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終章(13)

 

 登る時は三人と一頭だけだった山道も、下る時は桁違いの大所帯になっていた。

 夜闇の中を松明の灯りが列をなして進んでいく。

 夜の山歩きが危険極まりないのは常識だ。だが解放された鉱夫たちが一刻も早く町に帰りたいと願うので、夜明けを待つことなく強行したのだった。

 疲弊しきって動けない者は採掘場にあった荷馬車に載せた。幸い馬のほうはどれも元気だった。賊たちがちゃんと面倒を見ていたのだろう。

 鉱石を運ぶどころか自分が運ばれていては世話がない、と笑う者もいたが、軽口を叩く余裕が生まれた証である。

 賊たちはというと、全員縛られて大人しくしている。ロープの先を持つのはドルフだ。

 たったふたりを相手にこてんぱんにされてしまったためかすでに抵抗する気は無いらしい。

 もっともふたりとは言ってもほとんどドルフの独壇場だったが。

「しかし強いな、あのお父さんは。俺が頑張る必要なかったんじゃないか」

 大行列の先頭を立って進む愛馬セトラ。その背中の上でエイザーが拗ねるように呟いた。

 クルージーを倒したところまではよかったのだが、そこから先はあまり出番がなかった。

 相手の賊たちがかわいそうに思えるほどドルフの暴れっぷりが凄まじかったからだ。

 人間と獣人の差と片付けてしまえばそれまでだが、この件の言い出しっぺとしてはやや格好のつかない結果となってしまった。

「……まっ、リータレーネの見てないとこで頑張ってもしょうがないから、別にいいか」

 と納得しておくことにする。

「それを言うなら、僕こそ何も役に立てなかったよ」

 同乗者のヒューイングが背後から応じた。

「無理を言って連れてきてもらったっていうのに」

「そうか? あいつらを縛り上げる時に活躍したじゃねぇか。おっちゃんが不器用すぎて、お前がいなかったら俺ひとりでやる羽目になってたところだぞ」

 人間をロープで縛る作業は獣人からすると針の穴に糸を通すようなものらしい。

 その光景を思い出してかヒューイングは苦笑いする。

「おい、あれを見ろ!」

 と、誰かの大声が響き渡った。

 こんな暗闇で何が見えると言うのか……と半信半疑で首を回したエイザーだが、すぐに思い直す。

 たしかに見えたからだ。

 火が。

 木々の隙間から。平原の彼方の向こうに。暗闇に浮かぶようにして、巨大な炎が煌々と輝いていた。

「町の方向じゃないか!?」「火事か!?」「それにしちゃでかいぞ!」

 同じく気付いたらしい鉱夫たちが口々に言う。

 たしかに麓から向こうは地平線が見えるくらいの草原地帯だ。他に火の手が上がるようなものはない。

 しかし本当に町から火の手が上がっているのだとしたら、かなりの規模だ。

 町全体が燃えているような猛火に思える。

「リータレーネ……!」

「トレイシー……!」

 思い浮かべたのが同時ならば口走ったのも同時だった。エイザーとヒューイングは揃って顔を青ざめさせる。

 彼女たちはどうしている? 大丈夫なのか? 嫌な想像は尽きない。

「ふたりとも!」

 と、闇を切り裂いてドルフの切迫した声が飛んだ。

「この者たちは私が送り届ける! お前たちは先に町へ戻れ!」

 ドルフの目ならば、恐らく火災源まで見通せているだろう。

 そのドルフが言うのだ。有無を言わせぬ口調で。

「急げ!」

 もはや考えるべくもない。

 その声に背中を押し出されるように、エイザーは馬を走らせた。「わかった、頼んだぜ!」

 ヒューイングの持つ松明だけが均された山道を照らす。

 すでに傾斜はほとんどなく、麓に近いことがわかる。躊躇うことなく速度を上げた。

 

    ◆

 

 ドルフの目に映ったのは、町を包む炎と、そこで行われている戦闘だった。

 武装集団が町を襲撃している。何者の判別はつかなかったが、戦火に見舞われていることは確かだった。

 町は混乱状態にある。

 鉱夫たちの手前具体的なことは言わなかったが、エイザーとヒューイングには危機が伝わったようだった。

 彼の腕前ならば任せておいても大丈夫だろう。なんとか彼女たちと合流できればいいのだが……。

「……あの連中、意外と早かったもんだ」

 と、縛られたクルージーがぼそりと呟いたのを、ドルフは聞き逃さなかった。

「なんのことだ」

「『奴ら』に目をつけられてるって噂を聞いたから、その前に町から金を搾り取ろうと採掘を急がせてたんだがな――どの道オレたちに成功の目はなかったってわけか」

 へっ……と自嘲の笑みを漏らすクルージーは、独り言のようにも、周りの手下たちに言い聞かせているようにも見える。

 町を襲っているのが何者なのか、明らかに見当がついている様子だった。

「なんのことだと聞いている!」

 そこでようやく、彼はドルフへ視線を向けた。

「『ハイブリード』」

「……!」

 聞き及んだ悪名に息を呑む。

 そして後悔する。あの二人を行かせてしまったことを。

「奴らの手段はシンプルだぜ。オレらみたいな行儀の良いやり方はしねぇからな」

 もはや開き直って愉快そうに笑うクルージーの言葉はドルフの耳には入っていなかった。

 大抵の人間が相手ならばエイザーが後れをとることはあるまい。そう思って遣わせた。

 だが『ハイブリード』。世間を賑わす彼らが相手となれば話が違ってくる。

 彼らは――

 

    ◆

 

 町に近付くにつれ、否応なく煙りが鼻をつくようになる。

「本当に……町が……」

 ヒューイングのかすれ声を背後に聞きながら、エイザーは一心不乱に手綱を操った。

 『ブラグデン』の町が炎に包まれているのはもはや明白だった。

 しかも一軒や二軒の火災ではない。一区画二区画を丸ごと飲み込む大火の中にあった。

 立ち上る煙は星空を覆い、暴れる炎は太陽のように周囲を照らしている。警鐘と阿鼻叫喚の叫びが幾重にもなって草原中に響いていた。

 町から避難してきたらしいまばらな人影と逆行しながら街道を走る。

「これは……火事……? けど様子がおかしい……」

「今は理由なんかどうだっていいぜ。それより周り見ててくれよ。町の外にふたりがいてすれ違いなんてオチはしょうもないからな」

 とはいえ町へ向かっているのは自分たちだけだ。自然と目立ってむこうから見つけてくれるかもしれないが。

 そのまま町へ突入しようとすると、急に馬が暴れ出した。

「うわっ!」

 考えてみれば当たり前の反応だ。炎の中へ突っ込もうと言うのだから、動物の本能としては逃げざるを得ないだろう。

 手綱をさばいてどうにか落ち着ける。

「無理をさせてもしょうがねぇ、こっから自力で行くぜ」

「ああ」

 エイザーとヒューイングは馬上から飛び降りて走り出す。

 灼熱の世界へと。

 すでに松明は必要なかった。

 

 

 『ブラグデン』は戦場と化していた。

 ドルフが急げと言ったのはこのためか、とエイザーは今更ながらに理解する。

 彼女たちは『リゼンブル』だ。大抵のことなら持ち前の身体能力で切り抜けられるだろう。しかしこの状況では安心などしていられない。

 町中の至る所で衛兵と白装束の集団が武器をぶつけて戦っていた。

 時折飛び交う『魔術』が地面をえぐり、建物を砕き、さらに被害を増加させていく。

 応戦する者、逃げる者、倒れている者。そんな中を突っ切ってエイザーとヒューイングは走った。

 町を出る前に食事をしたあの広場も、今は面影がないほど荒らされた後だった。

「これは……さっきの山賊たちの仲間なのか……!? 報復に……?」

「仲間にしちゃ趣味が違いすぎるな。それに見たところこいつらは――『リゼンブル』だ」

 人間とリゼンブルの判別は外見だけだと難しいが、こうして戦っているところを見れば一目瞭然だった。

 数十人規模の白装束の襲撃者たちは、人間の衛兵たちと比べて明らかに動きが違う。

 走るのも速く、跳ぶのも高く、武器を振るうのも鋭い。すべての身のこなしが優っている。

 獣人の衛兵がいるおかげでもちこたえられているが、戦況は不利と言わざるを得なかった。

「気を付けろよヒューイング! 『ハイブリード』の奴らかもしれねぇ」

 リゼンブル、白装束、破壊、殺戮。それが符合するものはひとつしか思いつかなかった。

「……!」

 ヒューイングが息を呑んだ気配が伝わってくる。

 近頃は名前を聞かない日のほうが少ないだろう。

 リゼンブルの中の過激派集団――それが『ハイブリード』だ。

 自分たちリゼンブルを最上の存在としている彼らの目的はひとつ。

 すべての人間と獣人の抹殺である。

 そのためにこうやって町や集落を襲い無差別に破壊の限りを尽くすのだ。

 そして彼らが一様に身にまとうのは、純潔さを主張するような白い衣服。

 この集団の特徴とも一致している。

「俺たちにも攻撃してくるかもしれねぇぞ。離れんなよ」

「ふ、ふたりは、どこに……!?」

「本来なら宿屋にいるはずなんだが――その宿屋がな」

 とエイザーは足を止める。ちょうど世話になっていた宿屋の前まで来たからだ。

 だがその建物はすっぽりと炎に飲み込まれたあとだった。

 すでに全焼に近い。

「……!」

「さすがにこの中で待ってるってこたぁねぇよな。――こっちだ」

 再びエイザーは走り出す。ヒューイングが慌ててそのあとを追った。

「他に心当たりが?」

「一カ所だけな。はぐれた時のために待ち合わせ場所を決めてたんだ。そこにいなかったらお手上げだけどな」

 旅の途中に寄る町などでは必ずそうするようにしているのだ。

 リータレーネの性格的に、そうでもしないと迷子になりっぱなしということになりかねない。

「町のど真ん中、噴水の前だ」

 

 

 大通りの交わる円形の広場に巨大な噴水がある。

 普段は大勢の人で賑わう町のシンボルも、今は無残な有り様となっていた。

 破壊された噴水。流れ切った水。めくれた石畳。散乱している建物の残骸。

 そこかしこから炎と煙が上がり、避難する人々の姿すらない。もはや同じ場所とは思えない光景だった。

 エイザーとヒューイングがたどり着いた時、その場にいたのはひとりの男だけだった。

 噴水の前でなにやらしゃがみ込んでいる白装束の長髪の男。襲撃者の一員であることは明白だ。

 その男が、両肩に人を担いで立ち上がる。

 荷物のように持ち上げられたそれは――

「リータレーネ!」

 離れたところからでも、エイザーにはそれが誰なのかはっきりとわかった。

 ならばもう片方はトレイシーか。服が違うのでそこまでの断定できないが。

 ぐったりとしたふたりを担いだ男が、声を受けてエイザーたちへ振り返る。

 長い銀髪が翻る。まだ年若い。青年と呼べる顔つきだ。しかしふたりを睥睨する眼光は、熟練の戦士のような威圧感を放っていた。

 その双眸に射竦められてかヒューイングは体を硬直させる。が、エイザーは構わず突っ込んだ。

「俺のリータレーネをどうするつもりだっ!」

「近寄るな人間が!」

 エイザーが拳を振るうよりも速く、青年が蹴りを打ち込んだ。

 エイザーはさながら小石のように蹴り飛ばされ、地面を転がる。恐るべき重さの攻撃だった。

「レーミット、見つかったか?」

 と、噴水の陰からもうひとり白装束の男が姿を現した。

 こちらはかなり大柄だ。ジョニー・クルージーと同じか、それ以上に筋骨隆々とした体格に見える。

「ああ、少し手荒くしたがこの通り保護した。ブリュックナー、お前は先に彼女たちを連れて安全な場所へ」

 青年は担いでいたリータレーネとトレイシーを後から来た男に受け渡す。

 そして両腰から二本の剣をするりと引き抜いた。

「俺はこいつらを始末してから行く」

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