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終章(3)

 

「――それで、彼らにここまで送ってきてもらったんだ」

 ヒューイングが今日の経緯を説明し終わる。

「ああ、お金は無事だよ。馬車は奴らに壊されちゃったけど……」

「そんなことはどうでもいい、お前たちが無事で本当によかった……!」

 兄妹の父親は、心の底から安堵した声を出した。目元はうっすらと滲んでいる。涙もろい人なのかもしれない。

 改めてふたりの無事を喜んだところで、エイザーたちに振り向いた。

「父親のドルフ・マーファーだ。子供たちを助けてくれて感謝の言葉もない。どうか礼をさせてくれ!」

「いいっていいって。困った時はお互い様ってのが旅人の常識だからな」

「ああっ、気付かなかった! ずっと歩き通しだったんだろう? 疲れているだろう? まずは食事にしよう、もちろんこちらの奢りだ」

 ドルフは返事も聞かず、エイザーとリータレーネの腕をつかんで運搬するように歩き出した。

 そのあとを兄妹と二頭の馬が続く。

 五人はすぐ近くの、いくつもの屋台が並ぶ広場へと足を踏み入れた。

 十を超す屋台はすべてが食べ物屋で、様々な良い匂いが風に運ばれてくる。広場の中央にはテーブルセットがずらりと置かれていてその場で座って食べていくことも出来るようだった。

 馬を広場の外に待たせ、四人をテーブルにつかせ、ドルフはせっせと屋台を回る。

 エイザーとリータレーネが呆気に取られてるあいだに、目の前には大量の料理が殺到していた。

 パン、肉、スープ、野菜、麺、果物、デザート。贅沢なラインナップはまるで高級料理店のフルコースだ。

 次々と料理を買っては運んでくるドルフがタキシードを着ているから本当にそんなふうにも見えてくる。

 そもそもなぜタキシードを着ているのか。結婚式がどうのこうのとヒューイングが言っていたのと関係があるのだろうか。

「おっちゃんおっちゃん! このくらいにしとけって」

 テーブルの上がパーティー会場になる前にエイザーが差し止める。このままでは全店の全メニューを網羅しかねなかった。

 大食い大会でも始めそうな光景に、屋台の売り子や周りの人の注目が一斉に集まっている。しかしドルフは構うことなく、「これで足りるだろうか?」とそんなことだけを気にしていた。

 長く歩いていて疲れているのは事実だった。大量の料理を目にして自然と喉が鳴ってしまう。

「わぁぁ、お誕生日みたい!」

 のどかに感想を述べるリータレーネ。

「……まぁ一食くらいならごちそうになろうか、リータレーネ」

「はい、いただきます!」

 一食と言っていい量なのかは定かではないが、もう買ってきてしまったものだ。食べないとなると逆に迷惑をかけることになる。

「ああ、遠慮せずに食べてくれ。足りなくなったらまた買ってこよう」

 獣人は体が大きいため人間よりも食事の量が多い。もしかしたらドルフにとってはこれくらいが普通なのかもしれない。

「じゃあ遠慮なくいただくぜ、ありがとな」

 エイザーは真ん前のハンバーガーにかぶりつく。中身は魚の揚げ物だった。

「さぁお前たちも食べなさい」

 ドルフがヒューイングとトレイシーにも促す。

 派手に注目を浴びているからか、ふたりの恥ずかしさはピークに達しているようだった。

 

 

「食い終わったらどうする、リータレーネ」

 エイザーが野菜スティックを頬張りながら訊ねた時、リータレーネは一生懸命スープを冷ましているところだった。

「わたしはなんでもいいよ。エイザーくんが決めて」

 予想通りの返事を聞いてから視線を上に向ける。

「夜のうちには勝負つけたいところなんだよなぁ……まだしばらくは日が出てるか」

 空はまだ青さを保っているが、食べ終わる頃には朱が差してくるだろう。

 とはいえセトラの駿足なら充分に間に合うはずだ。

「朝になっちゃったらまずいんだよね?」

「あの連中が働き者だった場合はな。それと、夜襲と奇襲のダブルプレーが使えるのに越したこたぁない。メンバーは人間ばっかりだって言うからなおさらだ」

「そっか、じゃあ急いで食べちゃわないと」

 リータレーネはスープを吹くペースを上げる。しかし食べるスピード自体は大して変わっていなかった。

「別に急がなくてもいいぜ。料理は冷めても鉱山は逃げない。肝を冷やさないよう頭冷やしてじっくり取り組みゃいいさ」

「そういえばさっきも言ってたよね、それ。鉱山って」

 対面の席からトレイシーが訊ねる。

「ま、ちょっとした野暮用があってな」

「鉱山……ボイド鉱山の話か?」

 横で聞いていたドルフが呟く。エイザーは聞き逃さずに反応した。

「知ってんのか? 場所」

「すまないが、この近くにあるというだけで詳しくは……。やはりその話か」

「その鉱山がどうかしたの?」

 今度はヒューイングが質問する。黙っているよりは話をしていたほうが恥ずかしさが紛れると気付いたようだった。

 ドルフが語る。

「少し前にどこからか流れてきた盗賊団に占拠されてしまって鉱石の流通が完全に止まっているらしい。もちろん討伐隊を派遣したのだが、手痛い敗走に終わって以降は手が出せていないそうだ。住民の方々はかなり困窮している。式の最中もその話で持ちきりだった」

 せっかくの晴れ舞台がそんな辛気くさい話で持ちきりになってしまった新郎新婦が気の毒ではある。

 しかしそれくらい深刻な問題でもあった。

「俺としても黙ってられねぇ状況だから、こいつは」

 エイザーは串に刺さったローストチキンにかぶりつきながら順を追って説明する。

「旅しながら色んな鍛冶屋を回って勉強させてもらってるってのは言ったよな。それでこの町の鍛冶屋にも来てみたんだけど、どこも仕事してないって言うんだよ」

 かれこれ三日前のことだ。

「で、わけを聞いてみたら、今おっちゃんの言った理由で材料が届かないんだと。そりゃどんな名匠でも材料がなきゃ作れないからな」

 よそから買ってくるにしても限度がある。旅人向けに武具鍛冶が盛んなこの町ではその場しのぎの解決法では意味がないのだ。

「大将たちも困ってたけど俺も困る。だから奴らをとっちめて鉱山を取り戻してやろうと思ってさ」

 縁もゆかりもない町ではあるが、困った鍛冶屋は見過ごせない。そしてせっかく足を運んだのに勉強の機会が失われてしまうのは、なお見過ごせなかった。

 横でリータレーネが眉をハの字にする。

「……という意向をエイザーくんが堂々と言ってしまったのが失敗だったみたいで……」

「ああ……。危ないとかなんとか心配されて鉱山の場所教えてもらえなかったんだよ。だから自分たちで探すことにしたんだ」

 その件がなかったとしても、よそ者に占拠されている現状でさらなるよそ者であるエイザーたちに場所を教える可能性は低そうだったが。

「連中の現れそうなところで待ち伏せしてあとをつけよう、ってな。それで二日くらいは待ちぼうけ食らったけど今日ようやくご対面願ったってわけさ」

「そこに僕たちが……」

 ヒューイングが声を落とす。絶好の機会をふいにさせてしまった、と言いたげに。

「やっぱり悪いことしちゃったんじゃない」

 トレイシーも同じく。

 しかしエイザーは、早合点するなと首を振った。

「問題ないって言ったろ。一回接触できりゃそれでよかったのさ」

 そして仕掛けは済んでいる。彼らが鉱山に戻ってから行動を始めても決して遅くはないのだ。

「最初の目的はもう果たせた。あとはリータレーネに頼んで――」

「おーい! 君たち!」

 と、男性の大声が聞こえてきて五人はそちらを振り向いた。

 人の輪をかいくぐって老人がひとりこちらへやってくる。

「ああ、大将!」

 エイザーは立ち上がって手を振り返した。

 誰? という表情のマーファー親子にリータレーネが紹介する。

「ジョナサン工房というところの店長のジョナサンさんです。前に来た時にちょっとだけお話しをさせてもらいました」

「ジョナサンさん……」

 トレイシーが意味もなく繰り返す。

「よかった、まだ町にいたか! あの賊どもを退治すると息巻いておったから飛び出していかないか気が気でなかったのだが」

 ジョナサンの興奮した口調からするに本気で心配していたらしい。

 見かけはまだまだ少年であるエイザーがあんなことを言い出せば心配にもなるだろうが。

「手遅れにならずに済んでよかった」

「いやいや、俺の耳にあんな話を聞かせた時点で手遅れですぜ大将。これから出発するところですから」

 そんな心配もどこ吹く風か、エイザーは逆に胸を張ってみせる。

 しかしジョナサンは今度は落ち着いて聞き流した。

「たしかに君にもすがりたい状況ではあったが、その必要もなくなったということだ。なんとかなるかもしれん」

「良き解決策が見つかったと?」

 ドルフの質問に、ジョナサンは力強く頷いてみせる。

「うむ。『エーツェル騎士団』の方々がこの近くまで来ているとの報せがあった。彼らに任せればあんな賊など物の数ではなかろう」

「なにぃ!?」

 エーツェル騎士団という言葉に最も早く反応したのは、誰あろう同じ名前を持つエイザーだった。

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