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第一章(7)

 

 夕焼けも落ち着き、空から赤みが消え始めた頃。

「そろそろですね。参りましょうか」

 草陰からじっと砦を見つめていたハーニスが、振り返って口を開いた。

 感じる気配とやらで攻め込む頃合いを判断したのだろうか。

 すでに用意はできていたと言わんばかりに、如才なく立つリュシール。

 ハーニスも草陰から腰を上げると、待ちくたびれて昼寝を決め込んでいたエリスへと目線を落とした。

 そして肩をすくめる。

 エリスは土の上だというのに、まるで天日干ししたばかりのシーツにくるまれているかのごとくスヤスヤと寝入っていた。

 仇敵のアジトを前にして、なんとも神経のず太いことである。

「エリス。起きるんだ」

 レクトが体をゆすって起こそうとするも、一向に目覚める気配は見られなかった。まさに熟睡とはこのことを指すのだろう。

 とはいえ悠長に待ってもいられなかったため、レクトは強行手段に出ることにした。

 抱きかかえるようにエリスの上半身を持ち上げ、彼女の頬をパシーンとひっぱたいたのだ。

 するとまるで条件反射のごとく、眠っているはずのエリスの手が、レクトの顔面をバチーンっと的確にとらえた。無意識下での反撃である。

 暗くなり始めた森の中に、二発の小気味良い音がつながるように鳴り響いた。

 エリスは重たそうなまぶたを持ち上げ、大きくあくびをする。さすがに起きたようだ。

「……叩いた?」

「寝ぼけている場合じゃない。時間だ」

 なぜか顔面を押さえているレクトに指摘され、状況を思い出す。目と鼻の先にある『モンスター』のねぐら、そこへ攻め込もうとしていたのだった。

 エリスはまどろみが抜けきれてない様子で立ち上がり、頭をかき、なんとなく痛いような気がする頬をなでた。

「……叩いたよな?」

「……」

 無言のレクト。

 否定しないということは肯定だ。幼少期からの経験によりそれを把握しているエリスは、カマキリが獲物をとらえる時のように素早く、レクトの頬をスパーンとぶっ叩いた。

 因果応報。やったらやり返されるのは仕方のないことである。

 とはいえこの場合、反撃はすでに済ませてあったのが問題だ。本人の意図していない時に。

 ナチュラルに倍返しをしてしまう辺りに、エリスの転んでもただでは起きない性根がうかがえる。

 

「あのー、なんだか今さらなんですけども……本当に乗り込むおつもりですか?」

 おずおずと、リフィクが口を開く。

 本当に今さらである。ここまで、言う機会も時間も山ほどあったろう。こういうところに彼の往生際の悪さがにじみ出ているというものだ。

「お気持ちはわかります」

 しかしハーニスは呆れるでもつっけんどんに返すでもなく、丁寧に応対した。

「相手は『モンスター』。凶悪な者たちです。しかし大丈夫。私のリュシールが、行く手をふさぐすべてを切り開いてくれますから」

 自信たっぷりな豪語。こちらもこちらで、あまり根拠を伴っていなさそうな自信であった。

「ですが、やはり無謀な気が……」

「ハナっからできねぇと思ってるてめーにはできねぇだろうよ!」

 依然として消極的なリフィクへ、エリスが割り込むように喝を入れた。どうやらまどろみはどこかに引っ込んだらしい。

「けどあたしは違う! やると決めたことをただやるだけだ!」

 エリス・エーツェルの過剰なまでの自信。それはなによりも自分自身を信じ疑わないというところに起因しているのではないだろうか。

 病は気から、などという言葉もあるように、精神的の姿勢というのはなかなかどうして侮れないものである。

「子分だったら子分らしく、あたしの後についてきてりゃあいいんだよ! 余計なことは考えんな!」

「の、望んで『子分』になったわけでは……」

 リフィクは口を尖らせて、ぐちぐちとこぼす。

 たしかに子分にさせられたのも旅に連れてこられたのも、エリスの恐喝寸前の迫力に負けたせいだ。ひと回り弱も年齢が下の少女に気迫負けしてしまったからである。

 が、最終的に選んだのは自分なのだ。あきらめるということを選んだ。それに変わりはない。うじうじとぼやいているのは男らしくないというヤツだ。

「黙ってあたしについてこいっ!」

 そんな諸々を、エリスはそのひとことに簡略して叩きつけた。

 

「始めましょう。では、我々はあちらから」

 改めて仕切り直し、ふた手に分かれるべく行動を開始する。

 ハーニスはリュシールの腰に手をそえながら、黒く染まりつつある森の中を歩いて行った。

「……あいつら、あのまんま茂みでチークタイム始める気じゃねーだろーな」

 彼らの背中をにらみつけて、エリスが呟く。たしかにそんな雰囲気ではあるが。

「それは……ご本人方の自由ですよ」

 微妙に赤面しながら著しくズレたフォローを入れるリフィク。

 それを横目に、

「彼らの心は本物だ。俺たちこそ、彼らの信頼に応えるべきだろう」

 とレクトがまっとうなフォローを入れ直した。

 

 

 ふたりきりになった途端に、ハーニスが熱っぽくささやきかける。

「どこまでがんばれると思う? あの三人」

 リュシールはなにも答えず、一度だけハーニスの目をのぞき込んだ。

 まるでそれだけで意志の疎通が計れたかのように、ハーニスはふっと顔をほころばせる。

「僕はね、とても期待しているよ。もしうまくいったらこれからの旅も彼らと一緒に行こうか?」

 リュシールはやはり、なにも言わなかった。

 ハーニスはそんな彼女の髪を、片手でいとおしくもてあそぶ。

 

 

 もともとが巨大な建造物なだけに、辺りが暗いと輪をかけて圧迫感を覚えてしまうものである。

「さて、どうやって乗り込むか」

 石造りの外壁に手をはわせながら、エリスが呟く。

 近くに来てみてわかったが、どうやらこの砦は相当古いもののようだった。歴史的知識が皆無なエリスにはまったく見当もつかないが、とにかくだいぶ歳月が経過しているように思える。故郷の近くにあった遺跡……あれと良い勝負ではないだろうか。

「……上から行くか」

 顔と目を持ち上げるエリス。

 この砦のようなアジトは恐らく二階構造だろう。一階部分だけでも巨大であるが、その上にさらに凸型の二階階部分が乗っかっている。

 普通の出入り口から正面切って乗り込んでもいいのだが、それではあまりにも芸がないというものだ。そのパターンはもう少し後に取っておくことにしよう。

「なぁ、ばーっと飛べる『魔術』とかってねぇの?」

 エリスは振り向いて、リフィクに尋ねた。

「えーと……ないこともないんですけど、とっても危険なのでやっぱりないです」

 どこか含みのある言い方である。

「なんだよ、じゃああるのか?」

「いえ、だからないですって」

 ふたりが話す間、レクトは黙々となにかをこしらえているようだった。

 荷物の中からロープを取り出し、その先端にナイフの柄を結びつける。簡易な『かぎなわ』といったところだろうか。

 それをカウボーイよろしく振り回して、

「あぶねっ!」

 勢いをつけてナナメ上へ投げ飛ばす。

 弧を描いた即席『かぎなわ』は、吸い込まれるようにして二階のバルコニーへと放り込まれた。

 ロープを引っ張ると、うまい具合いにナイフの部分が欄干に引っ掛かったようである。あっというまに侵入路が完成してしまったというわけだ。

「おおっ! でかした」

「すごいですね。一回で……」

 リフィクは顔を上へ向け、ついでに口を半開きにして、感心するように呟く。いろいろと要領の良い手腕だった。

「持つべきもんは弟分だな」

 エリスは誇らしげに歩み寄りながら、当たり前のごとく一番乗りを果たそうとロープに手をかける。

 が、それに先んじて、レクトが腕の力だけで軽々とロープを登り始めた。

「エリスは一番最後だ」

「なんでだよ!?」

 当然のように飛んでくる抗議。

 エリスを先に行かすと、上に登った途端、仲間の到着も待たずに突撃してしまう恐れがあるからである。というか確実にそうなるであろう。

「大将は後ろでドンと構えているもんだろう」

 思うは思うものの口に出すといろいろと問題が出てくるため、レクトは適当にお茶は濁した。

 こういうことを自然に行える辺りに、ふたりが共に過ごしてきた時間の長さがうかがえる。

 が……兄弟姉妹のように一緒にいたとしても、相手のことなど完全にはわからないものである。

 一瞬は「それもそうか」と納得しかけたエリスだったが、文字通り一瞬後に「いや、そうじゃねぇ」と思い直す。

「大将だからこそ一番槍だろ! 後ろでふんぞりかえってたってつまんねぇよ!」

 感じ思ったことをそのまま口にしながら、エリスは目の前にぶら下がるロープへと飛びついた。

 ちなみに先ほどから大声を上げまくっているため、侵入する前に見付かってしまうのではないかと気が気でないリフィクである。

「なにを考えている!」

 レクトの叱責も右から左へ、ひょいひょいと身軽にロープを登っていくエリス。

「だからあたしが一番槍だって言ってるだろうが。どけよ!」

「無茶を言うな!」

 段々と空気が弛緩していく。

 エリスが暴れるために、ふたりのつかまるロープは大きく揺れ始めていた。

「あ、危ないですよーっ……」

 リフィクの注意も、時すでに遅し。

 ロープの振動につられて上で引っかかっていただけのナイフが動き、ズレ……弾き飛ばされるようにして外れてしまった。

 そのあとのことは言うまでもない。

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