終章(4)
「……『エーツェル騎士団』って、なんだっけ」
帰っていくジョナサンの背中を眺めつつトレイシーが誰にでもなく訊ねた。
「クイーン・エリス・エーツェルが率いる武装集団だ」
ドルフが簡潔に説明する。
「治安の維持を目的として世界中に派遣されている。その構成員は人間、獣人、リゼンブルを問わず、数千にも数万にも及ぶそうだ。特徴として彼らは皆銀の武具を身につけているらしい。困った時に見かけたら頼りにするといい」
「あ、それ聞いたことあるかも」
「よかったじゃないかエイザー、君が討伐に行かなくて済んで」
ヒューイングが自分のことのように喜ぶ。
たしかにジョナサンの言う通り、彼らに任せておけば安泰だろう。よっぽどの事情が無い限りはすぐに取り合ってもらえるはずだ。
「いいや、ちっともよくねーよ」
しかしエイザーは拗ねるように口を尖らせた。
「むしろ最悪な部類だ。あいつらが来る前に急いで片付けなきゃいけなくなったからな」
「え、どうしてだい?」
もっともな疑問だ。普通に考えるとエイザーがおかしなことを言っている。
「彼らに関する悪い噂は聞いたことがないが……」
とドルフも首をかしげた。
「俺の立つ瀬がなくなっちまう。とにかくこれ食い終わったらすぐに俺たち出発するから。先に言っとくぜ、ごちそうさんの六文字をな」
がつがつと食事を再開させるエイザー。
「ふぇ、急ぐの? 急がないの? どっちなの?」
その横でリータレーネが戸惑っていた。
「メシは急がず食ってそのあと急いで出発だ。それで急いで倒して急いで帰ってきたらまたゆっくりして旅に戻る」
「う、うーん……うーん」
頷きはするも表情は完全に理解しているか怪しいところだった。
「忙しそうだねぇ」
朗らかに呟くトレイシーの隣で、ヒューイングは少しだけ思い詰めた顔をした。
そして再び口を開く。
「父さん、事情はどうあれ彼らを手伝おう。僕らも協力してあの賊たちを退治するんだ」
席についた全員が彼を見て目を見張った。
エイザーは一度だけリータレーネと顔を見合わせる。
「まぁ、そりゃ人手がありゃ助かるけどな。でも礼とかって考えならこのメシだけで充分だぜ?」
「いや、たしかに私もそれは考えていた」
ドルフも頷いて同意を示す。
「君らが恩人でなくともだ。近隣に住む者としてこの問題は放っておけない。かのエーツェル騎士団も今は『ハイブリード』に手一杯で対応が遅れるやもしれんからな。ぜひ協力させてくれ」
無理に言っているのなら断わろうと思っていたエイザーだったが、その熱意は本物に見えた。
礼は済んだ。貸し借りはなくなった。ここからは、個人と個人の善意の話だ。
「そういうことなら頼りにさせてもらうぜおっちゃん。いいよな、リータレーネ」
「うん、私はいいよー。よろしくおねがいします」
「ああ、任せてくれ。昔の血がたぎる」
ドルフは頼もしいほどに不敵に笑った。昔に何があったのかは気になるところである。
「……その『僕ら』っていうの、わたしは入ってないよね?」
トレイシーが冗談めかして言う。ドルフは「もちろんだ」と笑い返した。
「それとヒューイングもだ。お前たちはここで待っていなさい」
「いや、僕も行くよ。そのために言い出したんだから」
ヒューイングは首を振る。その言葉には断固たるものがあった。
「何が出来るってわけじゃないし、荒事になったら足手まといになるかもしれないけど……でも、力になりたいと思ったんだ」
「しかし……」
ドルフの心配ももっともだった。初めて会ったエイザーにさえ、荒事には向いていないだろうということがわかる。
「俺はいいと思うぜ」
だが助け舟を出したのもそんなエイザーだった。
「気弱に見えてもちゃんと勇気のある男だろ。奴らに襲われた時だってしっかり妹を守ってみせたしな。親心として心配なのはわかるけど、こいつの意志は認めてやってくれよ」
その言葉が意外だったのか、ヒューイングは不思議そうな目をエイザーに向けた。
ドルフは不安げな顔で考え込む。しかし最後には「わかった」と理解を示した。
「君の言うとおりかもしれんな。いつまでも子供扱いをしていては一人前の男に失礼だ。連れて行こう、ヒューイング。ただし無茶は厳禁だぞ」
「わかってるよ。ありがとう父さん。ありがとう、エイザー」
ヒューイングは表情を明るく輝かせた。
危険な選択だったのかもしれない。褒められた考えではなかったのかもしれない。だが彼には彼なりの覚悟が見えた。
男が決意したことに水を差すほどエイザーは無粋ではない。嘘偽りなく、彼に賛同したのだ。
「話のわかる親父でよかったな」
誰かと違って、と心の中で付け加える。
「男は生まれた時から戦士だからな。あとは鎧を着るのが早いか遅いかの違いだけだ、ってな」
「それも受け売り?」
「いや俺の考えた十三の格言のうちのひとつだ。あとで残りの十二個も聞かせてやるよ」
エイザーは自慢げに笑う。つられてヒューイングも笑顔を浮かべた。
リータレーネは微笑みながら、少しだけうつむいていた。
「じゃあひとりで留守番かぁ」
トレイシーがぼそりとこぼす。 ドルフとヒューイングが同行するのなら自然とそうなってしまう。当然彼女も連れて行くというわけにはいかない。
父と兄ははっとして顔を見合わせた。
普段ならともかくあんなことがあった直後にひとりにしておくのはさぞ心配だろう。彼女としても心細いはずだ。
そこでエイザーが提案した。
「リータレーネ、お前も一緒に留守番しててくれよ。ちゃちゃっと片付けて帰ってくるからさ」
「えっ、でも、それだと……」
リータレーネの言わんとすることもわかっている。エイザーは「大丈夫だよ」と即答した。
ドルフへ振り向く。
「おっちゃん、見た目通りに鼻は利くほうだろ?」
「ああ、自信はあるが」
「ならオッケーだ。ちょっと予定は変わったけど作戦続行に問題なし。トレイシーと仲良くしながら待っててくれよ」
最後まで自信満々に、当然のように盗賊団に打ち勝てる前提で話を進めるエイザーだった。