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第一章(10)

 

「ヒーリングシェア!」

 すかさず傷口に片手をかざし、『治癒術』を唱えた。

 リフィクの手が光を放ってすぐに、バックリと裂かれていた傷口が跡形もなく消え去っていた。

「助かる!」

 自分の腕に力が入る感覚を取り戻し、エリスは弾け飛ぶような勢いで跳ね起きた。

 そして剣を両手でしっかりと握り直す。

 

 それを横目に見ていたレクトは、『治癒術』……それによって自分も命を救われたということを痛感しながら、クローク・ディールめがけて矢を射飛ばした。

 矢は風を切って、ディールの(人間で言うところの)眉間に命中する。が、刺さるどころか傷ひとつすらつけられずに、豆鉄砲のように弾き飛ばされてしまった。

 ディールはレクトのほうなど見向きもせずに、エリスだけを興味深そうに眺めていた。

 単なる矢など脅威どころか興味にすら値しない。言外にそう表しているのだろう。

 レクトは己の無力さに歯を食いしばらせた。

 そんな時。

「一回でダメなら!」

 負傷から立ち直ったエリスが、気迫を口にしながら再びディールへと立ち向かっていった。

「二回目がある!」

 炎の剣が叩き込まれる。

 しかしやはり。それも腕を振るっただけのディールに、いともたやすくあしらわれてしまった。

「二回がダメなら!」

 エリスは三再び、体をひねる。

「三回目ぇぇ!」

 奮闘するエリスの姿に、そうじゃないか、とレクトは考えを改めさせられた。

 力が及ばないと嘆いていても仕方がない。できないのだとしても、できるまでやり続ければいいだけの話なのだ。

 レクトは息を吹き返したように表情を明るくし、背負った矢立てから再び矢を引き抜いた。

 

 エリスはなおも剣を打ち込んでいく。

 防がれ、それをかいくぐったとしてもダメージを与られなくとも、がむしゃらなまでに攻撃をし続けた。

 レクトも同じように、ひたすら弓を引き矢を放つ。

 互いの息はぴったりと合っていた。どちらかというとエリスの動きにレクトが合わせていると言った具合だろうか。

 互いに互いの動きをジャマすることなく攻撃を続けている。

 しかし、通用しなければなんの意味もない。

 リフィクは理解に苦しむように眉をひそめていた。

 太刀打ちできないとわかっているはずなのに、なぜそうも抗うのか。なぜそうも抗えるのか。

 ただ単純に、それが不思議でならなかった。

 立ち尽くしているだけのリフィクであるが、完全にあきらめているわけではなかった。

 動きあぐねているのだ。

 剣や炎なら無理でも、他の『魔術』なら多少のダメージを負わせられるかもしれない。

 だが屋内という狭い空間では、威力の小さな術しか使えないのだ。大規模なものは巻き添えを食ってしまう。

 それにもしエリスたちが傷を負った時に素早く『治癒術』を使えるよう、なるべく体力を温存しておきたいのだ。

 ある種のジレンマである。

 唯一の救いは、いまだクローク・ディールに明確な殺意が宿っていないことだ。

 遊んでいるのだ。彼は。

 圧倒的な優位に立ち、無駄なあがきを続ける者たちの姿を見て楽しんでいる。

 それだけが今の救いだ。最後の命綱。

 リフィクの願う最良の展開は、ディールが本気になる前にこんな戦いなど放棄して、さっさと逃げ出してしまうことに他ならなかった。

 

 射った矢が、クローク・ディールの左目に直撃した。

 口元をほころばせかけたレクトだったが、すぐにそれは覆えされる。

 たしかに当たったはずの矢が、何事もなかったかのように弾き飛ばされてしまったのだ。

 レクトは一瞬だけ呆然とするも、素早く真相に気付く。

 クローク・ディールは目……すなわち眼球すらも、驚くべき硬度を誇っているということに。

「有り得るのか……?」

 そんなことが。

 レクトは無意識のうちに呟いていた。

 手下と『ボス』にこれほどの差が存在していようとは……。

 このクローク・ディールに比べれば、故郷で対峙した『モンスター』の『ボス』など到底『ボス』とは呼べない。せいぜい『中ボス』がいいところだ、あんなものは。

 背後に回したレクトの手が、宙をつかむ。

 はたと気付いて視線を向けると、背負った矢立てが空になってしまっていた。矢が尽きたのだ。

 とはいえ矢自体は部屋のあちらこちらに散らばっているので、それを拾えば済む話ではあるが。

「……」

 しかしレクトは呼吸を落ち着かせて、少し頭を冷やすことにした。

 やり続けることは間違っていないが、ただ同じことをやっていても発展がない。

「……?」

 そこでレクトは、ディールのつけている胴鎧に着目した。

 装飾が派手なだけのプレートアーマー……。

 剣も効かぬほど強固な肉体を持っているのにも関わらず、なぜ奴はわざわざ鎧をつけている?

 

 エリスは腰を落とし背を丸め、肩でぜぇぜぇと息をしながらクローク・ディールをにらみつけていた。

 早い話がバテてしまったのだ。

 『魔術』は激しく体力と精神力を消耗する。エリスの使う炎の剣技も分類するなら『魔術』の一種だ。

 初っ端から全力全開で使いまくっていれば息切れしてしまうのも無理はない。不運なことに、エリスの辞書にペース配分という言葉は載っていなかった。

「あきらめたか? ようやく」

 その様子を見て、ディールが笑いながら勝ち誇る。

 幾度となく攻撃を見舞ったものの、結局さしたるダメージを与えることはできなかった。

 ディールの体には焼け跡はおろか焦げ跡すらない。まさに難攻不落。生きる砦である。

「アホぬかせ! ちょっと疲れただけだよ」

 エリスは素直に言い返した。

 とはいえ「ちょっと」という部分は素直ではない。「かなり」というのが正確な本音だ。

 あらゆる意味において先行逃げ切り型なエリス・エーツェルである。性格的にも能力的にも、長期戦は向いていない。

「おい! 回復っ!」

 内心焦りがあるのか、エリスは後方に待機するリフィクへ乱暴に指示を飛ばした。

 が、しかし、

「傷は治せますけど、体力を戻すことは……」

 申し訳なさそうな返事が送られてくる。

 エリスが思っているほど『治癒術』というものは万能ではないのだ。ちゃんとした原理にのっとり、可能なことと不可能なことがハッキリと分けられている。

「使えねぇ!」

 エリスはツバのように吐き捨てた。

 完全な不可抗力だが、リフィクは怒鳴りつけられて小さくなる。「そんなことを言われても……」とは反論したくてもできない状況だ、今は。

「『モンスター』!」

 と、その時。

「貴様にひとつ尋ねる」

 めずらしく挑戦的な口調で、レクトが声を張り上げた。

「どうしてそんな鎧をつけている?」

 あえて問いかけたのは、多少なりとも時間を稼ぎたかったからだろう。エリスが息を整えるまでの時間を。

「必要ないだろう? そんなもので身を守るまでもない。貴様なら」

 レクトの言葉を聞き、エリスとリフィクは「そういえば」という文字を顔に浮かべてディールの腹部を注視した。

「なぜだ!」

「これは趣味でつけている」

 相変わらずというべきか、ディールは冗談とも本気とも取れないような口調でそう答えた。

「どうかな?」

 なおも挑戦的にレクトが続ける。

「『ワニ』の弱点は腹だと、昔から相場が決まっているが」

 レクトが気付いたのはそれであった。鎧をつけてまで守らなければならないなにかがある。それこそがすなわち彼らの急所ではないか、と。

 憶測の域を出てはいないが、このまま同じことをし続けるよりはよっぽど建設的である。

「我らをワニなどと同じにするなと言ったはずだが」

 嘲笑するように言うディールをよそに、エリスは作戦の変更に賛成の意を示した。

「乗ってもいいぜ、レクト。お前にな」

 ほんのわずかな小休止であったが、なんとか呼吸を落ち着かせたらしい。いつものふてぶてしい表情が戻っていた。

「腹か……。んなもん後生大事に守りやがってよ」

 吐き捨てるように呟く。

 普段からヘソ出しルックが基本で腹部を守る気ゼロな彼女からすれば、まぁそれは異質な行いに思えてしまうのだろうか。

「リフィクさんは『魔術』を撃ってエリスを援護してください。動きを制限する程度でかまいません。あとは……エリスに任せる」

 レクトは祈りを込めるようにして指示を出した。

 それを、ディールがせせら笑う。

「ずいぶんと筒抜けな作戦会議だな」

 たしかに筒抜けもいいところである。ただレクトも、思い立った時点から隠す気などはほとんどなかった。

 だまし討ちのような手が通用する相手でもなかろう。

 そしてなにより、作戦と呼べるほど立派な考えはないのだ。ただ狙いをつけてやっただけ。最終的にはエリスの腕に一任することになる。

「わかりました」

 リフィクはうなずいて、すぐに『魔術』を放つために意識を集中し始めた。彼の周囲がぼんやりと輝き出す。

 エリスはそれを今か今か待ちながら、体をうずうずさせている。

 そしてクローク・ディールは、まるで見せ物が始まるのを待っているかのような表情で、三人の動向を眺めていた。

 相変わらずの余裕っぷりである。弱点を知られたところで危機にすらならないとタカをくくっているのか、もしくはレクトの目論見が見当外れだと笑っているのか。

 しかしこの際、どちらでもいいのだ。やればわかる。すべては結果が示してくれる。

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