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終章(2)

 

「……あっ、ご、ごめんなさいっ! もしかして言っちゃいけないことでした……!?」

 ふたりの反応を目にし、リータレーネはあわあわと両手で口をふさぐ。

「ああぁ……どうしましょうどうしましょう……!」

「い、いや、そんなことないよ! 別に秘密ってわけでもないし!」

 ヒューイングも慌てて首を横に振った。

「ただ、どうしてわかったんだろうって驚いただけだから……いや本当に」

「ああ、そっか、お姉さんもリゼンブルだもんね」

 釈然としていない兄に、すぐさま納得する妹。この辺りにも種族の差が表れていた。

 人間と『獣人』の混血種。それがリゼンブルだ。

 彼らは外見こそ人間とほぼ同じだが、ありとあらゆる身体能力が獣人並みに高い。

 特に感覚器官が秀でていて、同じリゼンブルであれば近くにいるだけで存在を知覚できる第六感が備わっているのだという。

 人間であるエイザーにはそれがどういう感覚なのかはわからない。方位磁石を見なくてもなんとなく東西南北がわかるあの感覚に似ているのだろうか。

「つまりヒューイング兄貴が人間で、トレイシーがリゼンブルってところか。たしかに兄妹にしてはめずらしいな」

「まあね。けど、兄妹ってのは嘘じゃないよ。父親が違うんだ」

 ヒューイングは本人の言葉通り、気にした風もなく言う。

 リータレーネとトレイシーがリゼンブル同士で通じ合えば、通じ合わないヒューイングは自然と人間だという結論になる。理屈がわかったことで納得したのだろう。

「ああぁ……ど、どうやってお詫びしたら……」

 しかし何故かリータレーネがまだ納得していなかった。

 泣きそうな顔でおろおろとしている。

「エイザーくん、わたしどうすればいい……?」

「どうもしなくていいよ。ヒューイングもそう言ってるだろ」

「うん、本当に。説明が面倒だから言わなかっただけだから。気にしないで」

「そ、そうですか? 本当に? ……はぁ」

 そこでようやく落ち着いて、安堵の息を吐く。

 大げさなリアクションもエイザーには見慣れたものだったが、初対面のマーファー兄妹は少し戸惑っているようだった。

 しかし変な目で見ないでくれるだけ、エイザーとしてはありがたかった。

「でも駆け落ちは置いといてもさ〜、人間とリゼンブルのカップルってだけでも充分めずらしいよねー。わたしの友達にはいないなぁ。しかもあねさん女房!」

「女房だなんてそんな……ああぁそんな……!」

 トレイシーのひとことに再び落ち着きを失うリータレーネ。

 キャーキャー言い合う女子を尻目に、男子ふたりは顔を見合わせた。

「まっ、世の中ってのは珍しいもんや変わったもんで溢れてるもんだ。変な言い方だけどな」

 エイザーが遠くを眺めながら呟く。

「白と黒だけには分けらんねぇ。いろんな色があるから、世界ってのは華やかで美しいんだ……ってな」

「良い言葉だね」

 素直に感嘆するヒューイングに、エイザーは「親父の受け売りだけどな」と照れ笑いを返す。

「でもちょっと惜しいぜ。世界中のどんなもんでもリータレーネの一色には負ける、ってのを付け加えりゃ完璧だ」

 なかば本気で言うエイザーに、ヒューイングは自然と笑みをこぼしていた。

 

    ◆

 

 四人と二頭が『ブラグデン』にたどり着いたのは、太陽が山の上にかかりかけた頃だった。

 大草原の真ん中に位置する新興の町ブラグデン。元々は草原を渡る旅人のための宿屋の名前であった。その一軒から始まり、商店や飲食店が続き、人が集まり、やがて住み出し、いつしか町と呼ばれるようになったのだ。

 歴史が浅く規模も小さいが、人の行き来は多い。旅人の憩いの場というところは昔も今も変わっていなかった。

 


「はぁ、なんとか。……けどこの格好で町に入るってちょっと恥ずかしすぎない?」

 トレイシーがはにかんで言う。

 怪我は治せてもところどころが破れた服はそのままだ。土や砂も完全には落とせない。

 事情を知らない人が見れば、マーファー兄妹はなかなかにみすぼらしい格好と言えるだろう。

「こうして無事に戻ってこれたんだ。恥ずかしさはこの際我慢しよう」

 とヒューイングは言ったものの、ちらちらと明らかに周りの視線を気にしている。馬に隠れながら歩く様は、むしろ彼のほうが盗賊っぽかった。

「エイザー、リータレーネさん、ここまで本当にありがとう。助かったよ」

 そんな恥ずかしさを紛らわすためか、逆に堂々とした態度で頭を下げる。

「ありがとね」とトレイシーも倣った。

「出来ればお礼をさせてくれないか? おかげで売上金も死守できたから、それでなにか……」

「だからそういうのはいいって。その金は新しい馬車を買うのにでも使えよ」

 エイザーは厚意をありがたく受け取りながらもかぶりを振った。

 結果的にふたりを助ける形になっただけだ。わざわざ礼をもらうようなことでもない。

「俺たちもこの町に宿を取って荷物を置かせてもらってるからな。その荷物を取りに戻る道がたまたま一緒だったってだけだよ」

「え? エイザーくん、戻ってくるのはあの悪い人たちから鉱山を取り返してからって言っ……わわわ」

 もはやすべて言ってしまった感もあるが、飛びつくようにしてリータレーネの口を塞ぐ。

 ちらりと兄妹の顔を見ると、それで誤魔化されてはくれないようだった。

「……そういえば君たちは、あの賊たちを狙っていたんだろう? それを諦めてまで安全な場所まで付き添ってくれたのに、なにもしないっていうのは……」

「いや別に諦めてはないぜ。ちょっとだけ手順が変わっただけで、大きな問題はねぇよ」

 小さな問題はあったとエイザーが白状したところで、遠吠えのような大声が四人のあいだに割って入った。

「ヒューイング! トレイシー!」

 声の主は、周りの人間よりも一回り大柄な『獣人』の男性だった。

 ほっそりとした体を灰色の毛が覆い、さらにそれをタキシードが包んでいる。長く突き出た鼻と口、鋭い目、揃って前方へ向けられた耳はさながら角を思わせる。

 『犬』に印象の似た種族だった。

「お父さん!」

 トレイシーは満面の笑みを浮かべて彼へと抱きつく。ヒューイングも心からの安堵を顔に表した。

「嗚呼、ふたりとも、いったい何があったんだ? どうしたんだその格好は? ……そっちのふたりは?」

 兄妹の父親は心配半分安心半分といった様子で、とりあえずふたりの子供を抱き寄せた。

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