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第七章(24)

 

 空中での激突は繰り返される。

 地上からその様子をはっきり視認できるのは、『リゼンブル』としての高い視力を持つハーニスだけだった。

 人間の目ではシルエットを判別するのがせいぜいといったところだろうか。

 空の攻防は、地上での戦いとはまた趣きが違っていた。

 互いに円を描くような軌道で、両者がぶつかり合う一点のみが戦場となる。離れすぎると射出型の攻撃すら効果が薄かった。

 上下左右あらゆる方向へ回避されてしまうため、地上と比べて狙いを定めることが困難なのだ。

 トュループは点ではなく面の範囲の遠距離攻撃を仕掛けることもあったが、リュシールが次々と凌いだためか今は控えているようだった。

 もっと規模の大きい攻撃を連発すれば効果もあるのだろうが、もとより射出型の『魔術』は力の消耗が大きい。リュシールが使わないのは単にそれだけの余裕が残されていないだけだ。

 反対にトュループに控えているのは、彼もその余裕がない……と考えるのは楽観的だろう。

 力を温存している。

 あの技――『ディストラクトレイ』を放つだけの力を必ず残しながら戦っているはずだ。

 彼女たちが失敗すればすべて終わり。その状況にはいまだ変化なしということである。

「この作戦は成功だったと思いたいですね。……いや、成功させたい」

 上空を厳しく見守りつつハーニスが呟く。

 『準備』は済ませてある。――あとはタイミングだけだ。

 先ほどのエリスたちの話を聞いて急遽考案した策だが、切り札としては上々だろう。

 仮に使わないとしても、カードが伏せてあるという事実が彼女たちの安心感につながるはずだ。無駄になることはない。

 ふと、急速に視野が広くなっていく感覚が彼の中に芽生えた。

 自分たちを取り巻く観客たちの姿。渦巻く声という声。熱気。あえて意識の外に追いやっていたそれらがここに来て存在感を主張し始める。

 周りを気にする余裕が出てきたのか、集中力が切れてきたのか。

 後者ならばだいぶまずいが。

 ここに集った『モンスター』たちは、この戦いをどう見てるのだろうか。

 絶対強者である『モンスターキング』に無謀にも挑む弱者たち。最初はその認識だったはずだ。

 しかし、もう弱者とは呼ばせない。路傍の石などとは思わせない。

 人間の姿、『リゼンブル』の姿を、彼らの目に焼き付けるのだ。

 この戦いに勝利して――。

「……まだですか?」

 じれるようにレクトが訊ねてくる。

 彼の役割を考えるとプレッシャーを感じてしまうのも無理はないだろう。

「さすが私のリュシール、うまく下方に誘い込みながら戦ってます。……もう少しですね」

 人間である彼の目にもはっきりと映るくらい、トュループの高度が下がる。そこからが出番だ。

「あなたが適任だと思ったから任せました。あなたはあなたが出来ることをやればいいのですよ」

 緊張を解きほぐすように肩に触れる。

 レクトは頷いて、手に持つ弓に視線を落とした。

 しかし発案者のハーニスとしては、こんな奇策に頼るまでもなく勝負をつけてほしい、というのが偽らざる本音だった。

 ふと観客席のどこかにいるジャンのことが頭をよぎった。

 彼はこの戦いをどう見ているか……。きっと呆れて苦笑いをしつつもしっかり応援してくれているのだろう。

 昨日会ったばかりで詳しく知らない彼のことだが、何故だか無性にそう思えた。

 空を見る。いつしか両者の位置関係が変わり、さながら追いかけっこのように、トュループがリュシールたちの後ろにピタリと張り付いていた。

 

    ◆

 

 エリスを抱えていることは飛ぶのにさほどマイナスにはなっていない。だというのに、トュループのほうがわずかに速かった。

 ぶつかり合う軌道ではなく追従する軌道に入られてしまうとリュシールとしては逃げ切れない。じわじわと追いつかれてきていた。

「たしかに面白い剣だよ、それは」

 後方からトュループが言う。光を射出するあの技は使ってこないようだ。

「僕の『ライトニングレイピア』をすり抜けるように斬る? それでもいいよ、攻撃の時はね」

 ギラギラと輝くふた振りの『光剣』が振りかぶられる。

 来る、とリュシールが判断した時には、トュループはさらに加速して一気に距離を詰めていた。

「けど守る時はどうなのかな?」

 『光剣』が振り下ろされる。エリスでは反応しきれないと踏んだリュシールは、とっさに左手の剣を突き出した。

 『冷気』をまとわせた刃が『光剣』と拮抗する。しかし弾き飛ばされ、リュシールはもんどりうって落下した。

 すぐさま羽ばたいて姿勢回復。その時にはさらにトュループが斬りかかっていた。

「仮にまた斬られても、手に残った刃が当たれば君なんか簡単に破壊できるよ」

 そこが普通の武器と『魔術』で形成された武器との違いだろうか。断ち切られた中途からでも切っ先とすることが出来るのだ。

 リュシールを再び剣で防御する。しかし先ほどの再現でしかなく、真上から叩かれてさらに高度を下げた。

「その彼女みたいに、守る時にもあの炎を使う? 使えないよね。君の乏しい体力じゃあ、無駄遣いは厳禁だ」

「さっきからごちゃごちゃうるせぇな!」

 空中機動に翻弄されていたエリスがそこでようやく言い返す。

「言っとくけど、さっきから胃の中のもんが逆流しそうでお前の言うことなんかほとんど聞いてなかったからな!」

 それが減らず口であってほしいと思わずにはいられないリュシールであった。

「それにな、対策ならもう考えてある!」

 エリスは、空いた左手をリュシールの持つ剣へと伸ばした。

「それ、貸せっ」

「なっ……」

 思ってもみない行動にリュシールはぎょっとする。

 二刀流でもやろうというのだろうか。そんなものは作戦になかった。

 リュシールは押し切られるように剣を受け渡す。

 ライトグリーンの刃を右、グロスブラックの刃を左に構えるエリス。リュシールはそんな彼女を、体の正面で両腕で抱えなおした。

 トュループが忍びもせず笑い声を上げる。

「やっぱり面白いよ、君。両手で振っても満足に斬れてないのに、片手で扱おうなんて」

「せっかくの切り札だ、両方いっぺんに使っちゃいけないなんて決まりはねーんだぜ」

 左のリュシールの剣にのみ、炎が噴き上がった。

 ただの二刀流ではない。 『魔術』をも切り裂く刃と、それ以外のものを問答無用に焼き切り裂く炎の刃。その両刀だ。

「あたしの体力が尽きて炎が消えるか、握力がなくなって剣を落っことすか、その前にてめぇをたたっ斬るか。三つにひとつ、さぁ覚悟決めろよトュループ! のらりくらりとずっと逃げ続けてるてめぇも、そろそろな!」

 

「逃げてるとは心外だね。僕はそんなこと、したことないよ」

「いいや、すかしたフリしてるだけで、結局てめぇはびびって逃げてんだよ」

 リュシールは風を切って飛びトュループへ直進する。

 エリスに剣を渡してしまった以上さっきのように防御もできない。彼女が勝負に出たのなら、攻めの一手あるのみだ。

「まともに勝負したがらねぇのも臆病なだけだろ」

 接近。肉薄。炎の刃が横なぎに振られ、トュループの『光剣』とかち合った。

 しかし片手持ちのため競り合いにすらならない。たやすく弾き返される。

「自分がほんのちょっとでも不利になりそうだったらすぐ逃げやがる」

 リュシールは反転してすぐさま再び突撃。もう後ろを取らせない。

「そのくせ他人任せで、正面きって戦うのは自分が勝てると踏んだ時だけだ。それまではコソコソとどっかに隠れてばっかり」

 防御の備えをなげうって真の意味で移動に集中すれば、トュループの速さにもなんとか追いつくことができた。

 これもエリスの狙いだったのかと思いかけたリュシールだが、すぐさま考えを改める。そんなわけは、ない。

「いけないのかい?」

「潔くねぇぇんだよ!」

「きみにそんなこと言われる筋合いはないよ。まったく、つらつらと適当なことをよくそんなに喋れるものだね」

「つらつら言ってんのはお互い様だろ。それにな、怖い時は喋るに限るんだよ、気が紛れるからな!」

 空中での戦いは攻めと守りが一瞬で切り替わる。ニアミスの直後、トュループも同様に直進に移行して攻撃の姿勢に入った。

 正面衝突の様相。

 エリスは両手の剣を重ね合わせて脇に構える。

 そして二本の剣が追いかけっこをするように同じ軌道で走った。

 ライトグリーンの刃が先行し、炎の刃が追従する。

 考えたな、とリュシールは感心した。それなら相手の防御を打ち破ると同時に必殺の一撃を叩き込める。

 勝負札の二枚切り。対策があると言ったのはハッタリではなかったようだ。

 その結果を当然予見しただろうトュループが、軌道をずらして回避体勢に入る。

 それはさせない、とリュシールは羽ばたいた。

 エリスひとりならかわされていたかもしれない攻撃でも、今はふたりいるのだ。当たらないなら、当てさせればいい。

 食らいつくリュシール。そしてゼロ距離。エリスの剣が接触する。

 しかしそこはトュループ、やすやすとは直撃を許さなかった。

 当たったのはライトグリーンの刃だけ――炎の刃はすり抜けてみせる。

 空中に、霧のように紫の血が飛散した。

 今度は運良く深く入ったようだ。トュループの胴体と片方の翼が一文字に斬り裂かれている。

「はははっ!」

 だが奴の口から出たのはそんな笑い声だった。ダメージが無い、などとは言えないはずだが。

「きみでも怖がるんだ」

「んなもん決まってんだろ。ずっと怖がりっぱなしだ」

 それが本心だとしたら、リュシールとしても意外である。物怖じしない奴というのがエリス・エーツェルの一貫した印象だったのだから。

「けどな、だからこそ胸を張るんだよ。だからこそ、口を動かす、見栄を張る、意地を通す、戦う、前に進む。あたしはそうし続ける!」

 リュシールは旋回し、トュループの上方から襲いかかる。

 エリスも次の攻撃の用意を済ませていた。

「怖がってジッとしてたってしょうがねぇ。何もやらなきゃ何も変わんねぇぇぇんだからなぁっ!」

 二本の剣をクロスさせて振り下ろす。下に来るのはもちろんライトグリーンの刃だ。

 するとトュループはすかさず『光剣』を解除。素手で剣をつかんでみせた。

 手からわずかに血が滲んだが、与えたダメージはそれだけだった。

「くぅっ……!」

 エリスは歯噛みする。いくら上から叩きつけてるといっても力比べでは勝てない。そして自慢の炎の刃も、ライトグリーンの刃が押し込めない以上は前へ出せない。

 手詰まりだ。

「それは結構だけど、もう怖がる機会はないよ。その恐怖ごと僕がきみを破壊してあげる」

 至近距離でトュループがニヤリと笑う。

「そしてきみたちを破壊したら、次はこの街だ。最高の気分で最大の破壊をすることが出来る。ぼくの夢が叶う瞬間だと言ってもいいね!」

 リュシールは片手を放し、その顔にありったけの氷の礫を叩きつけた。

 のけぞるトュループ。ここぞとばかりに剣を押し出すエリス。だがトュループはするりと急降下して抜け出した。

 二本の刃は空を裂く。

「なにが街の破壊だ。なにが夢だ。ちっぽけすぎて笑えてくるぜ!」

 とエリスが言い放ったちょうどその時。

 眼下の地面から、流星のような光をまとった矢が飛んできた。

 レクトの『レールストレート』……! 狙いはもちろんトュループだ。

 トュループは、完全に見切っていたかのように水平移動で回避する。

 トュループにしてみればそれはただの不意打ちだったのかもしれないが、エリスとリュシールにとっては別の意味を持っていた。

 眼下で着々と準備が進められていた作戦……その決行の合図だった。

 タイミングを見極める係はハーニス。彼が、今がその時だと判断したのだ。

 ならばリュシールにためらいはない。

「やれっ!」

 エリスもそれに応じて意気込む。

 博打も甚だしい一発勝負。この奇手に賭ける。

「――やる!」

 リュシールは上半身をひねって、エリスの体を勢いよく投げ飛ばした。

 二本の剣を穂先としたエリスが、一直線にトュループへと突っ込む。

「意表を突くだけの作戦? 浅はかだよ」

 トュループは冷静に距離を取って軽やかに回避。それをまともに受ける義理はないので当然だろう。

 そして目標を失ったエリスも、これまた当然、重力に従って弓なりに落下していく。

 ――いや、していかなかった。

 揚力がよみがえる。

 まるで見えない翼を持っているかのごとく、空中でさらに上昇し、飛びずさるトュループへ追撃をかけたのだ。

「……!?」

 これにはトュループも息を呑んだらしい。

 焦りを露わにして彼女へ片手を突き出す。手の平に凶光を宿らせる。が、その手を、真下から再び飛来した矢が正確に射抜いた。

 初めて見せた明確な隙。一秒にも満たない静止。

 その光明へ――暗雲を切り裂いて突進するエリスが、両手を突き出す。

「あたしはてめぇを倒して、今の『世界』を破壊する!」

 二本の剣が、トュループの胸元に深々と突き刺さった。

 そして両手へ、その先へ、すべての力を注ぎ込む。

「燃えろ! オーバーフレアぁぁぁっ!」

 

「――世界を破壊……!? それはとっても……素敵だね――」

 

 

 ハーニスは、その光景をまばたきせずに見届けていた。

 内から外から炎が躍り、瞬時にトュループの全身を包み込む。

 握力を失ったように剣から手を放したエリスを、リュシールがすかさずキャッチする。

 炎の塊と化したトュループが、墜落してくる――その光景を。

「成功させましたか」

 声に嬉しさが滲む。

 周りで円を描いて立つ人間たちも同様に喝采を上げた。

 当然エリスの手柄であるが、皆の手柄でもある。

 地上に並んだ皆の『魔術』を一点集中させ、風をうち出し、空のエリスを巻き上げる……。言うだけならば単純な策だ。

 似たようなことは以前彼女らも行なっている。

 しかし今回はただ飛ばすだけではなく、確実にトュループへぶつけるよう狙いを定めなくてはならなかった。

 彼らはそれをやってのけたのだ。

 微調整は円の中心に立つアリーシェが受け持った。ハーニスは仕掛けるタイミングを伝え、残る力を彼女に委ねただけだ。

 ひとりでもふたりでも不可能だった作戦だろう。

 皆の力を合わせればこそ、高空まで到達し、人間ひとりを飛翔させることができたのだ。

 その一員に加わっている。その事実、その実感が、ハーニスの胸に熱いものを宿らせた。

「……気付かなかったよリュシール。僕と君が結んだ手は、もう片方は空いていたんだね」

 

 

 炎の塊となったトュループが決闘場のど真ん中へ落下する。

 胸を貫く二本の剣がそのまま地面に突き刺さり、彼の体を打ち止めた。

 彼の手も、足も、翼も、雄弁な口も、動かないまま焼かれていく。

 地上の戦士たちが見つめる前で。

 観客席の大衆が見つめる前で。

 上空のエリスとリュシールが見つめる前で。

 『灰のトュループ』を包んだ炎は、その体が名前の通り灰になるまで燃え続けた。

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