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第一章(8)

 

 そんな茶番を経て、ようやくアジトの二階バルコニー部へと侵入を果たした三人である。

 日は完全に沈み、辺りは暗闇に包まれていた。もはや光がなければ、すぐ先になにがあるのかもよくわからない。ただよう空気も心なしかひんやりとしてきた。

 バルコニー部分はおおよそダブルベッドほどの広さしかないだろうか。三人も並ぶとやや窮屈さを感じてしまう。

 物はなにも置かれておらず、正面に木の扉がポツリと備えられているだけだった。『モンスター』サイズにこしらえられているのか、普段目にするものよりひと回りもふた回りも大きな扉である。

 その隙間から、室内の明かりが漏れ出ていた。

 ここから先は、まさに死地だ。

 扉ひとつくぐれば敵地。人間をはるかに凌駕する強者たちが待っている。

 ハーニスの感覚を信じるならば、かなりの数の『モンスター』が集まっているはずだ。

 その中に突撃し、下っぱ共をくぐり抜け、控える『ボス』をうち倒す。そんなタイトロープ渡るような戦いがこれから始まるのだ。

 この扉を開けた瞬間から。

「……行くぞ」

 さすがのエリスも気を引き締めているのか、なにやら神妙な顔で口を開いた。

 そして木製扉に寄る……と思いきや逆に、バルコニーの先まで後退する。

 ふたりの見守る中。エリスはそこから助走をつけ、

「だらっしゃぁっ!」

 と珍妙なかけ声を発しながら、扉を飛び蹴りでぶち破った。

 

「なんだっ……!? 人間!?」

 飛び込んだすぐ先の部屋で、早速『モンスター』と出くわしてしまった。

 そこは外面とたがわず石壁に石床に石天井な、かなり広い部屋だった。中央あたりに赤いカーペットが敷かれ、丸テーブルや棚が置かれ、天井近くに燭台が並んでいる。

 その丸テーブルに、二体の『モンスター』が腰かけていた。テーブルの上に酒のビンやグラスがうかがえるあたり、晩酌でもしていたのだろうか。

 どちらも昼間に見たのと同じ、ワニに酷似した特徴を持つ種族のようだった。

 ハーニスがなになに族と名前を口にしていた気がするが、エリスはまったく覚えていない。

 エリスたちの出現に声を出して驚き腰を浮かした『モンスター』が他のそれとさほど変わりない容姿をしているのに対し、もう一体はかなり異質な雰囲気をただよわせていた。

 サイズがひと回りは違う。でかいのだ。単純に巨大。

 それだけではなく体の色もより濃く暗く、顔にも風格じみたものが見て取れた。明らかに他の連中とはなにかが違う。

「先手必勝!」

 しかしエリスはそんなこともお構いなく、問答無用に剣を抜き放ち烈火のごとく突撃した。

 普通サイズの『モンスター』が、大型なほうをかばうべく前へ飛び出す。

「ボス! ここは私が!」

「ボスーっ!?」

 『モンスター』の放った言葉を耳にし、エリスは勢いあまってすっ転んでしまった。

 今、確実に口にしたはずだ。『ボス』と。

「いきなり!?」

 リフィクも思わず声を上げた。

 言われてみれば、たしかに『ボス』である。雰囲気がそれっぽい。

 しかし、いくらなんでも早すぎるだろう。たまたま真っ先に乗り込んだ部屋にボスがいるなんて、そんな都合のいいことがあっていいのだろうか。

 先手必勝と言いつつとんでもない不意打ちを食らってしまったエリスである。

「まぁいい。幸運すらをも従わせる女だってことだ、あたしは! このエリス・エーツェルは!」

 ことあるごとに自分の名前を口にしたがるのは自己顕示欲の表れなのだろうか。

 エリスはすぐに飛び起き、剣を正眼に構え直す。

 目の前に立ちはだかる『モンスター』は、やはり村で出くわした連中と寸分たがわぬ姿をしていた。

 連中同士はどうだか知らないが、少なくともエリスには皆同じに見える。

 『モンスター』は胴鎧をつけてはいるが、くつろいでいたためか武器は持っていなかった。素手。とはいえ鋭利な爪や強靭な腕力などは、それだけで充分に脅威に値するが。

 手下の後ろから、『ボス』が不敵な様子でエリスたちを眺めていた。乗り込んだ時と変わらず、イスに腰かけたまま。手下とは違い、みじんの動揺すら見受けられなかった。

 うなずける。心身共に『ボス』なのであろう、奴は。

「夜襲とは。気でも狂ったか……人間共」

 手下の『モンスター』が、低く呟く。基本的にエリスたちのことを見下してはいるものの、そこはボスと同席していただけのことはあるのか、油断はしていなかった。

 正対しているエリスだけではなく、彼女の後ろに控えるレクト、リフィクにも威嚇するような視線を飛ばしている。相手の出方をうかがうべく。

 なかなかできる奴のようだ。

「あたしにしてみりゃ、てめぇらにへーこら頭下げてる奴らのほうがよっぽど狂ってるように見えるぜ」


 しかし、そんなことはお構いなしなエリスである。

 相手の力は重要ではない。自分の力をいかに発揮するかが重要なのだ。

 自分が上回っていれば勝つし、下回っていれば負ける。ただそれだけのことだ。やらなきゃわからないことをやる前から考えるのはバカバカしい。

 戦いというすべての場合において、エリスの頭にあるのはそれだけだった。

 今回も同じ。

「あたしは嫌いなんだよ、てめぇらが。嫌いなもんを片っぱしからどかしてきゃぁ、楽しい生活ってのが手に入る」

 相手の力量は考えない。相手が強ければ負けるし、弱ければ勝つ。

「そういうもんだろ、人生ってヤツは」

 もし負けてしまったのなら、自分はそこまでの存在だったということだ。いっそ死のうが悔いはない。

 日々を全力で生きているからだ。

 自分の心をごまかしたり、隠したり、遠慮したり出し惜しみしたりしない。常に思うままに、思う通り生きている。故にエリス・エーツェルに後悔の二文字はなかった。

 全力を尽してなお果てたのなら、それはそれで満足な死に方なのだ。

「けど大抵の奴はしねぇんだよな、そういうことを。嫌いもんを嫌いなまんまで放っといてやがる。それこそ狂ってるぜ」

 エリスの自己主張に、目の前の『モンスター』はまるで耳を貸していなかった。

 貸すまでもない、といった心境なのだろう。なにをわけのわからぬことを、と。

 恐らくはエリスたちのことを単なる侵入者としか思っていないからだ。

 自分たちの縄張りに入り込んできた不届き者。それをただ排除するのみ。あわよくばボスに良いところを見せよう。頭にあるのはそんなところではないだろうか。

 だから油断はしていなくとも、付け入るスキというものが生まれてしまうのだ。

「あたしは違う。大嫌いなてめぇらを根こそぎぶっ倒して、楽しい生活をつかみ取んのさ。グッドな未来ってヤツを!」

 エリスは剣を背負うようにして振りかぶる。

 

 その意見にはレクトも同意だった。平和な暮らしを勝ち取るには『モンスター』を討つしかない。

 仲間の仇や村を守るためという大義名分はあるものの、究極的にはそれである。

 自分の力量は知れているが、エリスならそれを成し遂げてくれる。そう信じているからこそ、こうして一見無謀とも思える旅にもついてきているのだ。

 たとえ年下であろうとも、女であろうとも。彼女の双肩を頼もしく思っているから。

「エリス!」

「この腕っぷしでっ!」

 レクトの声に背中を押されるように、エリスは仇敵めがけて突っ込んでいった。

 

 『モンスター』と戦うなど、少し前のリフィクからすればとてもじゃないが考えられないことだった。

 状況というかエリスに流されてこんなことになってしまっているのに対し、少なからず後悔はある。

 しかしそこで立ち止まるほどリフィクは愚かではなかった。

 流されているのなら、流れの中で体を動かす。かろうじてそれができるくらいの根性は持ち合わせていた。

 考えようによっては、やることは簡単である。最悪な結果にならないように、ベターな行動を取ればいい。あとは『流れ』がなんとかしてくれる。

 この場合の最悪な結果とは、エリスもレクトもリフィクも、三人ともども死んでしまうことだ。『モンスター』に殺されてしまうこと。

 それを避けるべく行動すればいい。彼女らを助ければ、自然とそれにつながっていく。

 普段ならすくんでしまうような足も、他人の命がかかっているとなると不思議としゃんとしてくるものだ。

 だからリフィクはそれを唱える。

「フラッシュジャベリン!」

 天井ギリギリに出現した光の槍が、一直線に『モンスター』の体を刺し貫いた。

 しかし攻撃速度を優先したために、物理的なダメージはほとんどないだろう。体の神経伝達を鈍らせ、動きを一瞬だけ制限する程度である。

 が、充分すぎるほどの援護。

 そこへ、バッチリなタイミングでエリスが飛び込んだ。

 『モンスター』の首筋に狙いを定めて剣を振り下ろす。

 この上ないというほどの直撃。

 しかし剣先が生んだのは鮮血ではなく、甲高い衝撃音だった。

 刃が通っていない!

 『モンスター』の強靭な皮膚が、エリスの渾身の斬撃を防いでしまったのだ。

 硬い……! 剣を持つ手がシビレが走る。

 その直後。『魔術』の拘束から復活した『モンスター』が、無防備に近いエリスめがけて右腕を振りかぶった。

 鋭利な爪は、もはや刀剣などと変わらない。

 レクトの射る矢も皮膚に弾かれ、『モンスター』の腕はまっすぐ振り下ろされた。

 石床に敷かれたカーペットの上に、ひとつまみほどの茶色い髪と赤いハチマキがハラリと落ちる。

 軽やかに後退して距離を置いたエリスは、やや寂しくなった自分のヒタイを無意識のうちに押さえていた。

「……気に食わねぇなぁ。あの氷像姉ちゃん、いったいどんな剣振ってやがる」

 そしてあらぬ方向へ向け、面白くなさそうに舌を打ちつけた。

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