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断章「20 years later」

 

 林の中のレンガ道を、一台の馬車が猛スピードで走っていた。

 手綱を握る青年、ヒューイング・マーファーは、額の汗も拭わずにただただ『奴ら』から逃げ切ることだけを考えていた。

「追いついてくる!」

 妹のトレイシーが悲鳴に近い声を上げる。

 いま馬車に乗っているのはこのふたりだけだった。

 マーファー兄妹の家は農場を経営している。月に何度か農作物を出荷するため、この馬車で周辺にある四つの町を回るのだ。

 今回も、そうだ。

 しかしいつもと違う点がひとつだけある。いつもは、父も一緒なのだ。

 しかし今回は知人の結婚式に出席するため途中の町で別れている。残りの出荷は兄妹だけでやり遂げた。

 ヒューイングは今年で十八歳になる。父のいない取引は今回が初めてだったが、妹の助けもあって、なんとか無事にすべての商品を売り切ることができた。

 順風満帆。あとは暗くなる前に父を迎えに行って家に帰るだけ――そのはずだった。

 馬車の後方からは、十数頭もの馬が追いかけてきている。

 その馬に乗った男たちは、全員が全員、武器を振りかざしていた。

 この近くを縄張りにしている盗賊団がいるという噂は聞いたことがある。しかし今まで一度も遭遇したことはなかった。

 だというのに。

 今日に限って。

 今に限って、とは。

 ヒューイングは奥歯を噛み締めながら懸命に馬車を走らせる。

 かき鳴らされる蹄の音に混じって聞こえてくる悪態はとても友好的なものではなかった。

 捕まったらどんな目に遭うかわからない。

 妹の身を守るためにも、仕事を任せてくれた父の気持ちに報いるためにも、決して追いつかれるわけにはいかなかった。

 荷物が無いのである程度の速度は出せるが、それでもやはり奴らのほうが早い。

 両者の距離は見る間に縮まっていく。

 その時、急に視界が開けた。林を抜け、なだらかな草原に出たのだ。

 そして伸びる街道の先に、町が見えた。

「トレイシー、『ブラグデン』だ!」

「あそこまで行けば……!」

 助かる!

 現れた光明にふたりが安堵の息を吐いた時――男たちの放った矢が、馬車の車輪を正確に打ち抜いた。

 傾く視界。崩れる均衡。襲う衝撃。

「きゃあああああっ!」

「トレイシー!」

 馬車が横転する寸前、ヒューイングは妹を抱きかかえて飛び出した。

 地面に体が叩きつけられる。勢いが止められずにそのままゴロゴロと転がった。体のどこが痛くてどこを怪我したのかも今はわからなかった。

 それでも妹を抱いた腕だけは離すまいと力を込める。

 再び目を開いた先で見たのは、街道の上でひっくり返った馬車が奴らによって踏み砕かれていくところだった。

「……!」

 逃げるのが遅かったら自分たちもあの下にいたかもしれない。ヒューイングは息を呑む。

 だが危機はまだ脱していなかった。

 男たちが馬を転回させ、ふたりのもとへ向かってきたのだ。

 今度こそ終わりだった。

 もう逃げられない。抗う術はない。

 砂煙を巻き上げながら十数頭の馬が驀進してくる。

 陽光を反射した凶器が鈍く光る。

 ヒューイングには、青い顔で震える妹の体を強く抱き締めることしかできなかった。

 

 そんなふたりのすぐ横を、後方から一頭の青毛馬が駆け抜けた。

「……!」

 伸びやかな駿足で一直線に男たちへと突っ込んでいく。

 乗っているのは、ひとりの少年に見えた。

 少年は疾走する馬の上に立ち、男たちへと跳躍した。

「てりゃああああああ!」

 そのまま先頭の男へ飛び蹴りを叩き込む。

 予想だにしない不意打ち。まともに食らった男は体勢を崩して落馬する。

 少年は、乗り手を失ったその馬を踏み台に、再び高らかに跳躍。別の男へと躍りかかった。

 今度は男の肩に着地し、攻撃と踏み切りを同時に行なう。

 まるで木々を飛び交うムササビだ。

 軽快に馬と馬とのあいだを跳び移りながら、殴りつけ、あるいは蹴りつけ、一度も地面に下りないまま次々と男たちを倒していく。

 男たちは奇抜な戦法に対応しきれず、ただただ呆然とやられていくしかなかった。

 少年が最後のひとりを引きずり落とす。

 彼がようやく着地した時――ヒューイングたちの横を十数頭の馬だけが通り過ぎて行った。

 砂煙が晴れた先には、地面に転がってうめいている男たち。そして、小柄ながらも凛々しいひとりの少年が立っていた。

 

 

 男たちが体を引きずってほうほうのていでどこかへ退散していく。

 少年はトドメを刺すでもなく、言葉をかけるでもなく、その様子をただじっと眺めていた。

「よし!」

 そして男たちの姿が見えなくなってから、くるりとヒューイングたちへ振り返り、歩き出す。

 茶色の髪がたてがみのように逆立っていて勇ましい印象を受けるが、顔立ちにはまだ幼さが残っていた。

 十四歳であるトレイシーと同じか、少し上くらいだろうか。

 黒いハチマキ。白い短めの外套。そこから伸びる手足はガントレットとプレートブーツで覆われている。意外にも武器らしきものは持っていなかった。

 背後からはあの青毛馬がびったりとついて歩いてくる。

「よう、災難だったな。大丈夫か?」

 と少年は人懐っこい笑顔を見せる。先ほどの激しい戦いぶりからは想像できないほど落ち着いた声だった。

「あ、ああ……。助かったよ……ありがとう」

 ヒューイングはなんとか返事をしてみせる。危機が去ったことはわかっているが、まだ体が硬直していた。

「あ、ありがと……」

 トレイシーも同様らしく震えた声を絞り出す。

「あの連中に用があっただけで、たまたまだけどな。あちゃー……だいぶ痛そうなことになってるな」

 そう言われて、ヒューイングはようやく自分たちの状態に意識を向けた。

 体が動かなかったのは緊張や恐怖だけでなく痛みのせいでもあったのだ。

 土だらけの服はところどころが破れて血が滲んでいる。手や足の先はもはや感覚がなく、しばらくは起き上がることすら無理そうだった。

「けっこう派手に落ちてたからなぁ、ちょっと待ってろ。おーい! リータレーネ!」

 少年は林に向かってなにやら大きな声を出す。

「もう出てきていいぞー!」

 その呼びかけに答えて、木々の中からひとりの少女がとてとてと走ってきた。

「はーい」

 この少年よりもいくつか年上だ。ヒューイングと同じくらいかもしれない。

 肩までの黒い髪。銀の髪留め。質素な長袖ワンピースは町中でもよく見かける格好だった。

「うまくいった? 危なくなかった? エイザーくん怪我しなかった?」

 少女が気遣わしげな顔をする。少年は馬の首をなでながら答えた。

「作戦の第一段階は成功。俺もセトラも怪我ねぇよ。ただ、代わりにこいつらが酷い目に遭っちまったから治してやってくれよ」

「あっ、大変!」

 少女はふたりに気付いて慌てて飛びつく。

 両手をかざすと、ふたりの体が淡い光に包まれた。『治癒術』だ。じわじわと傷が癒え、痛みが引いていくのがわかった。

 少年はそんな様子を腕を組んで眺めながら、少しだけ難しそうな顔をした。

「その分じゃ、ここに置いてくってわけにもいかねぇよな……。よし、とりあえずあの町まで送ってってやるよ」

「いいのかい? けど……」

 そこまで親切をしてもらうと逆に申し訳なくなってくる。と言おうとしたのだが、口がうまく動かなかった。

「そっちがよかったらだけどな。あっ、別に謝礼をふんだくろうとかって企んでるわけじゃないから安心しろよ」

 少年は年相応に無邪気な笑みを浮かべる。あんな窮地を救ってもらった以上、疑う気持ちはこれっぽっちもなかった。

「俺はエイザー・エーツェル。鍛冶屋見習いだ。旅のもんだけど、さっきの連中よりはまっとうに生きてるつもりだぜ」

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