意はしておかなくてはならない。

 結局二戦とも打ち崩せなかったのだ。

 今度ばかりは負けられない。

「エイザー」

 と、エリスがやってきて、鞘に収まった一振りの剣を投げ渡した。

「持っとけ」

 まさかと思って抜いてみる。

 宝石めいたライトグリーンの刃が陽光を受けて煌めいた。

「こいつは……!」

 エイザーは息を呑む。

 ヒューイングはなにやら珍しいものを見た顔をしただけだったが、エイザーには別種の驚きがあった。

 それはエリスが長年愛用している剣だった。

 製作者はアルムス・ドローズ。エイザーの鍛冶屋としての師匠でもある。

「おおっ……!」

 思わず声が漏れる。見ただけで圧倒される一品だった。

 単純に武器として見た実用さ。美術品めいた造形美。エイザーが産まれる前から酷使されていたはずなのに刃こぼれひとつしていない耐久度。そして製作者の個性。

 それらが高い次元で融合した奇跡の一本と言えた。

 あと何十年修行すればこれだけのものを作り上げることができるのか、エイザーには想像もつかなかった。

「い、いいのかよ」

「くれてやるわけじゃねぇよ。おまもり代わりだ。終わったらちゃんと返せよ」

 エリスがこの剣に並々ならぬ思い入れがあるのは、未だに持ち続けていることからも察せられる。

 かの『モンスターキング』と戦った時にも使っていた品だという話だ。

 腕に感じる重み以上にズシリとくるものがあった。

「サンキュー。心強いおまもりもあったもんだぜ」

 右側の腰に差していた短剣を外し、エリスの剣と入れ替える。

 わずかに重量が増したがまだ許容範囲内だった。

「ばっちり意地を見せてこいよ、エイザー。あんな連中に手こずるようじゃハーニスを納得させるなんて夢のまた夢なんだからな」

「おう」

 エリスが踵を返して戻っていく。

 恥ずかしさでややためらわれたが、改めてその背中へ投げかけた。

「おふくろ、ありがとな! 色々と!」

 エリスは振り向かずに手だけ振ってそれに応えた。

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