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終章(9)

 

「北側には異常ありやせん、お頭」

 伝令役から幾度目かの報告を受け、クルージーは戦意が散漫する気配を感じていた。

 やはり町の連中ではなかったのか……?

 しかし気になる点もある。

 南側に逃げたという獣人を追いかけた手下たちがまだ戻ってきていないのだ。

 無関係の奴だったならとっくに引き返している頃だろう。

 ならばなにかがあったということだ。

 悪いほうを想定すれば――敵に襲われて戻る隙がないのか、あるいはすでに全員が討たれてしまったのか。

 前例があるだけにまだ油断はできない。

 クルージーは手下を三人だけ引き連れて、いくつもの小屋が立ち並ぶ広い平地へと歩を進めた。

 もともとは鉱山夫が休憩所として使っていた場所だ。

 ここを中心に、西側には鉱山の採掘場。北と南に山道が続き、東側は急勾配の斜面となっている。そちらへの通行は不可能だ。

 採掘場へ向かうにはどの道この場所を通るしかない。

 クルージーは南側の、木々が密集するエリアを正面に据えて待ち構えた。

 『ブラグデン』の町からまっすぐここを目指すとこちらの山道に突き当たる。

 敵も味方も、未だどの姿も見当たらない。

 夕焼けが濃くなるにつれて周囲の影も濃くなっていく。

 手下に松明の準備を指示しようとした、そんな時だった。前方の林の中からひとつの人影が飛び出してきた。

「ジオルスか!」

 朱色の陰影の中でも手下の姿は見間違わない。しかし狼狽した様子で走ってくるのは彼ひとりだけだった。他の姿はない。

「何があった!?」

 息せき切らしてたどりついたジオルスが、どうにか「敵襲……!」とだけ声を絞り出した。

 クルージーは色めき立つ手下たちを押さえて「ウォッツ、伝令!」と手短かに指示を出す。命じられた手下はすぐさま反対側へ向かって走り出した。

 残るふたりに周囲の警戒をさせ、ジオルスを小屋の軒先で休ませる。

 目立った怪我はないようだがよほど動転していたらしい。息を整えるにも多少の時間を要した。

「ライナスたちはどうした?」

「全滅……ライナスもブルースもアーマンドもリッキーも、奴らに……」

「敵は!? 何人だ!」

「ふ……ふたり……。獣人と、昼間のガキでした」

「馬鹿を言う!」

 たったふたりの敵を相手にライナスを含む四人が全滅とは信じがたい。

 しかし気になる言葉があった。昼間のガキ? それは――

「いーやホントだぜ。仲間の言うこと疑ってかかんのはよくねーな」

「……!」

 と、頭上から素知らぬ声がかかり、クルージーは弾かれたように顔を上げた。

 その視線と交差して屋根の上から何者かが飛び降りる。

 軽快に一回転して地面に着地したのは、声の通りの少年だった。

「あ、あいつ……!」

 ジオルスが震えた指を差す。何が言いたいかは明白だった。

 近くの手下たちがすぐに取り囲んで武器を構える。が、少年は大して動じた様子もなかった。

「待った待った、あんたらと争う気はねーよ。まずは穏便に話をしようぜ」

「小粋な演出で登場しやがるな、小僧」

「屋根の上に登んの結構大変だったからな。それなりに効果あったみたいで報われたぜ」

 効果のほどはともかく、言動には落ち着きがある。まるで自分が優位に立っているかのような立ち居振る舞いだ。この状況で。

 命知らずの馬鹿なガキと言い捨てるのは簡単だが、そうもいかない。

「しかし争う気がねぇとはぬけぬけと。昼間ァ、うちのもんが世話になったガキってのはてめぇのことだろ」

「俺って意外と世話焼きなんでね。だからこんなとこまで殴り込みに来たんだけど。……あんたが頭のジョニー・クルージーだろ?」

「ほう、どこで聞いた?」

「町の人に聞いたらすぐに返ってきたぜ有名人。だいぶ悪名が知れ渡ってるみたいだな」

 ふたりの手下が両側から剣と槍を突きつけている。だというのにこの態度だ。

 この自信。この余裕。

 ライナスたちがやられたというのもいよいよ信憑性が増してきた。

 ならばガキだろうと関係ない。逆らう者の末路は平等だ。

「腕前には自信があるようだが、オレと知ってよくもひとりでノコノコと出てきたものだ。その度胸は買おう」

 クルージーは威嚇するように戦斧を肩に担ぐ。

 少年はその様子を見上げて、なにやら小さく笑みを浮かべた。

「そりゃどうも。別のもんも買ってもらってたみたいで」

「その度胸に免じて話とやらは聞いてやる。いや、その前に何者かを聞いておこう。まさか通りすがりの旅人とは言わねぇよな」

「ちゃんと目的を持った旅人だよ。名前は……もう知ってるかもな」

「なに?」

 もったいぶった言い方にクルージーは眉根を寄せる。

 本当にこいつは状況がわかってないだけじゃないのか。

 しかし思い返してみてもこんな少年の顔など見たことがなかった。名前などもってのほかだ。

「俺は鍛冶屋目指してるもんで、武器とか防具とかよく作って売ってんだ。で、あんたの持ってるその戦斧、見たところ俺が作ったやつだ」

 クルージーはその言葉を受けて斧をまじまじと眺める。

 たしかつい最近入手した『戦利品』だ。気に入ったので愛用している。

「柄のあたりに刻印があるだろ? それが俺の名前だよ」

「ほう」

「少し前に旅の商人が買ってってくれたもんだが、めぐりめぐってあんたのところに行き着くとはな。そんでまた拝めることになるとは。こういうの感慨深いって言うんだろうな」

 少年は場違いにもしみじみと言って微笑む。

 クルージーは似て非なる表情で口端をつり上げた。

「……『エイザー』か。たしかに知った名だ。面白い」

「じゃあ親交が深まったところで交渉だ。単刀直入に言うと、俺はここの採掘場を取り戻しにきた」

「だろうな」

 クルージーは声に出してあざ笑う。手下たちも同じく笑い声を出した

「だったらどうする? 金で買い取るか? それとも力ずくでオレたちを追い出すか? 言っておくが仲間の数はこんなものじゃないぞ」

「金はねぇが最初に言ったように争う気もねぇ。こっちの要求がすんなり通るわけもねぇ。だからさ、俺とあんたの決闘で勝負つけようぜ」

 クルージーたちは嘲笑を強くした。

 どんな勝算があるかと思えば。馬鹿な提案をしてきたものだ。

「俺が勝ったらあんたらは大人しくここから出て行く。そっちが勝った時の条件は好きにしてくれ。ルールはそんだけだ。他の奴らには手出しさせねぇからさ」

「それは対等な立場にいる奴が提案することだ、小僧。この状況でそんな交渉に乗ってやる義理はない」

 ジオルスも合わせて四人で取り囲んでいる状況だ。しかも武器らしい武器を持っていないガキを。

 どれほど腕っぷしに自信があるのかは知らないが、所詮はガキらしい過信ぶりである。

「じゃあ交渉材料に登場してもらうか」

 少年、エイザーは尚も余裕を崩さずにニタリと笑う。

 その言葉が合図となったのか、彼の後方――小屋の陰から、ひとりの獣人がぬっと姿を現した。

 とはいえクルージーには想定内の展開だった。報告にあったのはガキと獣人のふたりだ。

 そして獣人が荷担したとしても勝てる自信が、クルージーにはある。経験がそうさせる。

 しかしその獣人が引きずってきたものを見た時は、少しだけ意外に思った。

「……」

 ロープで縛られた手下たちだった。

 ライナス、ブルース、アーマンド、リッキー……いち早く迎撃に出てしくじった四人がずるずると引きずられてくる。

 死体か、まだ息があるのかの判別はここからではつかない。

「……人質のつもりか?」

「返答次第じゃそうなるかもな」

 成る程これが少年の切り札なのだろう。完全に勝った気でいる表情だ。

「つっても全面的に降伏しろってわけじゃねーよ。さっき言った勝負を受けてくれるだけでいい」

「ずいぶん優しいじゃねぇか」

「そうでないとあんたらも納得できないだろ」

 あくまで勝負の上でこの場所を奪還しようという考えのようだ。

 どこまでも甘い。

 甘くてぬるい。

「……そうだな。卑怯にもそんなふうに仲間を人質に取られちゃ、頭としては応じざるを得ないな」

 戦斧を持った手をだらりと下げる。握りは逆手に変えていた。

「仲間は大事だ。目の前で見捨てることはできねぇ」

 少年を取り囲む手下たちを順に見る。返された視線には少なからず戸惑いも含まれていた。

「――とはいえ例外もある」

 そんなふぬけた戸惑いなど蹴散らさんばかりに、クルージーは鋭く踏み込みながら戦斧を振り上げた。

「相手がお前のようないけ好かないガキだった時だ!」

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