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終章(16)

 

 散々走り回ったエイザーとヒューイングは、ハイブリードたちを見つけられないままとうとう街の外まで出てしまった。

 いつしか戦いの音も聞こえなくなっている。街を覆っていた煙と火災も減り、騒ぎは収まりつつあるようだった。

「くそっ……! もう逃げちまったのか!?」

 息も整えず辺りに視線を飛ばす。しかしそれは無駄な行ないだった。

 街から一歩外に出ればそこは夜のとばりが下りた大草原。一面深い暗闇でしかない。

 追いかけるどころか奴らを見つけることすら困難だった。

 ハーニスにはああ言ったものの、早くも手詰まりとなってしまった。

「父さんなら」

 同じく息を切らしたヒューイングが言う。

「父さんなら、奴らを、見つけられる、はずだ……」

「ああ、そうだな、だけど、それなら、まずは、俺たちを、見つけて、もらわないと、な……」

 エイザーはその場に座り込んで、まずは息を整える。

 たしかにドルフならば、この暗闇であっても山賊のアジトを特定したようにハイブリードたちをとらえることができるはずだ。

 しかしハイブリードを見つける手立てがないのと同じくドルフと合流する手立ても今はなかった。

 彼が街に戻ってこの惨状を目にしたら真っ先にヒューイングとトレイシーを探し始めるだろう。それを待つしかない。

 ならば下手に動かず、体力の回復に努めたほうが得策だろうか。疲労したままでは取り返せるものも取り返せなくなってしまう。

「街はあの連中に任せときゃなんとかしてくれるだろ。何人来てるのか知らねぇが、すぐに他からも応援が来るだろうしな」

「エーツェル騎士団……」

 ヒューイングは再確認するように呟いて、同じく地面に腰を下ろした。

「たしかさっきのあの人が、言っていた気がするけど。……君の知り合いだったのか?」

「リータレーネの親父だよ」

「えぇっ!?」

「まぁ悪い人じゃねぇんだけど、娘が好きすぎるっつーか過保護すぎるっつーか。俺に対してだけやけに当たりが強いから苦手なんだよな」

 娘を他の男にとられた父親というのは大概あんな感じなのかもしれないが。それをストレートにぶつけてくるからたちが悪い。

「だからってわけでもねぇけど、なるべくならあの連中の手は借りたくなかったんだ」

「それは、昼間のこと?」

「ああ」

 エーツェル騎士団が近くにいると聞いて山賊退治を急いだのはまさにその感情からだ。

 ふたりで勝手に旅立った手前、彼らに助けられていては世話がない。

「とはいえこういう事態になるとやっぱり頼りになる人たちだからな。別に嫌いってわけじゃねぇんだ。個人的なこだわりだよ」

「そうだったのか……」

 とヒューイングは曖昧に頷く。家庭の事情めいた話をされてもたしかにコメントに困るだろう。エイザーは自分から話を切り上げた。

「そういやセトラほったらかしにしたまんまだったな」

 街に突入する時に別れた愛馬を思い出し、立ち上がって指笛を鳴らす。

 しばらくすると暗闇の中から蹄鉄の音が響いてきた。異常事態があったとはいえちゃんと呼びかけに応えてくれたようだ。

 しかしその時。馬の足音に、さらに別の足音が被さってきた。どすっどすっという重い音。

 足音のする方向に目を凝らすと、暗闇の中で巨大なシルエットがぼんやりと浮かび上がってきた。

「父さん!」

 とヒューイングが言うが早いか、

「ウォォォォォー!」

 巨大な影、もといドルフが、おたけびじみた叫び声を上げながらふたりに抱きついてきた。

 食われる、とエイザーは一瞬だけマジに思った。

「無事だったかふたりとも! すまない、こんな事態になっているのならふたりだけで行かせるべきではなかった! 火災で鼻が利かなくなって困っていたが彼を見つけられて助かった!」

 ドルフは興奮してひと息に言ったあと、さらにふたりを抱く力を強めた。

「ぐふっ……」

 絞め殺される、とエイザーは一瞬だけマジに思った。

 

 そんなドルフにやや遅れて青毛馬のセトラがやってくる。ドルフは山賊と鉱夫たちを街にいるエーツェル騎士団に預けたあと、このセトラのあとを追いかけてここまで来れたようだった。

「やはりハイブリードたちの仕業か……! おのれぇっ!」

 街であったことを聞くや否やドルフは激しく足元を殴りつけた。

 地面に放射線状の亀裂が走り、小さな地震のごとく揺れが起こる。

「こえーよ」

「すぐに追いかけよう、父さん! ふたりを取り返さないと」

「無論だ。山の向こうまで逃げても見つけ出してみせよう。……と言いたいところだが、この一帯は煙が多すぎてな……お前たちの匂いすら嗅ぎ分けることが出来なかった状態なのだ」

 ドルフは犬に似た顔を申し訳なさそうに曇らす。

 エイザーの鼻は何も感じ取れないが、戦火に見舞われた街の中は様々な匂いで充満しているはずだ。嗅覚の鋭敏なドルフにはこうしている今もつらい状況なのかもしれない。

「火が消えんのを待ってられねぇ。とにかく出発しようぜ」

 エイザーはもどかしさを紛らわすように愛馬へ飛び乗った。

 大まかな方角はわかっているのだ。走り出して匂いが感じ取れたら針路を修正すればいい。

「ハイブリードと一戦交えたのだろう? 体は保つのか」

「傷は治してもらったし、今ちょっと休んだから体力も回復してる。問題無しだ」

 心配は有り難いが、とエイザーは笑顔を作ってみせた。

「頼むぜ、おっちゃんの鼻だけが頼りだからな」

 

 ◆

 

 太陽が山あいから姿を見せる。

 白んだ空の下を、渓谷に沿うようにして二十台を越える馬車が走っていた。

 蹄鉄と車輪がかき鳴らす走行音は傍らでごうごうと流れる川の音をかき消すほどにけたたましい。大量に巻き上がる砂煙は茶色い霧のようだった。

 最後尾の車両に乗るレーミットは、幌の隙間から差し込む朝日に目を細める。

「くあぁ……」

 と、大きな体を丸めるようにして座っていたブリュックナーがあくびをしながら顔を上げた。

「……どこまで来た?」

「ちょうどマークス大橋だ」

「もうそんなところか。意外に早かったな」

 ああもぐっすり寝ていれば早いはずだろう、とレーミットは小さく口端を上げた。

 豪放磊落なブリュックナーとは反対に、レーミットは慎重を好む。夜通し走っているあいだもずっと警戒の目を飛ばしていた。

 エーツェル騎士団からの追跡は無い。恐らくは街の後始末に忙殺されているのだろう。

 安心している反面、どこか物足りなさも感じているレーミットだった。

 種族の融和を掲げるエーツェル騎士団は、思想の面でも規模の面でもハイブリードにとって最大の障害となる。戦力は削れるうちに削っておいたほうがいいだろう。

「昨日はえらく派手にやったらしいな、総統に良い報告ができそうだ。ただ俺としてはちょっとばかり損したぜ。俺もエーツェル騎士団の連中とやり合ってみたかった」

 ブリュックナーが興奮冷めやらずと言った具合にぼやいた。戦闘部隊と保護部隊との振り分けで、彼は保護部隊に割り当てられたのだ。

「お前はどうだった、レーミット。奴らと出くわしたか?」

「退却する時にひとりと相対したが、戦わなかった。同胞だったからな」

「そうか、そいつは運が悪かったな」

 たしかに不運だったかもしれない。ハーニス――『クイーン』の右腕と呼ばれるあの男でなければ簡単に気絶でもさせておけたものを。

 ふたりの話し声が聞こえたか、他の同乗者たちも各々目を覚まし出す。ほどなくして馬車の走る音にも変化が現れた。地面の上から石橋の上へと移ったのだ。

 湖と見紛う大河にかけられたマークス大橋は名前の通り巨大である。二十台を越える馬車が通行しても余裕のある幅員だが、さすがに速度は落とさざるを得なかった。

 そんな時。後方に目をやったレーミットは、ふたつの影が迫ってくるのを見た。

「あれは……」

 獣人と馬だ。獣人のほうは、灰色の毛をした犬型。背中に人影らしきものがもうひとつ見える。

 馬のほうにも人間がひとり乗っていた。見覚えのある顔だ。

「追ってきたというのか……!?」

 まさかと言うしかない。

 ハーニスが割り込んできたせいで殺し損なった、あの小うるさい男だ。間違いない。

「どうした?」

 とブリュックナーも怪訝顔をして視線を向けた。

「通りすがりの旅人にしちゃ、ずうぶん熱心に走ってくるな」

「……街にいた奴だ。保護した同胞の関係者らしい」

「そりゃまた。骨のあるこった」

 ブリュックナーは感心したような声を出したが、レーミットにはそんな感情はなかった。

 橋を通り抜けるまでにはまだ少しかかる。馬車はこれ以上の速度を出せない。追いつかれるのは時間の問題だろう。

「一体とはいえ『モンスター』に取り付かれたら面倒だ。せっかくの成果に土をつけることもない」

 レーミットは愛用しているふた振りの剣を手に取り、馬車から身を乗り出した。

「仕留め損なった始末はつける」

 そして外へと飛び出す。ブリュックナーがなにかを言う声が聞こえたが、馬車の走行音と共に後方へと遠ざかっていった。

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