終章(11)
ヒューイングは小屋の陰に隠れて、対峙する両者を眺めていた。
さっきから隠れてばかりだが出て行っても足を引っ張るだけなので仕方がない。
ドルフはエイザーが新たに倒したふたりの賊を縛り上げて、いそいそと間合いの外に下がる。
ということはやはりエイザーと賊の頭とで一騎打ちを行うようだ。
素人目にも不利だとわかる、その勝負を。
エイザーの戦い方は、拳や蹴りによる格闘。及び例の電撃をまとう『魔術』の合わせ技だ。
相手は大きな戦斧を持ち、なおかつそれを『炎』で強化している。
大得物を振り回されたらまず懐に飛び込むことが至難のはずだ。
加えてあの炎……エイザーは相手の攻撃を防御した瞬間に電撃でカウンターする技術も持ち合わせているが、さすがにあれを防御するというわけにもいかないだろう。
手も足も出ない。
これを不利と言わずになんというか。
しかし肝心のエイザーは、少しも怯んだ様子がなかった。
むしろ挑戦的に、好戦的に、強気な顔で向かい合っている。
なにかしらの対抗手段を持っているのか。
先ほどあいつらの真ん中に飛び込んだ時だって大した作戦などなかったというのに。
彼とは対照的にヒューイングの顔は不安で一杯だった。
しかし内心では不安よりも好奇心のほうが強い。
無理矢理にでもついてきたのは、これを見るためだ。これを確かめたかったからだ。
ヒューイングは、エイザーに対して憧れに近いものを感じている。
自分よりも年下なのに、あんな賊たちに毅然と立ち向かってあまつさえ打ち負かしてしまうほどの強さを持っている。それはヒューイングの持ちえないものだ。
あの時……最初に会った時……その強さを見せつけられた時、ヒューイングは自分が情けなく思った。
だからここまでついてきた。彼から学ぶために。彼のようになるために。
なにかを得られるとは限らないが、なにもせずにはいられなかった。
◆
「やめろと言われてやめるような性格なら駆け落ちなんてしてねーぜ」
エイザーは拳を見せつけるように上げる。
「教えといてやるよ。こいつひとつで獣人たちと渡り歩いてたのが俺の戦いの師匠だ。そんな時代遅れのみみっちい技なんか脅しにもなんねぇっての!」
「自分の作った武器で殺されるのがお望みか。立派な鍛冶屋魂だな」
「悪いがまだまだ半人前なんでね。そんな立派さは持ち合わせてねぇよ」
と舌戦に付き合うのもこの辺りだろう。時間をかけては相手の思うつぼだ。
「けどな、あんたのやり口には人一倍頭にきてるぜ!」
エイザーは斜め前へ向かって走り出す。
正面突破は鬼門だ。それは避けざるを得ない。
円の動きで隙を探して一気に飛び込む。それが最善手。
「鍛冶屋が働けなきゃ鍋や包丁だって皆さんの手に渡らねぇんだぞ!」
「二度は言わん!」
クルージーは炎をまとった斧を片手で軽々と振りかぶり、エイザーの進行方向へ横なぎに払う。
「バルディヴァーナー!」
炎が波のように躍り、エイザーを寄せ付けない。
回り込んで再接近を目論むも、クルージーは後退しながら再び炎の技を放った。
二度言われるまでもなく、そうされるとエイザーには為す術がない。
わかりやすすぎる図式だ。そして、わかりきっていた図式。
懐に飛び込まないと攻撃できないエイザーに対し、クルージーは距離を取っていればいいのだ。
逃げながら炎を放って壁にするだけでエイザーは近付けない。
やがて時間が過ぎれば手下たちが到着して数の上でも不利となる――はずだ。
しかしエイザーは、その行為を繰り返した。
何度も回り込むべく走る。
クルージーはその度に下がり、斧を振るって炎を吐き出し、また下がる。その堂々めぐりだ。
「持久戦なら勝てると思ったか? 馬鹿が!」
パターンを崩さずにクルージーがほくそ笑む。勝利を確信した顔だった。
「日が暮れるまでやっても俺の体力は尽きん! 無駄なことはやめておくんだな!」
「やめろやめろとうるせー大人は好きじゃねぇな!」
そこでエイザーは一転して、突然真後ろに下がった。
パターンの変化に警戒するクルージーだったが、すぐにそれを解く。そうするまでもなしと判断したのだろう。
動き続けたエイザーは、最初の地点にまで戻っていた。
屋根の上から飛び降り、彼らと対峙し、ふたりの手下をダウンさせた、その場所へ。
辺りには戦いの残滓が散らばっている。
エイザーが利用した盾や、手下のひとりが使っていた剣、そして――
「やっぱりな。職人芸の槍だと思ってたぜ」
もうひとりの手下が使っていた槍を拾い上げて、エイザーは口元を綻ばせた。
「鉄の装飾は薄く最小限で無駄がない。長めの尺に細い木製の柄となれば強度は皆無のはずだが、剛性でその辺の問題を解決してるんだな。軽量化を極めるのがコンセプトと見た。おかげで俺でも扱えそうだ」
そして両手でクルリと回して見せた後、腰だめに構えてクルージーに向き直った。
嘲笑を浮かべるクルージーへ。
「そんな槍一本で対抗できたつもりか? 馬鹿が!」
「二度聞いたぜ!」
エイザーは走り出す。先ほどとは違い、直進。
槍を構えたまま、真っ正面からクルージーへと突撃した。
「鬼を倒すにゃ鬼門を突破するしかねぇからな! 結局のところ!」
「門前払いだ!」
クルージーの対応は変わらない。突撃するエイザーの動きに合わせて斧を水平に薙ぐ。
「バルディヴァーナー!」
うねる炎が門ならぬ壁となって、エイザーの視界のすべてを覆った。
「開かない門なら!」
エイザーは走る勢いのまま跳躍。ほぼ同時に、手にした槍を地面に突き立て、そのしなりを利用して――さらに高く跳び上がった。
「乗り越える!」
真下を炎が通り過ぎる。焼かれたのは、置き去りにした槍だけだった。
クルージーの息を呑む表情が鮮明に見えた。それもそのはず、遮る物は何も無い。
エイザーは固めた右の拳から、荒々しく彼へと飛び込んだ。
「スタンガントレット!」