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終章(12)

 

 電撃をまとった拳を受けてクルージーが背中から倒れる。

 しかし着地をしたエイザーが前に向き直った頃には、緩慢な動きながらも起き上がっていた。

「とんでもねぇタフさだな。体力に自信あるってのは偽り無しか」

 エイザーは素直に舌を巻く。

 たしかに電撃は流し込んだ。獣人や『リゼンブル』ならともかく、人間の体でそうすぐに起き上がるのは相当な鍛え方と精神力が必要なはずだ。

「――当然だ! 何度倒れても立ち上がるのが『クイーン』の信条だからな!」

 だが明らかに効き目は表れている。エイザーは余談なく拳を握り込む。

「そして最後には勝つものだ! 試し斬りにしてやったあの商人と同じように、お前もこいつの刃に散れ!」

 クルージーは体の痺れなど感じさせないように戦斧を持ち上げ、大上段から振り下ろす。

 炎をまとっていない裸の斧。それを、エイザーは避けようともせず両腕の防具で受け止めた。

 普通に考えれば馬鹿な判断だ。押し潰されて断ち切られてもおかしくない。

 が、その瞬間、斧の刃が硝子のように砕け散った。

「……!」

「ファン魂は買うけどな。武器はあんたほどタフには出来てねぇんだよ」

 目を見開くクルージーに対してエイザーは冷静に告げる。

「『魔術』を付加させる技は武器への負担がでかすぎる。専用の品じゃないと耐えられたもんじゃねぇ。ましてや……自分で言うのもなんだが、見習いの作ったもんだぞ」

 クルージーはその戦斧を気に入って使っていたようだが、エイザーからするとまだまだ至らない作品だ。

 小銭程度ではあったが買い取ってくれたのも人情によるところが大きかったのだろう。

「あの商人はそれを承知で買ってってくれたんだ。あんたが真っ当な売買をしてたんなら、そこんとこちゃんと教えてもらえたかもな」

 エイザーは素早く斧の残骸を振り払い、拳を弓のように引く。

 クルージーは地面に縛り付けられたかのように動かなかった。

 常人ならしばらくは動けない量の電撃を浴びせたのだ。体に無理を言わすのもそろそろ限界のはず。

「自信作が出来たらプレゼントしてやるよ。アフターサービスってやつだ。けどその前に――スタンガントレット!」

 がら空きの胸部へ渾身の右ストレートを叩き込む。

 地面に沈んだジョニー・クルージーは、今度は起き上がらなかった。

 

「見事な戦いぶりだったぞ、エイザー!」

 駆け寄ったドルフが惜しみなく賞賛の声をかける。

 エイザーは親指を立ててそれに応えた。

 と、勝利の余韻を噛み締める間もなく、その場へ多数の足音が殺到してきた。

 見るとクルージーの手下らしき集団が、手に手に武器を掲げてこちらへ向かってきているのだ。

 二十人近くいるだろうか。

「へっ、遅かったな。――おーい! お前たちのボスはもうやられちまったぞー!」

 エイザーは得意満面にそれを告げる。

 言葉は届いたはずだが手下たちは一向に足を止めず、逆に勢いを増してなだれ込んできた。

「おいおい……!」

 冷や汗が顔を伝うが考えてみれば当たり前のことだった。

 一対一の勝負で手打ちにする取り決めは、そもそもクルージーとの間でさえ合意がなされてない。血気盛んな彼らが聞くはずもなかった。

 頭が倒されて仇討ちに燃えるのは自然な流れだろう。

「ザットおじさんの時はそれで丸く収まったって話だったのに……! 最近の山賊ときたら!」

「どうやらもうひと暴れできるようだな」

 ドルフが頼もしく前に出る。今度は助太刀を拒む理由は何もなかった。

「まだ戦えるか?」

「当然! あっちの大将ほどじゃないけど、俺も体力には自信あるぜ」

 空は陰り、夕闇が迫る。わずかな残照だけを頼りに、エイザーは剣戟の中へと飛び込んでいった。

「とことんまでやってやる!」

 

     ◆

 

 ガラスの向こうに星明かりが見えた。

「はーあ。大丈夫かな」

 ベッドがふたつあるだけの手狭な宿の一室。トレイシーは床に座り込んでなんともなしに窓の外を眺めていた。

 昼間は遊ぶのに夢中だったが、ひとたび落ち着いてしまうと不安が頭を覗かせてくる。

「お父さんはともかくお兄ちゃんはねぇ……。なんでついていったのやら」

 喧嘩ですらしないタイプなのに急に山賊退治に名乗りを上げるなんて、と妹からしても謎の行動だった。

 なにを考えているのか。

 とはいえ行ってしまったものはしょうがない。今はとにかく無事を祈るしかなかった。

「きっと大丈夫だよ」

 リータレーネが屈託なく微笑む。

「エイザーくんがついてるから」

 そして自信満々に言った。しかし根拠としてはどうなんだ。

「まぁ、強かったもんね。悪い人らをギッタンギッタンのベッコベコにしてたし」

「それもあるけど。エイザーくんはね、えっと……」

 と、そこで口ごもった。自分から言い出しておいてなにやらモジモジと恥ずかしがっている。

 ははぁん、のろけ話か。そんな雰囲気丸出しだ。しかしそういう話も案外嫌いではないトレイシーだった。

「えーなになに? 教えて教えて?」

 彼女が腰かけていたベッドに飛び乗って隣に並ぶ。

 やっぱりお兄ちゃんじゃなくお姉ちゃんが欲しかったなと、さっきまでの不安もどこ吹く風でそんなことを思った。

「うん、あのね」

 とリータレーネはあっさり口を割る。

 昼間のことからして、強く押せば大抵のことは教えてくるかもしれない。

「エイザーくんだったらね、どんなことでも、なんとかしてくれるから。そういう人なの」

 ほらのろけだ。ふんふん、と頷いておく。

「いつも前向きで、行動力があって、諦めなくて……難しいことがあっても、すぐに解決する方法を考えて、それをやっちゃうの」

 ヒューイングとは正反対だ。我が兄ながら情けない。

「私はちょっとだけ優柔不断で、消極的なところがあるから、そういうところ頼りになるなぁっていつも思ってるの」

 ちょっとどころの話じゃないだろうと思うトレイシーだったが、思うだけに留めておいた。

 彼のことを語るリータレーネの顔がとても無邪気で、とても嬉しそうだったからだ。水を差すのも気が引ける。

「だからトレイシーちゃんも、頼りにしてていいよ。ぜぇったいになんとかしてくれるから」

「そっか。それなら、ちょっと安心したかな。頼りないお兄ちゃんのぶんまで頼りにできそうで」

 そんなこと言いつつトレイシーは思い出していた。昼間、馬車で山賊たちから逃げていた時のことを。

 最終的にはエイザーが助けてくれたのだが、あの時、ヒューイングはしっかりとトレイシーを守ってくれていた。その意志を見せてくれていた。

 もしかしたら意外と、やる時はやってくれるのかもしれない。頼りないように見えて、いざという時は頼りになるのかもしれない。

 そう思うと、自然と不安も解消されていった。たぶん、無事に帰ってこれるだろう。

 ちなみに父に対する不安は最初からない。敵が五十人だろうと百人だろうとあっという間にやっつけてくれるだろうという根拠の無い自信しかなかった。

 それに関しては、リータレーネのエイザーに対する自信と似ているかもしれない。

 かたや恋人、かたや父親……とは。自分も早くそういう人を見つけたいものだ。

「パパはエイザーくんのことあんまり好きじゃないみたいなんだけど、でもいつかちゃんとわかってくれると思うんだ。あんなに格好良くて、あんなに優しくて、あんなにしっかり者のエイザーくんが、悪い人のわけないのにって」

 リータレーネののろけはまだ続いていた。

 恋は盲目というか、あばたもえくぼというか、まぁどうせそんな感じだろうなと話半分に相槌を打っておいたが。

 そんな時、ドアがノックされる。

「……?」

 エイザーたちが戻ってきたのか、とは少しも思わなかった。

 気配でわかっていた。そこにいるのが『リゼンブル』であると。

「はぁい」

 近いところにいたリータレーネが自然と出る。

 開けたドアの向こうには、二人組の男が立っていた。

「今からこの町を焼き払う」

 髪の長い青年の第一声があまりに唐突で、リータレーネは目と口を丸くする。それはトレイシーも同じだった。

「我々『ハイブリード』は同胞を傷付けない。この場にいてもらっては困る。よって君たちには、ふたつの選択肢が用意されている」

 ふたりのリアクションも待たず青年は事務的に言葉を続ける。

 酷薄とも言える瞳と、腰の二振りの剣が、それが戯れ言の類ではないと雄弁に物語っていた。

「平和的に我々と同行するか、手荒な方法で我々に連れ出されるか。速やかにどちらか選んでいただきたい」

 いったい彼はいきなりやって来て何を言っているのか。そもそも何者なのか。トレイシーの頭の中は状況を飲み込むことで精一杯だった。

 リータレーネはぎこちない動きで、ひきつった顔を振り向かせた。

「えっと……トレイシーちゃん……どっちにする?」

「いやいやいやいや……!」

 理解できたことがあるとすれば、リータレーネがマジのあんぽんたんかもしれないということと、彼らがガチでヤバい連中かもしれないということだけだった。

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