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第七章(18)

 

 高空の吹きつけるような風をものともせず、キングが落下ざまに、炎をまとった脚部で蹴りを叩きつける。

 防御したトュループを踏みつける要領で突き落とし、自分は反動で上昇。さらに高空へと舞い上がった。

 自前の羽では上昇できないものの、彼はそうした方法で高度を維持し続けているのだ。

 蹴り落とされたトュループは姿勢を整えがてら、ちらり、と地上の様子を眺めてみた。

「さて、彼らもそろそろ話がまとまった頃かな」

 『炎』自体は『光剣』で防いだものの、その余波によって腕周りは痛々しく焼かれている。しかしダメージなど無い様子で、翼を適度に羽ばたかせて落下速度を減退。再び上方のキングへと視線を戻した。

「そろそろと言うのならば、トュループ」

 そこへ鷹揚な声が降ってくる。本人の姿は太陽光に重なり、さながら羽を広げた蝶のようなシルエットだけがトュループの瞳に映り込んだ。

「貴様が何を企んでいるのか、そろそろ教えてもらってもよい頃ではないか?」

「別に企みなんかないよ」

 トュループは、ふふ、と笑って返す。

「僕はトュループだからね」

 言いながら、今度は鋭く羽ばたいて、斜め上へと急加速する。

 キングの周りを螺旋を描くように旋回し、ぐんぐんと上昇していった。

「僕は僕の思うままに行動しているだけさ。――僕だけの思うままに」

「そうして生きられるのも強者の特権。弱者にはかなわぬ生き方よ」

 やはり空中戦ではトュループに分配が上がる。めまぐるしい高速飛行に、キングの対応も遅れ始めた。

 そんな隙を狙いすまし、トュループがさらに速度を上げて急襲。両手の『光剣』が青空に軌跡を刻みつける。

 両者が交差した直後――キングの背中から、紫色の鮮血がほとばしった。

「……故に、憧れる」

「バカ言わないでよ」

 浅くも斬り裂いた感触が手に残っているうちに、トュループは止まらずに上昇を続ける。

 そして螺旋の最先端。キングの直上にまで上り詰めて、制動をかけた。

「誰よりも、一番そうして生きてるのは、君でしょ」

 トュループはキングを、そしてその奥の地上にいる戦士たちを、決闘場に詰めかけた無数の観客たちを、山頂を取り囲むように広がる家々を、そこに暮らす住民たちを……世界最大の街『ルル・リラルド』のすべてを、一挙に視界に収めた。

 この景色を――と思うだけで、彼の口元にはついつい嗜虐的な笑みが浮かんでしまう。

 しかしそれは、一瞬だけで飲み込んだ。

「さぁ、みんな。ハーフタイムは終わりだよ」

 トュループは『光剣』を胸の前で合わせるようにして解除。剣の形を崩した『光』は、今度は盾を思わせる円を形作った。

「ライトニングレイピア――ペネトレーション!」

 真下へ向けたそこから――光の奔流が放たれる。

 動きの鈍ったキングを巻き込み、さながら天から打ち込まれた杭のように、地上めがけて光条が伸びていった。

 

    ◆

 

 伝令係の少女戦士が走り去っていく背中を、ハーニスは狐につままれた心境で眺めていた。

 伝令が報せてきたのは、銀影騎士団が総攻撃にうって出る、という内容のものだ。

 戦士たちの陣形や作戦、攻撃パターンといった詳細な手の内のみならず、ハーニスたちにどのように立ち回ってほしいかなども添えられていた。

 まるで仲間入りしたかのような扱いである。

 『レタヴァルフィー』で向けられた彼女――アリーシェ・ステイシーの冷たいまなざしを思い出すと、あまりのギャップについ噴き出してしまいそうになる。

 彼女の心境になにかしらの変化があったということなのか、それほど追いつめられているということなのか。

 ……両方だろう、とハーニスは思う。

 この状況に苦しんでいるのはあちらも同じであろう。

「協力……する?」

 同じく隣で聞いていたリュシールが、疑問符を重ねて見上げてきた。

 ハーニスはあえて普段通りの調子を装う。

「君はどうしたい? リュシール」

「ハーニスが決めて。私はどっちでも構わない」

 小声で呟くように答えたあと、リュシールは視線をそのまま上へ――空で戦う二体の『モンスター』へと移した。

「結局、倒す敵は同じだから」

 どうやらエリスやアリーシェたちはトュループを黙認する方向でいくと決めたようだが、ハーニスたちはそれほど楽観視はしていなかった。

 傍観しているうちならまだいいが、こうして戦場に舞い降りてきた以上は黙認も黙殺もできない。

 何故なら奴は、『灰のトュループ』なのだから。

「……でしょ?」

「そうだね。じゃあ僕が決めてしまうよ」

 再び視線を戻した彼女に、ハーニスは微笑むように答える。

「持ちきれないほど重い荷物なら、他の人にも持ってもらえばいい……前に誰かがそんなことを言っていたけど」

「覚えてる」

「その言葉に甘えさせてもらおう。今は、甘えられる相手がいる」

 思いもよらない提案だったが、『人間』のほうから歩み寄ってきてくれるというのは感慨深いものがあった。

 たとえ目的のために一時的に手を組むだけであっても、肩を並べるという事実には他ならない。

 この小さな一歩が、いずれ大きな一歩に繋がり、世界中に広がれば……それこそ自分たちの求めていた世界に近付くことにもなる。

 少しずつ進めばいい。どんな道でも、必ず一歩目を踏み出すことから始まるのだから。

「少し妬ける」

 ぼそり、とリュシールがいじけるように呟く。

「君以外の人に甘えるのは初めてだから、僕も戸惑ってるよ」

 ハーニスがいつものようにおどけて返すと、彼女も少しだけ冗談めかした笑みを浮かべてみせた。

 緊迫した最中の、わずかな安らぎの瞬間。たったそれだけでも、如実に気力が回復していく感覚をハーニスは味わった。

 そんな時――上空の戦闘に変化が起きる。

 これまで遊戯のようにのらりくらりとしていたトュループの動きが突如として鋭くなったのだ。

 一瞬だけ翻弄されたキングにひと太刀。そしてそのままさらに上空へ飛び、真上から『魔術』をうち放った。

 斬られつつも抜け目なく両腕に炎をまとわせて防御するキングを押しつぶすように、『魔術』の光条が放出され続ける。

 そしてさながら隕石のように光の尾を引いて、キングが落ちてきたのだ。

 再び地上へ――

 

    ◆

 

 トュループによる『魔術』攻撃の照射力が弱まってきた頃には、キングはほぼ地表寸前にまで迫っていた。

 防御として腕にまとっていた『炎』をそこで炸裂させ、反動で『光』の渦から脱出する。

「まったく、あやつの性格も困ったものだ」

 目前まで迫った大地に向けて、勢い良く羽ばたいて減速――それでも落下速度を殺しきれず、さながら氷上のように地面を滑ってようやく静止する。

 着地の衝撃で周囲はあっという間に砂煙に覆われていた。

「そして空中戦というのも困りものだな」

 トュループから受けたダメージは、実際のところそう多くない。 しかし的確に急所を狙った攻撃は、ひとつひとつは軽くても蓄積されてくると馬鹿にはできない。

 あのまま続けていれば間違いなく劣勢になっていただろう。

 せっかくの奴との戦いだ。そうやすやすと形勢が傾いてしまうのももったいない。

「やはり余は、弱者らしく臆病に、地に足のついた戦い方を心掛けよう」

 その時。ただよう砂煙を吹き飛ばすように、『魔術』によって突風が巻き起こった。

「む?」と目をすがめるキング。

 視界がクリアになった時――前後左右、全周囲から猛然と向かってくる人間の戦士たちの姿が彼の瞳に映った。

「……ほう」

 キングは、ひと目見て気付く。彼らの一挙手一投足が、先ほどまでとガラリと変わっていることに。

 まとう戦意は最高潮。踏み込む足にも気勢が満ちている。

 ――勝負をかけてきたか。

 先ほども攻勢に傾く気配を感じられたが、今はそれが段違いだ。

 さながら決死行。くびきを解かれ、覚悟を決め、怒涛のように攻めかかってくる。

 そんな人間たちを見て、キングは内から湧き出るような笑みを顔に浮かべた。

「ようやく戦いらしくなってきたというものだな」

 この多数の人間たちが増援にやってきた時から、戦いはある意味停滞をしてしまっていた。

 相手の力量や出方をうかがって慎重を期していたのだろうが、キングにしてみれば、それはただの消化試合と変わらなかった。

 保身を捨てて進み出る。命を惜しまず立ち向かう。余力を残さず攻め立てる。

 それこそ真の戦いと言える。

 そして相手がその気になればこそ、キングの胸にも灯せる火があった。

 戦いとはひとりで行うものではない。相手が燃え盛れば燃え盛るほど、こちらの火も大きくすることができるのだ。

 この大火を、キングは常に求めていた。

「せっかく均してくれたところ申し訳ないが……あの戦法を盗ませてもらおう」

 キングは『炎』をまとわせた拳を――相手ではなく足元の地面へ、えぐり込むように叩きつける。

「リムズブレイズ!」

 

 

 地上に落下したキングを追いかけ、もっとも早く迫りつつあったのが、銀影騎士団の青年戦士だった。

 たまたま落下してきた場所に一番近かったためである。

 自然と一番槍役を担う形になったが、彼の中に躊躇いはなかった。

 後ろに、横に、キングを挟んだ向こう側に、仲間たちがいる。頼れる皆がいる。

 だから――キングが何を思ってか地面を殴りつけても、彼は臆せずに走り続けた。

 そして次の一歩を踏んだ瞬間。

 足下が不自然にも盛り上がる。

 異様な感触に気付いた時にはすでに遅かった。もはや足は止められず、その場から離れることもできない。

 満ちすぎた闘志が逆に仇となった。

 キングの行動をもう少し冷静に見ていればと後悔したのは、地面の下から噴き上がった火柱に、彼の体が丸ごと飲み込まれてしまったあとだった。

 

    ◆

 

 それはさながら火柱の林。

 キングを中心に、その場にいる全員――最後列にいるアリーシェたちをも巻き込んで、地面のいたるところから間欠泉のような『炎』が噴き上がった。

 無数に立ち上る灼熱の柱は、次々と継承決闘の挑戦者たちを飲み込んでいく。

 アリーシェはとっさに『リジェクションフィールド』を展開し、その地獄のような光景に目をすがめた。

 こんな攻撃方法をまだ残していたとは……! 迂闊だった? 見積もりが甘かった? みんなはどうなった!?

 しかし目の前の状況はそんな考えも許してはくれない。

 怒号とも悲鳴ともつかない仲間たちの声をかき消すほどの轟音をたてながら、大地が砕け、割れ、炎と共に噴出していく。

 そして火柱が噴き終わったかと思えば、今度は宙に舞い上げられた岩盤が雨のように降り注ぐ。

 人ひとりの身長をゆうに超える大きさの岩である。

 雨などという表現は生易しい。洞窟の崩落もかくやという衝撃が地面を揺るがせ、アリーシェの足元を震わせる。

 衝撃と震動が収まった時――アリーシェは、これが単なる『攻撃』ではないということを気付かされた。

 彼女の目の前には、身の丈を越すほどの岩の山が現れていた。

 右を見ても左を見ても、そんな光景が続いている。

 隆起した大地、あるいは降り注いだ岩盤が折り重なり、連峰のように林立しているのだ。

 自分の周りだけでなく、恐らくあの『攻撃』の範囲……ここ一帯のフィールドがこんな状態になっている事は容易に想像がつく。

 だとしたら……。

「してやられた……!」

 こうも障害物が多くては、包囲して一気呵成に攻めることなど不可能だ。

 数の利が生かせない……!

 いや、それ以前にだ。

 アリーシェは周りにいる仲間たちの様子を改めて確認する。見える範囲には十人すらいないが、無事な者もいれば重傷を負っている者もいた。

 ここだけでこの有り様なのだから全体はどうなのか、と考えるとぞっとする。

「アリーシェ様ぁ〜!」

 どこか近くから、難を逃れたらしいパルヴィーの声が聞こえてきて、アリーシェは少しだけ胸をなで下ろした。

 徐々にだが混乱していた頭が落ち着いてくる。

「ここにいるわ! 無事よ!」

 戦線をズタズタにされた……しかし、まだ!

 声に応えつつ、彼女の頭の中では、立て直しのための算段が急速に積み上がっていた。

 さながら周囲に連なる岩石の山のように。

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