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終章(19)

 ◆

 

 『ステイシー第二牧場』と書かれた看板の前に一台の馬車が停まっていた。

 その周りにエイザー、ドルフ、ヒューイング、そしてエイザーの愛馬が待機している。

 パルヴィーの姿はまだない。

 自分が留守にしているあいだの仕事について他の牧夫たちと急遽会議しているのだという。

 馬車の中にはすでに旅荷が載せられていた。

 エイザーたちが手ぶらだったため四人分たっぷりと。

 一際大きな木箱には武具も詰められている。牧場内にあったものをかき集めてきたらしい。

 荷物の用意には半日近くを要した。

 エイザーも手伝おうと思ったのだが、それはいいとつっぱねられてしまった。

 なんだかうまく言いくるめられて休みを取らされてしまった感が拭えない。

「ちょっと前にもここに厄介になってたんだよ。近くまで来たついでにな」

 エイザーは改めて広い敷地を眺めて言った。

 駆け落ち同然のふたり旅となれば金銭的に厳しい時もある。そういう時は知り合いを頼って宿代や食事代を節約することも多々あった。

 無論ただでというわけにもいかないので、ふたりで牧場の仕事を手伝ったりもしていたのだが。

「それでブラグデンに売り物を配達しに行った時に例の山賊の話を聞いて、見過ごせねぇなと思って。それから色々あってヒューイングたちと出会ったんだ」

「パルヴィーさんとはどうやって知り合ったの?」

 ヒューイングの質問に、エイザーは「うーん」と首をひねった。

「正確には覚えてねぇけど。おやじとおふくろの知り合いだったから子供の時に何回か会ったことあったんだ。ああいう人だから、俺もリータレーネもすぐになついた気がしたな」

 明るくお茶目なのはあの時と変わっていない。

 それだけに、先ほどの息を呑んでしまうような雰囲気は意外な一面と言えた。

「しかし銀影騎士団の一員と知り合いとは、親御殿も中々の交友関係を持っているな」

 ドルフが感心したようにうなった。

 銀影騎士団。その存在のことを、エイザーも話だけは聞いたことがあった。

「けど俺、パルヴィーおばさんがその一員だったっての今日初耳だぜ。子供の頃にはもう牧場の人だったから」

「ところで、その銀影騎士団……って?」

 ヒューイングが知らないのも無理ないだろう。

 彼らはずっと人目を忍んで活動していたのだから。

「エーツェル騎士団の前身となった秘密結社だと聞く」

 ドルフが答えた。

「我々がまだ『モンスター』と呼ばれていた頃に、秘密裏に抵抗運動を行なう人間たちがいたという。彼らの名前が、そうだったはずだ」

 しかしクイーンが設立した『エーツェル自警団』と合併したのを機にその存在が世に晒されることとなった。

 現在のエーツェル騎士団が広い範囲に渡って治安維持活動を行なえているのは、彼らの培ってきたノウハウがあればこそと言われている。

「元団員となれば、かなりの戦力と考えて良いだろう。ミス・パルヴィーの同行は心強い」

「ちょっと怪しいところでもあるんだけどなあ」

 肩書きとしては申し分ない。

 だがエイザーとしては実際に戦った場面を見たわけでもないので、どうにも実感が伴わなかった。

 イメージの中ではあくまでも知り合いの気の良いおばさんというままである。

「充分、期待してくれていいわよ」

 と、そこへ用事を終えたらしいパルヴィーが歩いてきた。

「どう、まだ似合う?」

 そして腰に手を当てたポーズを取る。

 彼女は古ぼけた銀の軽鎧を身につけていた。

「現役時代に着てたやつよ。体型変わってなくてよかったー!」

「似合ってると思います」

 すかさずヒューイングが言った。

「ありがと」

「あんまりよくねぇな」

 エイザーもすかさず言った。

 パルヴィーががくっと肩を落とす。

「あんたね、ここはお世辞でもいいから褒めとくもんよ」

「いや大事な話だって。ちゃんと手入れしてあるし、そもそもの作りがしっかりしてるから一見大丈夫だけど、そういう古いやつはやっぱり耐久性に難が出てくるから」

 鍛冶屋見習いの目から見るとお世辞では片付けられない問題だ。

「どっかで新しいやつ調達したほうがいいぜ」

「いいのよ、これで。思い出の品だもん。気持ちの問題ってやつよ」

 しかし気持ち優先で生きている彼女にはどうやら聞き入れてもらえないらしい。

 同行してくれるだけでもありがたいので、それ以上言うのもはばかられた。

「それより、一緒についてきてほんとに大丈夫かよおばさん」

 びしっ! とエイザーの頭に手刀が飛んだ。

「相当ブランクあるんだろ? 助けてくれるのは嬉しいけどさ、おばさん」

 げしっ! とエイザーのふくらはぎに蹴りが入った。

「俺はパルヴィーおばさんに危険な目には遭ってほしくねぇよ!」

「直す気ないよねーっ!」

 ぐにっ! とエイザーの鼻がつままれた。

「はぁ。もういいわ」

 パルヴィーはなにかを諦めたように深く深くため息をついた。

「だから期待していいって言ってるじゃない。心配いらないわよ。こう見えても昔はあんたのお母さんのライバル的存在だったんだから」

 それも初耳だった。

「余計心配になってきたぜ」

「第一、あんたらのことがなくったってそいつらには腹が立ってんのよ」

 ぷんすかと腕を組む。

「ブラグデンはここいらで一番大きい市場で、マークス大橋は川向こうに配達するための大事な橋なのよ。ふたつも潰されたんじゃマジで経営やばいわ」

 怒っているかと思ったら一転して青い顔になる。

 仕事についての会議が長引いたのはそのあたりの問題もありそうだった。

 それならなおのこと責任者が留守にしていいのかと、別の意味でも心配になってくる。

「文句のひとことでも言ってやらないと気が済まないわ。さあ、さっさと出発しましょ」

 

 

 エイザーは愛馬で。パルヴィーとヒューイングは馬車で。ドルフは自力で。まずは川を渡るために街道を走った。

 川沿いの道を上流へ上流へと向かって、日の落ちかけた頃。ようやく目当ての吊り橋にたどり着いた。

 マークス大橋と比べるとかなり小さくて頼りない橋だったが、どうにか馬車も通行することができた。

 だいぶ遠回りをしてしまったもののこれで追跡を再開できる。

 ドルフは平原を前に立ち止まり、意識を集中させるようにして押し黙った。

 流れる風の中からリータレーネとトレイシー、あるいはハイブリードたちの匂いを探し求めているのだろう。

 かなり遠くまで離されてしまったこの状況で、果たして見つけられるものなのだろうか。

 エイザーは固唾を呑んでその背中を見守った。

「ねぇ、エイザー君」

 そんな緊張などお構いなしにパルヴィーが口を開いた。

「お父さん元気?」

「はぁ」

 のどかすぎる世間話に、思わず脱力して間抜けな息が漏れた。

「ほら、お母さんが元気なのは勝手に耳に入ってくるけどさ、そっちのほうはどうかなって。ちょっとだけ気になって」

「まぁ……リータレーネと飛び出してきたっきり会ってないけど、たぶん元気なんじゃないか。大変なことになってんならハーニスおじさんが教えてくれてるはずだしな」

 あの時はリータレーネのことで手一杯だったが、そこをぬかるような人ではないだろう。

「そう。ならよかったわ」

「とらえたぞ!」

 パルヴィーの返事に被さるようにしてドルフが声を弾ませた。

 

 ◆

 

「はぁーー……いったいどういうことよ、もー!」

 見知らぬ家の見知らぬ窓から見知らぬ街並みを眺めながら、トレイシーはぶつけようのない不満を吐き出した。

 いったいなぜこんなことになってしまったのか。

 記憶をたどる。

 きっかけを探すなら間違いなくあの夜だ。

 ヒューイングとドルフとエイザーが山賊を退治するとかぬかして街を出て行って、リータレーネと留守番をしていたあの夜。

 部屋に白装束の男たちがやってきたあの時からおかしなことになってしまったのだ。

 さらに記憶をたどる。

 やばそうなことを言うやばそうな連中だと察したトレイシーは、リータレーネの手を引いて逃げ出した。

 街中にも似たような白装束の連中がいて驚いたが、奴らが火を放って街の人々を襲い始めたのはもっと驚いた。

 やっぱりやばい連中だったのだ。

 心臓はばくばくしているのに血の気が引いた気がした。

 しかし逃げようにもどこに逃げていいのかわからなかった時、ふとリータレーネが言った。街の中央にある大きな噴水へ、と。

 なんでもエイザーとはぐれた時のためにそこを待ち合わせ場所にしているとか。

 いやいや。

 近くにいるなら合流して助けてもらえるかもしれないが、奴は今街にいないのだから行ったところで意味ないだろう。

 と思ったトレイシーだったが、他にどうしていいかもわからなかったのでとりあえずそこを目指すとした。

 パニクるトレイシーとは対照的にリータレーネはいつも通りというか、かなり落ち着いている様子だった。

 肝が据わっているのか鈍感なだけなのか。

 後者だろうと思った。

 白装束の連中に見つからないように、陰から陰へ。裏路地から裏路地へ。コソコソと慎重に進んだため、その噴水にたどり着いた時にはだいぶ夜も更けていたことだろう。

 もちろんそこにエイザーがいるはずはなかった。

 ただ周りには誰もいなかったのでひと息ついて休むことにした。

 それがいけなかったかもしれない。気付いた時には、すぐ目の前にあの男がいた。

 白装束の、最初に部屋を訪れた、あの長髪の男だ。

 そこから先のことは覚えていなかった。目が覚めたら、すでにこの街に連れてこられたあとだったのだ。

 ふたつ並んだベッドの上にいた。隣でリータレーネが眠っていた。

 どうやら民家の一室らしき部屋だった。

 板張りの部屋の隅にふたつのベッドが並び、カーペットの敷かれた真ん中にテーブルセット。壁際にはありふれた洋服棚や空の本棚があった。

 開け放たれた窓からは柔らかい陽光が差し、少しだけ潮っぽさを含んだ風が運ばれていた。

 トレイシーが起き上がった時、ちょうど部屋のドアが開けられて、ひとりの若い女性が入ってきた。

 20歳くらいの、おさげ髪の、リゼンブルの女性だ。

 自分たちの置かれた状況がわからずに質問責めを浴びせたトレイシーに対して、女性は物腰柔らかに答えてくれた。

 あなたたちはハイブリードによって俗世から救い出されたのだと。

 もう何も恐れることはないのだと。

 この街の名は『アルドリッジ』。リゼンブルだけが暮らす街だと。

 そしてあなたたちがこれから暮らしていく街だと。

 はぁ?

 いやいや。

 やべーやべー。

 その後も女性の話は続いたが、トレイシーは適当に相槌を打って聞き流した。

 そのあいだもリータレーネは呑気に寝たまんまだった。

 なにかあったら呼んでくださいとにこやかに言って女性が退室して――現在に至る。

 

「はぁぁーー……」

 トレイシーは再び深いため息をついた。

 窓から見える景色からしてかなり大きな街のようだった。

 おかしな連中に無理矢理こんな街に連れてこられて、住めと言われて、はいわかりましたとなるわけがない。

 とにかくリータレーネが起きたらふたりでこの街を出て家に帰ろう。

 リータレーネだってエイザーと再会したいはずだ。

 ただ気がかりなのは、ここがどの地域なのかということと、もうひとつ――トレイシーは遠くのほうに目を向ける――。

 建物の並んだはるか向こう側に、高い壁が見えることだ。

 まるで地平線のようにどこまでも横に伸びている、街を囲う壁。

 それが行く手を阻む予感がありありとして少しだけ不安になった。

「……んー……エイザーくん……?」

 と小さな声が聞こえてトレイシーはベッドのほうを見た。

 リータレーネが目をこすりながら起き上がろうとしていた。

 そしてトレイシーと目が合う。

 きょろきょろと部屋を見回して、

「……エイザーくん……どこ……?」

 親とはぐれた子供のように呟いた。

「さがしに行こ、リータレーネさん。今からすぐに」

 さてこの状況をどこから説明しようかと、トレイシーは再び記憶を総ざらいした。

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