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終章(6)

 

「そういえば、あの妹って決断力あるほうか?」

 エイザーの唐突な質問に、真後ろのヒューイングは返答に困って口ごもった。

「さあ……普通だと思うけど」

 極端に優柔不断でもない限りはそうとしか答えようがないだろう。

 しかしエイザーはその答えに満足して「なら大丈夫か」と気楽に言った。

 三人と一頭はあっという間に草原を駆け抜けて林の中を走っていた。前を行くドルフの脚力はさすがのもので、エイザーの愛馬が全力に近い飛ばし方でなんとか追いついているという状態だった。

「この先を右のようだ」

「おうっ!」

 ドルフが進行方向を変えるのに合わせてエイザーも体を傾けて重心を移動させる。

 平坦だった道には徐々に傾斜がつき、木々の密度が上がっていく。路面の悪さが山に足を踏み入れたのだと実感させた。

 ドルフがたどっているのは『エイザーの匂い』である。

 エイザーは先ほど盗賊団の一味と接触した時、そのうちのひとりに自分が日頃から愛用しているハチマキを仕込んでおいたのだ。

 その匂いを追っていけば尾行せずとも奴らのアジト、すなわち鉱山にたどり着けるという寸法である。

 人間の嗅覚では当然不可能だが、リータレーネになら可能。そう見込んで考案した作戦だ。

 犬に似た種族であるドルフが彼女の代役を務めるのは雑作もないことのようだった。

 人間よりも様々な能力で優っているリゼンブルのさらに上を行くのが獣人だ。昔は『モンスター』などと呼ばれて恐れられていただけのことはある。

 町を出てからここまで迷うことなく一直線に向かってきていた。自分の匂いがそんなに強烈なのかと思うと泣きたくなるが、予想以上に早く到達できそうなのは喜ばしかった。

「面倒見も良さそうだったし、人並みに色んなことを決められるんなら心配ねーな。ふたり組の両方が優柔不断とか悲惨なことにならなくてよかったぜ」

 状況の順調さに楽天的な性格も相まってかエイザーの口数が増える。

 背中からでも緊張が伝わってくるヒューイングが、「ということは」と相槌を打った。

「リータレーネさんは、そうなのかい?」

「可愛いことにな。じゃなかった、困ったことにな」

 エイザーは手綱を握ったまま肩をすくめる。

「その日着る服も誰かに聞かなきゃ決められないようなレベルだ。そのうち右足から歩き出すか左足から歩き出すかに迷ったまんま日が暮れちまうことになるかもな」

「はは……」

 とヒューイングは笑ったが、エイザーとしてはあながち冗談でもなかった。

「たしかにあんまり積極的な性格ではなさそうだったけど」

「消極的を極めすぎて自分の意志が消失しちまってるような奴だよ。昔からな」

 親同士が親しいというところから始まり、リータレーネのことは子供の頃から知っている。その時からずっとあんな具合なのだ。

「今までは過保護な父親がなんでも決めてたから別に困ってなかったけど、さすがにあのまんまじゃいけねぇなと思ったのも連れ出した理由のひとつだ」

 リータレーネの父親にしても別に悪意があってのことではないだろう。娘を思うあまりに言動が行き過ぎてしまうだけだ。

 しかしエイザーから見ると、やはり問題がある。将来的なことを考えるとこのあたりで子離れと親離れをしてほしいところなのだ。

「あれでもだいぶ良くなってきたほうだぜ。とりあえず野菜から食うか肉から食うかは自分で決められるようになったからな」

「大変だね」

 と笑うヒューイングは、やはり冗談だと受け取ったようだった。

「止まれ」

 ドルフが静かに告げる。エイザーは指示通りに素早く馬を立ち止まらせた。

 声からすると危険が迫っているというわけではないようだ。

 とはいえざっと周囲に視線をめぐらせる。頼りない木漏れ日が差す薄暗い山道。草の背も高く、待ち伏せをするなら打ってつけの場所と言えるだろうか。

 ゆっくりと歩いて地面にしゃがみ込んだドルフが、細長い赤い布を拾い上げた。

「それ、奴らに結びつけといたやつ!」

「やはりか」

 土だらけになったハチマキが返ってくる。果たして途中で落ちてしまったのか、奴らに気付かれてしまったのか。

「なら追跡はここまで……?」

 肩を落とすヒューイングにドルフは「いや」と首を振ってみせた。

「幸い目的地は近いようだ。……大勢の人間の気配を感じる」

「じゃ、ここからはおしとやかに行くか」

 とエイザーは軽やかに馬の背から飛び降りた。

 

    ◆

 

 いつしか空は茜色に染まり、影は長く伸びている。

 愛馬セトラを茂みの中で待機させ、三人は徒歩で山道を登っていた。

 手荷物は武器だけだ。

 ドルフには人間サイズだが両手剣。ヒューイングには短剣と小型盾。彼らは武器を持っていなかったのでエイザーが貸したものである。

 どちらもエイザーが製作したものだ。

 やはり学ぶだけではなく実践しないと上達しないため行く先々で炉を借りて作っているのだ。

 基本的に出来が良いものは売り払って路銀にするので粗悪品しか手元にないが、一度使うだけなら問題ないだろう。

 エイザーは日中に賊と接触した時と同じで得物は持っていない。手足の防具と、なにより自分の体が一番の武器だ。この辺りは戦闘の師であるザット・ラッドからの影響だろう。

 やがて生い茂る木々の向こう側に複数の建物が姿を現わした。

 レンガと木を組んだ簡素な小屋だが数としてはなかなか多い。

「村……?」

「鉱夫たちの休憩所といったところだろう」

 ヒューイングの呟きにドルフが答えた。

「いや、今は寝床も兼ねているのかもしれぬな……。盗賊団に労働を強いられて町に帰してもらっていないそうだ。なるべくなら彼らを巻き込みたくないが」

 ドルフはさらに奥のほうにも多くの人間の気配を感じると告げた。そちらは恐らく採掘場だろう。

「おっちゃん、賊連中と働かされてる人らの区別、ここからつくか?」

「難しいな。知り合いを捜し出すのならばともかく、見ず知らずの人間たちとなれば……」

 ドルフは顔をしかめて考え込んだあと、不意に歩き出す。

「少し様子を見てこよう。ふたりはここで待っていなさい」

 そして茂みの中へ進み入った。

「おいおい、偵察なら俺が行くぞ。自覚あるかどうかわかんないけどおっちゃんだいぶ目立つぜ」

「なに、任せておけ。昔はだいぶ鳴らしたものだ」

 ドルフはやけに自信満々に答えて、大きな体を木々の陰に滑り込ませていった。

 いったい何を鳴らしたのか。そして昔に何をしていたのか気になるところであった。

 残るふたりもいつまでも山道に立っているわけにはいかないので、少し逸れて身を潜める。

「……あいつら、どうして鉱山を占拠なんか……?」

 ヒューイングの呟きに、エイザーは「商売のためだろな」と答えた。

「あのブラグデンって町はどの道この鉱山に頼らざるを得ない。たとえバカ高い値段をふっかけられたとしても買うしかねぇのさ。つまりボロ儲けだ。いま流通をストップさせてんのはその危機感を煽るためだろうよ」

「へぇ……」

 ヒューイングが感心の目を向ける。エイザーは照れ隠しに笑顔に返した。

「ちょっとばかし山賊に詳しい知り合いがいるおかげで、いろいろ聞いてんだ。よくある手口らしいぜ」

 そして町が取り引きを渋るようならもっと直接的な方法に移るのだろう。

 今のところ彼らのシノギは街道などに限られているが、町の中へもやって来るかもしれない。

 たやすく返り討ちに遭ってしまう程度の兵力しかないあの町に対抗する術はないだろう。

 だからこそ今のうちに手を打っておかねばならないのだ。

 落ち着かない様子のヒューイングを見かねて、エイザーは明るい声をかけた。

「心配すんな。俺がなんとかするって。お前の親父も頼りになりそうだしな」

「けど、三人……いや、ふたりだけで、どうやって?」

「少人数だからこそ有利なこともある。作戦開始は日が暮れて奴らが寝床に入ってからだ。それまでは肩の力抜いて体を休ませとけよ」

 肩を軽く叩いてやる。その言葉に安心したのか、ヒューイングは少しだけ表情を和らげた。

 そんな時だった。静かな雰囲気が一転する。

 採掘場のほうが、急激に活気付いたのだ。

「……!」

 なにやら様々な声がエイザーたちの耳にまで届き、慌ただしさが肌で感じ取れる。さながら火事でも起きた騒ぎだ。

 すると茂みの中から、青い顔をしたドルフが飛び出してきた。

「すまない、見つかった」

「ええぇっ!?」

「言わんこっちゃねぇ!」

 ふたりの驚いた声が重なる。ドルフはしょんぼりと肩を落とした。

「面目ない……」

 大きな体が今は熊のように小さく見える。……いや熊も充分でかいが。

 声という声は徐々に物騒さが鮮明になり、草葉をかき分ける音も加わってくる。

 近付いているのだ。逃げたドルフを追いかけてきたのだろう。

「ど、どうする……!?」

「ここで迎え撃とうぜ」

 うろたえるヒューイングにエイザーがきっぱりと言った。

「奴らのほうから来てくれるんなら都合がいい。さすがに大事な労働力を荒事に出しゃしねぇだろうからな」

 労せずして鉱夫たちから切り離すことができたということだ。結果的にはドルフ様々である。

「仕方あるまい。ヒューイング、お前は離れたところで隠れていろ」

 すぐさま腹を決めて勇ましく告げるドルフ。その様子を見るに、どうやら場数を踏んでいるのは本当のようだった。

「作戦は!? 準備は!?」

 対するヒューイングは、いよいよ差し迫ったからかそう簡単には落ち着けないらしい。

 エイザーは先ほどよりも笑顔を強くしてその肩を叩いてやった。

「戦いながら考えるから大丈夫だ!」

 あまりに楽天すぎる励ましに、ヒューイングの表情には不安と心配だけがあふれていた。

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