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第七章(13)

 

「……はっ!」

 と、わざわざ声に出してエリスが目を覚ました時。最初に見たのは、いかにも意地悪そうなパルヴィーの笑顔だった。

「久しぶり。さみしかった?」

「なっ……いたた」

 体を起こそうとして、全身が引きつったように痛む。パルヴィーが「まだ途中なんだから」と口を尖らせた。

「って言っても、傷よりも体力がなくなりすぎて倒れちゃってたみたいだけどね」

 淡い光に包まれているのを見るに、どうやら彼女に『治癒術』をかけてもらっている最中らしかった。

 まるで夢の中だったような、意識を失う前のことが一瞬にしてよみがえってくる。

 エリスは首を動かして周囲の状況を確かめた。

 あのとき見た光景は、やはり見間違いではなかったようだ。

 懐かしささえ感じる銀影騎士団の皆が、キングと戦っている。

 『魔術』が爆ぜ、剣戟が轟き、銀の輝きが入り混じる。先ほどとは比べものにならないほど戦闘の規模が膨れ上がっていた。

「……なんでお前らが、いんだよ?」

 しかもこんなにタイミング良く、だ。かすれて思ったよりも声が出なかったが。

「俺が呼んでおいた」

 と、うわごとのような質問に答えたのは、いつの間にかそばに来ていたレクトだった。

 右腕の袖が焼かれたように大きく裂けていたが、その下の肌には傷ひとつない。彼も『治癒術』で治療を受けたのだろう。

「ここに乗り込む時に、お前の目を盗んで。のろしでな」

「のろしで!?」

 いや、手段はこの際どうでもいい。自分の目が節穴すぎることも、今はいい。

 もっと根本的に聞きたいことがあるはずなのだが、やはりパルヴィーの言う通り消耗しきっているせいか、うまく口が回らなかった。

「レクト・レイド君!」

 言いあぐねているエリスをよそに、その場へもうひとり戦士が駆けてくる。

 髪の長い青年。クレイグだ。

「これを」

 彼が手渡したのは、銀色に光る弓。元々レクトが使っていたものはキングに破壊されてしまったからその替えだろう。

「ありがとうございます。これでまだ戦える」

 レクトは喜び勇んで弦の具合を確かめ始めた。

 そんなふたり――正確に言うならそのうちのクレイグを、エリスはムッとした顔でにらんだ。

 彼と最後に顔を合わせたのは例の『リゼンブル』たちの村だ。

 素性が判明したリフィクに真っ先に刃を向けた彼。

 感情的には再会を喜ぶというわけにもいかなかった。

「ふん……よくツラを見せられたもんだな」

 それに気付き、クレイグはわずかに表情を固くした。

「エリスさん、俺は自分の行動を恥じています。後悔と言ってもいい」

 口から出た言葉は、吐露とも取れる。エリスからすれば意外な反応だった。

「あの時……あの村での戦いの時、俺は致命傷を負いました。深追いしたあまり周りに味方はいない……そこを助けてくれたのが、リフィクさんの『治癒術』だったんです」

 『パーシフィル』で勃発した住民と銀影騎士団との戦闘。リフィクが重態を押して村全体を『治癒術』で包んだため、双方、被害者を出すことなく停戦に至ったと聞いている。

 エリスにしてもその時重傷を負っていたのだ。同じ境遇、といったところだろうか。

「俺は目が覚めた気分でした。胸に残った気持ちは、ただ純粋な感謝。彼への感情も『リゼンブル』という枠組みではなく、ひとりの命の恩人としてのものへと変わった気がします。けど恩を返そうにも、詫びようにも、その人はもういなくなってしまった」

 クレイグは悲痛に表情を歪める。

 言い訳や取り繕いではなく、本心から言っている様子に見えた。

「だから俺は罪滅ぼしのために何が出来るのかを考え続けてます。二度とあの後悔を繰り返さないために、何をすればいいのか……。今は戦うことがそれに繋がると信じている」

 君にも申し訳ないと思っている――クレイグは最後にそう付け足し、自分の役目をこなすためこの場から離れていった。

 レクトは感慨深げな視線でその背中を見送る。彼としては思うところがあったらしい。

 しかしエリスとしては釈然としない。こう素直に謝られては、振り上げた手の下ろしどころを失ってしまった感じなのだ。

「わたしは別に後悔なんてしてないけどね」

 当時クレイグと共にあの場にいたパルヴィーが、横から口を挟んだ。

「リフィクくんのことは残念だったけど……でも、残念だっただけだよ」

 強がりの含まれた声音。あるいは、そう自分に言い聞かせている口調にも聞こえる。

 残念……たしかに、もしかしたらそれが一番近い言葉なのかもしれないなと、内心エリスは思った。

「わたしの中ではアリーシェ様が一番大事なの。そのアリーシェ様の意志に従っただけ。後悔なんてあるはずない」

 ともすれば言い訳にも聞こえてしまうが、そうではないのだろう。それがパルヴィー・ジルヴィアの理念なのだ。

 こうと決めたひとりのために、すべてを尽くして付き従う。本人からはイメージできない言葉だが、忠義とでも言うのだろうか。

 こちらある意味では素直と言えるかもしれない。

 生憎そういう生き方はエリスには理解できそうになかったが。

「そんなに立派な奴かよ、あいつが」

「立派なの。凄いの。愛してるの。今だって、アリーシェ様がエリスを治せって言ったから仕方なく治してるだけなんだから……」

 ぶつぶつと言いつつも手は如才なく動いている。しかし目を開けた時のあの笑顔が安堵の表情だったことを、エリスは見逃していなかった。

 つい噴き出してしまいそうになるのを、けっ、と悪態をついて誤魔化す。

「主体性のない奴め」

「なくてもいいの。そうしようって決めた時に、一回分だけあったから」

 誇らしげに返すパルヴィー。エリスの胸の内でもやもやしていたものが、周囲の淡い光と共に溶けていくようだった。

「はい、おわり」

 施術終了。傷は完全に癒えたものの、やはりまだ体の動きは鈍い。

 夢中で戦っていただけに、よほどの無茶をしていたのだろう。体力が戻るまで時間がかかってしまうかもしれない。

「……まっ、そういうバカ正直なところは嫌いじゃねぇよ。お前のバカさ加減とこの『治癒術』に免じて許してやってもいい」

「もう、バカバカってなによ」

 パルヴィーは心外と言いたげに頬をふくらませる。急に懐かしさを感じ、エリスは無意識に口元をゆるませた。

「姉御ーっ!」

 と、そこへザットも駆けつけてくる。

 乱された態勢も、いまや整いつつある。

 自ら袂を分かった銀影騎士団。しかしこうして同じ戦場にいると、悔しいが、ありがたさと心強さを感じずにはいられなかった。

 

    ◆

 

 背後から、槍を持った戦士が駆ける。

 キングは真横へ直角に跳び、すんでのところで穂先をすり抜けた。

「……二十七。……二十八」

 前衛から離れると、すかさず後衛からの『魔術』が襲いかかる。 単純だが効果的な戦法だった。

 降り注がれる岩石の雨を駆け抜けながら、キングは手早く目を動かしていく。

「二十九。三十」

 ひたすら回避に徹していた時間は無駄に過ごしていたわけではない。

 前方に目を戻すと、剣を振りかぶったふたりの戦士が待ち構えていた。どうやら逃げる方向を誘導されていたらしい。

「……三十一」

 と言い終わったキングの表情が、嬉々と輝いた。

 徒競走のゴールテープさながら刃が両側から襲いかかる。

 キングはそこで、態度を一転させて攻勢に転じた。

 向かって右手側の戦士へ、針路を変えつつ拳を突き出す。振り下ろされた剣を押し返し、銀の胸甲とのあいだに火花を散らした。

 そのまま拳を振り抜き、武器と防具を砕きながら激しく吹き飛ばす。

 背後から返す刃で迫ったもうひとりは、素早く回し蹴りでなぎ払った。

「三十一人。なかなかの数ではないか」

 キングは腰をかがませ、勢い良く跳躍する。一瞬後、その地面へ火炎弾が殺到した。

「その勇敢さに敬服する。しかしいくら数に圧倒されようとも、みすみす負けるつもりはない」

 空中で羽を開き、位置の調整。そして眼下のある一点……ひとりの戦士へと、焦点を定めた。

「ここはひとつ、策を講じよう。多勢を相手取った時の正攻法……すなわち、全体の『頭』を狙う」

 

 

 空中に舞ったキングが両手に炎を灯す。

 その視線が自分を射抜いた気がして、アリーシェはひそかに息を呑んだ。

 その直感は、正しかった。

「リムズブレイズ!」

 風を裂く鋭い声と共に、キングが炎の塊を射出する。上空から隕石のような軌道で落ちるそれは、一直線にアリーシェへと向かってきた。

「遅いくらいだわ。リジェクションフィールド!」

 こうして大々的に指揮を取っていれば自ら狙ってくれと主張するようなものである。逆の立場だったら同じことをしていただろう。

 アリーシェは片手を突き出し防御用の『魔術』を発動する。光の壁、と形容できる半円球の盾が掌の先に展開し、巨大な炎塊を受け止めた。

 抵抗は一瞬。打ち勝てる、と思った次の瞬間には、たちまち炎は四散していた。

 しかし、さらに次の瞬間――片足から急降下してくるキングの姿がアリーシェの瞳に映った。

「!」

 今のは、目くらまし……!?

 防御障壁を維持したまま、矢のような蹴りに耐える。弾き返されたキングは後方に宙返りし、着地と同時にさらに攻め込んだ。

 鋭い右ストレートが『リジェクションフィールド』を打ち鳴らす。

「強固なことだ」

 興ずるようなキングの声を眼前で聞き、アリーシェは背中が粟立つのを感じた。

 間近で見る『モンスターキング』は、遠目で想定していたより遥かに小柄だった。おおよそ人間と変わらないサイズ。だが内側から滲み出る気配は、今まで出くわしたどの『モンスター』よりも危険で恐ろしいものだった。

 経験と直感が敏感にそれを察知し、心臓に早鐘を打たせる。

「しかし」

 キングは鉄壁の守りを前に、さらに拳を打ち込んだ。

 一度ならず、二度三度と。

「たった一粒の水滴でも、滴り続ければ岩をも削ることができる。……そんな話を聞いたことがあるが、果たして本当かどうかこの場で試させてもらおう」

 さらに足技も絡ませて連打を浴びせかける。

 アリーシェは表情を険しくしてそれに耐え続けた。

 防御障壁を発動させているとはいえ、アリーシェもろとも『魔術』で攻撃することは出来ない――と後衛は備えだけをしつつ固唾を呑み込んでいる。

 キングが大きな跳躍で前衛たちを引き離したため、この場へ駆けつけるには時間がかかる。

 援護は無い。

 アリーシェの中では、『リジェクションフィールド』に対する自信がある。どんな攻撃でも防ぎきれる、と。

 だが以前エリスに破られた記憶が無意識によみがえり、言いようのない焦りを生み出していた。

 自信を打ち破られ、自身の胸に刃が食い込んだ苦い記憶が、否応なく姿をのぞかせる。

 そして、だ。『魔術』を使用し続けている以上、それ相応の体力を消耗してしまう。このままこの状況が続けば……と、思慮深い性格が災いし、容易に最悪の事態を想像できてしまうのだ。

 杞憂とはわかっている。しかし『モンスターキング』を相手にしているという現状が、杞憂を杞憂のままで終わらせてくれない。

 ――と、その時。涼しい顔で猛打を繰り出していたキングの動きが、糸が切れたようにピタリと止まった。

 攻撃を中断し、迷うことなくジャンプして後退。

 転瞬、キングが今まで立っていた地面――アリーシェの目の前に、刃と見まがう『氷の壁』が隆起した。

「……!」

 退避されていなければ足元から斬り裂けていただろうその氷塊に、アリーシェのぎょっとした顔が写り込む。

 透けて見える向こう側で、黒い影が走った。

 キングに追いすがり、ひと太刀交える。

「リュシール、離れて!」

 側面から男性の声が飛ぶ。アリーシェが振り向くと、例の『リゼンブル』の男が『魔術』を放つところだった。

「ヴォルトールランス!」

 光の奔流が走る。無数の稲妻が天から降り注ぎ、逃げるキングへ執拗に襲いかかった。

「お困りのようだったので援護させていただきました。それと、先ほどの借りをお返しに」

 『リジェクションフィールド』を解除したアリーシェへ、彼が柔和に語りかける。

 アリーシェは「困ってなどいなかったわ」と答えてから、厳しい表情で二の句を継ぐ。

「さっきのは、私の個人的な問題と言ったはずよ。あなたとはなにも関係がない」

 ――リフィクの最期に放たれた『治癒術』。どんな真意があろうとも、あれに救われたのは紛れもない事実だ。

 だから同じリゼンブルである彼を助けることで、自分の中で気持ちの整理をつけようとした。

 ただそれだけのことなのだ。

「ええ。ですから私も、個人的に貸し借りをなくしただけです。お構いなく」

 そう返した彼の微笑みは、見慣れた『人間』と何ひとつ変わらないものだった。

 アリーシェの胸が、ちくりと痛む。

 義理堅いことをする……。

 リゼンブルにそんなことをされたら、自分の間違いを認めてしまいそうになるではないか。

 だが今はその時ではない。

 罪の意識に苛まれていては戦いなどできなくなってしまう。

 自分を捨てて、心を殺して、ただひたすらに戦う時なのだ。

 今までと変わらず。

 わがままなまでに、やり遂げる時。

 『モンスターキング』を倒す――それが皆のためになると信じて。

「申し遅れました。私はハーニス、そして愛しい彼女がリュシールです」

 彼は笑みを引っ込め、真剣な眼差しで前へ向き直る。

「今のうちに陣形の立て直しを」

「言われるまでもないわ。そう……勝つために、銀影騎士団をここまで巻き込んだのだから」

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