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第七章(21)

 

 ふたつの剣が瞬く間に走る。四閃。

 しかしそのうちのひと太刀も、キングに傷を与えるには至らなかった。

 右側面から放たれた一撃目を、突き出した右手で防御。間髪を入れずに打ち込まれた二撃目を今度は体を大きくひねって左手で防御。

 手首を返して三撃目と四撃目が打ち込まれる頃には、キングはすでにクレイグと正対していた。

 側面や後方からならともかく真正面に相対してしまえば、いかに彼の二刀流が巧みだろうと太刀打ちできる道理はない。

「まだっ……!」

 だが彼は退かなかった。さらに踏み込み、両手の剣を同時に振り下ろす。

 渾身の一撃、と見えたがそれもむなしく、炎をまとった両腕が受け止めてみせた。

 転瞬、耳鳴りにも似た音が響き――彼の持つふた振りの剣が、なかばから砕け散った。

「……!」

 彼が息を呑んだ気配が伝わってくる。

 もはや使い物にならない得物を握ったまま、クレイグは、時間が止まったかのように呆然と硬直した。

「その気配を断つ技術をぜひとも教えてもらいたいな。突然すぐ近くに現れたものだから、思わず焦ってしまった」

 歌うようにささやくキング。口を動かしながらも体は反撃の体勢に移っている。

 ――そこでようやく、ハーニスの攻撃の用意が整った。

 

 キングの眼前に『氷の壁』が突き出てクレイグとのあいだに割り込む。

 続けざまに四方八方から『壁』が取り囲み、さながら氷漬けにしたかのようにキングを閉じ込めた。

「リュシール!」

 ハーニスの呼びかけに応え、黒い影が宙を舞う。

 跳躍したリュシールは、ひとつの氷塊と化したそれ目掛けて、頭上に掲げた剣を思い切り振り下ろした。

 爆発、と言って差し支えないだろう。氷塊は粉々に砕け散り――刃は氷以外の何にも触れることなく地面を叩いていた。

「いない……!?」

 ハーニスは思わず口走る。

 氷の檻によって捕らえたはずのキングが、影も形もなくなっていたのだ。

 が、すぐさま気付く。空振りした刃の下――氷の破片の隙間から、地面にぽっかりと穴が開いているのが見えることに。

 その瞬間。背後から、間欠泉が吹き上がるような音がハーニスの耳に飛び込んできた。

 反射的に振り返る。

 地面から吹き上がる土、砂、岩、火柱――そしてキング。

「!」

 キングが両手両足にまとっていた炎は、いつしか両手のみに減っていた。

 それを見て瞬時に悟る。脚部の炎を放出して、地面を掘り進んで退避した……!?

 しかし推測したところでどうにもならなかった。

 キングはピタリとハーニスに照準を合わせ、左腕から炎をうち放った。

 迎撃も防御も間に合わない――ハーニスは瞬間的に判断し、真横へ跳んだ。

 が、ほんのわずかに逃げ遅れた右足が巻き込まれる。

「ぐっ……!」

 駆け上がる熱さと痛みに蝕まれ、ハーニスは受け身も取れずに地面に倒れた。

「なるほど、奇襲がうまくいった時というのは気持ちの良いものだな」

 それでもどうにか顔を上げる。

 目にしたのは、今にも自分めがけて炎を放とうと右腕を引くキングの姿だった。

 ――そしてもうひとつ。キングの後方から駆けてくる人影を、見た。

 

    ◆

 

「やいやいやいやいっ!」

 と駆けながらエリスが叫んだのは、あえての行動だった。

 こっそり近付いて不意打ちでもかましたほうがいいのはわかっていたが、ハーニスが倒れたのを見て、いても立ってもいられなくなったのだ。

 それが功を奏してかキングはすぐさま振り向いてを彼女に狙いを移したようだった。

「闇討ち戦法は打ち切りか。そうして強気に真っ向勝負を挑まると、なお気持ちが良い」

「へっ、そうだな。追いかけっこにも飽きてきたところだ。真っ向勝負で決めようぜ!」

 ここまで走ってきたのと今までの戦いの疲労が積み重なり、正直言って心許ない状態だ。

 ここで勝負をかけて一発逆転を狙うしかない。

「あたしの『炎』とてめぇの『炎』、どっちが強いか、ここではっきりとな!」

 エリスは脇に構えた剣に刃のような炎をまとわせる。

 真っ向勝負――キングから言い出したことも含め、願ってもない状況である。それならば無い頭をひねって出した方法でいけるかもしれない。

「強さ比べに自信はないが、よかろう」

 キングも地面を蹴り出し、エリスに向けて突撃する。

 両者の距離が瞬く間に詰まった。

「搦め手よりもこちらのほうが好みだ――リムズブレイズ!」

 キングが右腕に宿らせた炎をうち飛ばす。

 視界一杯が灼熱で埋め尽くされる。

 改めて見ても強大……! エリスは思わず息を呑むも、止まらず足を踏みしめて、立ち向かった。

「わりぃ、やっぱ今さら比べるまでもねぇわ。てめぇのほうが強いに決まってる」

 剣を振りかぶり、

「オーバーフレア――解除っ!」

 まとわせた炎を――霧散させる。何の力も身につけていないライトグリーンの刃が露わになり、頭上で灼光を照り返した。

「一蓮托生だ! うまくいったら全部許してやるぜアリーシェ!」

 不安も恐怖もないまぜに、丸腰同然で巨大な炎へと突っ込む。

「失敗したら呪ってやるぅぅぅぅっ!」

 

 

 逆袈裟に一閃。

 うち放たれた『炎』が、まるで紙であるかのように真っ二つに斬り裂かれる。

 力ずくで打ち破られたわけでも、巧みに受け流されたわけでもない。

 ただただ真っ向から、筋に沿って包丁を入れられたがごとく、斬られたのだ。

 長い戦いの記憶の中でも初めて目にする光景に、キングは瞠目した。

 そして次の瞬間目にしたのは、裂かれた『炎』の中から飛び出してきたライトグリーンの切っ先――エリスの姿だった。

 キングは防御しようと腕を出し、同時に回避しようと体をひねるが、間に合わない、ということもまた同時に悟っていた。

 腕の鋼鱗に火花を散らしながらも刃は直進し、吸い込まれるようにキングの右肩に突き刺さった。

 

 

 届いた……!

 必死に前だけを見て突き進んだエリスは、切っ先がキングをとらえた瞬間、ほんのわずかだけ口元をほころばせた。

 致命傷にはほど遠い。ダメージとしては浅いほうかもしれない。しかしそれでも、あの『炎』を突破し、一撃を与えることができたのだ。

 が、すぐさまエリスは唇を引き締める。

 湧き上がる達成感と喜びを押し込める。

 ここで浮かれている場合じゃない。まだ何も成し遂げてない。

 ようやく最初の一歩を踏み出せただけなのだ。

 本当の勝負は、むしろ今から始まる!

 エリスは剣を引き抜く。

 傷口から紫色の血が噴き出し、キングが苦悶の表情を浮かべかけるのを、間近に見た。

 なんだ、そんな顔も出来るんじゃねえかよ。

 エリスは意外に思う気持ちといい気味だと思う気持ちを同居させながら、間髪を入れずに剣を振りかぶる。

 至近距離。相手は手負い。こっちは勢いに乗っている。

 斬れるという確信と共に、迷いなく両腕を振り下ろした。

 

 ――その瞬間。

 キングの胸元に、突如としてまばゆい輝きが生まれる。

 輝きは即座に前方へ放出され、エリスの体を剣ごと押し返した。

「!?」

 尻餅をついたエリスは、熱さにも似た激痛が走った右肩口を反射的に手で押さえる。

 見るまでもなく手は真っ赤に染まっていた。

 押し返された時に自分の剣で斬ってしまったのか、あるいは――刃の形をなした『あれ』に貫かれたのか。

 エリスは苦痛に歯を噛み締めながら、顔を上げてキングを見た。

 いや、正確に言うならばキングのすぐ背後。

 キングの背中に『光剣』を深々と突き刺しているトュループを、穴が開くほど睨みつけた。

 

    ◆

 

 アリーシェが合流できたのは、十人が限界だった。 いまだ戦闘中。態勢を立て直すと言っても限度がある。

 負傷していて動けない仲間がまだどこかに残っているかもしれないが、これ以上奔走しても時間の無駄――そんな冷静で冷酷な判断を下し、彼女の次の行動に移る。

 『治癒術』が使える者の中から三人を捜索班として残し、あとの七人を引き連れて最前線へと転進した。

 派手に土埃が上がり『魔術』の光が乱舞する、とある一角。それは岩壁に阻まれていても窺い知れた。

 計八人が一列となって岩の隙間を縫うように駆ける。

 先陣を切るアリーシェは、心許ない人数ではあるもののそれがすべての戦力だとは考えていなかった。

 自分たちが仲間を集結させているあいだ、キングは妨害しに来なかったのだ。

 呑気に休んでいたわけでもあるまい。すなわち取り込み中――どこかで誰かと戦闘していたと推測できる。

 いまも戦っているらしい誰か。彼、あるいは彼らが敗れてしまう前に、到達しなくては。アリーシェはその一心で足を動かし続ける。

「アリーシェ様っ!」

 と、すぐ背後のパルヴィーが前方を指差した。

 なかば土砂に埋まるようにして、ひとりの戦士が倒れていた。

「ファビアン……!」

 旧知の練兵ファビアン・イーバインの顔を見て取りアリーシェは否応なく青ざめる。

 駆け寄って抱え起こすと、う……と小さい声が漏れ聞こえた。

「……アリーシェか……」

 かなり負傷しているがまだ意識はあるようだった。最悪の状況になっていないことに、全員から安堵の息が漏れた。

「待って、すぐに治療を……パルヴィー」

「はいっ」

 すぐさまパルヴィーが飛びつき『治癒術』を行使する。傷付いた体が淡い光に包まれ、徐々に癒えていった。

 幾分痛みが引いたからか、ファビアンは忌々しげに再び口を開いた。

「……あの野郎を信用してたつもりはなかったが……このざまとはな。俺もよくよく間抜けなもんだ……」

 その呟きを聞き咎めてアリーシェは眉根を寄せる。

「どういうこと……キングにやられたのではないの?」

「……『灰のトュループ』……被ってた猫をはぎ取るのがこんなにも早いとはな……」

 

    ◆

 

 キングの胸から突き出た『光剣』が、ゆっくりと短くなっていく。

「たしかに、気持ちが良いね」

 光剣を完全に引き抜いたトュループが浮かべていたのは、普段となんら変わらぬ冷笑だった。

 ふらり、と前のめりによろめいたキングだったが、そこで倒れてしまうようなことはなかった。

 両足はしっかりと地面を踏みしめ、背筋は伸びている。

 胸元からは大量の血が溢れ出ているが、彼の顔に浮かんでいるのは、こちらも相変わらずの微笑だった。

 しかしトュループのようなすべてのものを嘲る卑しい笑みではない。不意打ちによって重傷を負わされたとは思えぬほど――清々しい、充足感さえ見て取れてしまうような笑みだった。

 エリスはそれを、ただ眺めているしかなかった。

 真っ赤に染まった肩。とめどなく流れ出る鮮血。猛毒のように全身を蝕む激痛に、意識がなかば白み始める。

 それでも目をつぐんでしまうことだけはないよう努めていた。

「……やるな、トュループ」

 背中を向けたまま発したキングの声には、まぎれもない称賛の響きがあった。

 何故そんなことを言えるのか、エリスには彼の頭の内がわからない。

 唯一わかるのは――この継承決闘の終幕が近づいているということだけだった。

「その手腕に嬉しくなる。そう、燃え上がるほどに」

 言葉を区切った瞬間、キングの両手両足に、今までで最大級の炎が噴出した。

 同時に熱波を伴った暴風が放射線状が吹き荒れる。

 これにはエリスも目をすがめるしかなかった。

 瞬時に喉の奥が乾き、肌が焦げる感覚が駆け巡る。手で覆っていても傷口を焼き広げられるような痛みが加算され、思わず苦悶の声がこぼれた。

「君らしくないね。あんな隙を晒すなんて」

 熱風をものともせずに立つトュループが不敵に言う。

「さすがにあれは見逃せないよ」

「余としても、さすがにあれは見とれてしまった」

「まぁ僕も一撃もらっちゃったクチだから。あんまり偉そうなことは言えないけど」

「ふふ……貴様が言わずに誰が言う」

 ふたりのやり取りは、この期に及んでも普段の昼下がりのようだった。

 しかし、そこからわずかだけ変化が生じる。

「さて、さすがに焦りを感じずにはいられない」

 胸部に目を落とし、そして顔を上げるキング。その表情は、負傷具合とは裏腹に活力に満ちていた。

「勝手に続けさせてもらうぞ、トュループ。燃え尽きるまで」

「もちろん続けるよ。破壊し切るまで」

 トュループが両手に『光剣』を作り出して構える。

 まるで威嚇するように刃から稲妻が弾け飛び、周囲の岩という岩を砕き壊した。

 危うくエリスにも当たりかけて肝を冷やす。身動きが取れないのでこれでは避けようもない。

 目の前の景色はあっというまに熱風、火の粉、稲妻の嵐に見舞われていた。

 さすがに身の危険を実感として覚え始めた時、どこからかたくましい腕が伸び、エリスの体を引き寄せた。

 二体の『モンスター』が動いたのは、次の瞬間だった。

 

 

 互いに体当たりさながらの速度で両者が突っ込む。

 炎そのものと化した拳と電撃を散らす光剣が同時に繰り出された。

 パワーは互角。反発するように弾き合う。ぶつかった際の衝撃が空気を揺るがせ、さらなる衝撃波を拡散させた。

 二手目は、今度もトュループが先手を取る。右手の光剣を鋭く突き出し、キングの左肩を刺し貫いた。

 キングも一瞬遅れて蹴りを放ち返す。

 トュループの片膝を側面から砕き、さらにもう一撃。ハイキックを見舞う。

 しかしそれは空を切った。バネのように屈んだトュループの頭上を、紙一重のところで通り過ぎる。

 そして縮んだバネが伸びるごとく、トュループが立ち上がりながら斬り上げる。

 キングの背中に縦一文字を刻みつけさらなる鮮血を飛散させた。

 まるで防御など無粋と言わんばかりの荒々しい削り合い。

 野生の獣を思わせる、命の命の肉弾戦だった。

 ――だと言うのに。

「『モンスター』、『人間』、さらに『リゼンブル』。まさか三者と同時に戦う日が来ようとはな」

 その一方で、キングの口ぶりは晴れやかだった。

 激しい接戦と裏腹に激情のひとつも浮かび上がらない。自身の血にまみれた顔は、穏やかであるとさえ言ってよかった。

「そのどれもが強く、勇ましく、素晴らしい相手だ。そして、貴様とも戦えるとは」

 キングの打撃がトュループの胸と顔面を連打でとらえる。のけぞったトュループの顔に拳の炎が燃え移り、首から上が火だるまと化した。

 しかしそのまま倒れはせず、羽ばたきで体勢を立て直すトュループ。稲妻のような速さで振り下ろした光剣が、キングの右腕を斬り飛ばした。

「今日は良い日だ。負け甲斐がある!」

 キングの蹴りとトュループの光剣が交差――する寸前、光剣が爆発するように弾け散った。

 軸足だけで立っていたキングには堪えきれるはずもなく、爆風で上空へと舞い上げられてしまう。

 さながら地上から放たれた矢のごとく、トュループが飛翔。

 一直線に追撃――否、とどめを刺しに突っ込む。

 空中で錐揉みするキングとトュループが高速ですれ違う。

 片方となった光剣が半円の軌跡を描いた時、キングの首は、長年連れ添った体と離れ離れになっていた。

 

 一拍、時が止まったようだった。

 周囲の観客たち、眼下の人間たち、リゼンブルたちが、揃えたように一様に息を呑む。

 その様子を見下ろしながら、トュループは恍惚の声音で口を開いた。

「年月をかけて温めておいた甲斐があったよ。友情を破壊した――今から僕が『モンスターキング』だ!」

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