終章(1)
「鍛冶職人って、えーと、武器とかを作る人のこと?」
マーファー兄妹の妹のほう、トレイシーが探り探り小首をかしげた。
リータレーネと比べるとまだまだ子供といった感じの少女だ。ブロンドのおさげがそんな印象を強くしているのかもしれないが。
それよりも鍛冶屋の一般的知名度が危うい可能性にエイザーは少しだけ肩を落とした。
「だいたい合ってる。武器も作るからな。こう見えてももう何年も修行してるから、鉄の温度の見極め方とか良い鉱石の見分け方とか、鍛冶に関することならなんでも聞いてくれよ!」
「うん、今はちょっと思い浮かばないけど……」
「もしかしてそういうので鍛えてるから、あんなに強かったのか」
と兄のほうヒューイングが言う。
優しい顔つきの、背の高い青年だ。年齢はリータレーネと同じくらいだろう。線は細いが体つきは案外しっかりしている。
農家というだけあって肉体労働が多いからだろうか。その点は体力勝負な鍛冶屋と通ずるものがある。
「戦いの師匠は別の人だけどな」
「ザット・ラッドさんっていう、とっても強い人なんですよ〜」
いつもののんびりした口調でリータレーネが付け加えた。
十八歳。『リゼンブル』。エイザーよりも三つ年上だけあってか身長も彼女のほうが少しだけ高い。
朗らかな微笑みは彼女の性格を表しているようで見ていて癒される。
母親譲りの艶やかな黒髪は肩の上で揃えられていて一本の乱れもなかった。毎朝の手入れの賜物だろう。
左耳の上で輝く花を模した銀の髪留めは父親からのプレゼントだと聞いている。いつかそれに勝るものを贈ってやろうと目論んでいるエイザーだった。
この四人に二頭の馬を加えた一同が、草原の中のレンガ道を歩いていた。
青毛馬『セトラ』はエイザーたちの旅仲間。もう一頭の栗毛馬はマーファー家の馬車馬だ。
馬車本体は破壊されてしまったが彼は運良く難を逃れたようで目立った怪我もしていなかった。
対する運の悪い兄妹は、リータレーネの手によってすでに普通に歩けるまでには回復している。体中が土だらけなのはご愛嬌といったところだろう。
「アルムス・ドローズってのが鍛冶のほうの師匠だ。その道じゃけっこう有名な人なんだぜ」
エイザーが誇らしげに胸を張る。
実際に鍛冶業界では伝説的な人物だ。しかしマーファー家にまでは浸透してないらしく、ふたりは曖昧な表情を浮かべていた。
「で、その師匠がちょっと前に死んじゃってさ。だいぶ年寄りだったからしょうがないんだけど」
少しがっかりしたものの気を取り直して話を続ける。
「俺としてはどうしようかと思ってたんだけど、前々から世界の色んなところを回ってその地方地方の製法や文化を勉強しろって言われてたの思い出してさ。それで旅立つことにしたんだよ」
地平線が見えるくらい広大な草原のため目指す町も見えているが、徒歩での道のりは恐ろしく遠い。
世間話に花を咲かせる時間は充分にあった。
「勉強のために、ふたりだけで旅してるのか。すごいな」
ヒューイングが素直に感心を示す。
「僕にはとても真似できない。今日だけ妹と商売するのだってやっとのことだったのに……」
「慣れの問題だろ。まっ、俺も勉強だけが理由ってわけじゃないけどな……むしろそっちの目的はおまけみたいなもんだ」
「じゃあ何が目的で?」
「ふっふっふっ、それはな――」
エイザーは意味深に笑ったあと、数秒もったいぶってから続きを答えた。
「駆け落ちだ」
「えぇぇーっ!?」
ヒューイングとトレイシーが声を揃えて驚く。
リータレーネは気恥ずかしそうに頬を覆った。
「リータレーネの親父が面倒くさい人というか、娘を溺愛しすぎな人というか、そんな感じでな。あんまりにも俺たちのこと認めてくれないから黙って出てきたんだよ」
エイザーは対照的に胸を張る。
「障害が大きいほど恋の炎も燃え盛る――それが背中を押してくれたってわけさ」
そして真顔で締めくくった。
苦笑いを浮かべるヒューイングとはこれまた対照的に、トレイシーは興味津々に顔を輝かせる。
「え、じゃあじゃあ、ふたりは、つまりそういう関係なの?」
賊に襲われていた時とはうって変わって楽しそうだった。
「そういう関係だとも」
エイザーはトレイシーに顔を近付けて小声で付け加える。
「ここだけの話、もうキスまではしたぜ……ついこの間な」
「おぉう……おっとなぁ……!」
わいわいと盛り上がりかけるふたりを眺めながら、ヒューイングはやはり苦笑いを続けた
「やっぱりすごいと言うか、やっぱり真似できないと言うか……」
感心半分呆れ半分の表情は、笑うしかないといった様子だった。
日常生活を送っている者からするとさながら別世界の話のように聞こえるのだろう。
「実際に駆け落ちなんてしてる人、初めて見たよ」
している人間がいたとしてもあまり軽々と他人に事情を語ったりはしないものだ。
得意げなエイザーがずれているだけなのかもしれない。
「わたしも、まさか自分がする事になるとは思ってませんでした」
リータレーネがへらへらと笑いながら言う。
駆け落ちと言えば一般的には切迫した男女が行なうものだが、世の中にはそうではないものもあるようだった。
「珍しい経験だと思うよ。少なくとも僕のクラスメイトたちは一生することは無いだろうね」
「そうですねぇ〜。あっ、めずらしいと言えば、おふたり!」
なにかを思い出したように、胸の前でペチンと手を鳴らす。
「人間と『リゼンブル』の兄妹って、わたし初めて見ました」
そして、のほほんととんでもないことを言い出すリータレーネだった。
マーファー兄妹は虚を突かれたように口を半開きにして彼女を見つめる。
「ん? そうなのか?」
エイザーは少し考えてから、小首をかしげた。