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第七章(17)

 

 二体の戦いは上空へと舞台を移す。

 空中ではトュループに分がある……ように思っていたエリスだが、その読みはかすりもせず外れていた。

 キングは羽の角度、あるいは体全体を小刻みに動かして、滑空とは思えないほどの空中機動をこなしている。

 対するトュループは自前の翼で縦横無尽に空を駆け、右から左から、上から下から攻め立てていく。

 しかしキングは、決して押されてはいなかった。

 トュループが蜂ならキングは蝶。柔よく剛を制すとばかりに連打を次々といなしていた。

 そんな光景を、顔を真上近くにまで上げて眺めているエリスである。

「あいつ、協力だのなんだのぬかしといてホントにやる気あんのかよ」

 ああも空高くに飛ばれたら、こちらとしては手の出しようがない。協力以前の問題だ。

「つーか幼なじみだとか言ってたくせにそもそもなんで戦ってんだ?」

「いったい何を考えているんだ」

 その場へつかつかと歩み寄ったレクトが、厳しい声音で食いかかった。

「さぁな。なんか企みがあるってのはわかるけど」

「奴もそうだが、俺はお前のことを言っている」

 エリスは首を戻して、心配すんなと彼へ笑いかけた。

「別に友達になろうってわけじゃねぇよ。キングを倒したあとは、あいつも倒す。順番をはっきりさせただけだ」

 同時にふたりを相手にするよりは、順番に相手にしたほうが勝てる確率は上がるはずだ。

 エリスにしてもそういう打算は考えている。

「……しかし」

「わかってる」

 レクトの言葉の続きは、相手はトュループだぞ、であろう。もちろんそれは、わかっている。

「あたしはああするとは言ったが、お前にもそうしろとは言ってねぇよ。……つーか、するな」

 エリスは企むように小さく口端を持ち上げてみせた。

「もしあいつがなんか仕掛けてきたら、お前が射抜いちまえばいい。そういう用心をしといてくれりゃこっちだって背中から斬られる心配がなくなるからな」

 なにもエリスとて手放しでトュループの要求を飲んだわけではない。

 自信の源は、彼に対する信頼にあった。

「ひと悶着あったけど、お前が後ろにいるから、あたしは前だけを見て戦える」

 どんなことをしても、必ず彼がフォローしてくれる。助けてくれる。

 身勝手とも言えようが、そう信じているからこそ、いつだって迷うことなく行動できるのだ。

「あんまり知らないみたいだけど、これでも結構お前のこと買ってんだぜ?」

「エリス……」

 意外、という目をするレクトだった。

 そういうふうに考えているとは思っていなかったのだろう。一緒にいる時間が長いといっても、口にしないとわからないこともあるのだ。

「あなたにしてはめずらしく、考え無しの行動ではなかったみたいね」

 と、そこへ。久しくも聞き慣れた凛とした声が投げかけられた。

 歩み寄る彼女へ振り向き、エリスはムッと口を尖らせる。

 対するアリーシェの表情は、険しさの中にも後ろめたさをたたえたものだった。

「けっ。元気そうじゃねーかよ」

 エリスはそっぽを向いて吐き捨てる。 戦闘中ということも当然あるが、まさか向こうから話しかけてくるとは思っていなかった。

 正直なところ、よくもぬけぬけと、という心境である。

「おかげさまで」

 対するアリーシェにしても声は冷たく硬かった。何事もなかったように、というわけには当然いかないらしい。

「……倒す順番を明確にするというのは、正しい選択だと思うわ。現状で灰のトュループを信用することはデメリットでしかないけど、敵対してもメリットは無い。なら下手に動かず現状維持がベターと考えるわ」

 感情を排して淡々と言葉を続ける。

 会話ではなく報告。そんな表現がふさわしい。

「キングを倒すまでは、トュループを野放しにしておくと……?」

 不服そうなレクトの疑問に、アリーシェは「もちろん素直に籠絡はされないけど」と厳格な表情を浮かばせた。

「少しでも妙な真似を見せたら、即座に敵性と見なして攻撃する……皆にもそう指示を出しておいたわ。それまではせいぜいあの力を利用させてもらうつもりよ」

 概ねエリスと同じ見解と言えるだろうか。

 やはり彼女としても、キングとトュループという最悪のタッグと戦うことはなるべく避けたいようだ。

 今のままなら、トュループはこちらに攻撃してくることはない……と本人は言っている。

 だがこちらから攻撃を仕掛ければ、もちろん反撃してくるだろう。

 総力を集中させても勝てるかどうかわからないキングがいるのに、むざむざ強敵を増やす必要はない。

 理屈では納得できても感情的な部分が邪魔をするのか、レクトは渋い顔をしたままだった。

「だから、その妙な真似をし出す前に決着をつけるわ。……銀影騎士団は、総攻撃を仕掛ける」

 そんなレクトも、続いた言葉に息を呑む。

 総攻撃……様子見や温存を捨てて、文字通り総力を注ぐということか。

 無論トュループに対する警戒まで捨ててはいないだろうが、キングを倒すためには、そこまでする必要があると判断して。

 そして、勝負をかけるタイミングが今であると、決断して。

「そう伝令を出しているわ。彼らにも」

 ちらりと視線を向けた先にいたのは、ハーニスとリュシール。それから伝令係らしいパルヴィーの姿もあった。

「……で、あたしにはどうしろって?」

 そっぽを向いたままエリスが尋ねる。

 アリーシェは、意外にも鋭い、と言いたげに眉を持ち上げた。

 単に動向を伝えるだけなら彼女本人が来る必要はないだろう。それこそハーニスたちと同様に伝令係で充分だ。

「なんか言いたいことがあるからわざわざ顔見せに来たんだろ。……別に従ってやる気はさらさらねぇけど、しょうがねぇから一応聞くだけ聞いといてやるよ」

「……エリスさん」

 アリーシェは一度だけ頭上を仰ぎ、『モンスター』両者のせめぎ合いをうかがいつつ手短に答えた。

「あの奥の手は、まだキングの前では見せてないはずよね?」

「奥の手?」

 と言われても……である。

 エリスの性格からすると、そんなものがあるなら温存せずに最初から使っていそうなものだが。

 まるでピンと来ていない表情を察したのか、アリーシェは渋々といった様子で補足した。

「私を斬った時の。あれを」

「……よく覚えてねぇよ、あん時のことなんか」

 ぼやくように答えつつも、エリスの脳裏には当時の光景がよみがえっていた。

 頭に血が上っていたことに加えて出血がひどくて意識が朦朧としていたため、詳しく覚えてないというのは嘘ではない。

 しかし結末に関しては鮮明に覚えていた。

 アリーシェの防御用『魔術』リジェクションフィールドを、何がどうなったか、炎すらまとっていないただの剣が切り裂いたことを。

 いや、あの時の感触からすると、すり抜けた……というほうが正しいだろうか。

 なんにせよ、がむしゃらに攻撃した結果、刃はアリーシェの体に到達したのだ。

 その再現をキング相手にしろ、というつもりだろうか。

「さすがに『キング』……彼の自衛能力は盤石だわ。それをこじ開けるには、力押しでは駄目。不意を打つ必要があるのよ」

 だがキングの性格からすると、そもそも不意というものがないのではなかろうかという疑問も湧いてくる。

 しかしすぐさま、先ほどのトュループの攻撃が思い起こされた。

「現状で、あなたにはそれが出来るかもしれない」

 あえて視線を合わせないようにしていたアリーシェの両目が、たがわずエリスへと注がれる。エリスも自然と彼女のほうを見た。

「あの炎の技が放たれるのを狙って、正面から立ち向かって……反撃を叩き込む。あれも同じ『魔術』である以上、同じように切り裂けるはずよ」

 キングの技とアリーシェの『リジェクションフィールド』がぶつかった時、アリーシェのほうが打ち勝っていた。ならばその『リジェクションフィールド』を破った剣ならば、キングの技にも打ち勝てる――

 理屈としては通っている気もする。

 だが実際に試すかはどうかは別問題だ。

「成功する保証はない。失敗したら命はない……それでもやってくれるというのなら、こちらも全力でサポートする用意があるわ」

 冷徹な表情から掲げられる無謀な提案。

 一見すると非道な指示にも思える。強敵に捨て身で飛び込み、確かな見込みもない攻撃を仕掛けろと言っているのだから。

 そしてアリーシェには、エリスに対してそんな腹いせめいたことを仕向ける動機も少なからずある――

 しかしエリスは、彼女の言葉をそうとは取らなかった。

「おもしれぇじゃねぇか」

 彼女を見つめる自分の目は、そう取らない。

 普段の冷静さを着飾っている彼女にしても、恐らく追い込まれているのだろう。

 至近距離で立ち回っているエリスよりも、全体を俯瞰しているアリーシェのほうがより正確に状況を把握しているのは道理だ。

 キングの壁は厚い。思っていたよりも、遥かに。

 このままでは一向に決定打を与えられずこちらが消耗するばかりだ。

 そして、やがて戦う力を失い敗北するだけ。

 ならばまだ力の残っているうちに奇策を用いてでもキングを削っておく。それが唯一の勝利への道だと導き出したのだろう。

「こっちにしても攻めあぐねてたところだ。あいつに一泡吹かせられんなら願ってもねぇ」

 勝つためにここへ来た――ならば、彼女たちと再び共同戦線を張るのもやぶさかではない。

「その話、乗ってやるよ」

 レクトが口をはさみかけたが、ぐっと言葉を飲み込んでみせる。

 危険極まりない切り札。しかしアリーシェにしても、最初から失敗するとわかっていればこんな時に持ち出してはこないだろう。

 自分の頭ではよくわからないが、彼女の中ではある程度の計算が成立しているのだ。

 ならば乗る価値はある。

 そう思う根拠――すなわちアリーシェ・ステイシーに対する信頼がまだ残っていることに、エリスは自分のことながら驚きだった。

「ありがとう。……ごめんなさい」

 こぼれ落ちるようにアリーシェが呟く。

 そのひとしずくの中に、彼女が押し殺していた感情の色が、ほんの一瞬だけ垣間見えた気がした。

「こんなことになってまであなたを頼りにしてしまう……そんな自分を恥じるわ」

「構うこたねぇよ」

 エリスはニヤリと笑ってみせ、頭上に視線を戻す。

「自分で思いついてたら、たぶん誰に言われるまでもなくやってただろうさ。――いつも通りにな」

 空中を舞う二体の『モンスター』。あれほどの強敵を倒すのなら、それなりのリスクは承知の上だ。

 今までもそうして戦い、そうして勝ってきたのだから。

「攻撃開始の合図は、次にキングが地上に降りてきた時」

 アリーシェが、再び声を硬くして告げる。しかしその声音には、先ほどとは違って底冷えする冷たさはなく、頼もしく思える熱が含まれていた。

「二度と空へは逃がさないわ。すべての力を注ぎ込んで、必ず決着をつけてみせましょう」

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