終章(15)
「私のリータレーネはどうしたんです?」
エイザーが言い訳を考える前に、ハーニスは直球を投げつけてきた。
有無を言わさぬ口調に説明も忘れてたじろぐ。
「えっと、いや、ちょっと、今は、あるところに……」
「みすみす連れていかれるのを許す君ではないでしょう。なぜこんなところで悠長に戦っていたのですか」
「そ、それは……」
どうやら奴らにさらわれたことまでお見通しのようだった。レーミットとの言い合いが聞こえていたのかもしれない。
なぜと聞かれればヒューイングがいたから答えるしかないが、彼のせいにつもりは毛頭なかった。
「すみません。俺がついていながら」
エイザーを地面に両膝をついて頭を下げた。
娘をよからぬ連中に連れ去られたとあってはどう非難されても仕方がない。
そもそもハーニスからするとエイザー自身も娘を連れ去ったよからぬ男に見えているはずなので尚更である。
「まったくです。そもそも君が我々のところからリータレーネを勝手に連れ出さなければこんなことにもならなかったものを」
「それはちゃんと本人の同意の上で……」
「はい?」
「い、いえ、なんでも!」
その件の弁明はまた今度にしたほうがよさそうだった。余計な神経を逆撫でするべきではない。
「それで、エイザー君。この落とし前はどうやってつけるつもりですか?」
落とし前と言われるまでもなくエイザーの行動はすでに決まっていた。
「もちろん、俺が必ずリータレーネを」
「呼び捨てにしないでください」
「リっちゃんを」
「親しげなあだ名も禁止です」
「……リータレーネさんを、奴らから取り戻してきます。この手で。必ず。だから俺に任せてください」
エイザーは強い瞳でハーニスを見つめ返す。
ハーニスの手を借りればあるいは簡単に取り戻せるかもしれない。聞いたところによると『モンスターキング』なる存在とも戦った人だ。
だがそれではふたりで飛び出してきた意味がない。
自分の力不足が招いた結果ならば自分の力で責任を取るしかない。
そうでなくてはリータレーネに対して合わせる顔がないのだ。
「どの口が言うんですか」
「今ならまだ追い付けると思うんで。ちょっと空気を読んでもらって、このあたりで」
「君は自分の立場がわかってるんですか?」
「どっちかと言えば俺に助けられたほうがリータレーネも喜ぶと思うので、察してもらって」
「その図々しさはぜんぜん変わりせんね君は。そして呼び捨ては禁止です」
ハーニスは長いため息をついて、見定めるようにエイザーを見下ろす。その表情にほんのわずかな逡巡が見えた。
「君のことは許してませんが、素直に謝ったことは評価しましょう。あいにく私はこの街を放っては行けないので……君に少しばかりの猶予を与えるのも、まぁいいでしょう」
「おとうさん!」
「違います」
と、嫌そうな顔をしつつも、ハーニスは柔らかな光を帯びた手をかざす。その光がエイザーへ乗り移った途端、体がすっと楽になった。治癒術によって傷が癒されたのだ。
「……!」
「彼らは連れ去った『リゼンブル』を自分たちの拠点で生活させていると聞きます。彼らの主張に則っとるならば、同胞であるところのリータレーネもそう手荒く扱われることはないはずですが……拠点へ戻られてしまったら君には奪還が難しくなるでしょうね。時間はありませんよ」
「ありがとう! さっき助けてくれたことも!」
「さぁ、さっさと行きなさい。お説教はふたり揃ってからでないと効果ありませんからね」
「はい!」
なんとか許しを貰えたようなのでエイザーはすぐさま駆け出す。傷が治ったため体の運びも軽かった。
呆然と立ち尽くしたままだったヒューイングの背中を押して、再び炎の踊る街路へ。リータレーネとトレイシーを担いだあの男が去っていった方向はしっかりと記憶していた。
◆
慌ただしく去っていくエイザーたちを見送る暇もなく、ハーニスは自分の仕事に戻った。
『魔術』で上空から大量の水を降らせて街を消火する。こう火災が酷ければ住民の救助もおぼつかないだろう。
炎はかなりの広範囲に渡っていた。他の団員たちも総出で行なっているようだが果たして追い付くかどうか。
今回の派遣では百人を連れてきた。『ハイブリード』の一団を相手にするには充分な数だが、街ひとつの救助となればいくら手があっても足りない。
「おいハーニス、そっちはどうだ」
煙をかき分けるようにして壮年の男性がやってきた。
性格通りの野性的な顔に、見るからに頼もしく鍛え上げられた体。
四肢に攻防一体の装備を付けた姿は今々別れたばかりのエイザーを彷彿とさせる。それもそのはず、彼の師にしてハーニスとも旧知の仲間、ザット・ラッドだ。
「敵は街から撤退しつつあります。戦闘は収まったと見ていいでしょう。制圧部隊も救助活動に合流させてください」
襲撃者はすべて『リゼンブル』だ。同胞であるハーニスには気配だけで彼らの動向を察知できる。
この引き際を見るに彼らとしても『エーツェル騎士団』と正面からやり合うつもりはないらしい。
単なる暴徒ではない。統制された戦闘集団だ。
「わかったぜ、伝えてくる。またなんかあったら報せてくれ」
「ええ」
最古参のザットであるが、こうして率先して伝令係を引き受けたりもする。
偉ぶらない人柄は団員たちからの信頼も篤い。その点はハーニスとしても見習いたい部分であった。
「ああ、それから、個人的な報告ですが。リータレーネが彼らに連れ去られました」
「なんだってぇ!?」
すでに駆け出そうとしていたザットが慌てて振り返る。
「さらりと言いやがって」
「はらわたが煮えくり返ってどうにかなりそうなのであえて抑えています。お構いなく」
「器用なもんだ。……待てよ、嬢ちゃんがこの街にいたってことはエイ坊の奴も」
「ええ、先ほど会ったので恨み言を少し言っておきましたよ」
「はっ。奴らも不運なところに居合わせちまったもんだな」
ザットは苦笑いを浮かべる。『ハイブリード』と出くわしたことなのかハーニスと出くわしたことなのかは微妙なところだった。
「で、嬢ちゃんに関してはどうすんだ? 助けに行くってんなら止めねぇがお前にいなくなられると結構困るぞ」
「わかっていますよ。この件はエイザー君が自分で責任を取ってくれるそうです。上手くいくかはわかりませんが、まぁ彼らの足止めくらいにはなるでしょう」
「へぇ」と、ザットは意外そうな顔をしてみせた。
「お前もちったぁあいつらのことを認める気になったか」
「何を言ってるんです」
「ふたりで黙って飛び出してくくらいの本気さだからな。そりゃ汲んでやらなきゃあるめぇ」
「その件に関してはまだ許してはいませんし。私はただ合理的な選択をしたまでです」
ハーニスは、心外な、と咳払いをする。
「彼女が私の娘だと知られたら人質として利用されかねませんからね。今は私が積極的に関わるべき状況ではないため、第三者の手を借りるしかありません。今回はそれがたまたま不運なことにエイザー君だったと、それだけの理由ですよ」
「わかったわかった、そういうことにしておくぜ」
含みのある笑いを残してザットは自分の役目に戻っていった。
釈然とはしなかったが、ハーニスもすぐに気持ちを切り替える。
『魔術』に意識を集中させて水を降らせる範囲をさらに広げる。さながら通り雨の様相だ。
「しかし『ハイブリード』……ここまでやるとは」
悪名が広まっているのと比例してその活動はエスカレートし続けていた。
被害の報告は休みなく耳に入ってくる。個人としても『エーツェル騎士団』としても、もはや看過できない存在と言えるだろう。
改めて対応は一刻を争うと痛感した。
「準備を急いでおいたのは正解だったようですね」
安寧を奪う存在があればエーツェル騎士団が解決に赴く。守る対象を問わなければ戦う対象も問わない。それが騎士団の活動理念であり、『クイーン』の意志だ。
たとえ同胞であっても……いや、同胞だからこそ、彼らを止めなくてはならない。ハーニスは苦々しくもそう心に決めていた。