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終章(5)

 

「じゃ、行ってくるな」

 町外れ。近所に買い物に行くような気軽さでエイザーが言う。

「朝までには戻るつもりだけど、寝るのは待ってなくていいからな」

「うん、いってらっしゃ〜い」

 同じくリータレーネも緊張感のかけらもなく送り出した。

 それに比べて対照的なのが、エイザーの跨る愛馬『セトラ』に同乗したヒューイングである。

 どことなく表情がこわばっている。意を決して男気を見せたものの、やはり内心は不安で一杯のようだ。

 普段着に着替えたドルフは馬には乗っていない。なんでも自分の脚で走ったほうが速いというのだ。獣人の身体能力恐るべしである。

「暗くなったら出歩いてはいかんぞ。それから知らない人にも無闇について行ってはならん。あと、なるべく露店には近寄るな。買い食いも駄目だぞ。」

 しかし娘へ細かすぎる言い付けを並べている姿は、恐ろしいどころかただただ微笑ましい限りだった。

 当のトレイシーにしてみればただただ疎ましい限りかもしれないが。

「それはわかったけどさぁ、服買ってもいい? すぐうちに帰るんならともかくあと半日もこの格好で町にいなきゃいけないってのはちょっと…」

 彼女の服は依然としてボロボロのままである。ヒューイングも同じだが、彼のほうはエイザーから借りたマントがある上これから町は離れるためあまり気にならないようだった。

「ああ……すまない、失念していた」

 ドルフは正直に申し訳なく頭をかく。

「好きなものを買うといい。ただしあまり高いものは駄目だ、いいな?」

「はーい、やった!」

 トレイシーは小さくガッツポーズを取った。その言い付けが守られる可能性は、限りなく低い気がした。

「ついでにリータレーネも新しい服買えよ」

「え、いいの?」

「この前の武器が売れて儲けが出たろ。いいから使っちまえよ」

「わぁい、やった!」

 リータレーネも同じくガッツポーズをする。

 別にエイザーが財布の紐を握っているというわけではないので、普段から好きなように買い物をすればいいのだが。

 そうはならないのが彼女である。

 良くも悪くもだ。

「では参ろう」

 ドルフの声に応えてエイザーは愛馬を走らせる。目の前は一面の草景色。まだ日は落ちていない。

「気をつけてねー!」

 涼しくなりかける風と共に、トレイシーの声が背後から追いかけてきた。

 

    ◆

 

「さってと、じゃあ服屋さん行こっか」

「うん」

 男三人を見送って、少女ふたりが踵を返す。

 自然とトレイシーが先導する形になり、これまた自然と大通りを避けて裏路地に入った。

 薄暗い道ではあっても、すれ違う人々の視線が次々と浴びせかけられる。やはりいつまでもこんな格好ではいられない、とトレイシーは早足になる。

「そういえばさ、今日はなんか『リゼンブル』の人多くない?」

「そうなの?」

 リータレーネが疑問符を返す。

 『リゼンブル』特有の感覚機関によって周囲の同胞たちのことは察知できているはず。

 とはいえ頻繁にこの町を訪れるトレイシーとは違って、彼女は旅の身だ。多い少ないを言われてもたしかによくわからないだろう。

「なんとなくね。住んでる人の中にはあんまりいないし」

「そうなんだ」

 まぁ彼女たち同様、旅人のよく寄る町だ。たまたまそうなることだってあるかもしれない。

「トレイシーちゃんはよくここに来るの?」

「うちに近いから、昔からよく来るよ。実は服屋さんももう決めてあるんだ」

 トレイシーは置かれた状況に反して少しだけうきうきしていた。

 家が農場であり毎日手伝っている関係から、着る服にしても実用一点張りのものばかりなのだ。

 おしゃれをしたい年頃なのに、それをできないもどかしさがある。贅沢を言えない懐事情も知っている。

 だが、降って湧いて出たのがこの機会だ。

 父からは好きなものを買っていいという許しが出ている。

 あんなに怖い目に遭ったのだから少しは良い思いをしたってバチは当たらないだろう。そうだろうそうだろう。

 と自分を納得させて、トレイシーは足取り軽く裏路地を通り抜けた。

 

 訪れたのは、仕立ての良い女性服がずらりと並ぶ店である。普段は外から店内を覗き見ることしかできなかったが、今は堂々と入ることができる。

 トレイシーの引き裂けた服に最初は驚いた店員だったが、すぐに落ち着きを取り戻して接客してくれた。

 下手に事情を聞かないのも気遣いのうちだろう。別に聞かれても困らないのだが。

 トレイシーが選んだのは、オフホワイトのブラウスにコバルトグリーンのプリーツスカートというセットだった。靴も買いたかったが、それはすんでのところで我慢しておいた。

 買ったものをすぐに店の奥で着替えさせてもらう。華やかな衣装を身にまとった姿を鏡で見て、まるで別人になったかのように心が躍った。

 店内に戻ると、リータレーネが笑顔で迎えてくれた。

「かわいいぃぃ〜! すっごくかわいいよ、トレイシーちゃん!」

「に、似合ってるかな……?」

「うん、とっても似合ってるよ!」

 にへにへと屈託なく笑うリータレーネは何故だかすごく年下に見えた。

 トレイシーは照れ隠しに質問を振る。

「リータレーネさんは服買わないの? 買うんでしょ?」

「うん、そうしようと思ったんだけど……」

 しかし彼女は商品を持っていない。店員が作業している様子もなかった。

「もしかして気に入ったのなかったとか? ちがうとこ行く?」

 離れたところで待機している店員がそんな言葉にピクリと反応する。

 リータレーネは「ううん」と首を横に振った。

「どれも可愛くて、どれも捨てがたくて、どれにしたらいいかなぁって」

「あー、だよねー。わたしもずっとどれがいいかなーって考えてたもん」

 店員がふぅと胸をなで下ろした。

 リータレーネは店内を見渡しながらなおも「うーん」と考え込む。

 あれこれ見て迷うというのも買い物の楽しさのうちだ。トレイシーは上機嫌にそれに付き合った。

「うーん、うーん……ねぇ、トレイシーちゃんが決めて」

「え、わたしが? いやそう言われても」

「だって、トレイシーちゃんすごくセンス良いでしょ。だからトレイシーちゃんの選んでくれたコーディネートを参考にしたいの。ね、おねがい」

「そ、そうかな……えへへ……」

 直球で褒められてトレイシーは口元をゆるませた。

「じゃ、じゃあ、えーと……」

 とリクエストに応えて彼女に似合いそうな服を一式見繕ってみる。

 リータレーネはそれをそのまま購入した。

 

 衣服店をあとにして外に出ると、入店する前とは打って変わって心が浮いた。新しい、しかもオシャレな服を着ているのだ、浮かないわけがないだろう。

 紙袋を抱えたリータレーネと共に通りを歩く。とりあえずは彼女たちが滞在している宿屋で落ち着くことにした。

 通りの至るところでは露店が開かれていた。

 武器防具に衣服があれば、生活用品や骨董品など様々なものが陳列されている。

 さすがに料理を売っている店には近寄らなかったが、アクセサリーの並んだ露店の前では足を止めざるを得なかった。

「これ綺麗〜」

 トレイシーは花びらを象ったガラス細工のブローチを手に取って表情を輝かせる。

 どうやらガラス細工の専門店のようだ。陳列されたアクセサリーが低くなった陽光をきらびやかに反射している。

「あっ、そうだ。お金はまだあるから、わたしリータレーネさんにプレゼントするよ」

 トレイシーの提案に、リータレーネは目を丸くして首を振った。

「えっ、いいよぅ、そんなの。悪いよ」

「気にしないで、さっきのお礼だから」

「でもお礼なら食事……」

「あれは悪い人たちから助けてくれたお礼でしょ。で、これは怪我を治してくれたお礼」

「けど……」

「いいからいいから、わたしがどうしてもプレゼントしたいの。ほら好きなの選んで」

「う、うーん。……じゃあ、うーんうーん……」

 トレイシーが強引に押し切ると、リータレーネは迷いながらも陳列された商品に目を落とした。

「どれでもいいよ、遠慮なく。値段は全部同じくらいだし」

「……やっぱりトレイシーちゃんが選んで!」

「ええ? 好きなのでいいよって」

「ううん、トレイシーちゃんが選んだのがほしいの」

 リータレーネは真っ直ぐな眼差しを向ける。そう言われるとトレイシーとしても断れなかった。

「まぁ、そっか、プレゼントだし……」

 自分で選んだのでは普通の買い物と変わらない。相手のためになにかを選ぶという気持ちも含めて贈り物なのだ。

 そういうことにしておこう、と納得して改めてアクセサリーを物色する。

 鳥の羽の形をしたイヤリングを選ぶと、リータレーネはことのほか喜んでその場でつけてみせた。

 

 宿屋の手前にアイスを売っている屋台が設けられているのを見逃さず、トレイシーは目を光らせて飛びついた。

 父親からの言い付けは完全に忘れてしまったようである。

 つい先ほど大量の料理がテーブルに並んでいたとはいえ、トレイシーはマイペースに普段通りの量しか食べていない。

 なのでデザートには頃合いだった。

 立てかけられた看板には何種類ものメニューが載っている。

「食べちゃおっかなぁ。どれにしよっかなぁ。リータレーネさんはなににする? あ、今度は奢りじゃないからね?」

 リータレーネも同様にマイペースだったのか、あるいは単に甘いものは別腹なのか、明るい顔で隣に並んだ。

「えーとね、えーと……トレイシーちゃんが決めて」

「ええっ? いやいや自分が食べたいのにすればいいよ」

「ううん、トレイシーちゃんと同じやつにするよ」

 にこにこしながら言うリータレーネに、さすがにトレイシーも苦笑いを浮かべた。

 気付かないようにしていたが気付いてしまった。

 最初はただ遠慮しているだけかと思ったが、どうやらそうでもない。

 これは……明らかに……。

 トレイシーは彼女と一緒にいた今日の記憶を振り返って、愕然と心の中で呟いた。

「……この人、自分でなんにも決めない……!」

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