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終章(8)

 

 ヒューイングは離れた岩の陰から固唾を飲んで戦いを見守っていた。

 先ほどと違う点があるとすれば、ロープの束を手にしているところだろう。

 一度セトラのところまで戻って取ってきたものだ。エイザー曰わく打ち倒した敵を縛っておくのに使うらしい。

 敵は恐らく五人。いまエイザーが殴り倒したのを除くと四人だ。

 仲間が早々にやられたことへの動揺がうかがえたが、そこはさすがの荒くれ者たち。すぐに武器を構えて臨戦態勢に入った。

 エイザーが走る。高い草や木の多いこの場所では誰よりも小柄な彼に地の利があった。

 細い木の間を縫うように駆け抜けて盗賊のひとりに接近。敵は迎撃のために短剣を振る。片腕の防具で受け流すエイザー。

 すると次の瞬間、その盗賊の手から短剣が滑り落ちた。

「まただ……!」

 ヒューイングは息を呑む。

 さっきも同じことが起きた。敵がエイザーの防具に触れた途端、何故か自分から手放すように武器を落とすのだ。

 無防備となった盗賊へエイザーの拳が打ち込まれる。それでまたひとりをノックダウンした。

 残る三人がエイザーを包囲するように走る。そこへ、囮の役割を終えたドルフが駆けつけてきた。

 ドルフは逃げるのに手間取っていたわけではない。奴らを引き込むためにあえて目立つように動いていたのだ。

 そしてその任から外れた今、ちょっとした木や草などものともせずになぎ払って敵へと突き進む。

 標的にされた男の顔が恐怖に染まるのがはっきりと見て取れた。

 地形の影響が少ないエイザーと地形の影響を無視できるドルフに比べて、盗賊たちはそうはいかない。林立した木が動きを阻害して走ることすらままならないだろう。

 周囲の木々を巻き込みながらドルフの腕が振るわれる。まるで小型の台風に巻き上げられたように吹き飛ばされて、男は地面に叩きつけられた。

 圧倒的なパワーだ。やはり強い。

 父の活躍を、ヒューイングは安心した気持ちで見ることができた。

 以前に一度だけ、ドルフが戦っている姿を見たことがあった。農場に強盗が押しかけてきた時だ。

 強盗は五人ほどのグループで、うち二人が獣人だった。だがドルフはたったひとりで、そしてあっという間に連中を撃退してみせたのだ。

 普段が温厚なだけにヒューイングとしては意外な一面を見た思いだった。

 そんな頼もしいドルフと肩を並べて戦っているエイザーから、ヒューイングは目を離すことができなかった。

 彼が強いことは見ていてわかる。だが、だとしてもまだ少年だ。

 なぜあんな盗賊たちにも臆せず立ち向かうことができるのだろうか。

 なぜ危機が差し迫った時も前向きでいられるのだろうか。

 ヒューイングは知りたかった。

 強盗と直面した時も、妹が襲われそうになった時も、そして今も……何もできずにただただ眺めているだけの自分に何が足りないのかを、どうしようもなく知りたかった。

 

 

 ドルフがひとり片付けたのを視界の端で捉え、エイザーは残り二人かと頭の中で指を折る。

 ひとりの姿は見失ってしまったがもうひとりは正面にいた。

 筋肉質で上背のある男だ。右手に片刃で幅広の剣を、左手に鉄で覆った木製の盾を携えている。

 男の防御姿勢には隙がない。エイザーの戦い方から格闘を主としていると見て、盾を前面に押し出した構えだ。

 間合いに踏み込ませないつもりだろう。抜け目ない眼光は、草陰に隠れて移動する小技も通用しそうになかった。

「良さそうな盾だな。どこで手に入れたんだ、それ。ぜひとも作った人に会ってみたいぜ」

 言葉で牽制をかけるも乗ってこない。最初に倒した男のようになにかしらの反応があれば呼吸を読むこともできるのだが。

 堅固だ。徒手空拳で仕掛けるには分の悪い相手。

「とはいえ……上質なもんが裏目に出ることもあるんだけどなっ!」

 しかしエイザーは、躊躇わず正面から飛び込んでいった。

 ドルフの援護を待つのも手だがどこかに潜んだもうひとりに奇襲を受けるのは避けたかった。

 迷った時は進めが一家の教えだ。立ち止まるつもりはない。

 そして単なる徒手空拳のつもりも、エイザーにはなかった。

「俺の『スタンガントレット』は悪質だぜ!」

 拳を打ち出す。狙いはあえて盾。打撃が当たる瞬間、エイザーは拳の先から『電流』を放出した。 発動が一瞬ならば効果も一瞬。ダメージすら与えられない微弱な『魔術』。だがそれで充分だった。

 電撃が盾を覆った金属を伝って男の片腕を麻痺させる。

 エイザーが拳を振り抜くと、盾はあっさりと男の手を離れて弾き飛ばされた。

 どれほど屈強な力を持っていても、それを無効化してしまえば恐れることはない。勝機は一瞬あればいいのだ。

 必要なのはそのタイミングを見極めることと、恐れず懐に飛び込むこと。

 それを見誤らない限り誰にも負けないだろうという自信がエイザーにはあった。

 根拠はないが、とにかくあった。

 ありさえすればどんなことでもやってのけられるものである。

「……!」

 男は驚きを露わにするも、次の一手は迅速だった。

 右手に残った剣を草を刈るように低くなぎ払う。

 エイザーの腕を避けて足を狙った軌道。

 他の仲間が防御されたところへ電撃を流し込まれたのを目撃していたのだろう。技の性質を見抜いた的確な動きだ。

 対処が巧妙。だが文字通り草に妨げられて、剣速は遅かった。

 エイザーは跳び上がって一撃を回避。着地と同時に、男の右手へ回し蹴りを叩き込む。

 剣が宙を舞って枝葉をまき散らした。

「速い……!」

 苦い顔の男が、思わず、といった様子が口走った。

「鍛冶の仕事は速さが肝要! タイミングを逃さず的確なところを――打つ!」

 エイザーは固めた拳で男の腹を殴る。

「何度も打つ打つ!」

 さらに連打。そしてよろけたところへ真下から顎を打ち上げる。

 男はのけぞるように背中から倒れた。しばらくは立ち上がれないだろう。

 攻防一体の『スタンガントレット』はあくまで補助的な技だ。鍛冶のほうとは違って『魔術』の鍛錬はさほど積んでいないため使いこなせているとは言いがたい。

 メインとなる武器はやはり己の肉体と体術のみである。

「その次は一気に冷やす工程だが、冷静なあんたにゃ必要なさそうだな」

 エイザーは無駄口を叩きつつも油断はすることなく周囲に視線をめぐらせた。

 やってきた敵はあとひとり残っているはず。

「エイザー、後ろだ!」

 その時ドルフの切迫した声が耳に飛び込み、エイザーは慌てて真横へ倒れ込んだ。

「……!」

 すぐさま視線を上げる。

 が、何も起きなかった。というか誰もいなかった。

「……」

 よくよく目を凝らすと、木々の向こうのほうへ走り去っていく誰かの背中を見ることができた。

「たしかに俺の後ろへ逃げてったが……言い方が悪いぜ」

 人騒がせな、とため息をつきながらエイザーが立ち上がる。そこへドルフがやってきた。

「すばしっこい人間だ。すぐに追いかける」

「いや、そんなに急ぐ必要ねーぜ」

 体についた土を払いながらエイザーが言う。あっさりと却下されたドルフは意外そうな顔をした。

「おっちゃん、今の奴だったら離れたとこ行っても捜せるだろ?」

「ああ、可能だ。姿も匂いも覚えた。いよいよとなれば山をひとつ越えても捜し出してみせよう」

 頼もしいやら恐ろしいやら。エイザーは「なら大丈夫だ」と楽観的に笑い返した。

「パターンの有効活用だ。追い詰められた手下が逃げ帰るのはボスのところって相場が決まってるからな」

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